第5章 酸・塩基と中和

酸・塩基の定義と分類

「酸っぱい」「ぬるぬるする」という感覚の正体は、水溶液中の H+ と OH です。
この記事では、アレニウスとブレンステッド・ローリーという2つの定義の違いを理解し、
「なぜアンモニアが塩基なのか」を原理から説明できるようになることを目指します。

1酸とは何か・塩基とは何か

塩化水素 HCl(塩酸)や酢酸 CH₃COOH、硫酸 H₂SO₄ の水溶液は、青色リトマス紙を赤く変化させたり、亜鉛などの金属と反応して水素を発生させたりする。このような性質を酸性といい、酸性を示す物質をという。

一方、水酸化ナトリウム NaOH や水酸化カルシウム Ca(OH)₂ の水溶液は、赤色リトマス紙を青変させ、酸と反応して酸性を打ち消す。このような性質を塩基性(アルカリ性)といい、塩基性を示す物質を塩基という。

アレニウスの定義

スウェーデンの化学者アレニウスは 1884 年に、水溶液中で生じるイオンに着目して酸と塩基を次のように定義した。

アレニウスの定義

:水溶液中で電離して、水素イオン H+ を生じる物質

塩基:水溶液中で電離して、水酸化物イオン OH を生じる物質

代表的な電離式

HCl → H+ + Cl

NaOH → Na+ + OH

NH₃ + H₂O ⇄ NH₄+ + OH

水溶液中の水素イオン H+ は、実際には水分子と配位結合してオキソニウムイオン H₃O+ として存在するが、簡略化して H+ で表すことが多い。

ブレンステッド・ローリーの定義

アレニウスの定義は水溶液中の反応のみに適用できる。しかし、塩化水素 HCl の気体とアンモニア NH₃ の気体を反応させると、塩化アンモニウム NH₄Cl の白煙を生じる。この気体どうしの反応はアレニウスの定義では説明しづらい。

HCl(気) + NH₃(気) → NH₄Cl(白煙)

そこで、デンマークのブレンステッドとイギリスのローリーは 1923 年に、水素イオン H+ の授受という広い視点から酸と塩基を次のように定義した。

ブレンステッド・ローリーの定義

:相手に H+(陽子)を与える物質

塩基:相手から H+(陽子)を受け取る物質

HCl と NH₃ の反応で確認

HCl()が NH₃ に H+ を与える

NH₃(塩基)が HCl から H+ を受け取る

この定義によれば、水溶液中での HCl と NH₃ の溶解も、次のように酸と塩基の反応として統一的に理解できる。

HCl + H₂O → H₃O+ + Cl (HCl が酸、H₂O が塩基)

NH₃ + H₂O ⇄ NH₄+ + OH (NH₃ が塩基、H₂O が酸)

水分子 H₂O は、(11) 式では HCl から H+ を受け取るので塩基として、(12) 式では NH₃ に H+ を与えるのでとしてはたらいている。このように、反応する相手によって酸・塩基どちらにもなれる物質を両性物質という。

NH₃ が塩基である理由

アンモニア NH₃ には OH が含まれていない。それでもなぜ塩基なのかは、ブレンステッドの定義で初めて明確になる。

アンモニアはなぜ塩基なのか
NH₃ の N 原子には非共有電子対が 1 組ある
この非共有電子対が H+(陽子)を引きつけ、配位結合を形成できる
NH₃ + H+ → NH₄+(H+ を受け取る=塩基の定義そのもの)
水中では:NH₃ + H₂O ⇄ NH₄+ + OH → OH が生じて塩基性を示す

アンモニアが塩基である本質は「OH を出す」ことではなく、「H+ を受け取る能力(非共有電子対)をもつ」ことにある。アレニウスの定義はこの理由を説明できず、ブレンステッドの定義が必要になる。

2つの定義の関係

アレニウスの定義は「水溶液中のイオン」、ブレンステッド・ローリーの定義は「H+ の授受」に着目する。ブレンステッド・ローリーの定義はアレニウスの定義を包含するより広い定義で、水溶液以外の反応にも適用できる。高校化学では両方の定義を使い分けることが重要だ。

