第13章 反応速度

活性化エネルギーと触媒

「なぜ温度が上がると反応が速くなるのか」──13-2 で残した問いに、
活性化エネルギーという概念が答えを与えます。
触媒がその障壁を下げることで、反応速度を飛躍的に増大させるしくみを理解しましょう。

1活性化エネルギーとは

化学反応は、反応物の粒子どうしが衝突することで始まります。しかし、すべての衝突が反応につながるわけではありません。反応が起こるためには、衝突する粒子がある一定以上のエネルギーをもっていなければなりません。

このエネルギーの「障壁」が活性化エネルギー(activation energy)です。

活性化エネルギーの定義
活性化エネルギー = 反応物が遷移状態(活性錯合体)を形成するために必要な最小のエネルギー

エネルギー図で理解する

反応の進行にともなうエネルギー変化を示したエネルギー図(エネルギープロファイル)で考えます。

エネルギー図から読み取れる重要な点を整理します。

  • 活性化エネルギー Ea:反応物が遷移状態に達するために必要なエネルギー(山の高さ)
  • 遷移状態(活性錯合体):反応の途中で形成される、エネルギーが最も高い不安定な状態
  • 反応エンタルピー ΔH:反応物と生成物のエネルギー差。触媒の有無に関わらず変化しない
安定な物質が混合しただけでは反応しないのはなぜか
反応物の粒子(分子)は安定な状態にある(低いエネルギー状態)
反応が進むには、既存の結合を切って遷移状態(活性錯合体)を経由しなければならない
遷移状態は反応物よりはるかにエネルギーが高い(不安定)
そのエネルギー差(活性化エネルギー)を超える十分なエネルギーをもつ粒子だけが反応できる
常温では活性化エネルギーを超える粒子の割合が少ない → 反応はゆっくり(または見かけ上ゼロ)

活性化エネルギーの大小と反応速度

活性化エネルギーが小さいほど、その障壁を超えられる粒子の割合が多くなるため、反応速度は大きくなります。

反応活性化エネルギー [kJ/mol]
H2 + I2 → 2HI175
2N2O5 → 4NO2 + O2103
N2 + 3H2 → 2NH3234
HCOOH → CO + H2O92

2触媒

触媒とは、反応速度を大きくするが、反応の前後で自身は変化しない物質です。

触媒が速度を上げるしくみ

触媒は、触媒なしとは異なる反応経路(より活性化エネルギーの小さい経路)を提供します。触媒があると、反応は低い山(小さい活性化エネルギー)を越えるだけで進めるようになります。

先のエネルギー図(青の実線と赤の破線)を参照してください。触媒がある場合(赤の破線)、遷移状態のエネルギー(山の頂点)が低くなっています。これにより、同じ温度でも活性化エネルギーを超えられる粒子の割合が大幅に増え、反応速度が急増します。

本質:触媒は「活性化エネルギーを下げる」が「反応エンタルピーは変えない」

触媒が変えるのは経路(山の高さ)であって、スタート(反応物)とゴール(生成物)のエネルギー差ではありません。したがって、触媒を使っても反応エンタルピー ΔH は変化しません。発熱反応は触媒があっても発熱反応のままです。

触媒自身は変化しない

触媒は反応の途中で反応物と作用して活性錯合体を形成しますが、反応後には元の形に再生されます。そのため、少量の触媒が繰り返し作用し、多量の反応物を変換できます。

正触媒と負触媒(抑制剤)

通常「触媒」というと反応速度を大きくする正触媒を指します。一方、反応速度を小さくする(活性化エネルギーを大きくする方向に作用する、あるいは正触媒の作用を妨げる)物質を負触媒(抑制剤、インヒビター)といいます。

  • 正触媒:MnO2(H2O2 の分解を促進)、Pt(HI の分解を促進)
  • 負触媒(抑制剤):食品の酸化防止剤(脂質の酸化反応を抑制)、自動車エンジンのノッキング防止剤

代表的な触媒の例

触媒反応用途・備考
MnO2(酸化マンガン(IV))2H2O2 → 2H2O + O2実験室での O2 発生。不均一触媒
V2O5(五酸化バナジウム)2SO2 + O2 → 2SO3硫酸製造(接触法)。不均一触媒
Fe3O4(+ Al2O3、K2O)N2 + 3H2 → 2NH3ハーバー・ボッシュ法。不均一触媒
Pt(白金)4NH3 + 5O2 → 4NO + 6H2O硝酸製造(オストワルト法)。不均一触媒
Pt、Rh(ロジウム)NOx、CO → N2、CO2自動車排ガス触媒(三元触媒)
酵素(タンパク質)生体内の各種反応均一触媒。カタラーゼ:H2O2 の分解

