第3章 化学結合

配位結合と錯イオン

共有結合は「2つの原子が互いに不対電子を出し合う」だけではありません。
一方の原子が非共有電子対をもう一方の原子に一方的に提供しても、共有結合が成立します。
この特殊な共有結合を配位結合といい、金属イオンを中心とした錯イオンの形成につながります。

1配位結合とは

通常の共有結合では、2つの原子がそれぞれ不対電子を1個ずつ出し合い、その2つの電子を共有することで結合が生まれます。

一方、配位結合とは、一方の原子がもつ非共有電子対を、もう一方の原子と共有することで生じる共有結合です。電子の「提供者」と「受け取る側」があることが通常の共有結合と異なります。

NH₄⁺(アンモニウムイオン)の形成

アンモニア NH₃ をガスとして水素イオン H⁺ と反応させると、アンモニウムイオン NH₄⁺ が生じます。

NH₃ + H⁺ → NH₄⁺

このとき、NH₃ の窒素原子 N がもつ非共有電子対が、電子を1個ももたない H⁺ に一方的に提供されます。N と H⁺ の間に新たに N−H の配位結合が生まれ、NH₄⁺ が完成します。

NH₄⁺ の N 原子の周りには4つの N−H 結合があり、正四面体形をとります。

H₃O⁺(オキソニウムイオン)の形成

水 H₂O も同様に、水素イオン H⁺ と反応してオキソニウムイオン H₃O⁺ を生成します。

H₂O + H⁺ → H₃O⁺

H₂O の酸素原子 O がもつ非共有電子対の1組が H⁺ に提供され、O−H の配位結合が形成されます。H₃O⁺ は酸素原子の周りに3つの O−H 結合と1組の非共有電子対があるため、三角錐形をとります。

酸が水に溶けると水素イオン H⁺ が生じますが、水溶液中の H⁺ は実際には H₂O と配位結合してこの H₃O⁺ の形で存在しています。そのため酸の電離を次のように書くこともあります。

HCl + H₂O → H₃O⁺ + Cl⁻

配位結合はなぜ通常の共有結合と区別できないのか
配位結合は「一方が非共有電子対を提供する」という形成のしかたが通常の共有結合と異なる
しかし、いったん形成された後は2つの電子を2つの原子が共有しているという状態は同じ
NH₄⁺ の中には「もともとあったN−H結合」と「配位結合で新しくできたN−H結合」が混在するが、電子の立場から見ればまったく同じ結合
結合の長さも強さも同一 → 区別は不可能

「配位結合で生じた N−H 結合と他の N−H 結合は区別できる」は誤り。入試頻出の引っかけです。

本質:配位結合は「作り方が違うだけ」の共有結合

配位結合と通常の共有結合は、形成のしかた(片方の原子だけが電子対を出す)が異なるだけで、形成された後の結合は完全に同じです。結合の長さ・強さ・性質に違いはなく、区別することはできません。

2錯イオン

金属イオンは、電子対を受け取りやすい性質(ルイス酸)をもっています。一方、NH₃ や H₂O などの分子、OH⁻ や CN⁻ などの陰イオンは非共有電子対を豊富に持っています。

これらが配位結合によって金属イオンに結びついてできたイオンを錯イオン(complex ion)といいます。このとき金属イオンと配位結合を形成する分子・イオンを配位子(ligand)といいます。

配位子の種類

代表的な配位子には次のものがあります。

配位子化学式名称(錯イオン中)
アンモニアNH₃アンミン
H₂Oアクア
水酸化物イオンOH⁻ヒドロキシド
シアン化物イオンCN⁻シアニド

主要な錯イオン一覧

錯イオンの化学式は中央の金属イオンと配位子全体を [ ] で囲み、その右上にイオン全体の電荷を書きます。配位子の数を配位数といいます。

化学式名称金属イオン配位子配位数色(水溶液)
[Ag(NH₃)₂]⁺ ジアンミン銀(I)イオン Ag⁺ NH₃ 2 直線形 無色
[Cu(NH₃)₄]²⁺ テトラアンミン銅(II)イオン Cu²⁺ NH₃ 4 正方形 深青色
[Zn(NH₃)₄]²⁺ テトラアンミン亜鉛(II)イオン Zn²⁺ NH₃ 4 正四面体形 無色
[Zn(OH)₄]²⁻ テトラヒドロキシド亜鉛(II)酸イオン Zn²⁺ OH⁻ 4 正四面体形 無色
[Fe(CN)₆]³⁻ ヘキサシアニド鉄(III)酸イオン Fe³⁺ CN⁻ 6 正八面体形 黄色
[Fe(CN)₆]⁴⁻ ヘキサシアニド鉄(II)酸イオン Fe²⁺ CN⁻ 6 正八面体形 黄色

