第14章 化学平衡

平衡定数と平衡の計算

平衡状態では、各物質のモル濃度の間に一定の関係式が成立します。
これを化学平衡の法則といい、その比例定数を平衡定数 K と呼びます。
K の値は温度のみで決まり、濃度や圧力によらない——この事実が平衡計算の強力な武器になります。

1平衡定数 K

化学平衡の法則(質量作用の法則)

一般に、可逆反応が次の式で表されるとします。

aA + bB ⇄ cC + dD (a, b, c, d は係数)

この反応がある温度で平衡状態にあるとき、各物質のモル濃度の間には次の関係が成り立ちます。

Kc = [C]c[D]d / [A]a[B]b = 一定
([X] はモル濃度 [mol/L]、係数が指数になる点に注意)

この関係を化学平衡の法則(質量作用の法則)といい、Kc濃度平衡定数(または単に平衡定数 K)といいます。K の値は温度が一定であれば、濃度がどのような値をとっても一定に保たれます。

固体が含まれる場合の平衡定数

固体が関与する反応では、固体の濃度は一定(変化しない)とみなせるため、平衡定数の式に固体は含めません。

例:C(固)+ CO2(気)⇄ 2CO(気)の場合

K = [CO]2 / [CO2] (C は固体なので含めない)

圧平衡定数 Kp

気体が関与する可逆反応では、モル濃度の代わりに各気体の分圧を用いて平衡定数を表すこともできます。これを圧平衡定数 Kpといいます。

Kp = pCc · pDd / pAa · pBb
(pX は気体 X の分圧 [Pa])

Kc と Kp の間には次の関係があります(R:気体定数、T:絶対温度、Δn:生成物の気体の係数の和 − 反応物の気体の係数の和)。

Kp = Kc · (RT)Δn
(Δn = (c+d) − (a+b)。Δn = 0 のとき Kp = Kc
発展:Kc と Kp の関係の導出大学

気体 A のモル濃度 [A] と分圧 pA の関係は、気体の状態方程式より pA = [A]RT で表されます。この関係を Kc の式に代入すると Kp = Kc·(RT)Δn が得られます。高校では Kp の定義と Kc との違いを理解すれば十分です。

2平衡定数の意味

K の大きさは、平衡状態でどちら側の物質が多いかを表します。

K の値平衡の偏り意味
K ≫ 1(非常に大きい)生成物側に大きく偏る反応はほぼ完全に進む
K = 1 程度反応物と生成物が共存どちら側も無視できない量が存在
K ≪ 1(非常に小さい)反応物側に大きく偏るほとんど反応が進まない
本質:K は「どこまで反応が進むか」を決める数

K が大きいほど生成物が有利な平衡です。例えばアンモニア合成 N2 + 3H2 ⇄ 2NH3 の K は 800 K では約 6×10−2 とそれほど大きくありません(つまり 800 K では NH3 の生成率は低い)。温度を下げれば K は大きくなり NH3 が有利になりますが、反応速度が遅くなるというトレードオフがあります。これが工業的製法の条件選定の核心です(→ 14-3)。

また、K は温度のみで変化します。濃度や圧力を変えても K の値は変わりません(ただし平衡状態そのもの、つまり各物質の濃度は変わります)。

落とし穴:「温度を変えると K が変わる」と「平衡が移動する」の違い

温度を変えると K 自体の値が変わります。一方、濃度・圧力の変化では K は変わらず、各物質の濃度が新しい平衡(同じ K を満たす)に向かって変化します。この違いは入試でよく問われます。

3平衡の計算 ─ ICE 表を使った計算法

平衡計算では、ICE 表(Initial・Change・Equilibrium)を使うと系統的に解くことができます。

意味
I Initial反応開始時(初期)の物質量またはモル濃度
C Change平衡に達するまでの変化量(増減)。反応式の係数比に従う
E Equilibrium平衡時の物質量またはモル濃度(= I + C)

例題:H2 と I2 からの HI 生成

体積 5.0 L の容器に H2 と I2 を各 1.00 mol 入れて密閉し、ある一定温度に保ったところ、平衡状態に達し HI が 1.60 mol 生成した。この温度における平衡定数 Kc を求めよ。

H2(気)+ I2(気)⇄ 2HI(気)

まず ICE 表を作ります。

H2I2HI
I(mol)1.001.000
C(mol)−0.80−0.80+1.60
E(mol)0.200.201.60

各物質のモル濃度(÷ 5.0 L):

