第21章 芳香族化合物

芳香族アミンとアゾ化合物

アニリン C6H5NH2 は芳香族アミンの代表で、弱塩基性を示します。
ニトロベンゼンを Sn + HCl で還元して得る製法と、ジアゾ化→カップリングによるアゾ染料の合成が最重要です。
「5°C 以下で行うジアゾ化」「カップリングで橙色〜赤色のアゾ化合物生成」という操作条件まで押さえることが目標です。

1アニリンの性質

アニリンの基本情報

アニリン(aniline)C6H5NH2 は特有のにおいをもつ無色の液体(沸点 185°C)で、有毒です。水には溶けにくいですが、空気中に放置すると酸化されて徐々に赤褐色に変化します。

弱塩基性

アニリンは −NH2 基が H+ を受け取ることができるため弱塩基性を示します。塩酸にはアニリン塩酸塩(C6H5NH3+Cl)を生成してよく溶けます。

C6H5NH2 + HCl → C6H5NH3Cl(アニリン塩酸塩、水に可溶)

アニリン塩酸塩の水溶液に NaOH 水溶液を加えると、弱塩基の遊離が起こりアニリンが再生します。

C6H5NH3Cl + NaOH → C6H5NH2 + NaCl + H2O

塩基の強さの序列(頻出)

NaOH(強塩基)> アンモニア > アニリン(弱塩基)
アニリンはアンモニアより塩基性が弱い。ベンゼン環への電子の非局在化で −NH2 の孤立電子対が使われにくくなるため。

さらし粉による呈色

アニリンにさらし粉水溶液(次亜塩素酸カルシウム)を加えると、酸化されて赤紫色を呈します。この反応はアニリンの検出に使われます。

アセチル化

アニリンに無水酢酸を作用させると −NH2 基がアセチル化されてアセトアニリド(白色固体、融点 114°C)が生じます。

C6H5NH2 + (CH3CO)2O → C6H5NHCOCH3 + CH3COOH

(アセトアニリド)

性質アニリン
外観無色の液体(空気中で赤褐色に変化)
水への溶解性わずかに溶ける
塩酸との反応アニリン塩酸塩を生成(水に溶けやすくなる)
さらし粉水溶液赤紫色呈色(検出反応)
水溶液の性質弱塩基性

2アニリンの製法

ニトロベンゼンの還元

アニリンはニトロベンゼン(C6H5NO2)をスズ(Sn)と濃塩酸(HCl)で還元して得られます。反応ではまずアニリン塩酸塩が生成し、続いて NaOH 水溶液を加えて中和することでアニリンが遊離します。

C6H5NO2 + 3Sn + 7HCl → C6H5NH3Cl + 3SnCl2 + 2H2O

(ニトロベンゼン + Sn + HCl → アニリン塩酸塩)

C6H5NH3Cl + NaOH → C6H5NH2 + NaCl + H2O

(アニリン塩酸塩 + NaOH → アニリン遊離)

工業的にはニッケルや白金などを触媒として、高温でニトロベンゼンを水素(H2)で還元してアニリンを得ます。

C6H5NO2 + 3H2 → C6H5NH2 + 2H2O(Ni 触媒・高温)

アニリンの製法でわざわざ塩酸塩を経由するのはなぜか
アニリンは水に溶けにくく、中性〜弱塩基性の水溶液中では析出してしまう
塩酸を加えると塩酸塩(C₆H₅NH₃Cl)を形成し水に溶ける → 均一系で反応が進む
反応完了後に NaOH で中和 → 弱塩基の遊離によりアニリンが油状物として浮かぶ → 分液して回収

3ジアゾ化とカップリング反応

ジアゾ化(diazotization)

アニリンを塩酸に溶かして5°C 以下に冷却し、亜硝酸ナトリウム(NaNO2)水溶液を加えると、塩化ベンゼンジアゾニウム(C6H5N2+Cl)が生じます。この反応をジアゾ化といいます。

C6H5NH2 + NaNO2 + 2HCl → C6H5N2Cl + NaCl + 2H2O

(アニリン + 亜硝酸ナトリウム + 塩酸 → 塩化ベンゼンジアゾニウム)

落とし穴:ジアゾ化は必ず低温(5°C 以下)で行う

塩化ベンゼンジアゾニウムは低温の水溶液中では安定ですが、温度が上がると水と反応してフェノールと N2 を生じて分解します。
C6H5N2Cl + H2O → C6H5OH + N2↑ + HCl
これを利用してフェノールを合成することもできますが、ジアゾ化反応自体は必ず低温で行います。

カップリング反応(diazo coupling)

塩化ベンゼンジアゾニウムの水溶液に、フェノールを溶かした NaOH 水溶液を加えると、p-ヒドロキシアゾベンゼン(p-フェニルアゾフェノール)という橙色〜赤色の化合物が生じます。この反応をジアゾカップリングといいます。

C6H5N2+Cl + C6H5OH → C6H5−N=N−C6H4−OH + HCl

(塩化ベンゼンジアゾニウム + フェノール → p-ヒドロキシアゾベンゼン)