錯イオンの命名法

錯イオンの名称は次の順番でつけます。

  1. 配位子の数:ギリシャ語の数詞(モノ・ジ・トリ・テトラ・ペンタ・ヘキサ)
  2. 配位子の名称(アンミン・アクア・ヒドロキシド・シアニドなど)
  3. 金属元素名(ローマ数字で酸化数を付記)
  4. 陽イオンなら「イオン」、陰イオンなら「酸イオン」を付ける
例:[Cu(NH₃)₄]²⁺ の命名

テトラ(4)+ アンミン(NH₃)+ 銅(II)(Cu²⁺)+ イオン(陽イオン)
テトラアンミン銅(II)イオン

例:[Zn(OH)₄]²⁻ の命名
テトラ(4)+ ヒドロキシド(OH⁻)+ 亜鉛(II)(Zn²⁺)+ 酸イオン(陰イオン)
テトラヒドロキシド亜鉛(II)酸イオン

補足:アクア錯イオンと金属イオンの表記

金属イオンは水溶液中では一般に水分子 H₂O を配位子とするアクア錯イオンとして存在しています。たとえば Cu²⁺ は正確には [Cu(H₂O)₄]²⁺ です。しかし H₂O を配位子とする錯イオンは通常省略して Cu²⁺ と表記されます。

3錯イオンの利用

錯イオンの形成は、金属イオンの検出や工業的利用に広く活用されています。

鉄(III)イオンの検出

鉄(III)イオン Fe³⁺ の水溶液にチオシアン酸カリウム KSCN 水溶液を加えると、血赤色(鮮やかな赤色)の溶液になります。

Fe³⁺ + SCN⁻ → [Fe(SCN)]²⁺(血赤色)

この反応は Fe³⁺ の存在を確認するための最も感度の高い検出反応の1つです。Fe²⁺(鉄(II)イオン)では血赤色は生じないため、酸化数の区別にも使えます。

銀イオンの利用:銀鏡反応

硝酸銀水溶液にアンモニア水を加えると、一度 AgOH(水酸化銀)の白色沈殿が生じますが、アンモニアを過剰に加えると溶けて無色のジアンミン銀(I)イオン [Ag(NH₃)₂]⁺ を生成します。

Ag⁺ + 2NH₃ → [Ag(NH₃)₂]⁺

この [Ag(NH₃)₂]⁺ 水溶液(アンモニア性硝酸銀水溶液)をガラス容器に入れてグルコースなどの還元性の糖を加えると、Ag⁺ が還元されて金属銀 Ag がガラス内壁に析出し、鏡のような光沢をもたらします(銀鏡反応)。この現象を応用して鏡や魔法瓶が作られています。

銅(II)イオンの検出

青色の硫酸銅(II) CuSO₄ 水溶液にアンモニア水を十分に加えると、最初は水酸化銅(II) Cu(OH)₂ の青白色の沈殿が生じますが、アンモニアを過剰に加えると沈殿が溶けて深青色の溶液になります。これがテトラアンミン銅(II)イオン [Cu(NH₃)₄]²⁺ です。

Cu²⁺ + 4NH₃ → [Cu(NH₃)₄]²⁺(深青色)

この深青色の呈色反応は Cu²⁺ の存在を確認するのに用いられます。

落とし穴:Cu²⁺ の水溶液の色と錯イオンの色を混同しない

Cu²⁺(アクア錯イオン [Cu(H₂O)₄]²⁺)の水溶液は青色です。一方、アンモニア水を過剰に加えて生じる [Cu(NH₃)₄]²⁺ は深青色(濃い青)で明確に異なります。「青くなった」だけでは不十分で、「深青色」または「濃青色」と表現することが重要です。

