第1章 物質の探究

純物質と混合物
─ 物質の分類の基本

化学の出発点は、物質を正しく分類することです。
目の前の物質が「1種類の物質だけでできているのか、複数が混ざっているのか」──
この問いに答えられるようになることが、この記事のゴールです。

1物質の分類

物質は、まず純物質混合物の2つに分けられます。

  • 純物質:1種類の物質だけからなるもの(例:水、銅、二酸化炭素)
  • 混合物:2種類以上の物質が混ざったもの(例:空気、海水、合金)

純物質はさらに、1種類の元素だけからなる単体と、2種類以上の元素からなる化合物に分かれます。

分類定義
純物質 ─ 単体1種類の元素のみからなるO2、Fe、C(ダイヤモンド)
純物質 ─ 化合物2種類以上の元素からなるH2O、NaCl、CO2
混合物2種類以上の純物質が混ざったもの空気、海水、ステンレス鋼
落とし穴:「塩酸」は純物質ではない

「塩酸」は1つの物質に見えますが、正体は塩化水素 HCl が水に溶けた水溶液です。つまり HCl と H2O の混合物です。同様に「希硫酸」は H2SO4 の水溶液、「アンモニア水」は NH3 の水溶液で、いずれも混合物です。純物質は HCl、H2SO4、NH3 のほうです。

2純物質の特徴 ─ 融点・沸点が一定である理由

純物質には重要な特徴があります。融点と沸点が物質ごとに決まった値をもち、一定であるということです。たとえば、純粋な水は1気圧のもとで必ず0℃で凍り始め、100℃で沸騰します。

では、なぜ一定なのでしょうか。

状態変化中に温度が止まるしくみ

固体を加熱していくと、ある温度で溶け始めます。このとき興味深いのは、溶けている最中は温度が上がらないということです。加熱を続けているのに温度が変わらない──これは一見不思議に思えます。

分子レベルで考えるとこうなります。固体では分子が規則正しく並んで結晶をつくっていますが、この分子どうしは分子間力で互いに引き合っています。固体が液体に変わるとは、この分子間力を振り切って、分子が自由に動けるようになることです。

つまり、状態変化中に加えた熱エネルギーは、温度を上げることではなく、分子間力を断ち切ることに使われます。すべての分子が結晶の拘束から離れるまで、温度は上昇しません。

この「状態変化に使われる熱エネルギー」を融解熱(蒸発の場合は蒸発熱)と呼びます。純物質では構成する分子が1種類だけなので、すべての分子間力が同じ強さです。だから「切り始める温度」と「切り終わる温度」が一致し、融点が一点に定まるのです。

純物質の融点はなぜ一定なのか
純物質は1種類の分子だけからなる
すべての分子間力が同じ強さ
加熱すると、すべての分子間結合が同じ温度で切れ始める
状態変化中は熱が結合の切断に使われ、温度が一定に保たれる(=融解熱・蒸発熱)
本質:融点が一定なのは「分子が1種類だから」

純物質では分子間力が均一なので、すべての分子間結合が同じ温度で切れます。そのため融点が一点に定まり、状態変化中は温度が一定に保たれます。これが加熱曲線に「水平部分」が現れる理由です。

3混合物の特徴 ─ 融点・沸点が一定にならない理由

混合物は、2種類以上の純物質が混ざったものです。空気、海水、合金──私たちの身のまわりにある物質のほとんどは混合物です。

均一な混合物と不均一な混合物

混合物は混ざり方によって2種類に分かれます。成分が分子レベルで均一に分散しているもの(食塩水、空気、合金など)と、目で見て異なる部分が区別できるもの(砂と鉄粉、油と水など)です。前者を均一な混合物、後者を不均一な混合物と呼びます。

