第13章 反応速度

反応速度に影響する条件

反応速度は一定ではなく、外部条件によって大きく変わります。
濃度・温度・表面積という3つの要因を、「なぜそうなるか」の
分子レベルの理由とともに理解しましょう。

1濃度の影響

反応物の濃度が大きいほど、反応速度は大きくなります。これは最も直感的に理解しやすい要因です。

なぜ濃度が増すと速度が増大するのか

化学反応は、反応物の粒子どうしが衝突することで進みます。溶液や気体中では、単位体積あたりの粒子数が多いほど(=濃度が高いほど)、単位時間あたりの衝突回数が増加します。

濃度が大きいほど反応速度が増大するのはなぜか
濃度が大きい = 単位体積あたりの粒子数が多い
粒子どうしの衝突回数が増加する(単位時間あたり)
反応が起こる機会が増え、反応速度が大きくなる

反応速度式との関係

濃度と反応速度の定量的な関係は反応速度式で表されます。例えば、反応 A + B → C で速度が両反応物の濃度に比例する場合、

反応速度式の例
v = k[A][B]

ここで k反応速度定数で、温度が一定なら一定の値をとります(濃度には依存しない)。濃度を2倍にすると、それに関わる速度も2倍になります。

計算例:濃度と速度の変化

反応速度式が v = k[A][B] のとき、A と B の濃度をどちらも3倍にすると?

v' = k(3[A])(3[B]) = 9k[A][B] = 9v

→ 反応速度は9倍になる。

落とし穴:固体の「濃度」は反応速度式に現れない

固体の場合、内部の粒子は液体や気体の反応物と接触できません。反応は固体の表面でしか起こりません。そのため固体のモル濃度(物質量/体積)を変えても速度式には入りません。固体については「表面積」が重要です(後述)。

2温度の影響

温度が高いほど反応速度は大きくなります。その変化は非常に急激で、反応温度が約 10℃(10 K)上昇するごとに、反応速度は約 2〜3 倍になることが知られています。

実験データ:N2O5 の分解

五酸化二窒素 N2O5 の分解反応(2N2O5 → 4NO2 + O2)について温度と反応速度定数 k の関係を調べると、以下のようになります。

温度 [K]反応速度定数 k [/s]隣との比
2983.38 × 10−5
308(+10 K)1.35 × 10−4約 4.0 倍
318(+10 K)4.98 × 10−4約 3.7 倍
328(+10 K)1.50 × 10−3約 3.0 倍
338(+10 K)4.87 × 10−3約 3.2 倍

温度が 10 K 上昇するごとに速度定数は約 3〜4 倍になっていることがわかります。これは濃度の影響とは比較にならないほど大きな変化です。

温度が上がるとなぜ反応速度が急激に増大するのか
温度が上昇 → 分子の運動エネルギーが増大し、衝突回数がわずかに増える(数 %)
しかし速度の増加(2〜3倍)は衝突回数の増加(数 %)では説明できない
本当の理由:高温ほど活性化エネルギーを超えるエネルギーをもつ分子の割合が大きく増える
「衝突しても反応できない」衝突が「反応できる」衝突に変わる割合が急増する
反応速度が急激に大きくなる

※ 活性化エネルギーの詳細は 13-3 で学ぶ。

本質:速度定数 k は温度に強く依存する

反応速度式 v = k[A][B] において、濃度 [A]、[B] を変えても速度定数 k は変わりません。しかし温度を変えると k の値そのものが変化します。温度が速度に与える影響が大きい本当の理由は、k が温度に対して指数関数的に変化するためです(アレニウスの式)。

3触媒の影響

触媒を加えると、同じ温度・濃度でも反応速度が大きく増加します。触媒のしくみと活性化エネルギーとの関係は13-3 で詳しく扱います。ここでは現象として押さえておきましょう。

触媒の定義(13-3 へのプレビュー)

触媒とは、反応速度を大きくするが、反応の前後で自身は変化しない物質です。

過酸化水素水に MnO2(酸化マンガン(IV))を加えると、常温でも O2 が激しく発生します。MnO2 は触媒として働き、反応後に MnO2 として残ります。触媒が速度を上げる根本的な理由(活性化エネルギーの低下)は 13-3 で学びます。