4この章を俯瞰する

配位結合と錯イオンは、化学のさまざまな分野と深く結びついています。

  • 共有結合・電子対 → 3-2「共有結合と分子の形成」:非共有電子対の存在が配位結合の前提条件。非共有電子対がない分子(例:CH₄)は配位子になれない。
  • 酸塩基論 → 酸塩基の章:H₃O⁺(オキソニウムイオン)は配位結合の産物。ブレンステッド・ローリーの定義では、H₂O が H⁺ を受け取る塩基として働く。
  • 酸化還元・金属イオン → 酸化還元の章:錯イオン中の金属の酸化数(Fe³⁺ と Fe²⁺ の区別など)は酸化数の考え方に直結する。
  • イオンの系統分離 → 無機化学の章:AgCl の沈殿をアンモニア水で溶解する反応([Ag(NH₃)₂]⁺の形成)はイオン分析の基本操作。
  • 有機化学 → 有機化合物の章:銀鏡反応は [Ag(NH₃)₂]⁺ を用いたアルデヒドの検出反応であり、有機化学の実験で多用される。

次の記事では、共有電子対の偏りから生じる電気陰性度と結合の極性を学びます。配位結合の理解があると、極性の概念もより深く理解できます。

5まとめ

  • 配位結合:一方の原子の非共有電子対を共有することで生じる共有結合
  • NH₃ + H⁺ → NH₄⁺(N の非共有電子対が H⁺ に提供される)
  • H₂O + H⁺ → H₃O⁺(O の非共有電子対が H⁺ に提供される)
  • いったん形成された配位結合は通常の共有結合と区別できない
  • 錯イオン:金属イオンに配位子が配位結合で結びついたイオン
  • 配位子:金属イオンと配位結合を形成する分子・陰イオン(NH₃、H₂O、OH⁻、CN⁻ など)
  • 配位子の数を配位数という(1〜6が代表的)
  • Fe³⁺ の検出:KSCN 水溶液 → 血赤色
  • Cu²⁺ の検出:過剰の NH₃ 水 → 深青色([Cu(NH₃)₄]²⁺)
  • 銀鏡反応:[Ag(NH₃)₂]⁺(ジアンミン銀(I)イオン)を用いる

6確認テスト

理解度チェック

Q1. 配位結合とはどのような結合ですか。通常の共有結合との違いを含めて説明してください。

▶ クリックして解答を表示配位結合とは、一方の原子がもつ非共有電子対を他方の原子と共有することで生じる共有結合です。通常の共有結合が2つの原子がそれぞれ不対電子を1個ずつ出し合うのに対して、配位結合では一方の原子だけが電子対を提供します。ただし、いったん形成された後は通常の共有結合とまったく区別できません。

Q2. アンモニウムイオン NH₄⁺ はどのように形成されますか。電子対の動きを含めて説明してください。

▶ クリックして解答を表示NH₃ の窒素原子 N がもつ非共有電子対を水素イオン H⁺ に一方的に提供(配位)することで N−H の配位結合が生じ、NH₄⁺ が形成されます。反応式:NH₃ + H⁺ → NH₄⁺

Q3. 錯イオン [Cu(NH₃)₄]²⁺ の名称と、その色を答えてください。

▶ クリックして解答を表示名称:テトラアンミン銅(II)イオン。色:深青色。Cu²⁺ 水溶液(青色)に過剰のアンモニア水を加えると生成します。

Q4. Fe³⁺ を含む水溶液を確認するための試薬と、そのときの変化を答えてください。

▶ クリックして解答を表示試薬:チオシアン酸カリウム(KSCN)水溶液。変化:溶液が血赤色(鮮やかな赤色)になります。この反応は Fe³⁺ に特有であり、Fe²⁺ では血赤色は生じません。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

3-3-1 A 基礎 選択

配位結合に関する次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。

  • ① 配位結合は、一方の原子がもつ非共有電子対を他方の原子と共有することで生じる共有結合である。
  • ② アンモニウムイオン NH₄⁺ やオキソニウムイオン H₃O⁺ は、配位結合によって生じたイオンである。
  • ③ アンモニウムイオン NH₄⁺ の中では、配位結合で生じた N−H 結合と他の N−H 結合は区別することができる。
  • ④ 錯イオンの中の配位結合は、通常の共有結合より強い。
  • ⑤ 配位結合で生じたイオンは、錯イオンとよばれる。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

①②⑤

解説

① 正しい。配位結合の定義そのものです。② 正しい。NH₃ や H₂O が H⁺ に非共有電子対を提供することで生じます。③ 誤り。配位結合で生じた N−H 結合も、形成後はほかの N−H 結合とまったく同じであり、区別することはできません。④ 誤り。配位結合は通常の共有結合と形成後は同じであり、強さに違いはありません。⑤ 正しい。金属イオンに配位子が配位結合で結びついたイオンを錯イオンといいます。

