第14章 化学平衡

可逆反応と化学平衡

化学反応には「一方向にしか進まないもの」と「両方向に進むもの」があります。
後者では、正反応と逆反応の速度がつり合った特別な状態——化学平衡——が生まれます。
「反応が止まっているように見えるが、実際には正逆両方が進行中」という動的な本質を理解することが、この章全体の出発点です。

1可逆反応と不可逆反応

亜鉛 Zn に希硫酸 H2SO4 を加えると、水素 H2 が発生します。

Zn + H2SO4 → ZnSO4 + H2

この反応は一方向にしか進まず、生成した ZnSO4 と H2 が元に戻ることはありません。このように、一方向にだけ進行する反応不可逆反応といいます。中和反応、沈殿を生成する反応、気体を発生する反応の多くが不可逆反応です。

一方、水素 H2 とヨウ素 I2 を高温で反応させると、ヨウ化水素 HI が生成します。

H2 + I2 → 2HI (正反応)

2HI → H2 + I2 (逆反応)

このように、逆向きにも起こる反応可逆反応といいます。可逆反応では、右向きの反応を正反応、左向きの反応を逆反応といい、両方向を示す矢印 ⇄ を用いてまとめて書きます。

H2 + I2 ⇄ 2HI

不可逆反応になりやすい条件
  • 中和反応(H+ と OH の結合は非常に強い)
  • 沈殿を生じる反応(生成物が溶液から取り除かれる)
  • 気体を発生する反応(生成物が系外へ逃げる)
  • 燃焼反応(大きなエネルギーを放出する)

2化学平衡

平衡状態に至るまでの過程

H2 0.50 mol と I2 0.50 mol を密閉容器に入れて高温に保つと、最初は HI が盛んに生成します(正反応が速い)。しかし HI が増えてくると、HI が分解して H2 と I2 に戻る反応(逆反応)も起きるようになります。

  • H2 と I2 が減る → 正反応速度 v1低下
  • HI が増える → 逆反応速度 v2上昇

やがて、正反応速度 v1 と逆反応速度 v2 が等しくなります。この状態が化学平衡の状態(平衡状態)です。

平衡状態:正反応速度 v1 = 逆反応速度 v2

見かけ上の反応速度 v = v1 − v2 = 0

平衡状態では反応は止まっているのか?
「見かけ上、反応が止まっている」→ 各物質の濃度が変化しなくなっただけ
実際には、正反応(H2 + I2 → 2HI)が常に進行中
同時に、逆反応(2HI → H2 + I2)も常に進行中
両者の速度が等しいため、正味の変化がゼロになっている
これを動的平衡という。「静止」ではなく「動的なつり合い」
本質:平衡は「静止」ではなく「動的なつり合い」

平衡状態では正反応と逆反応が同じ速さで同時に進行しています。ちょうど、エスカレーターを上る人と下る人の数が同じで、全体の人数が変わらないようなイメージです。巨視的(肉眼レベル)では変化がなくても、微視的(分子レベル)では絶え間なく反応が起きています。この「動的平衡」という概念が、平衡移動の理解の土台になります。

3平衡状態の特徴

化学平衡には次の3つの重要な特徴があります。

特徴内容
① 濃度一定反応物・生成物それぞれのモル濃度が一定に保たれる(ただし等しいとは限らない)
② 巨視的変化なし外見上(色・圧力・質量など)変化が止まったように見える
③ 密閉系で成立物質が系外に逃げない密閉容器の中でのみ実現する(開放系では一方向に反応が進み続ける)

平衡状態と反応条件

同じ可逆反応でも、どの物質をどれだけ出発点にしても、同じ温度であれば同じ平衡状態に達します。例えば H2 と I2 の混合気体から出発しても、純粋な HI から出発しても、最終的に到達する各物質の濃度比は温度さえ同じであれば等しくなります。このことが次節で学ぶ「平衡定数」が温度のみで決まる定数であることの根拠です。

落とし穴:「平衡=濃度が等しい」ではない

平衡状態では各物質の濃度が一定に保たれるのであって、反応物と生成物の濃度が互いに等しくなるわけではありません。平衡定数の値によって、生成物側に大きく偏った平衡もあれば、ほとんど反応が進まない平衡もあります。

4この章を俯瞰する

化学平衡の概念は、第14章全体の土台であり、化学全体の要所にも深く関わっています。

  • 反応速度 → 13-3「反応速度と温度・触媒」:平衡状態は正逆の反応速度が等しくなった結果。反応速度論を先に理解しておくと平衡の意味が深まる。
  • 平衡定数 → 14-2「平衡定数と平衡の計算」:平衡状態での各物質のモル濃度の関係は平衡定数 K で定量化される。
  • 平衡移動 → 14-3「ルシャトリエの原理」:外部条件(濃度・圧力・温度)が変化すると平衡が移動する。
  • 電離平衡 → 14-5「電離平衡と pH」:弱酸・弱塩基の電離も可逆反応であり、化学平衡の特別な場合として扱われる。
  • 溶解平衡 → 14-6「溶解度積」:難溶性塩の溶解も平衡として記述できる。

5まとめ

  • 不可逆反応:一方向にのみ進む反応(中和、沈殿生成、燃焼など)
  • 可逆反応:正逆両方向に進む反応。記号 ⇄ で表す
  • 化学平衡(平衡状態):正反応速度 v1 = 逆反応速度 v2 となった状態
  • 平衡状態では各物質の濃度が一定に保たれ、巨視的には変化が止まったように見える
  • 実際には正逆両方の反応が同時進行中(動的平衡)。静止ではない
  • 同じ温度なら、出発組成によらず同じ平衡状態に達する → 平衡定数は温度のみの関数