なぜ融点が一定にならないのか

混合物の加熱曲線には、純物質に見られる水平部分がありません。温度はなだらかに上昇し続けます。

これは、混合物には異なる種類の分子が混在しているためです。異なる分子どうしの分子間力はそれぞれ強さが異なるので、弱い結合から先に切れていきます。すべての結合が同時に切れるわけではないため、融解は「ある温度範囲にわたって徐々に進行」します。だから温度が一点で止まらず、加熱曲線は坂道のようになめらかに上がるのです。

混合物の融点はなぜ一定にならないのか
混合物には複数種の分子が混在している
分子間力の強さが分子の組み合わせごとに異なる
加熱すると、弱い結合から順に切れていく
融解が温度範囲にわたって徐々に進行し、温度は一点で止まらない
ポイント:純物質と混合物の見分け方
  • 純物質 → 融点・沸点が一定(加熱曲線に水平部分あり)
  • 混合物 → 融点・沸点が一定でない(加熱曲線はなめらかに上昇)
発展:凝固点降下化学

食塩水が純水より低い温度で凍るのは、溶質イオン(Na+、Cl)が水分子の結晶格子形成を阻害するためです。水分子が氷の結晶に組み込まれるためには、溶質粒子を排除しながら規則正しく配列する必要があり、そのぶん低い温度(=遅い分子運動)が必要になります。

凝固点降下の大きさは ΔTf = Kf × m(Kf:モル凝固点降下定数、m:質量モル濃度)で表されます。詳しくは第10章で扱います。

4単体と化合物

純物質をさらに分類するために、元素という概念を使います。元素とは、物質を構成する基本的な成分のことで、現在118種類が知られています。

  • 単体:1種類の元素だけからなる物質(O2、Fe、Cu)
  • 化合物:2種類以上の元素からなる物質(H2O、NaCl、CO2

「元素」と「単体」は違う概念

ここで重要なのは、「元素」と「単体」は別の概念だということです。

元素は物質の構成成分を指します。「水は酸素と水素からなる」というとき、この酸素は元素です。水の中に気体の O2 が入っているわけではありません。

一方、単体実在する物質です。「酸素は無色の気体である」というとき、この酸素は実在する O2 分子であり、単体です。

「酸素」は?理由
「水には酸素が含まれている」元素水の構成成分を述べている
酸素は水に溶けにくい」単体気体 O2 の性質を述べている
「有機化合物は炭素を含む」元素化合物の構成成分を述べている
窒素は空気の約78%を占める」単体実在する N2 の存在比を述べている
本質:「構成成分の話か、実在する物質の話か」で判別する

「元素」は物質を分解していったときに最終的にたどり着く成分(概念的なもの)であり、「単体」はその元素だけで構成される実際の物質です。文中で「〇〇を含む」「〇〇からなる」と言っていれば元素、「〇〇は気体である」「〇〇が発生する」のように物質としての性質や挙動を述べていれば単体です。

5同素体 ─ 同じ元素なのに性質が違う理由

同じ元素からなる単体でありながら、性質がまったく異なるものがあります。これを互いに同素体といいます。同素体をもつ元素は S(硫黄)・C(炭素)・O(酸素)・P(リン) で、「スコップ」と覚えます。

元素同素体性質の違いの原因
Cダイヤモンド、黒鉛、フラーレン原子間の結合の仕方が異なる
O酸素 O2、オゾン O31分子中の原子数が異なる
S斜方硫黄、単斜硫黄、ゴム状硫黄分子構造・配列が異なる
P赤リン、黄リン分子構造が異なる(P4 vs 高分子)

ダイヤモンドと黒鉛 ─ 結合構造から性質を理解する

ダイヤモンドと黒鉛の違いは、同素体を理解するうえで最も重要な例です。どちらも炭素原子だけからなりますが、性質は正反対です。この違いは原子間の結合の仕方から説明できます。

ダイヤモンドでは、各炭素原子が4つの隣接原子と共有結合し、三次元に広がるネットワーク構造をつくっています。すべての方向に強い共有結合が張り巡らされているため、極めて硬く、電気を通しません(自由に動ける電子がないため)。