生成した p-ヒドロキシアゾベンゼンは −N=N− 結合(アゾ基)をもつアゾ化合物で、黄色〜赤色を示すものが多くアゾ染料として利用されます。メチルオレンジ・メチルレッドなどの pH 指示薬もアゾ化合物です。

アニリン → アゾ染料の合成ルート(全体像)

ベンゼン →(ニトロ化)→ ニトロベンゼン →(Sn + HCl 還元・NaOH 遊離)→ アニリン
↓(HCl + NaNO2、5°C 以下:ジアゾ化)
塩化ベンゼンジアゾニウム →(フェノール/NaOH:カップリング)→ p-ヒドロキシアゾベンゼン(アゾ染料)

4この節を俯瞰する

アニリンの化学は「窒素を含む有機化合物」の入口です。ジアゾ化→カップリングの一連の流れは、合成化学の典型的な多段階反応として頻出です。

  • 塩基の強さ → 14-4:NaOH > アンモニア > アニリンの序列。アニリンが弱塩基である理由(ベンゼン環への孤立電子対の非局在化)を電子論で理解する。
  • 弱塩基の遊離 → 14-4:アニリン塩酸塩に NaOH を加えてアニリンを遊離させる反応は「強塩基が弱塩基の塩を分解する」原理の応用。21-5 の分離操作で直接使います。
  • ニトロベンゼンの合成 → 21-1:ベンゼンのニトロ化。アニリン製法のルートはベンゼン → ニトロベンゼン → アニリンと連続しています。
  • アゾ染料・pH 指示薬:メチルオレンジ(−N=N− をもつ)は酸塩基の pH 指示薬。−N=N− の電子状態が pH 変化で変わり色が変わります。
  • アセトアニリドと医薬品:アニリンのアセチル化(→ アセトアニリド)はかつての解熱剤。アセトアミノフェン(現在の解熱剤)もアセトアニリドをベースに開発された構造をもちます。

5まとめ

  • アニリン C6H5NH2:無色液体、弱塩基性、さらし粉で赤紫色呈色
  • 塩酸と反応 → アニリン塩酸塩(水溶性)。NaOH 加えると弱塩基の遊離でアニリン再生
  • 製法:ニトロベンゼン + Sn + 濃 HCl → アニリン塩酸塩 → NaOH でアニリン遊離
  • ジアゾ化:アニリン塩酸塩 + NaNO25°C 以下)→ 塩化ベンゼンジアゾニウム
  • カップリング:ジアゾニウム塩 + フェノール/NaOH → p-ヒドロキシアゾベンゼン(橙〜赤色)
  • アゾ化合物(−N=N− 結合)はアゾ染料・pH 指示薬として利用

6確認テスト

Q1. アニリンに塩酸を加えると何が生じるか。また、その水溶液に NaOH を加えるとどうなるか。

▶ クリックして解答を表示塩酸を加えるとアニリン塩酸塩(C₆H₅NH₃Cl)が生じ、水によく溶ける。その水溶液に NaOH を加えると弱塩基の遊離が起こり、アニリンが油状物として再生する。

Q2. アニリンの製法をニトロベンゼンから2段階で説明し、それぞれの試薬を答えよ。

▶ クリックして解答を表示①ニトロベンゼン(C₆H₅NO₂)にスズ(Sn)と濃塩酸(HCl)を加えて還元し、アニリン塩酸塩(C₆H₅NH₃Cl)を得る。②アニリン塩酸塩の水溶液に水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液を加えて弱塩基を遊離させ、アニリン(C₆H₅NH₂)を得る。

Q3. ジアゾ化の操作条件と生成物の名称を答えよ。

▶ クリックして解答を表示アニリンを塩酸に溶かして5°C 以下に冷却し、亜硝酸ナトリウム(NaNO₂)水溶液を加える。生成物は塩化ベンゼンジアゾニウム(C₆H₅N₂Cl)。低温条件は塩化ベンゼンジアゾニウムの分解を防ぐために必要。

Q4. 塩化ベンゼンジアゾニウムの水溶液にフェノールを溶かした NaOH 水溶液を加えると何が生じるか。名称・色・結合の特徴を答えよ。

▶ クリックして解答を表示p-ヒドロキシアゾベンゼン(p-フェニルアゾフェノール)が生じる。橙色〜赤色の固体。分子内に −N=N−(アゾ基)をもつアゾ化合物で、アゾ染料として利用される。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでください。

A 基礎レベル

21-4-1 A 基礎 選択

アニリンに関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① アニリンは水に溶けやすく、水溶液は強い塩基性を示す。
  • ② アニリンにさらし粉水溶液を加えると赤紫色を呈する。
  • ③ アニリンに塩酸を加えると白色固体のアニリン塩酸塩が生じて水によく溶ける。
  • ④ アニリンはニトロベンゼンをスズと濃塩酸で還元した後、NaOH を加えて得られる。
  • ⑤ アニリンはアンモニアよりも強い塩基性を示す。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