B 標準レベル

3-3-2 B 標準 記述

硫酸銅(II) CuSO₄ の水溶液にアンモニア水を少量ずつ加えていったとき、観察される変化を順に説明せよ。また、最終的に生じる錯イオンの化学式と名称を答えよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(変化の順序)アンモニア水を少量加えると、青白色の水酸化銅(II) Cu(OH)₂ の沈殿が生じる。さらにアンモニア水を過剰に加えると沈殿が溶け、深青色の溶液になる。

(錯イオン)化学式:[Cu(NH₃)₄]²⁺ 名称:テトラアンミン銅(II)イオン

解説

最初に少量のアンモニア水を加えると、OH⁻ が Cu²⁺ と反応して Cu(OH)₂ の沈殿が生じます(Cu²⁺ + 2OH⁻ → Cu(OH)₂↓)。アンモニア水をさらに過剰に加えると、NH₃ が配位子として Cu²⁺ に配位し、[Cu(NH₃)₄]²⁺ が生成して沈殿が溶けます(Cu(OH)₂ + 4NH₃ → [Cu(NH₃)₄]²⁺ + 2OH⁻)。このテトラアンミン銅(II)イオンは特徴的な深青色を呈します。

採点ポイント(配点例:8点)
  • Cu(OH)₂ の青白色沈殿の生成(2点)
  • 過剰 NH₃ で沈殿が溶けて深青色になること(2点)
  • 化学式 [Cu(NH₃)₄]²⁺ が正確(2点)
  • 名称が正確(2点)

C 発展レベル

3-3-3 C 発展 総合

次の文を読み、以下の問いに答えよ。

白色沈殿を含む混合物を試験管に入れ、希硝酸を加えたところ沈殿が溶けた。この溶液にチオシアン酸カリウム KSCN 水溶液を加えると血赤色を呈した。次に、この溶液に塩化ナトリウム水溶液を加えたところ白色沈殿が生じた。

(1) 希硝酸に溶けた白色沈殿の化学式を推定し、その根拠を述べよ。

(2) KSCN 水溶液を加えたときに血赤色を呈した理由を、イオン式を用いて説明せよ。

(3) この沈殿を含む元の溶液から Ag⁺ を除きたい。アンモニア水を過剰に加えるとどうなるか。変化を説明し、生成する錯イオンの化学式と名称を答えよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) AgCl(塩化銀)。根拠:希硝酸に溶けること(AgCl は酸に溶ける)、KSCN で血赤色(Fe³⁺ の存在を示す)はないが NaCl で白色沈殿(Ag⁺ + Cl⁻ → AgCl↓)が生じることから、Ag⁺ が存在し白色沈殿は AgCl と推定できる。

(2) Fe³⁺ + SCN⁻ → [Fe(SCN)]²⁺(血赤色) Fe³⁺ が KSCN と反応して血赤色の錯イオンを形成するため。

(3) AgCl の沈殿にアンモニア水を過剰に加えると沈殿が溶け、無色の溶液になる。
化学式:[Ag(NH₃)₂]⁺ 名称:ジアンミン銀(I)イオン
反応:AgCl + 2NH₃ → [Ag(NH₃)₂]⁺ + Cl⁻

解説

(1) 希硝酸を加えると Ag⁺ と Fe³⁺ などが溶出します。KSCN で血赤色になったのは Fe³⁺ の存在を示します。NaCl で再び白色沈殿が生じたのは Ag⁺ + Cl⁻ → AgCl↓ の反応であり、Ag⁺ が溶液中に存在していたことを示します。以上より、最初の白色沈殿は AgCl です。

(2) Fe³⁺ はチオシアン酸イオン SCN⁻ と配位結合して錯イオン [Fe(SCN)]²⁺ を形成し、特徴的な血赤色を呈します。この反応は Fe³⁺ の存在確認に広く利用されます。

(3) AgCl は水に難溶性ですが、アンモニア水を加えると Ag⁺ が NH₃ と配位結合して安定な錯イオン [Ag(NH₃)₂]⁺ が形成され、平衡が右にずれて AgCl が溶けます。これはイオンの系統分析や銀の回収に応用される重要な反応です。

採点ポイント(配点例:計12点)
  • (1) AgCl と正確に答えている(2点)、根拠が論理的(2点)
  • (2) イオン式が正確(2点)、血赤色の原因に言及(1点)
  • (3) 沈殿が溶けることに言及(1点)、化学式・名称が正確(各2点)