第6章 酸化還元反応

電池のしくみ

電池とは、酸化還元反応によって化学エネルギーを電気エネルギーに変換して取り出す装置です。
ボルタ電池からダニエル電池へという歴史的な発展をたどりながら、電池の本質である「酸化還元反応の空間的分離」を理解します。
正極・負極・起電力・分極といった基本概念を、仕組みから確実に押さえましょう。

1電池とは

私たちの身のまわりには、スマートフォン・リモコン・自動車など、電池を使う製品があふれています。化学の視点から見ると、電池は酸化還元反応によって化学エネルギーを電気エネルギーに変換して取り出す装置です。

このような電池を化学電池といいます。光エネルギーを電気に変換する太陽電池のように、化学反応以外の方法を使う電池は物理電池と呼ばれ、区別されます。

電池の基本構成

化学電池をつくるには、以下の3つの要素が必要です。

  • イオン化傾向の異なる2種類の金属(電極)
  • 電解質の水溶液(電極間でイオンが移動できる媒体)
  • 2つの電極をつなぐ導線(外部回路)

イオン化傾向の大きい金属は陽イオンになりやすく、電子を放出しやすい性質をもっています。この「電子を放出しやすい側」と「電子を受け取る側」の差を利用することで、電子を外部の導線に流す(=電流を取り出す)ことができます。

正極・負極・起電力

電池の電極には正極負極の区別があります。

  • 負極:酸化反応が起こり、導線に向かって電子が流れ出す電極。イオン化傾向が大きい金属が担う。
  • 正極:導線から電子が流れ込み、還元反応が起こる電極。イオン化傾向が小さい金属(または物質)が担う。

電子は負極から導線を通って正極へ流れます。電流の向きは電子の流れと逆なので、電流は正極から負極へ流れます。また、正極と負極の間に生じる電圧を起電力(単位:V)といいます。イオン化傾向の差が大きい2種類の物質を電極に使うほど、起電力が大きくなります。

混同注意:電池の正極・負極 vs 電気分解の陽極・陰極

電池では「正極・負極」という用語を使います。電気分解で使う「陽極・陰極」とは別の概念です。電池の負極で酸化反応、正極で還元反応が起こる点は、電気分解の陽極(酸化)・陰極(還元)と一致していますが、用語は必ず使い分けましょう。

2ボルタ電池

イタリアの物理学者ボルタ(1745〜1827)は、1800年ごろ、希硫酸に亜鉛板と銅板を浸して導線でつないだ電池を考案しました。これをボルタ電池といいます。電池の構成は次のように表します。

(−)Zn | H2SO4 aq | Cu(+)

各電極での反応

亜鉛(Zn)と銅(Cu)ではイオン化傾向が Zn > Cu であり、亜鉛のほうが陽イオンになりやすい。そのため、亜鉛板が負極、銅板が正極になります。

電極材料反応反応の種類
負極 亜鉛板(Zn) Zn → Zn2+ + 2e 酸化(電子を放出)
正極 銅板(Cu) 2H+ + 2e → H2 還元(電子を受け取る)

負極では亜鉛が溶け出してZn2+になり、電子が導線へ放出されます。正極では、溶液中の水素イオン(H+)が電子を受け取り、水素ガス(H2)として発生します。

分極の問題

ボルタ電池には重大な欠点があります。正極(銅板)の表面で発生した水素ガスが気泡として付着し、やがて電極を覆ってしまいます。こうなると水素イオンが電極に近づけなくなり、正極での還元反応が妨げられます。この現象を分極といい、結果として起電力が急速に低下してしまいます。

ボルタ電池はなぜすぐに起電力が低下するのか
正極(銅板)で 2H+ + 2e → H2 の反応が起こる
生じた H2 の気泡が銅板表面に付着・蓄積する
H+ が電極面に近づけなくなり、還元反応が妨げられる(分極
起電力が急速に低下し、実用的な電池として使えなくなる

