電池とは、酸化還元反応によって化学エネルギーを電気エネルギーに変換して取り出す装置です。
ボルタ電池からダニエル電池へという歴史的な発展をたどりながら、電池の本質である「酸化還元反応の空間的分離」を理解します。
正極・負極・起電力・分極といった基本概念を、仕組みから確実に押さえましょう。
私たちの身のまわりには、スマートフォン・リモコン・自動車など、電池を使う製品があふれています。化学の視点から見ると、電池は酸化還元反応によって化学エネルギーを電気エネルギーに変換して取り出す装置です。
このような電池を化学電池といいます。光エネルギーを電気に変換する太陽電池のように、化学反応以外の方法を使う電池は物理電池と呼ばれ、区別されます。
化学電池をつくるには、以下の3つの要素が必要です。
イオン化傾向の大きい金属は陽イオンになりやすく、電子を放出しやすい性質をもっています。この「電子を放出しやすい側」と「電子を受け取る側」の差を利用することで、電子を外部の導線に流す(=電流を取り出す)ことができます。
電池の電極には正極と負極の区別があります。
電子は負極から導線を通って正極へ流れます。電流の向きは電子の流れと逆なので、電流は正極から負極へ流れます。また、正極と負極の間に生じる電圧を起電力(単位:V)といいます。イオン化傾向の差が大きい2種類の物質を電極に使うほど、起電力が大きくなります。
電池では「正極・負極」という用語を使います。電気分解で使う「陽極・陰極」とは別の概念です。電池の負極で酸化反応、正極で還元反応が起こる点は、電気分解の陽極(酸化)・陰極(還元)と一致していますが、用語は必ず使い分けましょう。
イタリアの物理学者ボルタ(1745〜1827)は、1800年ごろ、希硫酸に亜鉛板と銅板を浸して導線でつないだ電池を考案しました。これをボルタ電池といいます。電池の構成は次のように表します。
(−)Zn | H2SO4 aq | Cu(+)
亜鉛(Zn)と銅(Cu)ではイオン化傾向が Zn > Cu であり、亜鉛のほうが陽イオンになりやすい。そのため、亜鉛板が負極、銅板が正極になります。
| 電極 | 材料 | 反応 | 反応の種類 |
|---|---|---|---|
| 負極 | 亜鉛板(Zn) | Zn → Zn2+ + 2e− | 酸化(電子を放出) |
| 正極 | 銅板(Cu) | 2H+ + 2e− → H2 | 還元(電子を受け取る) |
負極では亜鉛が溶け出してZn2+になり、電子が導線へ放出されます。正極では、溶液中の水素イオン(H+)が電子を受け取り、水素ガス(H2)として発生します。
ボルタ電池には重大な欠点があります。正極(銅板)の表面で発生した水素ガスが気泡として付着し、やがて電極を覆ってしまいます。こうなると水素イオンが電極に近づけなくなり、正極での還元反応が妨げられます。この現象を分極といい、結果として起電力が急速に低下してしまいます。
このボルタ電池の欠点を解決するために考案されたのが、次のダニエル電池です。
1836年、イギリスのダニエルは分極の問題を解決した電池を考案しました。それがダニエル電池です。構成は次のとおりです。
(−)Zn | ZnSO4 aq | CuSO4 aq | Cu(+)
ダニエル電池の特徴は、素焼き板によって2つの部屋に仕切られている点です。亜鉛板を ZnSO4 水溶液に、銅板を CuSO4 水溶液に浸し、その2室を素焼き板で仕切っています。
| 電極 | 材料・溶液 | 反応 | 反応の種類 |
|---|---|---|---|
| 負極 | 亜鉛板(ZnSO4 水溶液中) | Zn → Zn2+ + 2e− | 酸化 |
| 正極 | 銅板(CuSO4 水溶液中) | Cu2+ + 2e− → Cu | 還元 |
ダニエル電池の起電力は約1.1 Vで、ボルタ電池に比べて安定しています。負極活物質は Zn、正極活物質は Cu2+ です。
全体のイオン反応式は次のようになります。
Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cu
素焼き板は非常に小さな穴が無数にあいた多孔質の仕切りです。2つの役割を同時に果たしています。
イオンが両室の間を移動できることで、溶液全体の電荷バランスが保たれ、電流が継続して流れます。
Zn2+/Zn の標準電極電位は −0.76 V、Cu2+/Cu は +0.34 V です。ダニエル電池の起電力は正極と負極の標準電極電位の差に相当するため、0.34 − (−0.76) = 1.1 V となり、実測値と一致します。
ボルタ電池とダニエル電池を比較すると、電池の本質が見えてきます。
| ボルタ電池 | ダニエル電池 | |
|---|---|---|
| 構成 | Zn | H2SO4 aq | Cu | Zn | ZnSO4 aq | CuSO4 aq | Cu |
| 負極反応 | Zn → Zn2+ + 2e− | Zn → Zn2+ + 2e− |
| 正極反応 | 2H+ + 2e− → H2 | Cu2+ + 2e− → Cu |
| 分極 | 起こる(H2 が付着) | 起こらない |
| 起電力 | 約 1.1 V だが急低下 | 約 1.1 V で安定 |
| 仕切り | なし | 素焼き板あり |