  • [H2] = 0.20 / 5.0 = 0.040 mol/L
  • [I2] = 0.20 / 5.0 = 0.040 mol/L
  • [HI] = 1.60 / 5.0 = 0.32 mol/L
Kc = [HI]2 / ([H2][I2]) = (0.32)2 / (0.040 × 0.040) = 0.1024 / 0.0016 = 64

例題:N2 + 3H2 ⇄ 2NH3 のKc 計算

体積 10 L の密閉容器に N2 を 1.00 mol、H2 を 3.00 mol 入れて一定温度に保ったところ、平衡状態に達し NH3 が 0.40 mol 生成した。この温度における平衡定数 Kc を求めよ。

N2(気)+ 3H2(気)⇄ 2NH3(気)

N2H2NH3
I(mol)1.003.000
C(mol)−0.20−0.60+0.40
E(mol)0.802.400.40

各物質のモル濃度(÷ 10 L):

  • [N2] = 0.80 / 10 = 0.080 mol/L
  • [H2] = 2.40 / 10 = 0.240 mol/L
  • [NH3] = 0.40 / 10 = 0.040 mol/L
Kc = [NH3]2 / ([N2][H2]3) = (0.040)2 / (0.080 × (0.240)3) = 1.6×10−3 / (0.080 × 1.382×10−2) ≈ 1.45 (mol/L)−2
ICE 表を使うときの注意点
  • Change 行の変化量は、反応式の係数比に従う(NH3 が +2x なら N2 は −x、H2 は −3x)
  • 平衡定数の式にはモル濃度(mol/L)を代入する。物質量(mol)を直接代入しないこと
  • 固体は ICE 表に書いても、平衡定数の式には含めない
  • Kc の単位は反応によって異なる(単位なしの場合もある)

4この章を俯瞰する

平衡定数の概念は、化学平衡のすべての定量的議論の基盤です。

  • 化学平衡の基礎 → 14-1「可逆反応と化学平衡」:K の定義の前提となる動的平衡の概念。
  • 平衡移動の定性的理解 → 14-3「ルシャトリエの原理」:K が変化しない条件(濃度・圧力変化)と、K が変化する条件(温度変化)を区別して理解する。
  • 電離定数 → 14-5「電離平衡と pH」:弱酸の電離平衡定数 Ka も同じ平衡定数の形で記述される。
  • 溶解度積 → 14-6「溶解度積」:Ksp も平衡定数の一種。沈殿生成の条件判断に使う。
  • 反応速度との関係 → 13-3「反応速度定数」:平衡定数は正反応と逆反応の速度定数の比 K = k1/k2 としても導ける。

5まとめ

  • 化学平衡の法則aA + bB ⇄ cC + dD のとき Kc = [C]c[D]d / [A]a[B]b
  • Kc温度が一定なら一定(濃度・圧力には無関係)
  • K ≫ 1 → 生成物側に偏る、K ≪ 1 → 反応物側に偏る
  • 固体は平衡定数の式に含めない
  • 圧平衡定数 Kp:分圧で表した平衡定数。Kp = Kc·(RT)Δn
  • 平衡計算にはICE 表を使う:初期値 → 変化量(係数比) → 平衡値

6確認テスト

Q1. 反応 N2O4(気)⇄ 2NO2(気)の平衡定数 Kc の式を書け。

▶ クリックして解答を表示Kc = [NO₂]² / [N₂O₄]

Q2. 反応 C(固)+ H2O(気)⇄ CO(気)+ H2(気)の平衡定数 Kc の式を書け。

▶ クリックして解答を表示Kc = [CO][H₂] / [H₂O] (固体の C は含めない)

Q3. 平衡定数 K が大きいとき、平衡はどちら側(反応物側か生成物側か)に偏っているか。

▶ クリックして解答を表示生成物側に偏っている。K が大きいほど分子(生成物の濃度)が大きく分母(反応物の濃度)が小さいことを意味するため。

Q4. 一定温度で、平衡状態にある系の体積を半分にした(圧縮した)とき、K の値はどうなるか。

▶ クリックして解答を表示K の値は変わらない。K は温度のみで決まる定数であり、圧力(体積)の変化によっては変化しない。ただし各物質の濃度(平衡状態)は移動する。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

14-2-1 A 基礎 計算

体積 10 L の密閉容器に四酸化二窒素 N2O4 を 1.20 mol 入れ、温度を一定に保ったところ、N2O4 が 0.20 mol 反応して二酸化窒素 NO2 が 0.40 mol 生じた平衡状態になった。

N2O4(気)⇄ 2NO2(気)

(1) 平衡時の N2O4 の物質量を求めよ。

(2) この温度における平衡定数 Kc を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 1.20 − 0.20 = 1.00 mol

