第12章 電池と電気分解

ダニエル電池と電池の原理

電池は「自発的な酸化還元反応を電気エネルギーとして取り出す装置」です。
6-4 で学んだ電池の基礎をふまえ、ダニエル電池の構造・反応・起電力を定量的に掘り下げます。
「なぜ素焼き板が必要か」「なぜ起電力は1.1Vか」を、原理から理解しましょう。

1ダニエル電池の構造と反応

ダニエル電池とは

ダニエル電池は、1836年にダニエル(イギリス)が考案した電池です。亜鉛板を硫酸亜鉛(ZnSO4)水溶液に浸したものと、銅板を硫酸銅(CuSO4)水溶液に浸したものを、素焼き板(またはセロハン)で仕切って構成されます。

電池式で表すと次のようになります。

(−) Zn | ZnSO4aq | CuSO4aq | Cu (+)

各電極の反応

イオン化傾向は Zn > Cu です。イオン化傾向の大きい Zn が電子を放出する負極となり、Cu2+ が電子を受け取る正極となります。

(−)負極

Zn 板 / ZnSO4aq

Zn → Zn2+ + 2e(酸化)

亜鉛が溶け出し、電子が外部回路へ流れ出す。ZnSO4 濃度が増加する。

素焼き板
(+)正極

Cu 板 / CuSO4aq

Cu2+ + 2e → Cu(還元)

Cu2+ が電子を受け取り銅として析出。CuSO4 濃度が減少する。

全体の反応(正極・負極を合算):

Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cu

これは「亜鉛が銅イオンを還元する」という自発的な酸化還元反応そのものです。この反応が自発的に進む(ΔG < 0)ことが、電池が電気を取り出せる根本的な理由です。

起電力と標準電極電位

電池が発生させる電圧を起電力(EMF)といいます。起電力の大きさは、正極と負極の標準電極電位の差として求められます。

電極反応標準電極電位 E°
Cu2+ + 2e → Cu(正極)+0.34 V
Zn2+ + 2e → Zn(負極)−0.76 V

起電力の計算:

起電力 = E°(正極) − E°(負極) = 0.34 − (−0.76) = 1.10 V

標準電極電位とイオン化傾向化学

標準電極電位は、標準水素電極(E° = 0 V)を基準とした各電極の相対的な電位です。値が小さいほど電子を放出しやすく(酸化されやすく)、イオン化傾向が大きいことに対応します。2種類の金属で電池を組むとき、標準電極電位の差がその電池の理論的な起電力になります。

  • 実際の起電力は溶液の濃度・温度によって理論値からずれる場合がある
  • ダニエル電池の実際の起電力は約1.1 V(理論値とほぼ一致)
  • 2種の金属のイオン化傾向の差が大きいほど起電力は大きくなる

2電池の原理 ─ 自発的酸化還元反応の空間的分離

なぜ「分離」するのか

Zn 板を CuSO4 水溶液に直接浸けると、Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cu の反応は起きますが、電子は Zn から Cu2+ へと直接移動します。このとき電気エネルギーは取り出せず、熱として失われます。

電池の巧みさは、この反応を2か所に空間的に分離することにあります。酸化(電子を放出)と還元(電子を受け取り)を別の場所で起こし、電子を外部回路(導線)に流させることで、電気エネルギーとして利用できるのです。

電池の本質:自発的な酸化還元反応を「空間的に分離」する

電池 = 自発的な酸化還元反応(ΔG < 0)を、酸化と還元に分けて別の電極で起こし、電子を外部回路に流す装置。

「分離しない」→ 反応が一か所で直接進む → 電気は取れず熱になる
「分離する」→ 電子が回路を通る → 電気エネルギーとして取り出せる

素焼き板が必要なのはなぜか
Zn 板を CuSO4 溶液に直接入れると、Cu2+ が Zn 板で直接還元されてしまう
電子が外部回路を流れず、電気が取り出せなくなる
そこで ZnSO4 溶液と CuSO4 溶液を素焼き板で仕切る(混合を防ぐ)
素焼き板はイオンのみを通す(電荷を均衡させる塩橋の役割)
Cu2+ が Zn と直接接触せず、電子は外部回路を通らざるを得ない → 電流が流れる

