第20章 酸素を含む脂肪族化合物

エステルと油脂

エステルはカルボン酸とアルコールの縮合で生成します(R−COO−R')。
油脂は高級脂肪酸とグリセリンのエステルで、植物油・動物脂の主成分です。
けん化価・ヨウ素価という 2 つの指標が油脂の性質を定量的に表します。

1エステル

エステル化:縮合反応で生成

カルボン酸とアルコールを混合して酸触媒(濃硫酸)で加熱すると、エステル(R−COO−R')と水が生成します。この反応をエステル化といいます。2 分子から水(H2O)が取れて結合するので縮合反応(脱水縮合)の一種です。

R−COOH + HO−R' ⇄ R−COO−R' + H2O

(カルボン酸 + アルコール ⇄ エステル + 水)

エステル化は可逆反応です。平衡状態に達し、収率を上げるには生成した水を除くか(脱水剤の使用)、一方の原料を過剰にする方法があります。

エステルの名称カルボン酸アルコール示性式特徴
酢酸エチル酢酸エタノールCH3COOC2H5果実様の芳香。溶媒
酢酸イソアミル酢酸イソアミルアルコールCH3COOC5H11バナナの香り
ギ酸エチルギ酸エタノールHCOOC2H5ラム酒様の香り

エステルの加水分解:2 種類

エステルは水と反応して(加水分解)、カルボン酸とアルコールに戻ります。

加水分解の種類条件可逆性反応式
酸触媒加水分解希酸 + 加熱可逆(⇄)R−COO−R' + H2O ⇄ R−COOH + HO−R'
けん化(塩基加水分解)NaOH 水溶液 + 加熱不可逆(→)R−COO−R' + NaOH → R−COONa + HO−R'
けん化が不可逆なのはなぜか
塩基(NaOH)によるけん化では、カルボン酸ではなくカルボン酸の塩(R−COONa)が生成する
塩は安定な陰イオン R−COO として存在し、アルコールと自発的に再結合しない
逆反応(エステル化)が事実上進まない → 不可逆反応

2油脂

油脂の構造

油脂(トリグリセリド)は、3 価アルコールのグリセリン高級脂肪酸(炭素数 12 以上)がエステル結合した化合物です。1 分子のグリセリンに 3 分子の脂肪酸がエステル結合しているため、1 分子中にエステル結合が 3 個あります。

グリセリン(3 価アルコール)+ 3 × 高級脂肪酸 → 油脂(トリグリセリド)+ 3H2O

飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸

種類代表例化学式C=C 数状態(常温)
飽和脂肪酸パルミチン酸C15H31COOH0固体
飽和脂肪酸ステアリン酸C17H35COOH0固体
不飽和脂肪酸オレイン酸C17H33COOH1液体
不飽和脂肪酸リノール酸C17H31COOH2液体
不飽和脂肪酸リノレン酸C17H29COOH3液体

不飽和脂肪酸の割合が大きいほど油脂の融点は低くなります。植物性油脂(大豆油・オリーブ油など)は不飽和脂肪酸が多く常温で液体(脂肪油)、動物性油脂(牛脂・豚脂など)は飽和脂肪酸が多く常温で固体(脂肪)が多い傾向があります。

不飽和脂肪酸が多いほど融点が低い理由

飽和脂肪酸の炭化水素鎖は直線状に伸びやすく、隣接する分子と密に並んで強い分子間力(ファンデルワールス力)が働きます。不飽和脂肪酸では C=C 二重結合の部分がシス形に折れ曲がった構造をとるため、分子が密に並べず分子間力が弱まります。その結果、不飽和脂肪酸(およびそれを含む油脂)は融点が低く常温で液体になりやすいのです。

3油脂の性質と反応

油脂のけん化

油脂に水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液を加えて加熱すると、3 つのエステル結合がすべてけん化されて脂肪酸のナトリウム塩(セッケン)グリセリンが得られます。