6確認テスト

Q1. 可逆反応と不可逆反応の違いを簡潔に述べよ。また、不可逆反応の例を2つ挙げよ。

▶ クリックして解答を表示可逆反応は正逆両方向に進む反応、不可逆反応は一方向にしか進まない反応。例:中和反応(HCl + NaOH → NaCl + H₂O)、亜鉛と希硫酸の反応(Zn + H₂SO₄ → ZnSO₄ + H₂↑)

Q2. 化学平衡の状態とはどのような状態か、正反応・逆反応の速度に言及して説明せよ。

▶ クリックして解答を表示正反応の反応速度と逆反応の反応速度が等しくなり、見かけ上反応が止まっているように見える状態。実際には正逆両方の反応が同時に進行している(動的平衡)。

Q3. 「平衡状態では反応が止まっている」という記述は正しいか。理由を含めて答えよ。

▶ クリックして解答を表示誤り。平衡状態では正反応と逆反応が同じ速さで同時に進行しており、見かけ上(巨視的に)変化がないだけで、分子レベルでは反応は続いている。これを動的平衡という。

Q4. 密閉容器の中でのみ化学平衡が成立する理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示開放系では生成した気体などが系外に逃げてしまい、逆反応が起きる条件(生成物の濃度)が確保されない。密閉容器では物質が逃げられないため、正逆両方の反応が起き、やがて速度が等しくなって平衡状態に達する。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

14-1-1 A 基礎 選択

化学平衡に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① 化学平衡の状態では、正反応と逆反応の反応速度が等しくなっている。
  • ② 化学平衡の状態では、反応物と生成物のモル濃度は必ず等しくなっている。
  • ③ 可逆反応は密閉容器の中でのみ起こる。
  • ④ 化学平衡の状態でも、分子レベルでは正反応と逆反応が同時に進行している。
  • ⑤ 平衡状態に達した後、温度を変えなければ各物質の濃度は変化しない。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

①④⑤

解説

②が誤り。平衡状態では各物質の濃度が「一定」になるのであって、反応物と生成物の濃度が「等しく」なるわけではありません。平衡定数の値によって、生成物が多い場合も反応物が多い場合もあります。

③が誤り。可逆反応という性質は反応そのものの特性であり、密閉容器の有無とは関係ありません。密閉容器は平衡状態を実現するための条件です。

B 標準レベル

14-1-2 B 標準 論述

H2 と I2 を密閉容器に入れて高温に保ったとき、やがて化学平衡の状態に達した。

(1) この反応が可逆反応であることを、化学反応式を用いて示せ。

(2) 平衡状態に達するまでの間、正反応速度と逆反応速度はそれぞれどのように変化するか説明せよ。

(3) 平衡状態において、系に何ら操作を加えずに時間を経過させても各物質の濃度が変化しない理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) H2 + I2 ⇄ 2HI

(2) 正反応速度は H2・I2 が消費されるにつれて低下し、逆反応速度は HI が生成するにつれて上昇する。やがて両者が等しくなり平衡状態に達する。

(3) 正反応と逆反応が同じ速度で進行しているため、各物質が消費される速さと生成される速さが等しく、正味の濃度変化がゼロになるから。

解説

(2) 反応が始まった直後は H2・I2 の濃度が高く HI の濃度が低いので、正反応速度 v1 が大きく逆反応速度 v2 は小さい。時間とともに v1 は低下し v2 は上昇して、v1 = v2 になった時点が平衡状態です。

(3) 動的平衡の説明です。「反応が止まった」のではなく「正逆が同速で進行中」であることを明記することが採点上の重要ポイントです。

採点ポイント((3)配点例:3点)
  • 正反応と逆反応が同時に進行していることに言及(1点)
  • 両者の速度が等しいことに言及(1点)
  • 消費速度=生成速度であるため濃度変化がゼロという論理(1点)

C 発展レベル

14-1-3 C 発展 総合

次の各反応について、(1)〜(3) に答えよ。

 ア.Zn + H2SO4 → ZnSO4 + H2

 イ.H2 + I2 ⇄ 2HI

 ウ.N2 + 3H2 ⇄ 2NH3

 エ.HCl + NaOH → NaCl + H2O

(1) 可逆反応をすべて選べ。

(2) 可逆反応イを密閉容器で高温に保ったとき、平衡状態に達した。このとき、純粋な HI だけを出発物質とした場合でも同じ平衡状態に達するか答えよ。また、その理由を述べよ。

(3) 「平衡状態では反応が止まっている」という表現が不正確である理由を40字以内で述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) イ、ウ

(2) 同じ平衡状態に達する。可逆反応では、同じ温度であれば出発物質の組成によらず、同じ温度での平衡定数(各物質のモル濃度の比)に従った平衡状態に達するから。

(3) 平衡状態でも正反応と逆反応が同じ速さで進行しており、巨視的に変化がないだけで反応は止まっていない。(40字)

解説

(1) アは希硫酸と亜鉛の反応(不可逆)、エは中和反応(不可逆)です。

(2) これは平衡定数が「出発組成によらず温度のみで決まる」という重要な性質です。H2 + I2 混合から出発しても、HI 単体から出発しても、同じ温度での平衡状態(各物質の濃度比)は同じになります。

(3) 動的平衡の本質を問う記述問題です。「v1 = v2」という速度の等しさと、「反応は進行中」であることの2点を含める必要があります。