②③④

解説

① 誤り。アニリンは水に溶けにくく、水溶液は弱い塩基性を示す。② 正しい。さらし粉によるアニリンの検出反応(赤紫色呈色)。③ 正しい。アニリン塩酸塩 C₆H₅NH₃Cl は水に可溶。④ 正しい。アニリンの製法の2段階(還元→弱塩基遊離)。⑤ 誤り。アニリンはアンモニアよりも弱い塩基性を示す(ベンゼン環への孤立電子対の非局在化のため)。

B 標準レベル

21-4-2 B 標準 反応経路・記述

ベンゼンからアゾ染料(p-ヒドロキシアゾベンゼン)を合成する反応経路について、次の問いに答えよ。

(1) ベンゼンからニトロベンゼンを得る反応の名称と試薬を答えよ。

(2) ニトロベンゼンからアニリンを得るための試薬と操作を2段階で説明せよ。

(3) アニリンから塩化ベンゼンジアゾニウムを得る反応をジアゾ化という。この反応に必要な試薬と温度条件を答えよ。

(4) 塩化ベンゼンジアゾニウムからp-ヒドロキシアゾベンゼンを得る反応(カップリング)の化学反応式を書け。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) ニトロ化。試薬:濃硝酸と濃硫酸の混合物(混酸)、加熱。

(2) 第1段階:ニトロベンゼンにスズ(Sn)と濃塩酸(HCl)を加えて還元し、アニリン塩酸塩(C₆H₅NH₃Cl)を得る。第2段階:アニリン塩酸塩の水溶液に水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液を加え、弱塩基の遊離によりアニリン(C₆H₅NH₂)を得る。

(3) 試薬:亜硝酸ナトリウム(NaNO₂)と塩酸(HCl)。温度条件:5°C 以下(氷で冷却)。

(4) C6H5N2Cl + C6H5OH → C6H5−N=N−C6H4−OH + HCl
(フェノールは NaOH 水溶液に溶かして加える)

解説

ベンゼン → ニトロベンゼン → アニリン → ジアゾニウム塩 → アゾ染料という一連の多段階合成は芳香族化合物の総合問題として頻出です。各ステップの試薬・条件を正確に覚えることが重要です。特にジアゾ化の低温条件(5°C 以下)と、カップリングでフェノールを NaOH 水溶液に溶かして加える点は見落としやすいので注意してください。

採点ポイント
  • (1) ニトロ化・混酸を正しく答える(2点)
  • (2) Sn + HCl → NaOH の2段階を正しく説明(3点)
  • (3) NaNO₂・HCl・5°C 以下を答える(2点)
  • (4) 反応式を正しく書く(3点)

C 発展レベル

21-4-3 C 発展 計算・総合

ニトロベンゼン(式量 123)をスズと濃塩酸で還元してアニリン塩酸塩(式量 129.5)とし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてアニリン(式量 93)を得た。次の各問いに答えよ。(H=1, C=12, N=14, O=16, Cl=35.5, Sn=119)

(1) ニトロベンゼン 12.3 g を完全に還元したとき、理論上何 g のアニリンが得られるか。

(2) スズ 1 mol が反応に使われるとき、何 mol の電子が移動するか。スズの酸化数の変化(0 → +2)に基づいて答えよ。

(3) ニトロベンゼン 1 mol から全量のアニリンをジアゾ化して塩化ベンゼンジアゾニウムにするとき、何 mol の NaNO₂(亜硝酸ナトリウム)が必要か。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) ニトロベンゼンの物質量 = 12.3/123 = 0.100 mol。
C₆H₅NO₂ 1 mol → C₆H₅NH₂ 1 mol(1:1)
アニリン = 0.100 × 93 = 9.30 g

(2) スズは Sn(酸化数 0)→ Sn²⁺(酸化数 +2)に酸化される。
1 mol の Sn が失う電子 = 2 mol

(3) ジアゾ化の反応式:C₆H₅NH₂ + NaNO₂ + 2HCl → C₆H₅N₂Cl + NaCl + 2H₂O
アニリン 1 mol に対して NaNO₂ 1 mol が必要。
ニトロベンゼン 1 mol → アニリン 1 mol → NaNO₂ 1 mol

解説

(1) ニトロベンゼン 1 mol からアニリン 1 mol が生成するモル比(1:1)を使います。還元の操作を経ますが、最終的な C₆H₅NO₂ → C₆H₅NH₂ の変換は 1:1 です。(2) 電子の授受は酸化数の変化から求めます。Sn: 0 → +2 なので 1 mol あたり 2 mol の電子を失います(還元剤としての働き)。(3) ジアゾ化の反応式から NaNO₂ とアニリンの比は 1:1 です。

採点ポイント
  • (1) 1:1 のモル比からアニリン 9.30 g を求める(3点)
  • (2) 酸化数の変化から 2 mol と答える(2点)
  • (3) 反応式から 1 mol と答える(2点)