このボルタ電池の欠点を解決するために考案されたのが、次のダニエル電池です。

3ダニエル電池

1836年、イギリスのダニエルは分極の問題を解決した電池を考案しました。それがダニエル電池です。構成は次のとおりです。

(−)Zn | ZnSO4 aq | CuSO4 aq | Cu(+)

ダニエル電池の特徴は、素焼き板によって2つの部屋に仕切られている点です。亜鉛板を ZnSO4 水溶液に、銅板を CuSO4 水溶液に浸し、その2室を素焼き板で仕切っています。

各電極での反応

電極材料・溶液反応反応の種類
負極 亜鉛板(ZnSO4 水溶液中) Zn → Zn2+ + 2e 酸化
正極 銅板(CuSO4 水溶液中) Cu2+ + 2e → Cu 還元

ダニエル電池の起電力は約1.1 Vで、ボルタ電池に比べて安定しています。負極活物質は Zn、正極活物質は Cu2+ です。

全体のイオン反応式は次のようになります。

Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cu

素焼き板の役割

素焼き板は非常に小さな穴が無数にあいた多孔質の仕切りです。2つの役割を同時に果たしています。

  • 役割1(分離):ZnSO4 水溶液と CuSO4 水溶液が直接混ざり合うのを防ぐ
  • 役割2(導通):イオンの通過を許可し、2室の溶液を電気的に接続する

イオンが両室の間を移動できることで、溶液全体の電荷バランスが保たれ、電流が継続して流れます。

ダニエル電池はなぜ分極しないのか
正極が浸かっているのは CuSO4 水溶液(銅イオン Cu2+ が豊富に溶けている)
正極での反応は Cu2+ + 2e → Cu(銅が析出する)
H2 ガスが発生しない → 電極面が H2 で覆われない
分極が起こらず、起電力が安定して持続する
発展:標準電極電位とダニエル電池の起電力大学

Zn2+/Zn の標準電極電位は −0.76 V、Cu2+/Cu は +0.34 V です。ダニエル電池の起電力は正極と負極の標準電極電位の差に相当するため、0.34 − (−0.76) = 1.1 V となり、実測値と一致します。

4電池の原理のまとめ

ボルタ電池とダニエル電池を比較すると、電池の本質が見えてきます。

ボルタ電池ダニエル電池
構成Zn | H2SO4 aq | CuZn | ZnSO4 aq | CuSO4 aq | Cu
負極反応Zn → Zn2+ + 2eZn → Zn2+ + 2e
正極反応2H+ + 2e → H2Cu2+ + 2e → Cu
分極起こる(H2 が付着)起こらない
起電力約 1.1 V だが急低下約 1.1 V で安定
仕切りなし素焼き板あり
本質:電池=酸化還元反応を空間的に分離して電子を外部回路に流す装置

電池の核心は「酸化反応が起こる場所(負極)と還元反応が起こる場所(正極)を空間的に分ける」ことです。同じ容器の中で酸化剤と還元剤が直接出会うと、化学エネルギーはただの熱として散逸します。しかし2つの反応を別々の空間で起こし、電子だけを外部の導線経由で輸送すれば、電気エネルギーとして取り出せます。ダニエル電池の素焼き板は、「溶液を繋げながら混合させない」という絶妙なバランスで、この空間的分離を実現しています。

5この章を俯瞰する

電池のしくみは、酸化還元反応・イオン化傾向・電気化学など、化学の複数の分野が交差する重要テーマです。以下に、この記事の知識が他の章とどうつながるかを整理します。

他の章へのつながりマップ

  • イオン化傾向 → 6-3「金属のイオン化傾向」:負極・正極の決まり方の根拠。イオン化傾向の大きい金属が負極になる原理をここで学ぶ。
  • 酸化還元反応 → 6-1「酸化と還元」・6-2「酸化還元反応式」:電池の各電極での半反応式は、酸化・還元の半反応式そのもの。書き方を確認しておく。
  • 電気分解 → 6-5「電気分解」:電池が自発的な酸化還元反応を利用するのに対し、電気分解は外部から電気エネルギーを与えて強制的に反応させる。表裏一体の関係。
  • 実用電池 → 発展学習「鉛蓄電池・リチウムイオン電池・燃料電池」:ダニエル電池の原理を拡張した各種電池の仕組みへ展開する。