油脂 + 3NaOH → 3 × 脂肪酸ナトリウム(セッケン)+ グリセリン

1 mol の油脂のけん化に NaOH が3 mol 必要(エステル結合 3 個)であることに注意します。

けん化価

けん化価とは、油脂 1 g をけん化するのに必要な KOH の質量(mg)の数値です。

けん化価 = 56 × (3/分子量) × 103 = 168000 / 分子量

けん化価が大きいほど、油脂の平均分子量は小さい(= 脂肪酸の炭素鎖が短い)ことを意味します。

ヨウ素価

ヨウ素価とは、油脂 100 g に付加できるヨウ素(I2)の質量(g)の数値です。C=C 二重結合 1 個に I2 1 分子が付加します。

ヨウ素価 = 254 × (100/分子量) × n (n = 1 mol の油脂中の C=C 数)

ヨウ素価が大きいほど、油脂中の C=C 二重結合が多い(不飽和度が高い)ことを意味します。

油脂けん化価ヨウ素価特徴
オリーブ油184〜19675〜94不飽和中程度
大豆油189〜195124〜139不飽和度高め
アマニ油189〜195170〜204不飽和度非常に高い(乾性油)
牛脂190〜20035〜48飽和脂肪酸多い
落とし穴:けん化価とヨウ素価の意味を逆に覚えない

「けん化価大 → 分子量小」「ヨウ素価大 → C=C 多い(不飽和度高い)」という 2 つの関係を確実に区別してください。けん化価は分子量の逆数に比例し、ヨウ素価は C=C 二重結合数に比例します。

4この節を俯瞰する

エステルと油脂は、有機化学と日常生活(食品・石鹸・化粧品)を結ぶ重要なトピックです。

  • エステル化の平衡 → 14-2「平衡定数」:酢酸 + エタノール ⇄ 酢酸エチル + 水は平衡定数 K ≒ 4 の典型的な可逆反応。モル数の計算問題が頻出。
  • セッケンの生成 → 20-5「セッケンと合成洗剤」:油脂のけん化で高級脂肪酸ナトリウム(セッケン)が生成。
  • 不飽和脂肪酸と付加反応 → 19-2「アルケン」:C=C 二重結合にH2(水素付加)やI2が付加。硬化油(植物油 + H2)の製造原理。
  • グリセリン → 20-1「アルコール」:3 価アルコール。ニトログリセリン(グリセリンの硝酸エステル)は心臓病の薬。
  • 高分子 → ポリエステル(22章):二価カルボン酸 + 二価アルコールの縮合重合でポリエステル。油脂と同じエステル結合が繰り返し単位。

5まとめ

  • エステル化:カルボン酸 + アルコール ⇄ エステル + H2O(可逆)
  • けん化(塩基加水分解):エステル + NaOH → カルボン酸ナトリウム + アルコール(不可逆
  • 油脂:高級脂肪酸 3 mol + グリセリン 1 mol のトリエステル
  • 飽和脂肪酸(C=C なし)→ 融点高い→常温で固体。不飽和脂肪酸(C=C あり)→ 融点低い → 常温で液体
  • けん化価:油脂 1 g をけん化する KOH の mg 数。大きい → 分子量小
  • ヨウ素価:油脂 100 g に付加する I2 の g 数。大きい → C=C 多い(不飽和度高い)
  • 油脂のけん化に NaOH は3 mol 必要(エステル結合 3 個)

6確認テスト

Q1. エステル化とけん化を比較し、可逆・不可逆の違いを生じる理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示エステル化は酸触媒下での可逆反応(エステル + 水から逆にカルボン酸 + アルコールに戻れる)。けん化は塩基(NaOH)によりカルボン酸ではなくカルボン酸塩(R−COONa)が生成するため、逆反応(エステル化)が事実上起こらず不可逆になる。

Q2. 油脂のヨウ素価が大きいほど何を意味するか。

▶ クリックして解答を表示油脂分子中の C=C 二重結合が多い(不飽和度が高い)ことを意味する。ヨウ素価は油脂 100 g に付加できるヨウ素(I₂)の質量(g)であり、C=C 1 個に I₂ 1 分子が付加する。

