第20章 酸素を含む脂肪族化合物

セッケンと合成洗剤

セッケンは高級脂肪酸のナトリウム塩(R−COONa)です。
親水基と疎水基の両方をもつ界面活性剤としての性質が洗浄作用の本体です。
セッケンの弱点(硬水・酸性)を克服したのが合成洗剤であり、その化学的根拠を理解することが目標です。

1セッケンの構造と生成

セッケンとは

セッケン高級脂肪酸のナトリウム塩(R−COONa)またはカリウム塩(R−COOK)の総称です。油脂を NaOH 水溶液でけん化すると得られます。

油脂 + 3NaOH → 3 R−COONa(セッケン)+ グリセリン

工業的には油脂(牛脂・パーム油など)に NaOH 水溶液を加えて加熱し、生成したセッケンを塩化ナトリウムの飽和水溶液に加えて塩析(塩を加えることでセッケンを沈殿させる)して取り出します。

セッケンの構造:親水基と疎水基

セッケン分子(例:ステアリン酸ナトリウム C17H35COONa)には 2 つの部分があります。

  • 疎水基(親油基):長い炭化水素鎖(−C17H35)。水になじまず、油になじむ。
  • 親水基:カルボキシレートイオン(−COO)。水になじみやすい。
セッケンが洗浄剤として働く本質:両親媒性

1 分子の中に「水になじむ部分(親水基)」と「油になじむ部分(疎水基)」の両方をもつ性質を両親媒性といいます。この両親媒性こそがセッケン(および合成洗剤)の洗浄機能の根本原理です。

2セッケンの洗浄作用:ミセル形成

ミセルの形成

セッケンを水に溶かすと、ある濃度(臨界ミセル濃度)を超えると多数のセッケン分子が集合してミセル(会合体)を形成します。ミセルでは疎水基を内側、親水基を外側に向けた球状の集合体が水中に分散します。

洗浄のしくみ

油汚れがあると、セッケン分子の疎水基が油に向かって差し込み、親水基が水側に向いた配置をとります。その結果、油汚れがセッケン分子に取り囲まれてミセルの内部に取り込まれ(乳化)、水中に分散します。

セッケンで油汚れが落ちるのはなぜか
セッケン分子は疎水基(炭化水素鎖)と親水基(−COO)をもつ
疎水基が油汚れになじんで取り囲む(油との親和性)
親水基が外側を向いてミセルが形成され、水中に分散(乳化)
油汚れがミセルに包まれて繊維表面から離れ、洗い流される

3セッケンの弱点

弱点1:硬水中で沈殿する

Ca2+・Mg2+ を多く含む水を硬水といいます。セッケン(R−COO)は硬水中の Ca2+ や Mg2+ と反応して難溶性の塩を生じ、白濁します。このため洗浄力が著しく低下します。

2R−COO + Ca2+ → (R−COO)2Ca↓(難溶性の白色沈殿)

弱点2:酸性溶液で脂肪酸が遊離する

セッケン(R−COONa)は弱酸(脂肪酸)の強塩基(NaOH)の塩であり、水溶液は弱塩基性を示します。酸性の溶液(希塩酸など)を加えると、弱酸遊離の反応により脂肪酸(R−COOH)が生じます。脂肪酸は水に溶けにくく、洗浄力を失います。

R−COO + H+ → R−COOH↓(脂肪酸が遊離・析出)

弱点3:絹・羊毛の洗濯に適さない

セッケン水溶液は弱塩基性を示すため、タンパク質からなる絹や羊毛の繊維をアルカリが加水分解・損傷させる可能性があります。

4合成洗剤

合成洗剤の構造

合成洗剤はセッケンの弱点を克服するために石油などから合成された界面活性剤です。代表的なものに以下の 2 種があります。

名称略称化学式(概略)親水基
硫酸ドデシルナトリウム(ラウリル硫酸ナトリウム)SDSC12H25OSO3Na−OSO3Na(硫酸エステル塩)
アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムABS(LAS)R−C6H4−SO3Na−SO3Na(スルホン酸塩)

