第6章 酸化還元反応

電気分解

電池が「反応から電気を取り出す」装置なら、電気分解は「電気を使って反応を起こす」装置です。
外部から電気エネルギーを与えることで、自然には起こらない酸化還元反応を強制的に進行させます。
この記事では、電極での反応の決まり方から工業的応用まで、電気分解の全体像を学びます。

1電気分解とは

電解質の水溶液に2つの電極を浸し、外部の電源(電池)に接続して直流電流を流すと、電気エネルギーによって各電極で酸化還元反応が強制的に引き起こされます。この操作を電気分解(電解)といいます。

電気分解では、電源の正極(+)につないだ電極を陽極(anode)電源の負極(−)につないだ電極を陰極(cathode)といいます。

電池との違い

電池と電気分解は、どちらも酸化還元反応と電気エネルギーを結びつけますが、エネルギーの向きが正反対です。

比較項目電池電気分解
反応の方向自発的(自然に起こる)非自発的(強制的に起こす)
エネルギーの流れ化学エネルギー → 電気エネルギー電気エネルギー → 化学エネルギー
陽極・正極正極で還元反応陽極で酸化反応
陰極・負極負極で酸化反応陰極で還元反応
陽極で酸化、陰極で還元が起こる理由
電源の正極(+)につながれた陽極には、電子が引き寄せられる
電極付近の粒子が陽極に電子を奪われる酸化反応が起こる
電源の負極(−)につながれた陰極には、電子が押し出される
電極付近の粒子が陰極から電子を受け取る還元反応が起こる

2電気分解の基本 ─ 塩化銅(II)水溶液

炭素棒を電極として塩化銅(II) CuCl2 水溶液に直流電流を通じると、陰極に赤色の銅 Cu が析出し、陽極から黄緑色の塩素ガス Cl2 が発生します。これが電気分解の最も典型的な例です。

各電極での反応

塩化銅(II)水溶液中には Cu2+、Cl、H2O が存在します。

陰極(還元反応):Cu2+ + 2e → Cu

陽極(酸化反応):2Cl → Cl2 + 2e

全体:CuCl2 → Cu + Cl2(電気分解)

陰極では、溶液中の Cu2+(イオン化傾向が小さい金属イオン)が優先的に電子を受け取り、金属銅として析出します。陽極では、Cl(ハロゲン化物イオン)が優先的に電子を陽極に渡し、塩素 Cl2 として発生します。

電極反応の優先順位

水溶液中には複数の種類のイオンや水分子が存在するため、実際にどの粒子が電極で反応するかには優先順位があります。

電極反応優先されるもの(上ほど優先)
陰極
(還元反応)
金属イオンが析出 Cu2+, Ag+ などイオン化傾向の小さい金属のイオン
水素が発生(酸性溶液) H+(多量に存在する場合)
水が分解されて水素発生 H2O(Li+, K+, Na+, Mg2+, Al3+ などは還元されない)
陽極
(酸化反応)
電極自身が溶解 Cu, Ag など白金・炭素以外の電極金属
ハロゲンが発生 Cl, Br, I などハロゲン化物イオン
水が分解されて酸素発生 H2O(SO42−, NO3 などは酸化されない)
落とし穴:陽極が白金・炭素かどうかで反応が変わる

陽極が白金(Pt)や炭素(C)のような不活性な電極の場合は、電極自身は溶けず、溶液中の粒子が酸化されます。しかし陽極が銅(Cu)など活性な金属の場合は、溶液中の粒子よりも先に電極自身が酸化されて Cu2+ として溶け出します(電解精錬で利用)。陽極の素材を必ず確認しましょう。

3水の電気分解

純粋な水はほとんど電気を通しません(電離度が非常に小さいため)。そこで実験では少量の水酸化ナトリウム NaOH または希硫酸 H2SO4 を加えて電気伝導性を高めてから電気分解を行います。

水の電気分解に電解質を加える理由
純水はほぼ電離しておらず、イオンが極めて少ない
電流が流れにくい(電気抵抗が大きい)
NaOH や H2SO4 を加えると、Na+, OH や H+, SO42− が生じる
イオンが電流を運んで電気分解が進行する

