第22章 天然高分子化合物

核酸(DNA・RNA)

核酸は生命の設計図であり、遺伝情報の保存・伝達・発現を担う天然高分子化合物です。
ヌクレオチドという構成単位の構造から、DNA の二重らせんと塩基対合の原理まで、
高校化学の最終ページを飾るにふさわしいテーマを化学の視点で理解しましょう。

1ヌクレオチドの構造

核酸の構成単位をヌクレオチドといいます。1個のヌクレオチドは以下の3つの部品からなります。

  • 塩基:窒素を含む環状有機化合物(プリン塩基・ピリミジン塩基)
  • :五炭糖(ペントース)。DNA ではデオキシリボース、RNA ではリボース
  • リン酸:H3PO4 由来の基(-OPO3H2

ヌクレオチドどうしは、一方の糖の -OH とリン酸の -OH が脱水縮合してリン酸ジエステル結合を形成し、ポリヌクレオチド(鎖状の高分子)をつくる。

塩基の種類

塩基略号種類DNARNA
アデニンAプリン塩基
グアニンGプリン塩基
シトシンCピリミジン塩基
チミンTピリミジン塩基×
ウラシルUピリミジン塩基×

DNA は A・G・C・T の4種、RNA は A・G・C・U の4種の塩基を使います。DNA の T(チミン)の代わりに RNA では U(ウラシル)が用いられます。

2DNA の構造

DNA(デオキシリボ核酸)は遺伝情報を担う核酸であり、細胞核の染色体に存在します。

二重らせん構造

DNA は2本のポリヌクレオチド鎖二重らせん構造をとる。この構造は1953年にワトソン(アメリカ)とクリック(イギリス)によって発表されました。

2本の鎖は塩基対を介して水素結合で結びついています。塩基対の組み合わせは以下の通りで、これを相補的な関係といいます。

アデニン(A) —— チミン(T) (水素結合2本)

グアニン(G) —— シトシン(C) (水素結合3本)

A-T・G-C の塩基対はなぜこの組み合わせなのか
各塩基は特定の相手とのみ適切な距離・角度で水素結合を形成できる形状をもつ
A と T は2箇所、G と C は3箇所で水素結合を形成できる
「大きな塩基(プリン)と小さな塩基(ピリミジン)」のペアになり、二重らせんの幅が一定に保たれる
この相補性により、一方の鎖の塩基配列が決まればもう一方の塩基配列が自動的に決まる

DNA の複製

DNA が複製されるとき、二重らせんがほどけ、それぞれの鎖を鋳型として相補的な新しい鎖が合成されます。これにより2つの娘 DNA がそれぞれ元の鎖と新しい鎖からなる二重らせんとして生成する(半保存的複製)。

糖の構造

DNA の糖はデオキシリボース(2'-デオキシリボース)です。リボースの2'位の -OH が -H に置き換わった構造をもち、分子式 C5H10O4 です。

3RNA の構造

RNA(リボ核酸)は遺伝情報の転写・翻訳を担う核酸であり、DNA の塩基配列情報をタンパク質合成に伝える役割をもちます。

構造の特徴

  • DNA が二本鎖であるのに対し、RNA は一本鎖のポリヌクレオチド
  • 糖はリボース(2'位に -OH をもつ)。分子式 C5H10O5
  • 塩基は A・G・C・U(チミン T の代わりにウラシル U)

RNA の種類

  • mRNA(伝令 RNA):DNA の塩基配列を転写したもの。タンパク質のアミノ酸配列の情報をリボソームへ運ぶ
  • tRNA(転移 RNA):特定のアミノ酸をリボソームへ運搬する
  • rRNA(リボソーム RNA):リボソームの構成成分。タンパク質合成の場となります
転写と翻訳の流れ