素焼き板(またはセロハン)は「2種の溶液を混ぜないが、イオンは通す」仕切りです。Zn2+ が増え SO42− が不足する負極側へ、正極側から SO42− が移動し、電荷バランスが保たれます。これがなければ回路が成立せず、電流は流れません。

一次電池と二次電池

電池は、充電の可否によって2種類に分類されます。

  • 一次電池:放電のみ可能で、充電できない電池。使い切りタイプ。(例: マンガン乾電池、アルカリマンガン乾電池)
  • 二次電池(蓄電池):外部電源から逆向きの電流を流すこと(充電)で起電力を回復できる電池。繰り返し使用可能。(例: 鉛蓄電池、リチウムイオン電池)

ダニエル電池は一次電池に分類されます。放電を続けると Zn2+ 濃度が増加し Cu2+ 濃度が減少するため、起電力が徐々に低下します。

一次電池二次電池
充電不可可能
代表例マンガン乾電池、アルカリ乾電池鉛蓄電池、リチウムイオン電池
用途リモコン、懐中電灯など自動車、スマートフォンなど

3この章を俯瞰する

ダニエル電池を起点に、電気化学全体のつながりを確認しましょう。

  • 6-3 イオン化傾向:負極・正極の決まり方はイオン化傾向の大小そのもの。Zn > Cu だから Zn が負極になる。
  • 6-4 電池の基礎(復習):ボルタ電池との違い(素焼き板による分離)を明確に押さえよう。
  • 12-2 実用電池:鉛蓄電池・リチウムイオン電池・燃料電池は本章の原理の応用。
  • 12-3 電気分解:電池とは逆に、外部からエネルギーを与えて非自発的な酸化還元反応を起こす。
  • 熱力学(ΔG):自発反応(ΔG < 0)が電気エネルギーとして取り出せるのは、ギブズエネルギーの概念で理解できる(大学以降)。

4まとめ

  • ダニエル電池: 負極(Zn → Zn2+ + 2e)、正極(Cu2+ + 2e → Cu)、起電力≒1.1 V
  • 起電力 = 正極の標準電極電位 − 負極の標準電極電位(= 0.34 − (−0.76) = 1.10 V)
  • 電池の本質: 自発的な酸化還元反応を空間的に分離し、電子を外部回路に流す
  • 素焼き板の役割: 2種の溶液の混合を防ぎつつイオンのみを通過させ、回路を成立させる
  • 一次電池(充電不可)vs 二次電池(充電可能・繰り返し使用)
  • イオン化傾向の差が大きい2種の金属を組み合わせるほど、起電力が大きくなる

5確認テスト

Q1. ダニエル電池において、負極・正極でそれぞれ起こる反応を電子 e を含むイオン反応式で答えよ。

▶ クリックして解答を表示負極:Zn → Zn²⁺ + 2e⁻ 正極:Cu²⁺ + 2e⁻ → Cu

Q2. ダニエル電池の標準起電力を、標準電極電位を用いて計算せよ。(Cu²⁺/Cu = +0.34 V、Zn²⁺/Zn = −0.76 V)

▶ クリックして解答を表示起電力 = 0.34 − (−0.76) = 1.10 V

Q3. ダニエル電池で素焼き板が果たす役割を2つ答えよ。

▶ クリックして解答を表示①2種の電解質水溶液が直接混合するのを防ぐ。②イオンを通過させ電荷バランスを保つ(塩橋として機能する)。

Q4. 一次電池と二次電池の違いを述べよ。

▶ クリックして解答を表示一次電池は放電のみで充電できない使い捨て電池(例:マンガン乾電池)。二次電池は充電によって繰り返し使用できる電池(例:鉛蓄電池、リチウムイオン電池)。

6入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

12-1-1 A 基礎 選択

ダニエル電池に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① 負極では銅が溶け出す反応が起こる。
  • ② 正極では Cu2+ が還元されて銅が析出する。
  • ③ 素焼き板は2種の溶液が混合しないように仕切るが、イオンは通さない。
  • ④ 放電が進むにつれ、ZnSO4 水溶液の濃度は増加する。
  • ⑤ イオン化傾向が大きい金属ほど正極になりやすい。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