希硫酸を用いた場合の電極反応

白金電極を用いて希硫酸 H2SO4 水溶液を電気分解すると、SO42− は酸化されにくいため陽極では水分子 H2O が酸化されて酸素 O2 が発生します。

陰極(還元反応):2H+ + 2e → H2

陽極(酸化反応):2H2O → O2 + 4H+ + 4e

全体(係数を整理):2H2O → 2H2 + O2(電気分解)

水酸化ナトリウム水溶液を用いた場合

NaOH 水溶液でも全体としては水の電気分解が進行します。陰極では水分子が還元されて H2 と OH を生じ、陽極では OH が酸化されて O2 が発生します。

陰極:2H2O + 2e → H2 + 2OH

陽極:4OH → 2H2O + O2 + 4e

発生する気体の体積比は陰極(H2):陽極(O2)= 2:1です。この比は電気分解する溶液の種類にかかわらず一定です。

本質:加える電解質は「水の分解を助ける触媒役」

NaOH を加えても H2SO4 を加えても、電気分解の全体反応は同じ「2H2O → 2H2 + O2」です。Na+ や SO42− は電極で反応せず、電気を運ぶ役割だけを担っています。電気分解を通じて消費されるのはあくまで「水」です。

4電気分解の応用

電気めっき

電気分解を利用して、金属の表面に別の金属の薄膜を形成する方法を電気めっきといいます。めっきしたい金属のイオンを含む水溶液を電解液とし、めっきされる製品を陰極、めっきする金属を陽極に用います。

例として、鉄製品の表面に銅めっきを施す場合:

陰極(鉄製品):Cu2+ + 2e → Cu(銅が析出してめっきされる)

陽極(銅板):Cu → Cu2+ + 2e(陽極の銅が溶解)

陽極の銅が溶け出して、陰極で析出する銅を補給するため、電解液中の Cu2+ 濃度が一定に保たれます。これがめっき工程を安定させる巧みな仕組みです。

銅の電解精錬

鉱石から製錬した銅(粗銅)には不純物が含まれています。電解精錬とはこれを電気分解によって純度 99.99% 以上の純銅に精製する操作です。

  • 陽極:粗銅板
  • 陰極:純銅板
  • 電解液:硫酸酸性の硫酸銅(II) CuSO4 水溶液

陽極(粗銅が溶解):Cu → Cu2+ + 2e

陰極(純銅が析出):Cu2+ + 2e → Cu

粗銅中の Fe や Ni などイオン化傾向が銅より大きい金属も溶け出しますが、Cu2+ よりも還元されにくいため陰極には析出しません。一方、Au や Ag などイオン化傾向が銅より小さい金属は溶け出さず、陽極の下に陽極泥として沈積します。陽極泥は金・銀などの貴金属を回収する原料にもなります。

工業的な塩化ナトリウム水溶液の電気分解(イオン交換膜法)

塩化ナトリウム NaCl 水溶液を電気分解すると、水酸化ナトリウム NaOH と塩素 Cl2、水素 H2 が得られます。これらはいずれも重要な工業原料です。この製造法をイオン交換膜法(食塩電解)といいます。

陰極(鉄極):2H2O + 2e → H2 + 2OH

陽極(チタン等):2Cl → Cl2 + 2e

陽極で発生した Cl2 と陰極付近の OH が混ざると次亜塩素酸塩が生じて NaOH の純度が下がります。そこで電解槽を陽イオン交換膜で仕切ります。この膜は Na+ だけを通過させ、Cl や OH は通しません。陰極側では Na+ と OH が濃縮されて高純度の NaOH 水溶液が得られます。

発展:アルミニウムの溶融塩電解化学

Al3+ はイオン化傾向が非常に大きいため、水溶液の電気分解では水が還元されてしまい単体が得られません。そのため酸化アルミニウム(アルミナ)Al2O3 を氷晶石 Na3AlF6 に溶かして融解し、この溶融塩を電気分解(溶融塩電解)して Al を得ます。この方法をホール・エルー法といいます。Li, K, Na, Mg, Ca なども同様に溶融塩電解で製造されます。