均一触媒と不均一触媒

触媒は反応物との混合状態によって2種類に分類されます。

  • 均一触媒:反応物と同じ相(均一に混合)で作用。例:塩酸(触媒)によるエステルの加水分解、酵素
  • 不均一触媒:反応物と異なる相で、表面で作用。例:MnO2(固体)による H2O2(液体)の分解
発展:酵素と活性化エネルギー化学

肝臓に含まれる酵素カタラーゼは、H2O2 の分解の触媒として作用します。活性化エネルギーを比較すると:

  • 触媒なし:約 75 kJ/mol
  • 白金触媒あり:約 50 kJ/mol
  • カタラーゼ(酵素)あり:約 8 kJ/mol

酵素は無機触媒をはるかに上回る効率で活性化エネルギーを低下させます。生命現象がいかに精巧な触媒(酵素)に支えられているかがわかります。

落とし穴:触媒は平衡を移動させない

可逆反応において触媒は正反応と逆反応の両方の活性化エネルギーを等しく低下させます。そのため、正・逆どちらの反応速度も大きくなり、平衡状態に到達する時間は短くなりますが、平衡定数は変化せず、平衡の位置(反応率)は変わりません。触媒は「平衡の位置を変える操作」ではありません。

3この章を俯瞰する

活性化エネルギーと触媒の理解は、理論化学・工業化学・生化学をつなぐ橋渡しになります。

  • 13-2「反応速度に影響する条件」 → 温度が速度を変える本当の理由(活性化エネルギーを超える分子の割合変化)がここで完結する。13-2 の「なぜ?ボックス」の答えが本節にある。
  • 14章「化学平衡」 → 触媒は平衡定数を変えないが、平衡到達時間を短縮する。ルシャトリエの原理との区別が重要。
  • 11章「反応エンタルピー」 → エネルギー図の ΔH は反応エンタルピーそのもの。触媒があってもΔHは不変であることと結びつく。
  • 無機化学(工業的合成) → ハーバー・ボッシュ法・オストワルト法・接触法はすべて触媒を活用した工業プロセス。本節の触媒表が直接使える。
  • 生化学(酵素) → 生体触媒である酵素のしくみは活性化エネルギーの概念で理解できる。医学・薬学との接点でもある。

4まとめ

  • 活性化エネルギー:反応物が遷移状態に達するために必要な最小のエネルギー障壁
  • 活性化エネルギーが小さいほど反応速度は大きい
  • 温度が上昇すると活性化エネルギーを超える粒子の割合が増え、反応速度が急増する
  • 触媒:活性化エネルギーを低下させ反応速度を大きくするが、反応の前後で自身は変化しない
  • 触媒を用いても反応エンタルピーは変化しない
  • 触媒は平衡を移動させない(平衡定数は変化しない)
  • 均一触媒(酵素・酸など)と不均一触媒(MnO2、Pt、V2O5 など)の区別

5確認テスト

Q1. 活性化エネルギーが小さいほど反応速度が大きくなる理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示活性化エネルギーが小さいほど、その障壁を超えるエネルギーをもつ粒子の割合が大きくなる。衝突した際に反応できる割合が増えるため、反応速度が大きくなる。

Q2. 触媒を用いると反応速度が大きくなる理由を「活性化エネルギー」という語を使って説明せよ。

▶ クリックして解答を表示触媒は、触媒がない場合とは別のより活性化エネルギーの小さい反応経路を提供する。そのため同じ温度でも遷移状態になれる粒子の割合が増え、反応速度が大きくなる。

Q3. 触媒を加えても反応エンタルピーが変化しない理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示触媒は反応の経路(遷移状態のエネルギー)を変えるが、反応物と生成物そのもののエネルギーは変化しない。反応エンタルピーは反応物と生成物のエネルギー差であるから、触媒の有無に関わらず一定である。

Q4. 均一触媒と不均一触媒の違いを、例を挙げて説明せよ。

▶ クリックして解答を表示均一触媒は反応物と同じ相(均一に混合した状態)で作用する触媒。例:酵素による生体反応、塩酸を触媒とするエステルの加水分解。不均一触媒は反応物と異なる相で、主に固体触媒の表面で作用する。例:MnO₂(固体)による H₂O₂(液体)の分解、Pt(固体)による NH₃ の酸化。

6入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

13-3-1 A 基礎 選択

活性化エネルギーと触媒に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① 活性化エネルギーの大きい反応ほど、反応速度は小さい。
  • ② 触媒を用いると、反応の活性化エネルギーが小さくなる。
  • ③ 触媒を用いると、発熱反応が吸熱反応に変わることがある。
  • ④ 触媒は可逆反応の正反応と逆反応の両方の活性化エネルギーを低下させる。
  • ⑤ 触媒を用いると、平衡状態における生成物の割合が大きくなる。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

