第3章 化学結合

電気陰性度と極性

共有結合では、2つの原子が電子を出し合って結合を形成します。しかし、電子は必ずしも均等に共有されるわけではありません。
どちらの原子が電子をより強く引きつけるかを表す尺度が電気陰性度であり、その差が結合や分子の「極性」を生み出します。
極性を理解することは、物質の溶解性・沸点・反応性を予測する鍵となります。

1電気陰性度とは

異なる種類の原子が共有結合を形成すると、共有電子対はどちらかの原子に引き寄せられます。この「共有電子対を引きつける強さ」を数値化したものが電気陰性度(electronegativity)です。

電気陰性度の値が大きい原子ほど共有電子対を強く引きつけ、電子が偏ることで結合に電荷のかたより(極性)が生じます。

ポーリングの電気陰性度

電気陰性度の尺度として最も広く使われるのが、ノーベル化学賞受賞者ポーリング(Pauling)が定めた値です。フッ素(F)を基準の最大値 4.0 として設定されています。

元素HCNOFNaMgClBrI
電気陰性度 2.2 2.6 3.0 3.4 4.0 0.9 1.3 3.2 3.0 2.7

(ポーリングの値。貴ガスは電気陰性度を定義しない。)

周期表での変化傾向

電気陰性度には明確な周期性があります。

  • 同一周期では右ほど大きい:原子番号が増えると核電荷が大きくなり、最外殻電子を強く引きつけるため
  • 同族では上ほど大きい:下に行くほど電子殻が増えて原子半径が大きくなり、核と最外殻電子の距離が遠くなるため
  • 結論として右上(F)が最大、左下が最小(貴ガスを除く)
ポイント:電気陰性度の大小を覚えるコツ

周期表の「右上ほど大きい」と覚えるだけで十分です。入試で比較が求められる元素の多くは F(4.0)> O(3.4)> Cl(3.2)> N(3.0)> C(2.6)> H(2.2)> 金属 という序列に集約されます。

2結合の極性

2つの原子間の電気陰性度の差が大きいほど、共有電子対は電気陰性度の大きな原子側に強く偏ります。この電荷のかたよりを結合の極性といいます。電気陰性度の大きな原子側はわずかに負の電荷(δ−)を、小さな原子側はわずかに正の電荷(δ+)を帯びます。

HCl の場合

塩化水素 HCl では、Cl の電気陰性度(3.2)が H(2.2)より大きいため、共有電子対は Cl 側に引き寄せられます。

δ+ H ──── Cl δ−

矢印(→)の向きに共有電子対がかたよっている

無極性共有結合:H₂・Cl₂

同種の原子どうしの共有結合では、電気陰性度の差がゼロです。共有電子対はどちらの原子にも均等に共有されるため、電荷のかたよりは生じません。このような結合を無極性共有結合といいます。

  • H−H(水素分子 H2):電気陰性度の差 = 2.2 − 2.2 = 0 → 無極性
  • Cl−Cl(塩素分子 Cl2):電気陰性度の差 = 3.2 − 3.2 = 0 → 無極性

逆に、異種原子間の結合は原則として極性をもちます(極性共有結合)。電気陰性度の差が大きいほど極性も大きくなります。

電気陰性度の差と結合の種類の目安

電気陰性度の差がおよそ 2 よりも小さい場合は共有結合(極性の度合いは差に比例)、差がおよそ 2 以上になると共有電子対が一方の原子にほぼ完全に移動し、イオン結合に近い性質を示すようになります。共有結合とイオン結合は本質的に連続したものです。

3分子の極性

分子全体が極性をもつかどうかは、結合の極性分子の形(立体構造)の両方によって決まります。各結合の極性をベクトルとして考え、分子全体で打ち消し合うかどうかがポイントです。

二原子分子の場合

二原子分子では、結合の極性がそのまま分子全体の極性になります。

  • HCl, HF:異種原子からなる → 極性あり → 極性分子
  • H2, Cl2:同種原子からなる → 極性なし → 無極性分子

多原子分子の場合

3つ以上の原子からなる分子では、個々の結合に極性があっても、分子の形によっては各結合の極性が互いに打ち消し合い、分子全体では無極性になることがあります。

CO₂(直線形)→ 無極性分子

二酸化炭素 CO2 では、C=O 結合に極性があります(Cδ+−Oδ−)。しかし、分子の形は直線形(O=C=O)であり、左右の C=O 結合の極性は大きさが等しく向きが正反対です。そのため、結合の極性は互いに打ち消され、分子全体としては無極性になります。