4固体の表面積の影響

固体が関与する反応では、固体の表面積が大きいほど反応速度が大きくなります。

実験例:石灰石と塩酸

石灰石(主成分 CaCO3)に塩酸を加えると、二酸化炭素が発生します。

CaCO3 + 2HCl → CaCl2 + H2O + CO2

粒状の石灰石と粉末状の石灰石を同じ物質量・同じ濃度の塩酸で反応させると、粉末状の方が激しく CO2 が発生します。物質量(= 全体の粒子数)が同じでも、表面積が大きい方が速い。

なぜ表面積が大きいと速いのか

固体と液体(または気体)の反応は、固体の表面でしか起こりません。固体を細かく砕くと表面積が増大し、液体の反応物(ここでは HCl)と接触できる面積が広がります。その結果、単位時間あたりの衝突回数が増え、反応速度が大きくなります。

固体の形状表面積反応速度
大きな塊小さい遅い
粒状(砕いたもの)中程度中程度
粉末大きい速い
身近な例:粉じん爆発

小麦粉や石炭の粉末は、塊の状態では燃えにくいにもかかわらず、空気中に浮遊した粉末状態では爆発的に燃焼することがあります(粉じん爆発)。これは表面積の増大による反応速度の急激な増加が原因です。工場の粉体取り扱い設備では防爆対策が必要です。

5この章を俯瞰する

反応速度に影響する条件は、工業的な化学反応の設計に直結します。以下の学習内容とつながっています。

  • 13-1「反応速度の定義」 → 反応速度式 v = k[A][B] における濃度の役割を本節で具体的に理解できる。
  • 13-3「活性化エネルギーと触媒」 → 温度が速度を変える根本理由と、触媒の作用機構を詳しく学ぶ。本節の「なぜ?」ボックスの答えがここにある。
  • 14章「化学平衡」 → ルシャトリエの原理(濃度・温度・圧力変化による平衡移動)は、速度への影響が平衡の視点から整理されたもの。
  • ハーバー・ボッシュ法(アンモニア合成) → 温度・圧力・触媒の条件を最適化した工業的化学の代表例。本節の内容が実際の工業プロセスで使われている。

6まとめ

  • 濃度:濃度が大きいほど衝突回数が増え、反応速度は大きくなる
  • 温度:温度が 10℃(10 K)上昇するごとに反応速度は約 2〜3 倍になる。原因は活性化エネルギーを超える分子の割合の増加(13-3で詳述)
  • 触媒:活性化エネルギーを下げて反応速度を増大させる(反応の前後で変化しない)
  • 固体の表面積:固体を細かくすると表面積が増え、接触面が広がって反応速度が大きくなる
  • 速度定数 k濃度に依存しないが、温度に強く依存する

7確認テスト

Q1. 反応速度式が v = k[A]2[B] の反応で、[A] を2倍、[B] を3倍にすると、反応速度は何倍になるか。

▶ クリックして解答を表示v' = k(2[A])²(3[B]) = 4 × 3 × k[A]²[B] = 12v。反応速度は12倍になる。

Q2. ある反応で温度が 10℃ 上昇するごとに速度が3倍になる。温度を 30℃ 上昇させると速度は何倍になるか。

▶ クリックして解答を表示3倍になる操作を3回繰り返すので 3³ = 27 倍。

Q3. 固体の表面積を大きくすると反応速度が増大する理由を、分子(粒子)の衝突の観点から説明せよ。

▶ クリックして解答を表示固体と液体(または気体)の反応は固体の表面でのみ起こるため、固体を細かくして表面積を増やすと、液体の反応物と接触できる面積が広がり、単位時間あたりの衝突回数が増加して反応速度が大きくなる。

Q4. 温度が上昇すると反応速度が増大する主な理由は「衝突回数の増加」だけでは不十分とされる。その理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示温度が 10℃ 上昇した際の衝突回数の増加は数% 程度にすぎないが、実際の反応速度は 2〜3 倍も増大する。この急激な増大は、衝突回数の増加だけでなく、活性化エネルギーを超えるエネルギーをもつ分子の割合が温度上昇によって大幅に増加することで説明される。