次の記事では、電気エネルギーを用いて化学反応を引き起こす電気分解を扱います。電池と電気分解は「化学エネルギー ⇄ 電気エネルギー」の変換という点で、互いに逆の関係にあります。

6まとめ

  • 電池とは、酸化還元反応によって化学エネルギーを電気エネルギーに変換する装置(化学電池)
  • 基本構成:イオン化傾向の異なる2種の金属電極 + 電解質水溶液
  • 負極:イオン化傾向が大きい金属が担う。酸化反応が起こり電子を放出する
  • 正極:イオン化傾向が小さい側が担う。電子を受け取り還元反応が起こる
  • 起電力:正極と負極の間に生じる電圧(V)。イオン化傾向の差が大きいほど大きい
  • ボルタ電池:Zn | H2SO4 aq | Cu。正極で H2 が発生して付着し、分極により起電力が低下する
  • ダニエル電池:Zn | ZnSO4 aq | CuSO4 aq | Cu。素焼き板で2室を分離することで分極を防ぎ、起電力(約1.1 V)が安定する
  • 電池の本質:酸化還元反応を空間的に分離して電子を外部回路に流すこと

7確認テスト

Q1. 電池の正極と負極を、「イオン化傾向」という言葉を使って説明してください。

▶ クリックして解答を表示イオン化傾向が大きい金属が負極になり、酸化反応が起こって電子を放出します。イオン化傾向が小さい側が正極になり、導線から流れ込んだ電子を受け取って還元反応が起こります。

Q2. ボルタ電池の負極・正極での反応式をそれぞれ書いてください。

▶ クリックして解答を表示負極(Zn):Zn → Zn²⁺ + 2e⁻ 正極(Cu):2H⁺ + 2e⁻ → H₂

Q3. ボルタ電池で「分極」とよばれる現象を説明し、それがなぜ問題なのか述べてください。

▶ クリックして解答を表示正極(銅板)の表面で発生した H₂ の気泡が電極に付着・蓄積する現象を分極といいます。H₂ が電極を覆うと水素イオンが近づけなくなり、正極での還元反応が妨げられて起電力が急速に低下するため、実用的に使えなくなります。

Q4. ダニエル電池で素焼き板が果たす役割を2点説明してください。

▶ クリックして解答を表示(1)ZnSO₄ 水溶液と CuSO₄ 水溶液が直接混ざり合うのを防ぐ(溶液の分離)。(2)非常に小さな穴があいているためイオンが通過でき、2室の溶液を電気的に接続して電流が流れ続けられるようにする(イオン導通)。

8入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

6-4-1 A 基礎 選択

電池に関する次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。

  • ① 電池の負極では還元反応が起こる。
  • ② イオン化傾向の大きい金属が負極になる。
  • ③ 電流の向きは正極から負極へ流れる。
  • ④ ダニエル電池の正極では H2 が発生する。
  • ⑤ 起電力とは正極と負極の間に生じる電圧のことである。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

②③⑤

解説

① 誤り。負極では酸化反応が起こり、電子が放出されます。還元反応が起こるのは正極です。② 正しい。イオン化傾向が大きいほど陽イオンになりやすく(電子を放出しやすく)、負極として機能します。③ 正しい。電流は正の電気の流れる向きと定義されており、負の電荷をもつ電子の流れ(負極→正極)とは逆向きになります。④ 誤り。ダニエル電池の正極では Cu2+ + 2e → Cu の反応が起こり、銅が析出します。H2 が発生するのはボルタ電池の正極です。⑤ 正しい。起電力(electromotive force)とは正極と負極の間に生じる電圧(V)のことです。