黒鉛では、各炭素原子は3つの隣接原子と共有結合して、平面状の六角形ネットワーク(シート)をつくっています。シートの中の結合は非常に強いのですが、シートとシートの間には弱いファンデルワールス力しか働きません。そのためシートがずれやすく、柔らかいのです。

また、黒鉛では各炭素原子の4つの価電子のうち3つが共有結合に使われ、残り1つの電子がシート全体に広がって自由に動きます。この自由電子が電流を運ぶため、黒鉛は電気を通します。

発展:sp³混成とsp²混成大学

ダイヤモンドの炭素はsp3混成軌道をとり、4本の等価な結合が正四面体方向に伸びます。一方、黒鉛の炭素はsp2混成軌道をとり、3本の結合が120°の角度で平面内に伸びます。残った p 軌道の電子がπ結合を形成し、シート内を非局在化して動き回ります。これが黒鉛の電気伝導性の起源です。混成軌道の概念は大学の化学で詳しく学びますが、「結合に使う軌道の種類が変われば構造が変わり、構造が変われば性質が変わる」という原理は、化学全体を貫く考え方です。

6この章を俯瞰する

この記事で学んだ「純物質と混合物」「単体と化合物」「同素体」は、化学のすべての話題に先立つ基礎的な分類です。以下に、ここでの知識が他の章とどうつながるかを整理します。

他の章へのつながりマップ

  • 混合物の分離 → 1-2「混合物の分離と精製」:蒸留・ろ過・再結晶・クロマトグラフィーなど、混合物から純物質を取り出す方法を学ぶ。
  • 原子の構造 → 第2章「原子の構造と周期表」:元素の正体である原子の内部構造(陽子・中性子・電子)と、周期表における性質の規則性を学ぶ。
  • 化学結合 → 第3章「化学結合」:イオン結合・共有結合・金属結合のしくみを学ぶ。同素体の性質の違いが結合構造から説明できることの延長。
  • 結晶構造 → 第9章「固体の構造」:ダイヤモンドと黒鉛の違いを、結晶格子の構造・充填率・密度から定量的に理解する。
  • 凝固点降下 → 第10章「溶液」:混合物で融点が下がる現象(凝固点降下)を、ΔT = Kfm として定量的に扱う。

7まとめ

  • 物質は純物質混合物に分けられる
  • 純物質の融点・沸点が一定なのは、分子が1種類であり分子間力が均一なため
  • 混合物の融点・沸点が一定でないのは、異なる分子間力が段階的に切れるため
  • 純物質は単体(1種類の元素)と化合物(2種類以上の元素)に分かれる
  • 元素は構成成分(概念)、単体は実在する物質──文脈から判別する
  • 同じ元素の単体で性質が異なるものを同素体という(S・C・O・P)
  • 同素体の性質の違いは原子間の結合構造の違いから説明できる
  • 塩酸・希硫酸・アンモニア水などの「水溶液」は混合物

8確認テスト

Q1. 空気、蒸留水、塩酸、鉄のうち、純物質をすべて選んでください。

▶ クリックして解答を表示蒸留水(H₂O)と鉄(Fe)。空気はN₂やO₂等の混合物。塩酸はHClの水溶液なので混合物です。

Q2. 純物質の加熱曲線に水平部分が現れるのはなぜですか?

▶ クリックして解答を表示状態変化中は、加えた熱エネルギーが分子間力を切ることに使われ、温度上昇に寄与しないためです。純物質では分子が1種類なので、すべての分子間力が同じ温度で切れ、温度が一定に保たれます。

Q3. 「水には酸素が含まれている」の「酸素」は元素と単体のどちらですか?