①②④

解説

①:正しい。活性化エネルギーが大きいほど障壁を超えられる粒子の割合が少なく、速度は小さい。

②:正しい。触媒の本質的な作用。

③:誤り。触媒は活性化エネルギーを変えるが、反応エンタルピー(発熱・吸熱の別)は変化しない。

④:正しい。正・逆両方の活性化エネルギーを等しく低下させる。

⑤:誤り。触媒は平衡定数を変えないので、平衡における生成物の割合も変わらない(平衡到達時間は短くなる)。

B 標準レベル

13-3-2 B 標準 図・論述

ヨウ化水素 HI が分解して水素 H2 とヨウ素 I2 を生じる反応がある。

2HI(気) → H2(気) + I2(気)  ΔH = +11 kJ/mol

触媒を用いない場合の活性化エネルギーは 175 kJ/mol であり、白金触媒を用いると 49 kJ/mol に低下する。

(1) エネルギー図(エネルギープロファイル)の概略を描き、触媒あり・なしの両方の経路を示せ。各エネルギーの値(175 kJ/mol、49 kJ/mol、11 kJ/mol)をグラフ上に記入すること。

(2) 逆反応(H2 + I2 → 2HI)の触媒なしの活性化エネルギーを求めよ。

(3) 白金触媒を用いた場合の逆反応の活性化エネルギーを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 略(HI(反応物)のエネルギーを基準とし、遷移状態(触媒なし)が 175 kJ 高い位置、遷移状態(白金触媒あり)が 49 kJ 高い位置、H2 + I2(生成物)が 11 kJ 高い位置となるエネルギー図を描く)

(2) 175 − 11 = 164 kJ/mol

(3) 49 − 11 = 38 kJ/mol

解説

(2) 逆反応の活性化エネルギーは「遷移状態のエネルギー − 逆反応の反応物(= H2 + I2)のエネルギー」です。H2 + I2 は HI より 11 kJ/mol 高いので、逆反応の活性化エネルギー = 175 − 11 = 164 kJ/mol。

(3) 同様に白金触媒使用時:49 − 11 = 38 kJ/mol。触媒を使うと逆反応の活性化エネルギーも低下することが確認できます。

採点ポイント((1)配点例:4点)
  • HI と H2+I2 のエネルギー差(ΔH = +11)が正しく描けている(1点)
  • 触媒なしの遷移状態が 175 kJ の高さになっている(1点)
  • 触媒ありの遷移状態が 49 kJ の高さになっている(1点)
  • 触媒ありの山が触媒なしより低く描けている(1点)

C 発展レベル

13-3-3 C 発展 総合・論述

アンモニア合成(ハーバー・ボッシュ法)は次の可逆反応で表される。

N2(気) + 3H2(気) ⇌ 2NH3(気)  ΔH = −92 kJ/mol

この反応では、活性化エネルギーを下げるために Fe3O4 系触媒が用いられる。工業的には約 400〜500℃、約 3.0 × 107 Pa の条件で行われる。

(1) 触媒を用いてもアンモニアの平衡収率(生成率)が変化しない理由を説明せよ。

(2) この反応を高温(400〜500℃)で行う理由を、反応速度と平衡収率の両面から説明せよ。

(3) 触媒を細かい粒子状にするか多孔質構造にする理由を、本章の知識を用いて述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 触媒は正反応と逆反応の活性化エネルギーを等しく低下させるため、正・逆反応の速度はどちらも大きくなるが、その比(平衡定数)は変化しない。よって平衡の位置は移動せず、平衡収率は変わらない。

(2) 高温にすると反応速度が大きくなり(速度面)、短時間で平衡に達することができる。ただし、この反応は発熱反応なので、高温ほど平衡がアンモニア生成の反対方向(分解方向)に移動し、平衡収率は低下する(収率面)。高温を選ぶのは速度と収率の妥協点として実用上許容できる反応速度を確保するためである。

(3) 固体触媒(不均一触媒)は表面で反応物と作用するため、有効表面積が大きいほど反応物と触媒の接触機会が増え、触媒の効果が高まるから。

解説

(1) 平衡定数 K = [NH3]² / ([N2][H2]³) は温度のみで決まります。触媒は経路を変えますが温度は変えないため K は不変、収率も不変です。

(2) 発熱反応(ΔH < 0)では低温ほど平衡収率が高い(ルシャトリエの原理)が、低温では反応速度が遅く実用的でありません。400〜500℃ は速度と収率の最適な妥協点です。触媒なしでは活性化エネルギー(234 kJ/mol)が大きすぎてこの温度でも遅すぎます。触媒によって活性化エネルギーを下げることで、比較的低温でも実用的な速度が得られます。

(3) 不均一触媒の有効表面積最大化は触媒設計の核心です。ゼオライト・シリカゲルなどの多孔質材料が担体として使われるのも同じ理由です。

採点ポイント((2)配点例:6点)
  • 高温で反応速度が大きくなることを述べている(2点)
  • 発熱反応なので高温では平衡収率が低下することを述べている(2点)
  • 両者の妥協点として高温が選ばれることを述べている(2点)