第20章 酸素を含む脂肪族化合物

カルボン酸

カルボン酸はカルボキシ基 −COOH をもつ弱酸です。
酢酸は最も身近なカルボン酸で、エステル化・中和の出発物質として有機化学の中心に位置します。
多価カルボン酸(シュウ酸・マレイン酸・フマル酸)は幾何異性体の理解とも深く関わります。

1カルボン酸の基本

構造と酸性

カルボン酸(R−COOH)は、カルボキシ基 −COOH を官能基とする有機化合物です。水溶液中では一部電離して弱酸性を示します。炭酸(H2CO3)より強く、塩酸・硫酸より弱い弱酸です。

R−COOH ⇄ R−COO + H+

(カルボン酸の電離:弱酸)

カルボン酸は炭酸より強い酸なので、炭酸塩(Na2CO3)や炭酸水素塩(NaHCO3)と反応して CO2 を発生させます。

2CH3COOH + Na2CO3 → 2CH3COONa + H2O + CO2

CH3COOH + NaHCO3 → CH3COONa + H2O + CO2

カルボン酸の分類

カルボキシ基の数により 1 価(モノカルボン酸)・2 価(ジカルボン酸)などに分類されます。また、脂肪族の 1 価カルボン酸を脂肪酸といいます。

名称化学式融点特徴・所在
ギ酸(蟻酸)HCOOH8℃刺激臭の液体。アリの毒。銀鏡反応陽性
酢酸(エタン酸)CH3COOH17℃食酢の成分(3〜5%)。工業的に重要
プロピオン酸CH3CH2COOH−21℃チーズの風味成分
ステアリン酸(飽和)C17H35COOH70℃牛脂の主成分。常温で固体
オレイン酸(不飽和)C17H33COOH16℃オリーブ油の主成分
落とし穴:ギ酸 HCOOH は還元性をもつ

ギ酸の構造は H−COOH と書けますが、これはカルボキシ基の炭素にさらに H が 1 個直接ついた形(ホルミル基的な部分)です。そのため、ギ酸は銀鏡反応・フェーリング反応陽性という、通常のカルボン酸にはない性質をもちます。「カルボン酸は還元性なし」という一般則の例外として必ず記憶してください。

2酢酸の性質

純粋な酢酸:氷酢酸

酢酸の融点は 17℃ です。冬季や低温環境では固体(氷状)になることから、純粋な酢酸を氷酢酸といいます。無色で刺激臭のある液体(または固体)で、水と任意の割合で混和します。

  • 密度:1.05 g/mL(水より重い)
  • 食酢は酢酸 3〜5% の水溶液

工業的製法

現在の主な工業的製法は、メタノールと一酸化炭素からロジウム触媒を用いて酢酸を合成する方法です。

CH3OH + CO 触媒(Rh)→ CH3COOH

酢酸の反応:エステル化

酢酸とアルコールを濃硫酸触媒で加熱すると、エステルと水が生成します(可逆反応)。

CH3COOH + C2H5OH ⇄ CH3COOC2H5 + H2O

(酢酸 + エタノール ⇄ 酢酸エチル + 水)

エステル化の詳細(平衡・けん化)は 20-4「エステルと油脂」で扱います。

カルボン酸はなぜ弱酸なのに NaHCO3 と反応してCO2を発生させるか
酸の強さ:HCl(強酸)> カルボン酸 > H2CO3(炭酸)> HCO3(炭酸水素イオン)> フェノール
カルボン酸は炭酸より強い酸 → NaHCO3(弱酸の塩)と反応して CO2 を遊離できる
フェノールは炭酸より弱い酸 → NaHCO3 と反応できない(CO2 を発生しない)

この酸の強さの序列は、芳香族化合物の分離(20-4「エステルと油脂」・21章「芳香族」)でも重要な判断基準になります。

3多価カルボン酸

シュウ酸(エタン二酸)

シュウ酸 HOOC−COOH は最も簡単な 2 価カルボン酸(ジカルボン酸)です。カタバミなどの植物に含まれます。

  • 強い還元性をもち、過マンガン酸カリウムを脱色できる(還元剤として滴定に利用)
  • 水溶液は比較的強い酸性(ジカルボン酸の中で最も強い酸)
  • 腎臓結石の原因物質(シュウ酸カルシウム)