Q3. 植物性油脂(例:大豆油)が常温で液体であり、動物性油脂(例:牛脂)が常温で固体になりやすい理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示植物性油脂は不飽和脂肪酸の割合が高く、C=C 二重結合による折れ曲がり構造のため分子間力が弱く融点が低い(液体)。動物性油脂は飽和脂肪酸の割合が高く、直線的な炭化水素鎖が密に並んで分子間力が強く融点が高い(固体)。

Q4. 油脂(分子量 884)1 mol をけん化するのに必要な NaOH は何 mol か。また、得られるグリセリンは何 mol か。

▶ クリックして解答を表示油脂 1 mol 中にエステル結合が 3 個あるので、NaOH は 3 mol 必要。グリセリンは 1 分子の油脂から 1 分子生成するので 1 mol 得られる。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでください。

A 基礎レベル

20-4-1 A 基礎 選択

エステルと油脂に関する記述として誤っているものを次の①〜⑤から 1 つ選べ。

  • ① エステルは酸触媒のもとでカルボン酸とアルコールから生成する。
  • ② 油脂のけん化には水酸化ナトリウム水溶液が用いられ、脂肪酸のナトリウム塩とグリセリンが得られる。
  • ③ ヨウ素価が大きい油脂は、C=C 二重結合が多く融点が高い。
  • ④ けん化価が大きい油脂ほど、平均分子量が小さい。
  • ⑤ エステル化は可逆反応であるが、塩基によるけん化は不可逆反応である。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

解説

③が誤り。ヨウ素価が大きい(C=C 二重結合が多い)油脂は融点が低い。C=C の折れ曲がり構造が分子間力を弱め、融点を下げます。他の記述はすべて正しい。

B 標準レベル

20-4-2 B 標準 計算

ステアリン酸(C17H35COOH、式量 284)3 mol とグリセリン 1 mol から生成する油脂について答えよ。

(1) この油脂の分子量を求めよ。

(2) この油脂のけん化価を求めよ。(KOH の式量 = 56)

(3) この油脂はヨウ素価が 0 である。その理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) グリセリン(式量 92)+ ステアリン酸 × 3(284 × 3 = 852)− 水 × 3(18 × 3 = 54)= 92 + 852 − 54 = 890

(2) けん化価 = 56 × 3/890 × 103 = 168000/890 ≒ 189

(3) ステアリン酸は飽和脂肪酸(C=C 二重結合をもたない)であるため、油脂中に C=C がなく、ヨウ素が付加できないから。

解説

(1) エステル化で水が 3 分子取れることを忘れずに計算します。(2) けん化価 = 168000/分子量 の公式を使います。(3) ヨウ素価は C=C 二重結合の数に対応するため、飽和脂肪酸のみからなる油脂はヨウ素価 = 0 です。

C 発展レベル

20-4-3 C 発展 計算・論述

リノール酸(C17H31COOH、式量 280)3 mol とグリセリン 1 mol からなる油脂がある。

(1) この油脂の分子量を求めよ。

(2) この油脂のヨウ素価を求めよ。(I2 の分子量 = 254)

(3) リノール酸の分子式を答えよ。また、リノール酸 1 分子中に C=C 二重結合は何個あるか。

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解答

(1) グリセリン 92 + リノール酸 280 × 3 − 水 18 × 3 = 92 + 840 − 54 = 878

(2) リノール酸の分子式 C17H31COOH = C18H32O2。ステアリン酸(C18H36O2)と比較すると H が 4 個少ない → C=C が 2 個。
油脂 1 mol 中の C=C 数 = 2 × 3 = 6 個。
ヨウ素価 = 254 × (100/878) × 6 = 173

(3) 分子式 C18H32O2、C=C 二重結合は2 個

解説

C=C の数を求めるには、同じ炭素数の飽和脂肪酸(ステアリン酸 C18H36O2)と比べて H が何個少ないかを計算します。C=C 1 個増えるごとに H が 2 個減るので、ΔH = 4 → C=C = 2 個と求まります。ヨウ素価の計算では「油脂 100 g」に注意し、分子量で換算することが必要です。

採点ポイント
  • (1) 分子量を正しく計算(水 3 分子分の差引きを忘れない)(2点)
  • (3) C=C 数を飽和脂肪酸との比較から求める(2点)
  • (2) ヨウ素価の公式を正しく適用する(2点)