▶ クリックして解答を表示元素です。水の構成成分を指しており、水の中にO₂分子が存在しているわけではありません。

Q4. ダイヤモンドが硬く黒鉛が柔らかい理由を、結合構造の観点から説明してください。

▶ クリックして解答を表示ダイヤモンドでは各C原子が4つの隣接原子と共有結合して三次元ネットワークをつくるため、すべての方向に強い結合があり硬い。黒鉛では各C原子が3つの隣接原子と結合して平面シートをつくるが、シート間は弱いファンデルワールス力しか働かないため、シートがずれやすく柔らかい。

9入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

1-1-1 A 基礎 選択

次の①〜⑥のうち、純物質であるものをすべて選べ。

  • ① 塩酸
  • ② ドライアイス
  • ③ ステンレス鋼
  • ④ 水酸化ナトリウム
  • ⑤ 石油
  • ⑥ エタノール
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

②④⑥

解説

① 塩酸は HCl の水溶液で混合物。② ドライアイスは純粋な CO2 の固体で純物質。③ ステンレス鋼は Fe・Cr・Ni 等の合金で混合物。④ NaOH は純物質。⑤ 石油は多種の炭化水素の混合物。⑥ C2H5OH は純物質。

B 標準レベル

1-1-2 B 標準 論述

ある固体 X を一定の速さで加熱したところ、72℃で溶け始め、85℃ですべてが液体になった。

(1) X は純物質か混合物か。理由とともに答えよ。

(2) 純物質の加熱曲線と混合物の加熱曲線の違いを、分子レベルの理由を含めて60字以内で説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 混合物。融解中に温度が72℃から85℃へ上昇しており、融点が一定でないため。

(2) 純物質は分子が1種類で分子間力が均一なため融点が一定だが、混合物は複数種の分子間力が段階的に切れるため一定にならない。(58字)

解説

純物質の融点が一定であるのは、構成する分子が1種類であり、分子間の相互作用がすべて同じ強さだからです。加えた熱がこの均一な分子間力を切ることに使われるため、全分子が融解するまで温度は変化しません。混合物では異なる種類の分子が混在し、分子間力にばらつきがあるため、弱い結合から順に切れ、温度が徐々に上昇します。

採点ポイント((2)配点例:4点)
  • 純物質は融点が一定であることに言及(1点)
  • 分子が1種類で分子間力が均一であることを理由にしている(2点)
  • 混合物では段階的に融解が進むことに言及(1点)

C 発展レベル

1-1-3 C 発展 総合

物質 A〜F について、以下の問いに答えよ。

A:ダイヤモンド B:ドライアイス C:黒鉛 D:オゾン E:食塩水 F:空気

(1) 混合物をすべて選べ。

(2) 単体をすべて選べ。

(3) AとCは同じ元素からなる単体であるが、Aは電気を通さずCは通す。この違いを結合構造の観点から説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) E、F

(2) A、C、D

(3) ダイヤモンドでは各炭素原子が4つの隣接原子と共有結合しており、すべての価電子が結合に使われているため自由電子が存在しない。黒鉛では各炭素原子が3つの隣接原子と共有結合して平面構造をつくり、残り1つの価電子がシート内を自由に動けるため、電気伝導性をもつ。

解説

(1)(2) A(ダイヤモンド)= C のみ → 単体。B(ドライアイス)= CO2 → 化合物。C(黒鉛)= C のみ → 単体。D(オゾン)= O3 → 単体。E(食塩水)= NaCl + H2O → 混合物。F(空気)= N2 + O2 + ... → 混合物。

(3) ダイヤモンドのC原子は4本の共有結合(sp3混成)で正四面体構造をとり、4つの価電子すべてが σ 結合に使われます。自由に動ける電子がないため絶縁体です。黒鉛のC原子は3本の共有結合(sp2混成)で平面構造をとり、残った1つの電子は隣接原子のp軌道と重なってπ結合を形成し、シート全体に非局在化します。この非局在化したπ電子が自由電子のように振る舞い、電流を運びます。

採点ポイント((3)配点例:6点)
  • ダイヤモンドで全価電子が結合に使われていることに言及(2点)
  • 黒鉛で結合に使われない電子が存在することに言及(2点)
  • その電子が自由に動けることと電気伝導性を結びつけている(2点)