5この章を俯瞰する

第6章「酸化還元反応」全体を振り返ると、酸化還元という1つの概念がいくつもの異なる現象をつなぐ共通言語になっていることがわかります。

  • 6-1〜6-3 酸化・還元の定義と酸化数:電子の移動を「酸化数の増減」で捉えることで、どんな反応が酸化還元かを判断できるようになった。
  • 6-4 電池のしくみ:自発的な酸化還元反応を「電子の流れ」として外部に取り出す装置。化学エネルギー → 電気エネルギー。
  • 6-5 電気分解(本記事):外部から電気エネルギーを注入して、非自発的な酸化還元反応を強制的に起こす操作。電気エネルギー → 化学エネルギー。

電池と電気分解は「エネルギーの向きが逆」というだけで、本質はどちらも同じ酸化還元反応です。この対称性を意識すると、それぞれの電極での反応(どちらが酸化でどちらが還元か)を混乱なく判断できます。

章全体の本質:酸化還元は「電子の授受」であり続ける

酸素・水素の授受という中学の定義から始まり、電子移動・酸化数という高校の定義に発展しても、酸化還元反応の本質は変わりません。電池も電気分解も、その「電子の授受」を巧みに制御した技術です。酸化還元の概念を深く理解すれば、電気化学・腐食・生体反応など幅広い分野への橋渡しになります。

確認テスト

Q1. 電池と電気分解を比較したとき、電気分解の特徴を正しく述べているものはどれか。

▶ クリックして解答を表示 電気分解では外部から電気エネルギーを与えて、自然には起こらない(非自発的な)酸化還元反応を強制的に進行させる。電池が化学エネルギーを電気エネルギーに変換するのとは逆向きの操作である。

Q2. 炭素電極を用いて塩化銅(II) CuCl2 水溶液を電気分解したとき、陽極と陰極それぞれで起こる反応を e を用いた式で示せ。

▶ クリックして解答を表示 陰極(還元):Cu²⁺ + 2e⁻ → Cu  陽極(酸化):2Cl⁻ → Cl₂ + 2e⁻

Q3. 水の電気分解実験で純水に少量の水酸化ナトリウムを加える理由を説明せよ。

▶ クリックして解答を表示 純水はほとんど電離しておらずイオンが極めて少ないため電気をほぼ通さない。NaOH を加えることでイオン(Na⁺、OH⁻)が生じ、電気伝導性が高まって電流が流れるようになるため。

Q4. 銅の電解精錬において、陽極と陰極にはそれぞれ何を使うか。また、粗銅中に含まれる金(Au)はどのような形で回収されるか。

▶ クリックして解答を表示 陽極:粗銅板、陰極:純銅板。金(Au)はイオン化傾向が銅より小さいため溶解せず、陽極の下に陽極泥として沈積する形で回収される。

6入試問題演習

A 基礎レベル

6-5-1 A 基礎 電極反応 塩化銅

炭素電極を用いて塩化銅(II) CuCl2 水溶液を電気分解した。次の問いに答えよ。

(1) 陰極と陽極それぞれで起こる反応を e を用いたイオン反応式で表せ。

(2) 陽極と陰極の名称と、それぞれが電源のどちらの極につながれているかを答えよ。

(3) この電気分解で観察される変化を陽極・陰極それぞれ具体的に述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 陰極(還元):Cu2+ + 2e → Cu  陽極(酸化):2Cl → Cl2 + 2e

(2) 陽極:電源の正極(+)につながれた電極。陰極:電源の負極(−)につながれた電極。

(3) 陰極:赤色の固体(銅)が析出する。陽極:特有の刺激臭をもつ黄緑色の気体(塩素)が発生する。

解説

CuCl2 水溶液中には Cu2+、Cl、H2O が存在します。陰極ではイオン化傾向の小さい Cu2+ が優先して還元されて銅として析出します。陽極ではハロゲン化物イオンである Cl が優先して酸化されて塩素 Cl2 が発生します。SO42− や NO3 と異なり、Cl は酸化されやすいため水分子より優先的に反応します。