B 標準レベル

6-4-2 B 標準 論述・反応式

ダニエル電池について、次の問いに答えよ。

(1) 負極および正極で起こる反応を、それぞれ電子 e を含む反応式で表せ。

(2) ダニエル電池全体のイオン反応式を書け。

(3) 電流を長く流し続けるには、ZnSO4 水溶液と CuSO4 水溶液のどちらの濃度を高くするとよいか。また、その理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 負極:Zn → Zn2+ + 2e  正極:Cu2+ + 2e → Cu

(2) Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cu

(3) CuSO4 水溶液の濃度を高くするとよい。理由:正極では Cu2+ が消費されていくため、CuSO4 濃度が高いほど Cu2+ が豊富に供給され、正極での還元反応が長く続けられるため。

解説

(1)(2) ダニエル電池では Zn と Cu2+ の酸化還元反応が起こります。Zn はイオン化傾向が大きいため Cu2+ によって酸化され、Zn2+ になって溶け出します。一方、Cu2+ は電子を受け取って Cu として正極に析出します。2つの半反応を足し合わせると全体のイオン反応式が得られます。

(3) 正極では Cu2+ が消費されます。ZnSO4 濃度を高めても、負極の反応(Zn が溶ける)の継続性はほぼ変わらず電極材料(Zn 板)が律速になります。これに対し CuSO4 濃度を高めると、正極で必要な Cu2+ の供給量が増えるため、電池がより長く機能します。

採点ポイント((3) 配点例:4点)
  • CuSO4 と正しく答えている(1点)
  • 正極で Cu2+ が消費されることに言及(2点)
  • 濃度が高いほど供給が続くと結びつけている(1点)

C 発展レベル

6-4-3 C 発展 総合・論述

電池に関する次の文章を読んで、問いに答えよ。

ボルタ電池では、電流を流し続けると起電力が急速に低下する。この原因はア( )という現象にある。一方、ダニエル電池ではイ( )板によって2種類の溶液を分離することで、この問題を解決している。

(1) 文中の ア・イ に適切な語句を入れよ。

(2) ダニエル電池で素焼き板が「溶液を分離しながらも電流が流れ続ける」ことを可能にする理由を、素焼き板の構造に触れながら50字以内で説明せよ。

(3) 電池の観察として「ZnSO4 水溶液側では亜鉛板が少しずつ溶け、CuSO4 水溶液側では銅板の表面に赤みがかった固体が析出した」という結果が得られた。この現象をそれぞれ酸化・還元の観点から説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) ア:分極 イ:素焼き

(2) 素焼き板には非常に小さな穴が無数にあいており、溶液の大量混合は防ぐが、イオンは通過できるため2室が電気的に接続される。(49字)

(3) 亜鉛板が溶けるのは Zn → Zn2+ + 2e という酸化反応が負極で起こっているため。赤みがかった固体の析出は Cu2+ + 2e → Cu という還元反応が正極で起こり、銅が析出しているためである。

解説

(1) ボルタ電池の起電力低下の原因は「分極」(正極に H2 が付着して反応が妨げられること)です。ダニエル電池では「素焼き板」でこれを解決します。

(2) 素焼き板は多孔質であるため、溶液が大量に混ざり合うことは防げますが、穴が小さいながらも存在するため、イオン(Zn2+, SO42− など)は行き来できます。このイオンの移動によって両室が電気的につながり(塩橋と同様の機能)、電流が途切れずに流れ続けます。

(3) 亜鉛板の溶解は負極での酸化反応(Zn → Zn2+ + 2e)です。赤みがかった固体は銅(Cu)であり、正極での還元反応(Cu2+ + 2e → Cu)によって析出したものです。電子が外部回路(導線)を通って負極から正極へ移動することで、空間的に分かれた酸化・還元が同時に進行します。

採点ポイント(配点例:計10点)
  • (1) ア・イ 各1点(計2点)
  • (2) 小さな穴・イオン通過・電気的接続の3要素を含む(3点)
  • (3) 亜鉛板:酸化反応・Zn→Zn2++2e に言及(2.5点)、析出物:還元反応・Cu2++2e→Cu に言及(2.5点)