CO₂は極性結合をもつのになぜ無極性分子なのか
C=O 結合には極性がある(Cδ+、Oδ−
しかし CO₂ は直線形:O = C = O(左右対称)
左の C=O の極性(←)と右の C=O の極性(→)が大きさ等しく向き逆向き
結合の極性が完全に打ち消し合う
分子全体では電荷のかたよりがない → 無極性分子

H₂O(折れ線形)→ 極性分子

水分子 H2O では O−H 結合に極性があり(Hδ+−Oδ−)、分子の形は折れ線形です。2つの O−H 結合の極性の向きが異なる方向を向いているため、打ち消し合わず、分子全体として大きな極性をもちます。

主要分子の極性・形の一覧

分子分子式結合の極性分子の極性
H2O折れ線形あり(O−H)極性分子
アンモニアNH3三角錐形あり(N−H)極性分子
塩化水素HCl直線形あり(H−Cl)極性分子
フッ化水素HF直線形あり(H−F)極性分子
二酸化炭素CO2直線形あり(C=O)無極性分子
メタンCH4正四面体形あり(C−H)無極性分子
水素H2直線形なし無極性分子
塩素Cl2直線形なし無極性分子
本質:分子の極性は「結合の極性」と「分子の形」で決まる

分子が極性分子かどうかは、次の2点で判断します。

① 結合に極性があるか(異種原子間の結合かどうか)
② 分子の形が非対称か(結合の極性が打ち消し合わないかどうか)

①も②も満たすときにはじめて極性分子になります。CO₂ は①は満たすが②は満たさない(直線形で対称)ため無極性分子、H₂O は①②両方を満たすため極性分子です。CH₄ は正四面体形(高い対称性)のため、C−H 結合に極性があっても分子全体では無極性です。NH₃ は三角錐形(非対称)のため、N−H の極性が打ち消されず極性分子となります。

4極性と物性の関係

分子の極性は、その物質がどのような溶媒に溶けるかに大きな影響を与えます。これは化学の重要な経験則です。

「似たものどうしが溶け合う」

極性分子からなる物質は、同じく極性分子からなる溶媒(極性溶媒)に溶けやすい性質をもちます。代表的な極性溶媒はです。塩化水素 HCl やアンモニア NH3、エタノール C2H5OH などは水によく溶けます。

一方、無極性分子からなる物質は、無極性溶媒(ヘキサン C6H14 などの有機溶媒)によく溶けます。ヨウ素 I2 やナフタレンなどは水にはほとんど溶けませんが、ヘキサンなどには溶けます。

物質極性の有無水への溶解性ヘキサン等への溶解性
塩化水素 HCl極性分子よく溶ける溶けにくい
アンモニア NH3極性分子よく溶ける溶けにくい
エタノール C2H5OH極性分子よく溶ける溶ける
ヨウ素 I2無極性分子溶けにくいよく溶ける
ナフタレン C10H8無極性分子溶けにくいよく溶ける
二酸化炭素 CO2無極性分子わずかに溶ける溶ける

この溶解性の原則は「like dissolves like(似たものどうしは溶け合う)」とも呼ばれます。極性分子の溶媒は、溶質の極性分子と静電気的な引力で引き合って溶かします。無極性分子はそのような引力を生じないため、極性溶媒には溶けにくいのです。

落とし穴:CO₂は無極性分子なのになぜ水に溶けるか

二酸化炭素 CO2 は無極性分子ですが、水には少し溶けます(CO2 + H2O → H2CO3)。これは単純な溶解ではなく、水との化学反応(炭酸の生成)が関与しているためです。「無極性分子は水に溶けない」という原則は絶対ではなく、化学反応によって溶ける場合があることを覚えておきましょう。