転写:DNA の二重らせんの一部がほどけ、DNA の塩基配列に相補的な mRNA が合成されます。DNA の A に対して RNA では U が対応します。

翻訳:mRNA の塩基配列(コドン:3塩基1組)を読んで、tRNA がアミノ酸を順番に運び、リボソームでペプチド結合が形成されてタンパク質が合成されます。

4DNA と RNA の比較

DNARNA
デオキシリボース(2'位 -H)リボース(2'位 -OH)
塩基A・G・C・T(チミン)A・G・C・U(ウラシル)
鎖の数二本鎖(二重らせん)一本鎖
主な役割遺伝情報の保存・複製遺伝情報の転写・翻訳(タンパク質合成)
存在場所細胞核(染色体)核・細胞質
塩基対合A-T、G-C(複製時)A-U、G-C
本質:相補性が遺伝情報の正確な伝達を保証する

A-T(または A-U)、G-C という相補的な塩基対の原理があるため、一方の鎖の塩基配列が決まれば、複製・転写でもう一方の配列が必然的に決まる。これにより遺伝情報が親から子へ、また DNA からタンパク質へと、正確にコピーされ続けることが保証されます。「相補性」は核酸の最も重要な概念です。

落とし穴:DNA は T、RNA は U — 混同に注意

「DNA に T(チミン)があり U(ウラシル)はありません。RNA に U(ウラシル)があり T(チミン)はない」という対応を確実に覚えること。転写では DNA の A に対して mRNA では U が対応する(A-U 対合)。これを A-T と混同する誤りが多いです。

5この章を俯瞰する

  • 単糖との関係 → 22-1「単糖類」:デオキシリボースとリボースは五炭糖(ペントース)であり、単糖の一種。糖の化学の知識が核酸の構造理解に直結します。
  • タンパク質との関係 → 22-5「タンパク質」:DNA の塩基配列(遺伝情報)→ mRNA への転写 → タンパク質のアミノ酸配列(翻訳)。核酸とタンパク質は情報の流れ(セントラルドグマ)で直接つながっています。
  • 水素結合 → 3-5「分子間力と水素結合」:A-T 間(2本)・G-C 間(3本)の塩基対は水素結合によって安定化されます。水素結合の概念が DNA の二重らせん安定性の根拠。
  • 脱水縮合 → 22-1〜22-3(糖類)・22-5(タンパク質):核酸も糖類(グリコシド結合)もタンパク質(ペプチド結合)も、すべて「脱水縮合 + 加水分解」という共通の化学反応原理で構築されています。天然高分子全体を貫く最重要概念。

6まとめ

  • ヌクレオチド:塩基+糖(五炭糖)+リン酸。核酸の構成単位
  • DNA:デオキシリボース、塩基 A・G・C・T、二本鎖・二重らせん。遺伝情報の保存
  • RNA:リボース、塩基 A・G・C・U一本鎖。転写・翻訳によるタンパク質合成
  • 塩基対:A-T(DNA)、A-U(DNA→RNA転写時)、G-C(共通)。水素結合で安定化
  • 相補性:一方の鎖の配列が決まればもう一方が決まる → 正確な複製・転写を保証
  • DNA → mRNA(転写)→ タンパク質(翻訳):セントラルドグマ

7確認テスト

Q1. ヌクレオチドを構成する3つの成分を答えよ。

▶ クリックして解答を表示塩基・糖(五炭糖)・リン酸

Q2. DNA の二重らせん構造において、アデニン(A)と対合する塩基は何か。また、グアニン(G)と対合する塩基は何か。

▶ クリックして解答を表示A はチミン(T)と対合する(水素結合2本)。G はシトシン(C)と対合する(水素結合3本)。

Q3. DNA と RNA の糖の違いを述べよ。

▶ クリックして解答を表示DNA の糖はデオキシリボース(2'位に -H をもつ)、RNA の糖はリボース(2'位に -OH をもつ)。デオキシリボースはリボースの2'位の -OH が -H に置き換わった構造。

Q4. DNA の塩基配列が 5'-ATGCCA-3' であるとき、相補的な鎖の塩基配列を答えよ。

▶ クリックして解答を表示3'-TACGGT-5'(または 5'-TGGCAT-3' と書くこともある)。A-T、T-A、G-C、C-G の相補関係に従って各塩基を置き換える。