8入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

13-2-1 A 基礎 選択

化学反応の速さに関する記述として誤っているものを、次の①〜⑤から1つ選べ。

  • ① 反応物の濃度を大きくすると、一般に反応速度は大きくなる。
  • ② 温度を高くすると、反応速度は大きくなる。
  • ③ 固体の反応物を粉末にすると、表面積が増えて反応速度が大きくなる。
  • ④ 触媒を用いると反応速度が大きくなり、反応の前後で触媒自身も変化する。
  • ⑤ 反応速度定数 k の値は、温度が変化すると変わる。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

解説

④が誤り。触媒は反応速度を大きくしますが、反応の前後で自身は変化しません(触媒の定義)。①②③⑤はすべて正しい記述です。⑤について:速度定数 k は濃度には依存しませんが、温度には強く依存します(温度が高いほど大きくなります)。

B 標準レベル

13-2-2 B 標準 計算・論述

反応 A + B → C の反応速度式は v = k[A][B] で表され、25℃ での速度定数は k = 2.0 × 10−2 L/(mol・s) である。

(1) [A] = 0.10 mol/L、[B] = 0.20 mol/L のときの反応速度を求めよ。

(2) 温度を 25℃ から 45℃ に上げると、反応速度が約 4 倍になった。この温度範囲での速度定数を求めよ。

(3) (2) の結果から、10℃ 上昇あたりの速度の増加倍率を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 4.0 × 10−4 mol/(L・s)

(2) k' = 8.0 × 10−2 L/(mol・s)

(3) 約 2 倍

解説

(1) v = 2.0 × 10−2 × 0.10 × 0.20 = 4.0 × 10−4 mol/(L・s)

(2) 速度が 4 倍になっても濃度は変わらないので、速度定数が 4 倍になる。k' = 4 × 2.0 × 10−2 = 8.0 × 10−2 L/(mol・s)

(3) 25→45℃ の 20℃ 上昇で 4 倍。10℃ 上昇あたりでは √4 = 2 倍。

C 発展レベル

13-2-3 C 発展 総合・論述

鉄は常温の空気中では非常にゆっくりと酸化されるが、粉末状にした鉄(鉄粉)を空気中に撒くと激しく燃焼する。また、同じ鉄粉でも加熱すると燃焼が起こりやすくなる。

(1) 塊状の鉄と粉末状の鉄で反応速度が異なる理由を、表面積の観点から説明せよ。

(2) 加熱によって反応速度が大きくなる理由を、分子(粒子)のエネルギーの観点から説明せよ。

(3) 化学工業において、固体触媒を用いる際に細かい粒子状や多孔質の構造にする理由を、本節の内容と関連させて述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 鉄と酸素の反応は鉄の表面でのみ起こる。粉末状にすると表面積が大幅に増大し、酸素と接触できる鉄の面積が広がるため、単位時間あたりの衝突回数が増加して反応速度が大きくなる。

(2) 温度が高いほど粒子の運動エネルギーが増大し、活性化エネルギーを超えるエネルギーをもつ粒子の割合が増加する。そのため、衝突した際に反応できる確率が高まり、反応速度が大きくなる。

(3) 固体触媒は表面で反応物と作用する(不均一触媒)。触媒を細かくしたり多孔質にしたりすることで表面積を大きくすると、反応物と触媒の接触面積が増え、触媒作用が発揮される機会が増大するため。

解説

(1) 固体は内部の粒子が反応に関与できないため、外部と接触している表面のみで反応が進行します。粉末化によって表面積が飛躍的に増大すると、これが実質的な「濃度増加」と同じ効果をもたらします。

(2) これが温度と速度の関係の核心です。ボルツマン分布によれば、温度が上がると活性化エネルギー以上のエネルギーをもつ分子の割合が指数関数的に増加します(詳細は 13-3)。

(3) 工業触媒(例:ハーバー・ボッシュ法の鉄触媒、自動車排ガス触媒の Pt・Rh)は多孔質構造にして有効表面積を最大化しています。触媒の有効表面積の設計は触媒工学の重要テーマです。

採点ポイント((3)配点例:4点)
  • 固体触媒は表面で作用すること(不均一触媒)に言及(2点)
  • 表面積の増大と接触機会の増加を結びつけている(2点)