「なぜ温度が上がると反応が速くなるのか」──13-2 で残した問いに、
活性化エネルギーという概念が答えを与えます。
触媒がその障壁を下げることで、反応速度を飛躍的に増大させるしくみを理解しましょう。
化学反応は、反応物の粒子どうしが衝突することで始まります。しかし、すべての衝突が反応につながるわけではありません。反応が起こるためには、衝突する粒子がある一定以上のエネルギーをもっていなければなりません。
このエネルギーの「障壁」が活性化エネルギー(activation energy)です。
反応の進行にともなうエネルギー変化を示したエネルギー図(エネルギープロファイル)で考えます。
エネルギー図から読み取れる重要な点を整理します。
活性化エネルギーが小さいほど、その障壁を超えられる粒子の割合が多くなるため、反応速度は大きくなります。
| 反応 | 活性化エネルギー [kJ/mol] |
|---|---|
| H2 + I2 → 2HI | 175 |
| 2N2O5 → 4NO2 + O2 | 103 |
| N2 + 3H2 → 2NH3 | 234 |
| HCOOH → CO + H2O | 92 |
触媒とは、反応速度を大きくするが、反応の前後で自身は変化しない物質です。
触媒は、触媒なしとは異なる反応経路(より活性化エネルギーの小さい経路)を提供します。触媒があると、反応は低い山(小さい活性化エネルギー)を越えるだけで進めるようになります。
先のエネルギー図(青の実線と赤の破線)を参照してください。触媒がある場合(赤の破線)、遷移状態のエネルギー(山の頂点)が低くなっています。これにより、同じ温度でも活性化エネルギーを超えられる粒子の割合が大幅に増え、反応速度が急増します。
触媒が変えるのは経路(山の高さ)であって、スタート(反応物)とゴール(生成物)のエネルギー差ではありません。したがって、触媒を使っても反応エンタルピー ΔH は変化しません。発熱反応は触媒があっても発熱反応のままです。
触媒は反応の途中で反応物と作用して活性錯合体を形成しますが、反応後には元の形に再生されます。そのため、少量の触媒が繰り返し作用し、多量の反応物を変換できます。
通常「触媒」というと反応速度を大きくする正触媒を指します。一方、反応速度を小さくする(活性化エネルギーを大きくする方向に作用する、あるいは正触媒の作用を妨げる)物質を負触媒(抑制剤、インヒビター)といいます。
| 触媒 | 反応 | 用途・備考 |
|---|---|---|
| MnO2(酸化マンガン(IV)) | 2H2O2 → 2H2O + O2 | 実験室での O2 発生。不均一触媒 |
| V2O5(五酸化バナジウム) | 2SO2 + O2 → 2SO3 | 硫酸製造(接触法)。不均一触媒 |
| Fe3O4(+ Al2O3、K2O) | N2 + 3H2 → 2NH3 | ハーバー・ボッシュ法。不均一触媒 |
| Pt(白金) | 4NH3 + 5O2 → 4NO + 6H2O | 硝酸製造(オストワルト法)。不均一触媒 |
| Pt、Rh(ロジウム) | NOx、CO → N2、CO2 | 自動車排ガス触媒(三元触媒) |
| 酵素(タンパク質) | 生体内の各種反応 | 均一触媒。カタラーゼ:H2O2 の分解 |
触媒は反応物との混合状態によって2種類に分類されます。
肝臓に含まれる酵素カタラーゼは、H2O2 の分解の触媒として作用します。活性化エネルギーを比較すると:
酵素は無機触媒をはるかに上回る効率で活性化エネルギーを低下させます。生命現象がいかに精巧な触媒(酵素)に支えられているかがわかります。
可逆反応において触媒は正反応と逆反応の両方の活性化エネルギーを等しく低下させます。そのため、正・逆どちらの反応速度も大きくなり、平衡状態に到達する時間は短くなりますが、平衡定数は変化せず、平衡の位置(反応率)は変わりません。触媒は「平衡の位置を変える操作」ではありません。
活性化エネルギーと触媒の理解は、理論化学・工業化学・生化学をつなぐ橋渡しになります。
Q1. 活性化エネルギーが小さいほど反応速度が大きくなる理由を述べよ。
Q2. 触媒を用いると反応速度が大きくなる理由を「活性化エネルギー」という語を使って説明せよ。
Q3. 触媒を加えても反応エンタルピーが変化しない理由を述べよ。