②④

解説

① 誤り。負極で溶け出すのは亜鉛 Zn(Zn → Zn2+ + 2e)。銅は正極に析出する。

② 正しい。Cu2+ + 2e → Cu の還元反応が正極で起こる。

③ 誤り。素焼き板はイオンを通す。通さないと回路が閉じず電流が流れない。

④ 正しい。負極で Zn が溶け出して Zn2+ が増えるため、ZnSO4 濃度は増加する。

⑤ 誤り。イオン化傾向が大きい金属は電子を放出しやすく負極になる。

B 標準レベル

12-1-2 B 標準 計算・論述

ダニエル電池を一定時間放電させたところ、負極の質量が1.30g減少した。

(1) このとき流れた電子の物質量は何 mol か。(Zn の原子量: 65)

(2) 正極で析出した銅の質量は何 g か。(Cu の原子量: 64)

(3) 放電が進むと起電力が低下する理由を述べよ。

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解答

(1) Zn の物質量 = 1.30/65 = 0.020 mol
Zn → Zn2+ + 2e より、電子の物質量 = 0.020 × 2 = 0.040 mol

(2) Cu2+ + 2e → Cu より、Cu の物質量 = 0.040/2 = 0.020 mol
Cu の質量 = 0.020 × 64 = 1.28 g

(3) 放電が進むと Zn2+ 濃度が増加し Cu2+ 濃度が減少するため、両電極の電極電位の差(起電力)が小さくなる。

解説

(1)(2) 電子の授受は電極反応の係数比に対応します。Zn 1 mol が溶けると 2 mol の電子が流れ、Cu 1 mol が析出します。質量の変化量から電子の物質量を求め、もう一方の電極の変化を計算する手順が入試でよく問われます。

(3) 起電力はネルンスト式で濃度依存します(大学内容)。高校では「Zn2+ が増えて Cu2+ が減ると、両電極間の電位差が縮まる」という定性的な理解で十分です。

採点ポイント(各(1)(2)2点、(3)3点)
  • (1) 電子の物質量が 0.040 mol と正しく求められている
  • (2) Cu の質量が 1.28 g と正しく求められている
  • (3) ZnSO4 濃度増加・CuSO4 濃度減少に言及している

C 発展レベル

12-1-3 C 発展 総合・論述

次の標準電極電位の表を参考にして、各問に答えよ。

電極反応E°(V)
Zn2+ + 2e → Zn−0.76
Fe2+ + 2e → Fe−0.44
Cu2+ + 2e → Cu+0.34
Ag+ + e → Ag+0.80

(1) 鉄板と銅板、鉄板と亜鉛板のそれぞれで電池を組んだ場合、理論的な起電力を求めよ。

(2) 「ダニエル電池」の構成で、Zn/ZnSO4aq の代わりに Fe/FeSO4aq を用いた場合、起電力は元のダニエル電池より大きいか小さいか、理由とともに述べよ。

(3) 素焼き板の代わりに溶液を完全に混合させた場合に起こる問題点を2つ挙げよ。

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解答

(1) Fe(負極)/ Cu(正極): 0.34 − (−0.44) = 0.78 V
Zn(負極)/ Fe(正極): (−0.44) − (−0.76) = 0.32 V

(2) 小さい。元のダニエル電池の起電力は1.10 Vだが、Fe/Cu 電池の起電力は0.78 V。Fe の標準電極電位(−0.44 V)は Zn(−0.76 V)より大きいため、正極(Cu)との差が縮まり、起電力は小さくなる。

(3) ①Cu2+ が Zn 板と直接接触して Zn 板の表面で Cu が析出し、電子が外部回路を流れなくなる(電流が取り出せなくなる)。②2種の電解質が混合することで溶液の組成が変わり、正確な電極反応が維持されない。

解説

(1) 起電力は正極の E° − 負極の E° で求めます。正極はイオン化傾向が小さい(E° が大きい)方の金属です。

(2) 問題文の「ダニエル電池との比較」では、負極の E° が元の Zn より大きい(−0.44 > −0.76)ので、起電力は小さくなります。「イオン化傾向の差が大きいほど起電力が大きい」という原則と対応しています。

(3) 素焼き板の役割を逆から考える問題です。CuSO4 と ZnSO4 が混合されると Cu2+ が負極の Zn 板と接触し、外部回路を通らずに直接電子が移動します。これが電池としての機能を失わせる根本原因です。