カルボン酸はカルボキシ基 −COOH をもつ弱酸です。
酢酸は最も身近なカルボン酸で、エステル化・中和の出発物質として有機化学の中心に位置します。
多価カルボン酸(シュウ酸・マレイン酸・フマル酸)は幾何異性体の理解とも深く関わります。
カルボン酸(R−COOH)は、カルボキシ基 −COOH を官能基とする有機化合物です。水溶液中では一部電離して弱酸性を示します。炭酸(H2CO3)より強く、塩酸・硫酸より弱い弱酸です。
R−COOH ⇄ R−COO− + H+
(カルボン酸の電離:弱酸)
カルボン酸は炭酸より強い酸なので、炭酸塩(Na2CO3)や炭酸水素塩(NaHCO3)と反応して CO2 を発生させます。
2CH3COOH + Na2CO3 → 2CH3COONa + H2O + CO2↑
CH3COOH + NaHCO3 → CH3COONa + H2O + CO2↑
カルボキシ基の数により 1 価(モノカルボン酸)・2 価(ジカルボン酸)などに分類されます。また、脂肪族の 1 価カルボン酸を脂肪酸といいます。
| 名称 | 化学式 | 融点 | 特徴・所在 |
|---|---|---|---|
| ギ酸(蟻酸) | HCOOH | 8℃ | 刺激臭の液体。アリの毒。銀鏡反応陽性 |
| 酢酸(エタン酸) | CH3COOH | 17℃ | 食酢の成分(3〜5%)。工業的に重要 |
| プロピオン酸 | CH3CH2COOH | −21℃ | チーズの風味成分 |
| ステアリン酸(飽和) | C17H35COOH | 70℃ | 牛脂の主成分。常温で固体 |
| オレイン酸(不飽和) | C17H33COOH | 16℃ | オリーブ油の主成分 |
ギ酸の構造は H−COOH と書けますが、これはカルボキシ基の炭素にさらに H が 1 個直接ついた形(ホルミル基的な部分)です。そのため、ギ酸は銀鏡反応・フェーリング反応陽性という、通常のカルボン酸にはない性質をもちます。「カルボン酸は還元性なし」という一般則の例外として必ず記憶してください。
酢酸の融点は 17℃ です。冬季や低温環境では固体(氷状)になることから、純粋な酢酸を氷酢酸といいます。無色で刺激臭のある液体(または固体)で、水と任意の割合で混和します。
現在の主な工業的製法は、メタノールと一酸化炭素からロジウム触媒を用いて酢酸を合成する方法です。
CH3OH + CO 触媒(Rh)→ CH3COOH
酢酸とアルコールを濃硫酸触媒で加熱すると、エステルと水が生成します(可逆反応)。
CH3COOH + C2H5OH ⇄ CH3COOC2H5 + H2O
(酢酸 + エタノール ⇄ 酢酸エチル + 水)
エステル化の詳細(平衡・けん化)は 20-4「エステルと油脂」で扱います。
この酸の強さの序列は、芳香族化合物の分離(20-4「エステルと油脂」・21章「芳香族」)でも重要な判断基準になります。
シュウ酸 HOOC−COOH は最も簡単な 2 価カルボン酸(ジカルボン酸)です。カタバミなどの植物に含まれます。
2KMnO4 + 3H2SO4 + 5(COOH)2 → 2MnSO4 + K2SO4 + 10CO2 + 8H2O
(硫酸酸性条件下で MnO4− が Mn2+ に還元され、シュウ酸は CO2 に酸化される)
分子式 C4H4O4 をもつ 2 価不飽和カルボン酸で、C=C 二重結合の位置関係によって 2 種の幾何異性体(シス・トランス異性体)が存在します。
| マレイン酸 | フマル酸 | |
|---|---|---|
| 立体配置 | シス形(−COOH が同じ側) | トランス形(−COOH が反対側) |
| 融点 | 130℃ | 287℃(昇華) |
| 水への溶解性 | 溶けやすい | 溶けにくい |
| 加熱すると | 脱水して無水マレイン酸になる | 脱水しない(−COOH が遠い) |