(2) Kc = (0.40/10)2 / (1.00/10) = (0.040)2 / 0.100 = 0.0016 / 0.100 = 1.6×10−2 mol/L

解説

ICE 表で整理すると:N2O4(I: 1.20、C: −0.20、E: 1.00)、NO2(I: 0、C: +0.40、E: 0.40)。モル濃度に換算してから Kc の式に代入します。単位は mol/L(NO2 の係数が 2 で N2O4 が 1 なので Δn = 1)。

B 標準レベル

14-2-2 B 標準 計算

酢酸 CH3COOH とエタノール C2H5OH を反応させると、酢酸エチル CH3COOC2H5 と水が生成する可逆反応が起こる。

CH3COOH + C2H5OH ⇄ CH3COOC2H5 + H2O

(1) 酢酸 5.0 mol とエタノール 8.0 mol を混合して反応させたところ、平衡状態で酢酸エチルが 4.0 mol 生成した。この反応の平衡定数 Kc を求めよ。

(2) (1)の平衡定数の値を用いて、酢酸 8.0 mol とエタノール 8.0 mol を混合した場合、平衡状態で生成する酢酸エチルの物質量を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) ICE 表(単位:mol):

CH3COOH(I: 5.0、C: −4.0、E: 1.0)、C2H5OH(I: 8.0、C: −4.0、E: 4.0)、酢酸エチル(I: 0、C: +4.0、E: 4.0)、H2O(I: 0、C: +4.0、E: 4.0)

全体積を V (L) とすると、Kc = (4.0/V)(4.0/V) / ((1.0/V)(4.0/V)) = 4.0×4.0 / (1.0×4.0) = 4.0(単位なし)

(2) 生成する酢酸エチルを x mol とすると:

Kc = (x/V)(x/V) / ((8.0−x)/V)(8.0−x)/V) = x2 / (8.0−x)2 = 4.0

x / (8.0−x) = 2.0 → x = 2(8.0−x) = 16 − 2x → 3x = 16 → x = 16/3 ≈ 5.3 mol

解説

(1) この反応は溶液中の反応なので、全体積 V が分子・分母で相殺して Kc は単位なしになります。平衡定数の式に全体積 V が含まれないことを確認しましょう。

(2) x / (8.0−x) = √4.0 = 2.0 を解きます。反応物が等量なので対称性から簡単に解けます。

採点ポイント((2)配点例:4点)
  • ICE 表を正しく設定(1点)
  • Kc の式を正しく立てる(1点)
  • 方程式を正しく解く(1点)
  • 答えの単位・有効数字が正しい(1点)

C 発展レベル

14-2-3 C 発展 総合・計算

ある温度 T において、次の平衡が成立している。

N2(気)+ 3H2(気)⇄ 2NH3(気) Kc = 1.0×10−2 (mol/L)−2

(1) 体積 5.0 L の容器に N2 1.0 mol と H2 3.0 mol を入れて温度 T に保ったとき、平衡時に生成する NH3 の物質量を x mol として Kc の式を立てよ(解かなくてよい)。

(2) Kc の値が小さい(1.0×10−2)ことは、この温度 T でのアンモニア合成反応にとって何を意味するか、40字以内で説明せよ。

(3) Kp と Kc の関係式 Kp = Kc·(RT)Δn を用いて、この反応における Δn を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) ICE 表(物質量 mol):N2(E: 1.0−x/2)、H2(E: 3.0−3x/2)、NH3(E: x)

モル濃度(÷ 5.0):[N2] = (1.0−x/2)/5.0、[H2] = (3.0−3x/2)/5.0、[NH3] = x/5.0

Kc = (x/5.0)2 / { (1.0−x/2)/5.0 · ((3.0−3x/2)/5.0)3 } = 1.0×10−2

(2) 平衡状態では NH3 の生成量が少なく、反応物の N2・H2 が大半を占めることを意味する。(38字)

(3) Δn = 2 − (1+3) = −2

解説

(1) NH3 が x mol 生成するとき、反応式の係数から N2 は x/2 mol、H2 は 3x/2 mol 消費されます。

(2) Kc ≪ 1 は「平衡が反応物側に大きく偏っている」ことを意味します。工業的なアンモニア合成では、低温にすることで K が大きくなり NH3 の生成率を高めることができます(ただし低温は反応速度が遅くなるトレードオフ)。

(3) Δn は(生成物の気体の係数の和)−(反応物の気体の係数の和)= 2 − 4 = −2。Δn が負なので Kp = Kc·(RT)−2 となり、Kp < Kc です。