電池の核心は「酸化反応が起こる場所(負極)と還元反応が起こる場所(正極)を空間的に分ける」ことです。同じ容器の中で酸化剤と還元剤が直接出会うと、化学エネルギーはただの熱として散逸します。しかし2つの反応を別々の空間で起こし、電子だけを外部の導線経由で輸送すれば、電気エネルギーとして取り出せます。ダニエル電池の素焼き板は、「溶液を繋げながら混合させない」という絶妙なバランスで、この空間的分離を実現しています。
電池のしくみは、酸化還元反応・イオン化傾向・電気化学など、化学の複数の分野が交差する重要テーマです。以下に、この記事の知識が他の章とどうつながるかを整理します。
次の記事では、電気エネルギーを用いて化学反応を引き起こす電気分解を扱います。電池と電気分解は「化学エネルギー ⇄ 電気エネルギー」の変換という点で、互いに逆の関係にあります。
Q1. 電池の正極と負極を、「イオン化傾向」という言葉を使って説明してください。
Q2. ボルタ電池の負極・正極での反応式をそれぞれ書いてください。
Q3. ボルタ電池で「分極」とよばれる現象を説明し、それがなぜ問題なのか述べてください。
Q4. ダニエル電池で素焼き板が果たす役割を2点説明してください。
基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。
電池に関する次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。
②③⑤
① 誤り。負極では酸化反応が起こり、電子が放出されます。還元反応が起こるのは正極です。② 正しい。イオン化傾向が大きいほど陽イオンになりやすく(電子を放出しやすく)、負極として機能します。③ 正しい。電流は正の電気の流れる向きと定義されており、負の電荷をもつ電子の流れ(負極→正極)とは逆向きになります。④ 誤り。ダニエル電池の正極では Cu2+ + 2e− → Cu の反応が起こり、銅が析出します。H2 が発生するのはボルタ電池の正極です。⑤ 正しい。起電力(electromotive force)とは正極と負極の間に生じる電圧(V)のことです。
ダニエル電池について、次の問いに答えよ。
(1) 負極および正極で起こる反応を、それぞれ電子 e− を含む反応式で表せ。
(2) ダニエル電池全体のイオン反応式を書け。
(3) 電流を長く流し続けるには、ZnSO4 水溶液と CuSO4 水溶液のどちらの濃度を高くするとよいか。また、その理由を述べよ。
(1) 負極:Zn → Zn2+ + 2e− 正極:Cu2+ + 2e− → Cu
(2) Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cu
(3) CuSO4 水溶液の濃度を高くするとよい。理由:正極では Cu2+ が消費されていくため、CuSO4 濃度が高いほど Cu2+ が豊富に供給され、正極での還元反応が長く続けられるため。
(1)(2) ダニエル電池では Zn と Cu2+ の酸化還元反応が起こります。Zn はイオン化傾向が大きいため Cu2+ によって酸化され、Zn2+ になって溶け出します。一方、Cu2+ は電子を受け取って Cu として正極に析出します。2つの半反応を足し合わせると全体のイオン反応式が得られます。
(3) 正極では Cu2+ が消費されます。ZnSO4 濃度を高めても、負極の反応(Zn が溶ける)の継続性はほぼ変わらず電極材料(Zn 板)が律速になります。これに対し CuSO4 濃度を高めると、正極で必要な Cu2+ の供給量が増えるため、電池がより長く機能します。
電池に関する次の文章を読んで、問いに答えよ。
ボルタ電池では、電流を流し続けると起電力が急速に低下する。この原因はア( )という現象にある。一方、ダニエル電池ではイ( )板によって2種類の溶液を分離することで、この問題を解決している。
(1) 文中の ア・イ に適切な語句を入れよ。
(2) ダニエル電池で素焼き板が「溶液を分離しながらも電流が流れ続ける」ことを可能にする理由を、素焼き板の構造に触れながら50字以内で説明せよ。
(3) 電池の観察として「ZnSO4 水溶液側では亜鉛板が少しずつ溶け、CuSO4 水溶液側では銅板の表面に赤みがかった固体が析出した」という結果が得られた。この現象をそれぞれ酸化・還元の観点から説明せよ。
(1) ア:分極 イ:素焼き
(2) 素焼き板には非常に小さな穴が無数にあいており、溶液の大量混合は防ぐが、イオンは通過できるため2室が電気的に接続される。(49字)
(3) 亜鉛板が溶けるのは Zn → Zn2+ + 2e− という酸化反応が負極で起こっているため。赤みがかった固体の析出は Cu2+ + 2e− → Cu という還元反応が正極で起こり、銅が析出しているためである。
(1) ボルタ電池の起電力低下の原因は「分極」(正極に H2 が付着して反応が妨げられること)です。ダニエル電池では「素焼き板」でこれを解決します。
(2) 素焼き板は多孔質であるため、溶液が大量に混ざり合うことは防げますが、穴が小さいながらも存在するため、イオン(Zn2+, SO42− など)は行き来できます。このイオンの移動によって両室が電気的につながり(塩橋と同様の機能)、電流が途切れずに流れ続けます。
(3) 亜鉛板の溶解は負極での酸化反応(Zn → Zn2+ + 2e−)です。赤みがかった固体は銅(Cu)であり、正極での還元反応(Cu2+ + 2e− → Cu)によって析出したものです。電子が外部回路(導線)を通って負極から正極へ移動することで、空間的に分かれた酸化・還元が同時に進行します。