合成洗剤がセッケンの弱点を克服できる理由

合成洗剤の親水基は硫酸エステル(−OSO3)またはスルホン酸(−SO3であり、セッケンのカルボン酸塩(−COO)とは性質が異なります。

性質セッケン(R−COONa)合成洗剤(R−SO3Na など)
硬水中でのはたらきCa2+・Mg2+ と難溶性塩を生成 → 洗浄力低下Ca塩・Mg塩も水溶性 → 洗浄力を保つ
酸性溶液中脂肪酸が遊離して析出強酸の塩 → 酸性でも加水分解されず安定
水溶液の pH弱塩基性(絹・羊毛を傷めることがある)中性(中性洗剤)
合成洗剤が硬水でも使える理由
セッケンの親水基は弱酸(脂肪酸)の塩 → Ca2+ と反応して難溶性の塩((RCOO)2Ca)を生成
合成洗剤の親水基はスルホン酸(強酸)の塩(−SO3Na)
スルホン酸カルシウム塩((RSO3)2Ca)は水溶性 → 沈殿しない
硬水中でも洗浄力を維持できる
落とし穴:合成洗剤にも問題点がある

合成洗剤(特に ABS タイプ)は微生物による分解(生分解)が困難なものがあり、かつて河川の泡立ち問題を引き起こしました。現在は生分解しやすい直鎖型(LAS)が主流です。試験では合成洗剤を「万能」と断定しないことが重要です。

5この節を俯瞰する

セッケンと合成洗剤は、有機化学の締めくくりとして「構造→性質→応用」の流れを完成させるトピックです。

  • 油脂のけん化 → 20-4「エステルと油脂」:セッケンは油脂を NaOH でけん化して得られる。エステル結合の加水分解の応用。
  • コロイド → 10-4「コロイド」:ミセルはコロイド粒子(直径 1〜100 nm)に相当する。セッケン水はコロイド溶液。
  • 塩の加水分解・pH → 14-4「電離平衡」:セッケン(弱酸+強塩基の塩)水溶液が塩基性を示す理由は加水分解(R−COO + H2O ⇄ R−COOH + OH)。
  • 硬水の問題 → 16-2「アルカリ土類金属」:硬水は Ca2+・Mg2+ を含む水。軟水化(イオン交換)と組み合わせた問題も出題される。
  • 塩析 → 10-4「コロイド」:セッケンの製造で NaCl を加えてセッケンを沈殿させる操作は塩析。コロイドの凝集と同じ原理。

6まとめ

  • セッケン:高級脂肪酸のナトリウム塩(R−COONa)。油脂 + NaOH のけん化で生成
  • セッケン分子:疎水基(炭化水素鎖)親水基(−COOをもつ両親媒性分子
  • 洗浄作用:疎水基が油汚れに差し込み、ミセル(疎水基内側・親水基外側)に取り込んで乳化・分散
  • セッケンの弱点①:硬水中で (RCOO)2Ca の難溶性塩を生成 → 洗浄力低下
  • セッケンの弱点②:酸性で脂肪酸が遊離して析出
  • セッケンの弱点③:水溶液が弱塩基性 → 絹・羊毛の洗濯に不適
  • 合成洗剤(R−SO3Na など):親水基がスルホン酸塩(強酸の塩)→ 硬水でも使用可能、中性洗剤

7確認テスト

Q1. セッケンの洗浄作用のしくみを「疎水基」「親水基」「ミセル」「乳化」という語を使って説明せよ。

▶ クリックして解答を表示セッケン分子の疎水基が油汚れになじんで差し込み、親水基を外側に向けてセッケン分子が油汚れを取り囲む(ミセル形成)。油汚れはミセルに包まれて水中に乳化・分散し、繊維表面から洗い流される。

Q2. セッケン水に希塩酸を加えるとどのような変化が起こるか。その理由も述べよ。

▶ クリックして解答を表示白濁(または沈殿の生成)が起こる。セッケンは弱酸(脂肪酸)の塩であり、強酸(塩酸)を加えると弱酸遊離の反応により脂肪酸(R−COOH)が生成する。脂肪酸は水に溶けにくいため白濁・析出する。

Q3. 合成洗剤が硬水中でもセッケンと異なり洗浄力を保てる理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示合成洗剤の親水基はスルホン酸塩(−SO₃Na)など強酸の塩であり、Ca²⁺ や Mg²⁺ と反応しても生成する塩が水溶性で沈殿しない。一方セッケンは弱酸(脂肪酸)の塩なので Ca²⁺ と難溶性の塩を生成して洗浄力を失う。

Q4. セッケン水の pH はおよそどの値を示すか(酸性・中性・塩基性)。また、その理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示弱塩基性(pH > 7)。セッケン(弱酸+強塩基の塩)は水中で加水分解して R−COO⁻ + H₂O ⇄ R−COOH + OH⁻ の平衡が少し右に偏り、OH⁻ が生じるため。