B 標準レベル

6-5-2 B 標準 電解精錬 記述

銅の電解精錬について、次の問いに答えよ。

(1) 陽極・陰極にそれぞれ何を用いるか、また電解液を答えよ。

(2) 陽極・陰極で起こる反応を e を用いたイオン反応式でそれぞれ表せ。

(3) 粗銅に不純物として含まれる鉄 Fe と金 Au は、電解精錬の過程でそれぞれどうなるか説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 陽極:粗銅板、陰極:純銅板、電解液:硫酸酸性の硫酸銅(II) CuSO4 水溶液。

(2) 陽極(酸化):Cu → Cu2+ + 2e  陰極(還元):Cu2+ + 2e → Cu

(3) 鉄 Fe:イオン化傾向が Cu より大きいため、陽極で Cu より先に Fe2+ として溶解するが、陰極では Cu2+ より還元されにくいため析出しない(水溶液中に残る)。金 Au:イオン化傾向が Cu より小さいため、陽極でも溶解せず、そのまま固体として陽極泥に沈積する。

解説

電解精錬では「イオン化傾向の大小」が不純物の挙動を支配します。Cu より大きいイオン化傾向をもつ Fe や Ni は陽極で溶け出しますが、溶液中で Cu2+ と共存するとき、陰極ではより還元されやすい Cu2+ が優先して析出するため、Fe2+ や Ni2+ は溶液中に蓄積します。逆に Cu より小さいイオン化傾向をもつ Au や Ag は陽極で酸化(溶解)されることなく、周りの Cu が溶け出した後に粒子として陽極下に沈降し、陽極泥として回収されます。

C 発展レベル

6-5-3 C 発展 食塩電解 イオン交換膜 総合

工業的な塩化ナトリウム水溶液の電気分解(イオン交換膜法)について、次の問いに答えよ。

(1) 陰極と陽極でそれぞれ起こる反応を e を用いたイオン反応式で表せ。

(2) 電解槽をイオン交換膜(陽イオン交換膜)で仕切る理由を、生成物の純度の観点から40字以内で説明せよ。

(3) この方法で得られる3種類の生成物を挙げ、それぞれの主な用途を1つずつ答えよ。

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解答

(1) 陰極(還元):2H2O + 2e → H2 + 2OH  陽極(酸化):2Cl → Cl2 + 2e

(2) 陽極で発生した Cl2 と陰極側の OH が混ざると NaOH の純度が下がるため、Na+ のみを通す膜で仕切る。(43字)

(3) 水酸化ナトリウム NaOH(用途例:石鹸・合成繊維の製造、紙パルプ処理)、塩素 Cl2(用途例:塩化ビニルや農薬の原料、殺菌・漂白剤)、水素 H2(用途例:アンモニア合成の原料、燃料電池の燃料)。

解説

イオン交換膜法では、陽イオン交換膜が Na+ だけを通過させ、Cl と OH の移動を防ぎます。これにより陽極室(NaCl 水溶液)と陰極室(NaOH 水溶液)が混ざらず、高純度の NaOH が得られます。かつて使われたイオン交換膜を用いない電解法(水銀法・隔膜法)は、環境汚染の原因となる水銀や純度の低い NaOH が得られるという問題がありました。現在は環境負荷が低いイオン交換膜法が標準です。NaOH・Cl2・H2 はいずれも基幹化学工業の重要原料であり、この電気分解は日本最大規模の電気化学産業の一つです。

採点ポイント(配点例:計12点)
  • (1) 陰極・陽極各2点(計4点)
  • (2) 「Cl2 と OH が混ざる」または「NaOH の純度低下を防ぐ」に言及(2点)、Na+ のみ通過に言及(2点)
  • (3) 3種の物質名・用途各1点(計4点)