2酸・塩基の価数

酸の化学式の中で、水溶液中で電離して H+ になることができる H の数を酸の価数という。塩基の価学式の中で、電離して OH になることができる OH の数、または受け取ることのできる H+ の数を塩基の価数という。

酸の価数

1 価 HCl → H+ + Cl  HNO₃ → H+ + NO₃

2 価 H₂SO₄ → 2H+ + SO₄2−  H₂S → 2H+ + S2−

3 価 H₃PO₄ → 3H+ + PO₄3−

塩基の価数

1 価 NaOH → Na+ + OH  NH₃ + H+ → NH₄+

2 価 Ca(OH)₂ → Ca2+ + 2OH  Ba(OH)₂ → Ba2+ + 2OH

3 価 Al(OH)₃ → Al3+ + 3OH

価数は、酸・塩基の「強さ(電離度)」とは無関係である。例えば、酢酸 CH₃COOH は弱酸だが 1 価の酸であり、硫酸 H₂SO₄ は強酸で 2 価の酸である。

価数化学式塩基化学式
1 価 塩化水素HCl水酸化ナトリウムNaOH
硝酸HNO₃水酸化カリウムKOH
酢酸CH₃COOHアンモニアNH₃
2 価 硫酸H₂SO₄水酸化カルシウムCa(OH)₂
炭酸H₂CO₃水酸化バリウムBa(OH)₂
3 価 リン酸H₃PO₄水酸化アルミニウムAl(OH)₃
落とし穴:価数と強さ(電離度)は別物

価数は「1分子から何個の H+ が出るか」という話であり、「どのくらい電離するか(強酸か弱酸か)」とは別の概念です。酢酸は弱酸(電離度が小さい)ですが 1 価の酸。硫酸は強酸で 2 価の酸。アンモニアは弱塩基で 1 価の塩基。価数と強弱を混同しないことが重要です。

3酸・塩基の分類

酸・塩基は価数(1価・2価・3価)のほかに、電離の程度(強酸・弱酸、強塩基・弱塩基)でも分類される。ここでは代表的な物質を整理しておこう。

代表的な酸

物質名化学式価数強・弱特徴
塩酸(塩化水素の水溶液)HCl1 価強酸胃酸の主成分
硝酸HNO₃1 価強酸酸化力が強い
硫酸H₂SO₄2 価強酸不揮発性、脱水作用あり
酢酸CH₃COOH1 価弱酸食酢の主成分
炭酸H₂CO₃2 価弱酸CO₂ の水溶液中のみで存在
リン酸H₃PO₄3 価弱酸(中程度)肥料の原料
硫化水素H₂S2 価弱酸腐卵臭
フッ化水素酸HF1 価弱酸ガラスを溶かす

代表的な塩基

物質名化学式価数強・弱特徴
水酸化ナトリウムNaOH1 価強塩基潮解性あり。皮膚を侵す
水酸化カリウムKOH1 価強塩基石けん製造の原料
水酸化カルシウムCa(OH)₂2 価強塩基水溶液は「石灰水」。水に難溶
水酸化バリウムBa(OH)₂2 価強塩基水によく溶ける
アンモニアNH₃1 価弱塩基刺激臭の気体。化学肥料の原料
水酸化マグネシウムMg(OH)₂2 価弱塩基水に難溶。胃薬に利用
水酸化銅(II)Cu(OH)₂2 価弱塩基水に難溶。青白色沈殿
水酸化アルミニウムAl(OH)₃3 価弱塩基両性水酸化物
強酸・強塩基の覚え方

高校化学で扱う強酸は基本的に「塩酸 HCl・硝酸 HNO₃・硫酸 H₂SO₄」の 3 つ。強塩基はアルカリ金属の水酸化物(NaOH, KOH など)とアルカリ土類金属の水酸化物(Ca(OH)₂, Ba(OH)₂ など)。これ以外は弱酸・弱塩基と覚えておくと効率的。

  • 強酸 3 種:HCl、HNO₃、H₂SO₄
  • 強塩基:アルカリ金属の OH(NaOH, KOH …)とアルカリ土類金属の OH(Ca(OH)₂, Ba(OH)₂ …)
  • アンモニア NH₃ は弱塩基(唯一の気体塩基)