2KMnO4 + 3H2SO4 + 5(COOH)2 → 2MnSO4 + K2SO4 + 10CO2 + 8H2O

(硫酸酸性条件下で MnO4 が Mn2+ に還元され、シュウ酸は CO2 に酸化される)

マレイン酸とフマル酸 ─ 幾何異性体の対

分子式 C4H4O4 をもつ 2 価不飽和カルボン酸で、C=C 二重結合の位置関係によって 2 種の幾何異性体(シス・トランス異性体)が存在します。

マレイン酸フマル酸
立体配置シス形(−COOH が同じ側)トランス形(−COOH が反対側)
融点130℃287℃(昇華)
水への溶解性溶けやすい溶けにくい
加熱すると脱水して無水マレイン酸になる脱水しない(−COOH が遠い)
マレイン酸が脱水できてフマル酸が脱水できない理由

脱水縮合(無水物形成)には 2 つの −COOH が分子内で近接している必要があります。マレイン酸(シス形)では両方の −COOH が C=C の同じ側に位置するため近接でき、加熱で容易に脱水して無水マレイン酸を与えます。フマル酸(トランス形)では両方の −COOH が C=C の反対側にあるため分子内では届かず、脱水できません。この違いを「シス形は脱水できる・トランス形は脱水できない」として入試でよく問われます。

4この節を俯瞰する

カルボン酸は有機化学の酸化連鎖の終点であり、エステル化の出発点でもあります。

  • 酸化の上流 → 20-2「アルデヒドとケトン」:第一級アルコール → アルデヒド → カルボン酸。酸化の連鎖の最終段階。
  • エステル化 → 20-4「エステルと油脂」:カルボン酸 + アルコール → エステル + 水。この反応が油脂・セッケン・香料の合成の基礎。
  • NaHCO3 との反応 → 21章「芳香族化合物の分離」:カルボン酸は NaHCO3 と反応するが、フェノールはしない。この差を利用して混合物から分離する。
  • 幾何異性体 → 19-2「アルケン」:C=C 二重結合をもつ化合物のシス・トランス異性。マレイン酸/フマル酸はその好例。
  • シュウ酸の滴定 → 6-2「酸化数・酸化剤/還元剤」:シュウ酸は KMnO4 の標定(濃度決定)に標準物質として使われる。

5まとめ

  • カルボン酸 R−COOH:カルボキシ基 −COOH をもつ弱酸(炭酸より強い)
  • NaHCO3 と反応して CO2 を発生 ← 炭酸より強い酸だから
  • 酢酸(氷酢酸):融点 17℃。エステル化・中和の主要原料
  • ギ酸 HCOOH:カルボン酸だが銀鏡反応・フェーリング反応陽性(例外)
  • シュウ酸:2 価カルボン酸、還元性あり(KMnO4 を脱色)
  • マレイン酸(シス形)⇆ フマル酸(トランス形):幾何異性体
  • マレイン酸は加熱で脱水 → 無水マレイン酸。フマル酸は脱水できない

6確認テスト

Q1. 酢酸が「弱酸」であるにもかかわらず NaHCO3 水溶液と反応して CO2 を発生できる理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示酢酸(カルボン酸)は弱酸であるが、炭酸(H₂CO₃)よりも強い酸性をもつ。強い酸は弱い酸の塩を分解できるため、NaHCO₃(炭酸水素ナトリウム)と反応して CO₂ を遊離させる。

Q2. マレイン酸とフマル酸の関係を説明し、加熱したときの違いを述べよ。

▶ クリックして解答を表示マレイン酸とフマル酸は分子式 C₄H₄O₄ が同じ幾何異性体(シス・トランス異性体)。マレイン酸はシス形で −COOH が近接するため加熱すると分子内脱水して無水マレイン酸になる。フマル酸はトランス形で −COOH が遠く、脱水できない。

Q3. ギ酸がアルデヒドと共通してもつ性質を 1 つ挙げ、その理由を構造から説明せよ。

▶ クリックして解答を表示銀鏡反応(およびフェーリング反応)を示す。ギ酸 H−COOH はカルボキシ基の炭素に水素原子が直接結合した構造をもち、アルデヒドのホルミル基と同様にさらに酸化される余地があるため、還元作用を示す。