5この章を俯瞰する

電気陰性度と極性は、化学の多くの分野を貫く重要な概念です。ここで学んだことが他の章とどうつながるかを整理します。

  • ハロゲンの酸化力 → 15-2「ハロゲン単体の性質と反応」:電気陰性度が大きいほど酸化力が強い。F2 > Cl2 > Br2 > I2 という酸化力の序列は電気陰性度の大小と完全に対応している。
  • 水素結合 → 3-5「分子間力と水素結合」:O−H, N−H, F−H 結合の極性が特に大きいため、水素原子を介した強い分子間引力(水素結合)が生じる。水の異常に高い沸点の原因。
  • 酸化数 → 6章「酸化還元反応」:酸化数は「電気陰性度の大きい原子に共有電子対を完全に移動させたと仮定して数える」という規則で定義される。電気陰性度の概念がそのまま使われる。
  • 有機化合物の性質 → 19〜21章:C−O, C−N, O−H 結合の極性が有機化合物の反応性や水への溶解性を決定する。エタノールが水に溶ける理由も極性(O−H 結合)で説明できる。
  • 電気分解と電気陰性度 → 14章「電気化学」:溶液の電気分解では、電気陰性度の大きい原子(O, Cl など)が陽極に集まる傾向がある。

6まとめ

  • 電気陰性度は、原子が共有電子対を引きつける強さの尺度(ポーリングの値)
  • 電気陰性度は周期表の右上ほど大きく、左下ほど小さい(貴ガスを除く)。F が最大(4.0)
  • 電気陰性度の差が大きいほど結合の極性が大きい(δ+, δ− が生じる)。差がゼロなら無極性結合
  • 分子の極性は「結合の極性」と「分子の形」の両方で決まる
  • CO2(直線形)は C=O に極性があっても分子全体では無極性分子、H2O(折れ線形)は極性分子
  • NH3(三角錐形)は極性分子、CH4(正四面体形)は無極性分子
  • 極性分子は極性溶媒(水)に溶けやすく、無極性分子は無極性溶媒(ヘキサン等)に溶けやすい(「似たものどうしが溶け合う」)

7確認テスト

Q1. 電気陰性度とは何か、30字以内で説明してください。

▶ クリックして解答を表示原子が共有電子対を引きつける強さを数値化した尺度。(24字)

Q2. HCl 分子のうち、δ+ を帯びているのは H と Cl のどちらですか。その理由とともに答えてください。

▶ クリックして解答を表示H(δ+)。Cl の電気陰性度(3.2)が H(2.2)より大きいため、共有電子対が Cl 側に引き寄せられ、H 側はわずかに正(δ+)、Cl 側はわずかに負(δ−)の電荷を帯びます。

Q3. CO₂ は C=O という極性結合をもつのに、なぜ無極性分子なのですか。

▶ クリックして解答を表示CO₂ は直線形(O=C=O)で、2つの C=O 結合の極性が大きさ等しく向きが逆向きです。そのため結合の極性が互いに打ち消し合い、分子全体では極性をもちません。

Q4. 次の分子を「極性分子」と「無極性分子」に分類してください。NH3、CH4、HF、CO2

▶ クリックして解答を表示極性分子:NH₃(三角錐形、N−H の極性が打ち消されない)、HF(直線形、異種原子間の結合)。 無極性分子:CH₄(正四面体形、C−H の極性が対称に打ち消し合う)、CO₂(直線形、C=O の極性が打ち消し合う)。

8入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

3-4-1 A 基礎 選択

次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。電気陰性度の値は H:2.2、C:2.6、N:3.0、O:3.4、F:4.0、Cl:3.2 とする。

  • ① 電気陰性度はフッ素(F)が全元素中で最大である。
  • ② H−O 結合と H−F 結合では、H−O 結合の方が極性が大きい。
  • ③ CO₂ は C=O 結合に極性があるため、極性分子である。
  • ④ NH₃ は三角錐形であるため、極性分子である。
  • ⑤ 無極性分子どうしは互いに混合しやすい。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

①④⑤

解説

① 正しい。F の電気陰性度 4.0 は全元素中最大(貴ガスを除く)。

② 誤り。H−O の電気陰性度の差 = 3.4 − 2.2 = 1.2、H−F の差 = 4.0 − 2.2 = 1.8。よって H−F 結合の方が極性が大きい。