4この章を俯瞰する

酸・塩基の定義は、化学全体の中でどのような位置づけにあるのだろうか。以下に、この記事の内容が他の章とどうつながるかを整理する。

  • 電離と共有結合 → 3-3「配位結合」:NH₃ が H+ を受け取れる理由は、N 原子の非共有電子対にある。配位結合の知識がアンモニアの塩基性の理解に直結する。
  • 電離度と強弱 → 5-2「酸・塩基の強弱と電離度」:この記事で導入した強酸・弱酸の分類が、定量的な電離度の議論へとつながる。
  • pH → 5-3「水素イオン濃度と pH」:酸・塩基の価数と電離度を使って水素イオン濃度 [H+] を求め、pH を計算する。
  • 中和・滴定 → 5-4「中和反応と塩」・5-5「中和滴定」:酸の出す H+ の物質量 = 塩基の受け取る H+ の物質量、という量的関係(中和の量的関係)の基礎となる。
  • 酸化還元との比較 → 6-1「酸化と還元」:「電子の授受」が酸化還元を定義するのと同様、「H+ の授受」が酸・塩基を定義する。対比して学ぶと理解が深まる。

次の記事では、強酸・弱酸・強塩基・弱塩基の電離度の定量的な扱いを学ぶ。電離度が小さいアンモニア水の [OH] をどう計算するか、が次のテーマだ。

5まとめ

  • アレニウスの定義:酸=水溶液中で H+ を生じる物質、塩基=OH を生じる物質
  • ブレンステッド・ローリーの定義:酸=H+ を与える物質、塩基=H+ を受け取る物質
  • NH₃ が塩基である理由:N 原子の非共有電子対が H+ を受け取る(H+ を受け取る=塩基)
  • 水分子 H₂O は両性物質(相手によって酸にも塩基にもなる)
  • 酸の価数:電離して H+ になれる H の数(1価:HCl、2価:H₂SO₄、3価:H₃PO₄)
  • 塩基の価数:電離して OH になれる OH の数または受け取れる H+ の数(1価:NaOH・NH₃、2価:Ca(OH)₂)
  • 強酸 3 種:HCl・HNO₃・H₂SO₄。それ以外は弱酸が多い
  • 強塩基:アルカリ金属・アルカリ土類金属の水酸化物。NH₃ は弱塩基
  • 価数と強弱(電離度)は別の概念であり混同しない

6確認テスト

基本事項を確認しよう

Q1. アレニウスの定義とブレンステッド・ローリーの定義の違いを、「水溶液」「H+ の授受」というキーワードを使って説明してください。

▶ クリックして解答を表示 アレニウスの定義は水溶液中で生じるイオン(H+ や OH)に着目した定義であり、水溶液中の反応のみに適用できる。一方、ブレンステッド・ローリーの定義は H+ の授受に着目しており、水溶液以外の反応(例:HCl 気体と NH₃ 気体の反応)にも適用できるより広い定義である。

Q2. アンモニア NH₃ に OH は含まれていない。それでも塩基として分類される理由を、ブレンステッド・ローリーの定義を使って説明してください。

▶ クリックして解答を表示 ブレンステッド・ローリーの定義では、塩基とは「H+ を受け取る物質」である。NH₃ の N 原子は非共有電子対をもっており、これが H+ を受け取る能力の源となる。水溶液中では NH₃ + H₂O ⇄ NH₄+ + OH の反応が起き、NH₃ が H₂O から H+ を受け取って塩基としてはたらく。結果として OH が生じるため、アレニウスの定義でも塩基に分類される。

Q3. 次の各物質の価数を答えてください。①H₂SO₄ ②Ca(OH)₂ ③H₃PO₄ ④NH₃

▶ クリックして解答を表示 ① H₂SO₄:2 価の酸(H を 2 個放出できる) ② Ca(OH)₂:2 価の塩基(OH を 2 個放出できる) ③ H₃PO₄:3 価の酸(H を 3 個放出できる) ④ NH₃:1 価の塩基(H+ を 1 個受け取れる)