脱水縮合(無水物形成)には 2 つの −COOH が分子内で近接している必要があります。マレイン酸(シス形)では両方の −COOH が C=C の同じ側に位置するため近接でき、加熱で容易に脱水して無水マレイン酸を与えます。フマル酸(トランス形)では両方の −COOH が C=C の反対側にあるため分子内では届かず、脱水できません。この違いを「シス形は脱水できる・トランス形は脱水できない」として入試でよく問われます。
カルボン酸は有機化学の酸化連鎖の終点であり、エステル化の出発点でもあります。
Q1. 酢酸が「弱酸」であるにもかかわらず NaHCO3 水溶液と反応して CO2 を発生できる理由を述べよ。
Q2. マレイン酸とフマル酸の関係を説明し、加熱したときの違いを述べよ。
Q3. ギ酸がアルデヒドと共通してもつ性質を 1 つ挙げ、その理由を構造から説明せよ。
Q4. 氷酢酸とは何か、説明せよ。
基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでください。
カルボン酸に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。
②④⑤
① 酢酸は弱酸(強酸ではない)。③ 塩化水素は強酸、酢酸は弱酸 → 塩化水素の方が強い。②ギ酸は構造上の特殊性により銀鏡反応陽性(正)。④マレイン酸(シス形)は加熱で脱水して無水マレイン酸を生成(正)。⑤酢酸はカルボン酸として炭酸より強く NaHCO₃ と反応して CO₂ を発生(正)。
シュウ酸二水和物(HOOC−COOH・2H2O、式量 126)を水に溶かした水溶液がある。
(1) シュウ酸はジカルボン酸として 2 段階で電離する。第 1 電離の反応式を書け。
(2) シュウ酸 6.30 g を水に溶かして 500 mL とした。この水溶液の濃度(mol/L)を求めよ。
(3) シュウ酸が還元性を示す理由を述べよ。
(1) HOOCCOOH ⇄ HOOCCOO− + H+
(2) シュウ酸二水和物 6.30 g の物質量 = 6.30/126 = 0.0500 mol。500 mL = 0.500 L。濃度 = 0.0500/0.500 = 0.100 mol/L
(3) シュウ酸は C−C 結合(−COOH 同士の結合)をもち、CO2 に酸化される際に電子を放出できる(自身が酸化される)。過マンガン酸カリウムなどの酸化剤を還元できるため、還元性をもつ。
(2) シュウ酸二水和物の式量 126 には結晶水(2H₂O = 36)が含まれます。溶液中でシュウ酸(HOOCCOOH、式量 90)として溶けているので物質量の計算には二水和物の式量を用います。(3) シュウ酸は KMnO₄ の標定(標準液の濃度を決める操作)に標準物質として利用されます。
分子式 C4H6O4 の化合物 A は、炭素と水素と酸素のみからなり、ジカルボン酸である。次の実験結果をもとに A を特定せよ。
実験 1:A を加熱すると H2O が脱離して分子式 C4H4O3 の化合物 B が得られた。
実験 2:A の水溶液に臭素水を加えると脱色された(C=C 二重結合の存在を示す)。
(1) A の名称を答えよ。
(2) 実験 1 で B が生成する反応が起きる理由を、A の立体構造を踏まえて説明せよ。
(1) マレイン酸(シス-ブテン二酸)
(2) マレイン酸はシス形の幾何異性体であり、2 つの −COOH 基が C=C 二重結合の同じ側に位置している。そのため両 −COOH が分子内で近接しており、加熱によって分子内脱水縮合が起こり、無水マレイン酸(B)が生成する。フマル酸(トランス形)では −COOH が反対側にあるため分子内脱水できない。
実験 2 より C=C 二重結合をもつ不飽和ジカルボン酸。実験 1 より加熱で脱水(H₂O が 1 分子取れる)ことから、シス形(−COOH が同じ側)の幾何異性体であるマレイン酸と確定できます。フマル酸であれば加熱しても脱水できないため、実験 1 の結果と矛盾します。