Q4. 氷酢酸とは何か、説明せよ。

▶ クリックして解答を表示純粋な酢酸(CH₃COOH)のこと。酢酸の融点は 17℃ であり、低温では氷のような固体となることから氷酢酸とよばれる。不純物を含む食酢は低温でも固化しにくい。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでください。

A 基礎レベル

20-3-1 A 基礎 選択

カルボン酸に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① 酢酸水溶液は強酸性を示す。
  • ② ギ酸は銀鏡反応を示す。
  • ③ 酢酸は塩化水素よりも強い酸である。
  • ④ マレイン酸を加熱すると無水マレイン酸が生成する。
  • ⑤ 酢酸と NaHCO3 を混合すると CO2 が発生する。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

②④⑤

解説

① 酢酸は弱酸(強酸ではない)。③ 塩化水素は強酸、酢酸は弱酸 → 塩化水素の方が強い。②ギ酸は構造上の特殊性により銀鏡反応陽性(正)。④マレイン酸(シス形)は加熱で脱水して無水マレイン酸を生成(正)。⑤酢酸はカルボン酸として炭酸より強く NaHCO₃ と反応して CO₂ を発生(正)。

B 標準レベル

20-3-2 B 標準 計算・論述

シュウ酸二水和物(HOOC−COOH・2H2O、式量 126)を水に溶かした水溶液がある。

(1) シュウ酸はジカルボン酸として 2 段階で電離する。第 1 電離の反応式を書け。

(2) シュウ酸 6.30 g を水に溶かして 500 mL とした。この水溶液の濃度(mol/L)を求めよ。

(3) シュウ酸が還元性を示す理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) HOOCCOOH ⇄ HOOCCOO + H+

(2) シュウ酸二水和物 6.30 g の物質量 = 6.30/126 = 0.0500 mol。500 mL = 0.500 L。濃度 = 0.0500/0.500 = 0.100 mol/L

(3) シュウ酸は C−C 結合(−COOH 同士の結合)をもち、CO2 に酸化される際に電子を放出できる(自身が酸化される)。過マンガン酸カリウムなどの酸化剤を還元できるため、還元性をもつ。

解説

(2) シュウ酸二水和物の式量 126 には結晶水(2H₂O = 36)が含まれます。溶液中でシュウ酸(HOOCCOOH、式量 90)として溶けているので物質量の計算には二水和物の式量を用います。(3) シュウ酸は KMnO₄ の標定(標準液の濃度を決める操作)に標準物質として利用されます。

C 発展レベル

20-3-3 C 発展 構造決定・論述

分子式 C4H6O4 の化合物 A は、炭素と水素と酸素のみからなり、ジカルボン酸である。次の実験結果をもとに A を特定せよ。

実験 1:A を加熱すると H2O が脱離して分子式 C4H4O3 の化合物 B が得られた。

実験 2:A の水溶液に臭素水を加えると脱色された(C=C 二重結合の存在を示す)。

(1) A の名称を答えよ。

(2) 実験 1 で B が生成する反応が起きる理由を、A の立体構造を踏まえて説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) マレイン酸(シス-ブテン二酸)

(2) マレイン酸はシス形の幾何異性体であり、2 つの −COOH 基が C=C 二重結合の同じ側に位置している。そのため両 −COOH が分子内で近接しており、加熱によって分子内脱水縮合が起こり、無水マレイン酸(B)が生成する。フマル酸(トランス形)では −COOH が反対側にあるため分子内脱水できない。

解説

実験 2 より C=C 二重結合をもつ不飽和ジカルボン酸。実験 1 より加熱で脱水(H₂O が 1 分子取れる)ことから、シス形(−COOH が同じ側)の幾何異性体であるマレイン酸と確定できます。フマル酸であれば加熱しても脱水できないため、実験 1 の結果と矛盾します。

採点ポイント
  • (1) マレイン酸と正しく答える(2点)
  • (2) シス形であることに触れる(2点)
  • (2) −COOH が近接するため分子内脱水可能と述べる(2点)