③ 誤り。CO₂ は直線形で左右対称なため、2つの C=O 結合の極性が打ち消し合い、無極性分子となる。結合に極性があっても分子全体が無極性になりうる。

④ 正しい。NH₃ は三角錐形で N−H 結合の極性が打ち消し合わないため、極性分子となる。

⑤ 正しい。「似たものどうしが溶け合う」原則により、無極性分子どうしは互いに混合しやすい。

B 標準レベル

3-4-2 B 標準 論述

H、C、N、O、F、Cl の電気陰性度の値を用いて、以下の問いに答えよ。(電気陰性度:H 2.2、C 2.6、N 3.0、O 3.4、F 4.0、Cl 3.2)

(1) C−H 結合、O−H 結合、C−O 結合のうち、極性が最も大きいものを選べ。

(2) 水 H2O とメタン CH4 をそれぞれ極性分子・無極性分子に分類し、その理由を分子の形と結合の極性の観点から説明せよ。

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解答

(1) O−H 結合

(2) H2O は極性分子。CH4 は無極性分子。

解説

(1) 各結合の電気陰性度の差を計算する。
C−H:2.6 − 2.2 = 0.4
O−H:3.4 − 2.2 = 1.2
C−O:3.4 − 2.6 = 0.8
差が最も大きい O−H 結合が最も極性が大きい。

(2) H2O は折れ線形であり、2つの O−H 結合(極性あり)の方向が異なるため、極性が打ち消されない。よって極性分子。
CH4正四面体形であり、4つの C−H 結合(わずかに極性あり)が高度に対称な配置をとるため、結合の極性が完全に打ち消し合う。よって無極性分子。

採点ポイント((2)配点例:6点)
  • H₂O:折れ線形と明記(1点)、極性が打ち消されないと説明(2点)
  • CH₄:正四面体形と明記(1点)、極性が打ち消し合うと説明(2点)

C 発展レベル

3-4-3 C 発展 総合

次の分子(ア)〜(オ)について、以下の問いに答えよ。

  • (ア)HF (イ)N2 (ウ)H2S (エ)CO2 (オ)CH3Cl

(1) 極性分子をすべて選べ。

(2) ヨウ素 I2 は水に溶けにくく、ヘキサン(無極性溶媒)に溶けやすい。この事実を、分子の極性の観点から 60字以内で説明せよ。

(3) エタノール C2H5OH は水にもヘキサンにも溶ける。その理由を、分子の構造と極性の観点から述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) (ア)HF、(ウ)H2S、(オ)CH3Cl

(2) I2 は無極性分子であり、極性溶媒の水とは引き合う静電気力がないため溶けにくく、無極性のヘキサンとは引き合いやすく溶けやすい。(56字)

(3) エタノールは、極性の大きい O−H 結合(親水性)をもつため水と水素結合でき水に溶け、炭素鎖(−C2H5)の無極性部分(親油性)をもつためヘキサンにも溶ける。

解説

(1) 各分子の判定:
(ア)HF:直線形、H−F に極性あり → 極性分子
(イ)N2:直線形、同種原子 → 無極性分子
(ウ)H2S:H2O と同様の折れ線形、S−H に極性あり、打ち消されない → 極性分子
(エ)CO2:直線形で対称、C=O の極性が打ち消し合う → 無極性分子
(オ)CH3Cl:四面体形だが CH4 の H を 1 個 Cl に置き換えた非対称構造、C−Cl の極性が打ち消されない → 極性分子

(2) 「似たものどうしが溶け合う」原則の適用。I2 は無極性分子のため、極性分子の水(δ+, δ−をもつ)との間に有効な静電気的引力が働かず溶けにくい。一方、同じ無極性のヘキサンとはファンデルワールス力で引き合いやすく溶ける。

(3) エタノールは分子内に極性の大きい O−H 基(親水性部分)と、非極性の炭素鎖 C2H5−(親油性部分)の両方をもつ。O−H 基は水と水素結合を形成して水に溶け、炭素鎖部分はヘキサンとのファンデルワールス力によりヘキサンにも溶ける。このような両親媒性が、水・有機溶媒の両方に溶ける理由です。

採点ポイント(配点例:計12点)
  • (1) 3つすべて正解(各1点×3)
  • (2) 無極性分子である点(1点)、極性溶媒との引力が弱い点(2点)、無極性溶媒に溶ける理由(1点)
  • (3) O−H 基(親水性)に言及(2点)、炭素鎖(親油性)に言及(2点)、両方に溶ける理由を構造から説明(1点)