化学反応には「一方向にしか進まないもの」と「両方向に進むもの」があります。
後者では、正反応と逆反応の速度がつり合った特別な状態——化学平衡——が生まれます。
「反応が止まっているように見えるが、実際には正逆両方が進行中」という動的な本質を理解することが、この章全体の出発点です。
亜鉛 Zn に希硫酸 H2SO4 を加えると、水素 H2 が発生します。
Zn + H2SO4 → ZnSO4 + H2↑
この反応は一方向にしか進まず、生成した ZnSO4 と H2 が元に戻ることはありません。このように、一方向にだけ進行する反応を不可逆反応といいます。中和反応、沈殿を生成する反応、気体を発生する反応の多くが不可逆反応です。
一方、水素 H2 とヨウ素 I2 を高温で反応させると、ヨウ化水素 HI が生成します。
H2 + I2 → 2HI (正反応)
2HI → H2 + I2 (逆反応)
このように、逆向きにも起こる反応を可逆反応といいます。可逆反応では、右向きの反応を正反応、左向きの反応を逆反応といい、両方向を示す矢印 ⇄ を用いてまとめて書きます。
H2 + I2 ⇄ 2HI
H2 0.50 mol と I2 0.50 mol を密閉容器に入れて高温に保つと、最初は HI が盛んに生成します(正反応が速い)。しかし HI が増えてくると、HI が分解して H2 と I2 に戻る反応(逆反応)も起きるようになります。
やがて、正反応速度 v1 と逆反応速度 v2 が等しくなります。この状態が化学平衡の状態(平衡状態)です。
平衡状態:正反応速度 v1 = 逆反応速度 v2
見かけ上の反応速度 v = v1 − v2 = 0
平衡状態では正反応と逆反応が同じ速さで同時に進行しています。ちょうど、エスカレーターを上る人と下る人の数が同じで、全体の人数が変わらないようなイメージです。巨視的(肉眼レベル)では変化がなくても、微視的(分子レベル)では絶え間なく反応が起きています。この「動的平衡」という概念が、平衡移動の理解の土台になります。
化学平衡には次の3つの重要な特徴があります。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| ① 濃度一定 | 反応物・生成物それぞれのモル濃度が一定に保たれる(ただし等しいとは限らない) |
| ② 巨視的変化なし | 外見上(色・圧力・質量など)変化が止まったように見える |
| ③ 密閉系で成立 | 物質が系外に逃げない密閉容器の中でのみ実現する(開放系では一方向に反応が進み続ける) |
同じ可逆反応でも、どの物質をどれだけ出発点にしても、同じ温度であれば同じ平衡状態に達します。例えば H2 と I2 の混合気体から出発しても、純粋な HI から出発しても、最終的に到達する各物質の濃度比は温度さえ同じであれば等しくなります。このことが次節で学ぶ「平衡定数」が温度のみで決まる定数であることの根拠です。
平衡状態では各物質の濃度が一定に保たれるのであって、反応物と生成物の濃度が互いに等しくなるわけではありません。平衡定数の値によって、生成物側に大きく偏った平衡もあれば、ほとんど反応が進まない平衡もあります。
化学平衡の概念は、第14章全体の土台であり、化学全体の要所にも深く関わっています。
Q1. 可逆反応と不可逆反応の違いを簡潔に述べよ。また、不可逆反応の例を2つ挙げよ。
Q2. 化学平衡の状態とはどのような状態か、正反応・逆反応の速度に言及して説明せよ。
Q3. 「平衡状態では反応が止まっている」という記述は正しいか。理由を含めて答えよ。
Q4. 密閉容器の中でのみ化学平衡が成立する理由を述べよ。
基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。
化学平衡に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。
①④⑤
②が誤り。平衡状態では各物質の濃度が「一定」になるのであって、反応物と生成物の濃度が「等しく」なるわけではありません。平衡定数の値によって、生成物が多い場合も反応物が多い場合もあります。
③が誤り。可逆反応という性質は反応そのものの特性であり、密閉容器の有無とは関係ありません。密閉容器は平衡状態を実現するための条件です。
H2 と I2 を密閉容器に入れて高温に保ったとき、やがて化学平衡の状態に達した。
(1) この反応が可逆反応であることを、化学反応式を用いて示せ。
(2) 平衡状態に達するまでの間、正反応速度と逆反応速度はそれぞれどのように変化するか説明せよ。
(3) 平衡状態において、系に何ら操作を加えずに時間を経過させても各物質の濃度が変化しない理由を述べよ。
(1) H2 + I2 ⇄ 2HI
(2) 正反応速度は H2・I2 が消費されるにつれて低下し、逆反応速度は HI が生成するにつれて上昇する。やがて両者が等しくなり平衡状態に達する。
(3) 正反応と逆反応が同じ速度で進行しているため、各物質が消費される速さと生成される速さが等しく、正味の濃度変化がゼロになるから。
(2) 反応が始まった直後は H2・I2 の濃度が高く HI の濃度が低いので、正反応速度 v1 が大きく逆反応速度 v2 は小さい。時間とともに v1 は低下し v2 は上昇して、v1 = v2 になった時点が平衡状態です。
(3) 動的平衡の説明です。「反応が止まった」のではなく「正逆が同速で進行中」であることを明記することが採点上の重要ポイントです。
次の各反応について、(1)〜(3) に答えよ。
ア.Zn + H2SO4 → ZnSO4 + H2
イ.H2 + I2 ⇄ 2HI
ウ.N2 + 3H2 ⇄ 2NH3
エ.HCl + NaOH → NaCl + H2O
(1) 可逆反応をすべて選べ。
(2) 可逆反応イを密閉容器で高温に保ったとき、平衡状態に達した。このとき、純粋な HI だけを出発物質とした場合でも同じ平衡状態に達するか答えよ。また、その理由を述べよ。
(3) 「平衡状態では反応が止まっている」という表現が不正確である理由を40字以内で述べよ。
(1) イ、ウ
(2) 同じ平衡状態に達する。可逆反応では、同じ温度であれば出発物質の組成によらず、同じ温度での平衡定数(各物質のモル濃度の比)に従った平衡状態に達するから。
(3) 平衡状態でも正反応と逆反応が同じ速さで進行しており、巨視的に変化がないだけで反応は止まっていない。(40字)
(1) アは希硫酸と亜鉛の反応(不可逆)、エは中和反応(不可逆)です。
(2) これは平衡定数が「出発組成によらず温度のみで決まる」という重要な性質です。H2 + I2 混合から出発しても、HI 単体から出発しても、同じ温度での平衡状態(各物質の濃度比)は同じになります。
(3) 動的平衡の本質を問う記述問題です。「v1 = v2」という速度の等しさと、「反応は進行中」であることの2点を含める必要があります。