8入試問題演習

A 基礎レベル

22-6-1 A 基礎 選択

核酸に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① DNA の構成糖はリボースです。
  • ② RNA は一本鎖のポリヌクレオチドです。
  • ③ DNA の塩基はアデニン・グアニン・シトシン・チミンの4種類です。
  • ④ DNA の二重らせん構造ではアデニン(A)はシトシン(C)と塩基対を形成します。
  • ⑤ ヌクレオチドは塩基・糖・リン酸から構成されます。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

②③⑤

解説

①が誤り:DNA の構成糖はデオキシリボース。リボースは RNA の構成糖。④が誤り:DNA では A はT(チミン)と塩基対を形成します。A-C の対合は存在しない。②③⑤は正しい。

B 標準レベル

22-6-2 B 標準 計算・論述

ある DNA 二本鎖において、アデニン(A)の割合が全塩基の 20% であった。

(1) チミン(T)の割合は何%か。

(2) グアニン(G)とシトシン(C)の割合はそれぞれ何%か。

(3) (1)(2)の結果はシャルガフの規則とよばれる。この規則が成り立つ理由を DNA の構造から説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) T = 20%

(2) G = C = 30%(A + T + G + C = 100%、A = T = 20% より G + C = 60%、G = C なので各 30%)

(3) DNA は二本鎖の二重らせん構造をとり、A は必ず T と、G は必ず C と塩基対を形成する(相補的塩基対合)。そのため二本鎖全体で A と T の数は等しく(A% = T%)、G と C の数も等しい(G% = C%)。

解説

シャルガフの規則(1950年発見)は「DNA の二重らせん構造の根拠の一つ」として歴史的に重要です。A = T、G = C という数値的な等価性は、相補的塩基対合から必然的に導かれます。入試では「A% + T% + G% + C% = 100%」と「A = T、G = C」を組み合わせる計算問題が頻出。

採点ポイント((3)配点例:3点)
  • A-T・G-C の相補的塩基対合に言及(2点)
  • 二本鎖であるためそれぞれの数が等しくなると説明(1点)

C 発展レベル

22-6-3 C 発展 総合・論述

DNA の複製とタンパク質合成に関する次の問いに答えよ。

(1) DNA の複製(半保存的複製)のしくみを、「相補的」「鋳型」という語を用いて説明せよ。

(2) DNA の塩基配列 5'-ATGCCA-3' を鋳型として転写された mRNA の塩基配列を答えよ。

(3) DNA とタンパク質(アミノ酸配列)の情報の流れを「セントラルドグマ」の観点から簡潔に説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) DNA の二重らせんがほどけ、2本の鎖がそれぞれ鋳型となります。各鎖に対して相補的な塩基をもつ新しいヌクレオチドが次々と結合し、2本の新しい DNA 鎖が合成されます。その結果、元の DNA と同じ塩基配列をもつ DNA が2分子生成し、それぞれが元の鎖(旧鎖)と新しい鎖(新鎖)から構成されます。

(2) 鋳型 DNA:5'-ATGCCA-3' 相補鎖 DNA:3'-TACGGT-5' 転写 mRNA:5'-AUGCCA-3'(DNA の T が RNA では U に対応)

(3) DNA の塩基配列(遺伝情報)が mRNA に転写され(転写)、mRNA の塩基配列(コドン)をもとにリボソームでアミノ酸が順に結合してタンパク質が合成される(翻訳)。このように遺伝情報は DNA → RNA → タンパク質の方向に一方的に流れます。これをセントラルドグマといいます。

解説

(2) 転写では DNA の鋳型鎖(3'→5' 方向)に相補的な mRNA が 5'→3' 方向に合成されます。DNA の A → mRNA の U、DNA の T → mRNA の A、DNA の G → mRNA の C、DNA の C → mRNA の G と対応します。問題の鋳型 DNA 5'-ATGCCA-3' の相補鎖は 3'-TACGGT-5' であり、この相補鎖を鋳型(3'→5')として mRNA が合成されるので mRNA は 5'-AUGCCA-3' となります。