8入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでください。

A 基礎レベル

20-5-1 A 基礎 選択

セッケンと合成洗剤に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① セッケンは油脂を水酸化ナトリウム水溶液でけん化して得られる。
  • ② セッケン水溶液に塩化カルシウム水溶液を加えると白濁する。
  • ③ 合成洗剤の水溶液は強塩基性を示す。
  • ④ セッケンのミセル中では、疎水基が外側を向いている。
  • ⑤ アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムは硬水中でも洗浄力を保つ。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

①②⑤

解説

③ 合成洗剤(スルホン酸ナトリウム塩など)の水溶液は中性を示す(中性洗剤)。強酸の塩であるため加水分解が起こらない。④ ミセル中では疎水基が内側を向き、親水基が外側を向く。①②⑤は正しい記述。

B 標準レベル

20-5-2 B 標準 論述

硬水の入った試験管 A と B を用意した。A にはセッケン水溶液、B には合成洗剤(アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム)の水溶液をそれぞれ加えてよく振った。

(1) A では白濁が観察されたが、B では白濁しなかった。この違いが生じる理由を、それぞれの親水基の性質に触れて説明せよ。

(2) セッケン(ステアリン酸ナトリウム C17H35COONa)の水溶液が弱塩基性を示す理由を化学反応式を含めて説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) セッケン(A)の親水基はカルボン酸の塩(−COO)であり、弱酸の塩なので、硬水中の Ca2+ と反応して難溶性の (C17H35COO)2Ca を生じて白濁する。合成洗剤(B)の親水基はスルホン酸塩(−SO3)であり、強酸の塩なので、Ca2+ と反応しても生成する塩が水溶性のため白濁しない。

(2) セッケン(ステアリン酸ナトリウム)は弱酸(ステアリン酸)と強塩基(NaOH)の塩であり、水中で以下の加水分解が起こる。
C17H35COO + H2O ⇄ C17H35COOH + OH
OH が生じるため、水溶液は弱塩基性を示す。

解説

(1) 「強酸の塩は水に溶けやすい」「弱酸の塩は強酸の陽イオンと難溶性塩をつくりやすい」という化学的性質の理解が問われています。(2) 「弱酸+強塩基の塩は水中で加水分解して塩基性を示す」という塩の加水分解の知識が必要です。

採点ポイント
  • (1) セッケンが弱酸の塩であることに言及(1点)
  • (1) Ca²⁺ と難溶性塩を生成することを述べる(2点)
  • (1) 合成洗剤は強酸の塩で塩が水溶性と述べる(2点)
  • (2) 加水分解の化学反応式を正しく書く(2点)

C 発展レベル

20-5-3 C 発展 計算・総合

ステアリン酸(C17H35COOH、式量 284)のみを脂肪酸成分とする油脂(トリステアリン、式量 890)について答えよ。(NaOH の式量 = 40)

(1) トリステアリン 89.0 g を完全にけん化するのに必要な NaOH は何 g か。

(2) (1)のけん化で生成するセッケン(ステアリン酸ナトリウム、C17H35COONa、式量 306)は何 g か。

(3) 生成したセッケンを硬水(Ca2+ を含む水)に溶かすと沈殿が生じた。この沈殿の化学式を書け。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) トリステアリン 89.0 g の物質量 = 89.0/890 = 0.100 mol。油脂 1 mol につき NaOH 3 mol 必要 → 0.100 × 3 = 0.300 mol。NaOH の質量 = 0.300 × 40 = 12.0 g

(2) 油脂 1 mol からセッケン 3 mol が生成 → 0.100 × 3 = 0.300 mol。ステアリン酸ナトリウムの質量 = 0.300 × 306 = 91.8 g

(3) (C17H35COO)2Ca

解説

(1)(2) 「油脂 1 mol → NaOH 3 mol 消費 → セッケン 3 mol 生成 + グリセリン 1 mol 生成」のモル比を確実に使います。(3) セッケン(一価の陰イオン R−COO)とカルシウムイオン(二価 Ca2+)が 2:1 で結合して (RCOO)2Ca を形成します。この沈殿が硬水でセッケンが使えない原因です。

採点ポイント
  • (1) 油脂 1 mol に NaOH 3 mol が必要であることを正しく使う(2点)
  • (2) セッケンのモル数を正しく計算し式量をかける(2点)
  • (3) イオンの価数を正しく考慮して化学式を書く(2点)