Q4. 次の酸・塩基を「強酸・弱酸・強塩基・弱塩基」に分類してください。①HCl ②CH₃COOH ③NaOH ④NH₃ ⑤H₂SO₄ ⑥Ca(OH)₂

▶ クリックして解答を表示 ①HCl:強酸 ②CH₃COOH(酢酸):弱酸 ③NaOH:強塩基 ④NH₃:弱塩基 ⑤H₂SO₄:強酸 ⑥Ca(OH)₂:強塩基

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

5-1-1 A 基礎 選択

酸と塩基に関する次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。

  • ① アレニウスの定義では、酸とは水溶液中で H+ を生じる物質である。
  • ② ブレンステッド・ローリーの定義では、塩基とは H+ を与える物質である。
  • ③ アンモニア NH₃ は、ブレンステッド・ローリーの定義では塩基に分類される。
  • ④ 硫酸 H₂SO₄ は 1 価の強酸である。
  • ⑤ 酸の価数と酸の強さ(電離度)は無関係である。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

①③⑤

解説

① 正しい。アレニウスの定義の通りである。② 誤り。ブレンステッド・ローリーの定義では「塩基=H+ を受け取る物質」、「酸=H+ を与える物質」である。③ 正しい。NH₃ は H+ を受け取ることができるので、ブレンステッド・ローリーの定義で塩基に分類される。④ 誤り。硫酸 H₂SO₄ は 1 分子から 2 個の H+ を放出するので2 価の強酸である。⑤ 正しい。酢酸は弱酸だが 1 価であり、硫酸は強酸で 2 価。価数と強弱は別の概念。

B 標準レベル

5-1-2 B 標準 論述

塩化水素 HCl の気体とアンモニア NH₃ の気体を混合すると、白煙を生じた。以下の問いに答えよ。

(1) 白煙の正体を、物質名と化学式で答えよ。

(2) この反応を化学反応式で書け。

(3) この反応において、HCl と NH₃ はブレンステッド・ローリーの定義でそれぞれ酸・塩基のどちらか。理由とともに説明せよ。

(4) この反応はアレニウスの定義では酸・塩基の反応として説明しにくい。その理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 塩化アンモニウム NH₄Cl

(2) HCl + NH₃ → NH₄Cl

(3) HCl は NH₃ に H+ を与えているので。NH₃ は HCl から H+ を受け取っているので塩基

(4) アレニウスの定義は水溶液中での電離に基づく定義だが、この反応は気体どうしの反応であり水溶液ではないため、適用できないから。

解説

(1)(2) HCl と NH₃ が反応すると NH₄Cl が生じる。NH₄+ と Cl からなる白色の微粉末が「白煙」として見える。(3) ブレンステッド・ローリーの定義の核心は「H+ をやりとりする主体はどちらか」を問うことにある。HCl は H+ を放出し(酸)、NH₃ はその H+ を受け取る(塩基)。(4) アレニウスの定義の限界を示す典型的な問題。水溶液でなければ「電離して H+ を生じる」という説明が成立しない。

C 発展レベル

5-1-3 C 発展 論述

次の 2 つの反応について、下線を引いた物質がブレンステッド・ローリーの定義で「酸」「塩基」のどちらとしてはたらいているかを答えるとともに、水 H₂O が「両性物質」である理由を 2 つの反応式を用いて説明せよ。

反応式 A:HCl + H₂O → H₃O+ + Cl

反応式 B:NH₃ + H₂O ⇄ NH₄+ + OH

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

反応式 A の H₂O:塩基(HCl から H+ を受け取り、H₃O+ になっている)

反応式 B の H₂O:(NH₃ に H+ を与え、OH になっている)

H₂O は A では塩基として、B では酸としてはたらいており、反応する相手によって酸・塩基どちらにもなれる。このような物質を両性物質という。

解説

ブレンステッド・ローリーの定義のポイントは「H+ の移動方向」を追うことにある。A では HCl→H₂O 方向に H+ が移動(H₂O が受け取る=塩基)。B では H₂O→NH₃ 方向に H+ が移動(H₂O が与える=酸)。H₂O は O 原子に非共有電子対をもつ(H+ を受け取れる)と同時に、O−H 結合が極性をもち H+ を放出できる(H+ を与えられる)という 2 つの能力をもつため、両性物質になる。

採点ポイント
  • A の H₂O が塩基であることの根拠(H+ を受け取っている)
  • B の H₂O が酸であることの根拠(H+ を与えている)
  • 「両性物質」の概念の正確な説明