Q4. 均一触媒と不均一触媒の違いを、例を挙げて説明せよ。
基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。
活性化エネルギーと触媒に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。
①②④
①:正しい。活性化エネルギーが大きいほど障壁を超えられる粒子の割合が少なく、速度は小さい。
②:正しい。触媒の本質的な作用。
③:誤り。触媒は活性化エネルギーを変えるが、反応エンタルピー(発熱・吸熱の別)は変化しない。
④:正しい。正・逆両方の活性化エネルギーを等しく低下させる。
⑤:誤り。触媒は平衡定数を変えないので、平衡における生成物の割合も変わらない(平衡到達時間は短くなる)。
ヨウ化水素 HI が分解して水素 H2 とヨウ素 I2 を生じる反応がある。
触媒を用いない場合の活性化エネルギーは 175 kJ/mol であり、白金触媒を用いると 49 kJ/mol に低下する。
(1) エネルギー図(エネルギープロファイル)の概略を描き、触媒あり・なしの両方の経路を示せ。各エネルギーの値(175 kJ/mol、49 kJ/mol、11 kJ/mol)をグラフ上に記入すること。
(2) 逆反応(H2 + I2 → 2HI)の触媒なしの活性化エネルギーを求めよ。
(3) 白金触媒を用いた場合の逆反応の活性化エネルギーを求めよ。
(1) 略(HI(反応物)のエネルギーを基準とし、遷移状態(触媒なし)が 175 kJ 高い位置、遷移状態(白金触媒あり)が 49 kJ 高い位置、H2 + I2(生成物)が 11 kJ 高い位置となるエネルギー図を描く)
(2) 175 − 11 = 164 kJ/mol
(3) 49 − 11 = 38 kJ/mol
(2) 逆反応の活性化エネルギーは「遷移状態のエネルギー − 逆反応の反応物(= H2 + I2)のエネルギー」です。H2 + I2 は HI より 11 kJ/mol 高いので、逆反応の活性化エネルギー = 175 − 11 = 164 kJ/mol。
(3) 同様に白金触媒使用時:49 − 11 = 38 kJ/mol。触媒を使うと逆反応の活性化エネルギーも低下することが確認できます。
アンモニア合成(ハーバー・ボッシュ法)は次の可逆反応で表される。
この反応では、活性化エネルギーを下げるために Fe3O4 系触媒が用いられる。工業的には約 400〜500℃、約 3.0 × 107 Pa の条件で行われる。
(1) 触媒を用いてもアンモニアの平衡収率(生成率)が変化しない理由を説明せよ。
(2) この反応を高温(400〜500℃)で行う理由を、反応速度と平衡収率の両面から説明せよ。
(3) 触媒を細かい粒子状にするか多孔質構造にする理由を、本章の知識を用いて述べよ。
(1) 触媒は正反応と逆反応の活性化エネルギーを等しく低下させるため、正・逆反応の速度はどちらも大きくなるが、その比(平衡定数)は変化しない。よって平衡の位置は移動せず、平衡収率は変わらない。
(2) 高温にすると反応速度が大きくなり(速度面)、短時間で平衡に達することができる。ただし、この反応は発熱反応なので、高温ほど平衡がアンモニア生成の反対方向(分解方向)に移動し、平衡収率は低下する(収率面)。高温を選ぶのは速度と収率の妥協点として実用上許容できる反応速度を確保するためである。
(3) 固体触媒(不均一触媒)は表面で反応物と作用するため、有効表面積が大きいほど反応物と触媒の接触機会が増え、触媒の効果が高まるから。
(1) 平衡定数 K = [NH3]² / ([N2][H2]³) は温度のみで決まります。触媒は経路を変えますが温度は変えないため K は不変、収率も不変です。
(2) 発熱反応(ΔH < 0)では低温ほど平衡収率が高い(ルシャトリエの原理)が、低温では反応速度が遅く実用的でありません。400〜500℃ は速度と収率の最適な妥協点です。触媒なしでは活性化エネルギー(234 kJ/mol)が大きすぎてこの温度でも遅すぎます。触媒によって活性化エネルギーを下げることで、比較的低温でも実用的な速度が得られます。
(3) 不均一触媒の有効表面積最大化は触媒設計の核心です。ゼオライト・シリカゲルなどの多孔質材料が担体として使われるのも同じ理由です。