第7章 物質の三態と状態変化

気液平衡と蒸気圧

密閉容器の中では、液体からの蒸発と気体からの凝縮が同時に起こり、やがてつり合いの状態に達します。
この「動的なつり合い」こそが気液平衡であり、そのときの蒸気の圧力が飽和蒸気圧です。
飽和蒸気圧が外圧(大気圧)に等しくなると沸騰が起こる。この1本の論理から、沸点・高山での沸点変化・圧力鍋の原理をすべて説明できます。

1蒸発と凝縮の平衡

ビーカーに水を入れて開放系(開いた容器)に置いておくと、水面から水分子が少しずつ蒸発していきます。これは液体の表面にある分子の中で、熱運動のエネルギーが特に大きい分子が分子間力を振り切って気体へ飛び出す現象です。

では、密閉容器に水を入れたらどうなるでしょうか。

真空にした密閉容器に水を入れると、はじめは液体の表面から水分子が蒸発して気相(気体の領域)に入ります。しかし、気相に水分子が増えてくると、気相の水分子が液面に戻る凝縮も同時に起こるようになります。やがて、

単位時間あたりに蒸発する分子の数 = 単位時間あたりに凝縮する分子の数

という状態に達し、見かけ上、蒸発が止まったように見えます。この状態を気液平衡(蒸発平衡)といいます。

気液平衡は「止まっている」のではなく「動的につり合っている」

気液平衡では、蒸発と凝縮は両方とも絶えず起こっています。ただし速さが等しいため、液体の量も気体の量も変化しないように見えます。これを動的平衡といいます。「蒸発が止まった」という表現は正確ではありません。

よくある誤解:「密閉すれば必ず気液平衡になる」は誤り

密閉容器でも、液体の量が少なすぎてすべて蒸発してしまうと、気液平衡にはなりません(液相が消えるため)。気液平衡が成立するためには、液体が残っていることが必要条件です。

2飽和蒸気圧

気液平衡に達したとき、気相中の蒸気が示す圧力を飽和蒸気圧(または単に蒸気圧)といいます。英語では saturated vapor pressure といいます。

飽和蒸気圧には、次の重要な性質があります。

  • 温度が一定であれば、容器の体積や液体の量に関係なく、物質ごとに一定の値をとる
  • 他の気体(空気など)が共存していても、その気体と反応しない限り、飽和蒸気圧は変化しない
  • 温度が高くなるほど大きくなる

温度が上がると飽和蒸気圧が増大する理由

温度が上がると、液体分子の熱運動のエネルギーが全体的に大きくなります。その結果、分子間力を振り切って液面から飛び出せる分子の数が増えるため、気液平衡に達したときの気相中の分子数(=飽和蒸気圧)が大きくなります。

温度が上がると飽和蒸気圧が大きくなるのはなぜか
温度が上昇する
液体分子の熱運動のエネルギーが大きくなる
分子間力を振り切って気相に飛び出せる分子が増える
気液平衡が成立するときの気相の分子密度が高くなる
飽和蒸気圧が大きくなる

容器の体積と飽和蒸気圧の関係

気液平衡にある状態で容器の体積を変えると、一時的に平衡がくずれますが、新たな平衡状態に達します。

  • 体積を小さくする:気体の一部が凝縮し(液体が増え)、再び気液平衡に達する。飽和蒸気圧は温度が同じであれば変化しない。
  • 体積を大きくする:液体の一部が蒸発し(気体が増え)、再び気液平衡に達する。飽和蒸気圧は温度が同じであれば変化しない。

ただし、体積を大きくしすぎて液体がすべて蒸発してしまった場合は気液平衡でなくなり、気体は不飽和蒸気となってボイル・シャルルの法則に従います。

3沸騰の条件

開放系の液体を加熱していくと、液面からの蒸発が盛んになります。やがて、液体の飽和蒸気圧が外圧(液体に接する気体の圧力)と等しくなると、液体の内部からも気泡が発生して激しく蒸発する現象が起こります。これが沸騰です。

沸騰の条件:飽和蒸気圧 = 外圧

この条件を満たすときの温度が沸点です。沸点は外圧によって変化するため、通常は 1.013 × 105 Pa(1 atm)における値で示します。これを通常の沸点(標準沸点)といいます。

気泡が液体の内部で形成されるには、気泡内の圧力(飽和蒸気圧)が外圧以上でなければなりません。外圧より低い場合、気泡はまわりの圧力に押しつぶされてしまいます。だからこそ沸騰には「飽和蒸気圧 = 外圧」という条件が必要なのです。

高山では沸点が低い理由

標高が高くなると大気圧(外圧)が低下します。そのため、飽和蒸気圧が外圧に等しくなる温度が低くなり、沸点が下がります。たとえば、富士山山頂(標高 3776 m)では大気圧が約 0.63 × 105 Pa まで下がるため、水の沸点は約 87℃ になります。

場所大気圧(Pa)水の沸点(℃)
海面1.013 × 105100
富士山山頂(3776 m)約 0.63 × 105約 87
エベレスト山頂(8849 m)約 0.30 × 105約 70
圧力鍋(内圧 2 倍)約 2.0 × 105約 120
圧力鍋の原理

圧力鍋は鍋内部の気圧を通常の約 2 倍(2.0 × 105 Pa 程度)にします。これにより水の沸点が約 120℃ まで上昇し、高温で短時間に食材を煮ることができます。「外圧を上げると沸点が上がる」という沸騰の条件をそのまま調理に応用したものです。

「蒸発」と「沸騰」の違いに注意

蒸発は液体の表面からのみ起こり、どの温度でも生じます。沸騰は液体の内部からも気泡が発生する現象で、飽和蒸気圧 = 外圧 という特定の条件でのみ起こります。「100℃でないと水は気体にならない」は誤りです。

4蒸気圧曲線

温度と飽和蒸気圧の関係をグラフで示したものを蒸気圧曲線といいます。蒸気圧曲線は液体と気体の境界線であり、状態図上では液体と気体が共存する領域の境界に相当します。

蒸気圧曲線から読み取れること

  • 同じ温度での蒸気圧が高い液体ほど蒸発しやすい(揮発性が高い)
  • 蒸気圧曲線と「外圧の横線」の交点の温度が、その外圧での沸点
  • 外圧が下がる(横線が下がる)と、交点の温度が下がる → 沸点が低下する

分子間力と蒸気圧の関係

分子間力が強い液体ほど、分子が液相から飛び出しにくく、飽和蒸気圧は低くなります。水はエタノールやジエチルエーテルと比べて水素結合が特に強いため、常温での蒸気圧が最も低く、沸点が最も高い(100℃)のです。

物質分子式分子間力沸点(℃)20℃での蒸気圧(×105 Pa)
ジエチルエーテルC4H10Oファンデルワールス力(弱)34.6約 0.59
エタノールC2H5OH水素結合あり78.4約 0.059
H2O水素結合(強)100.0約 0.023

5この章を俯瞰する

気液平衡・飽和蒸気圧の概念は、化学の多くの分野と深く結びついています。

  • 状態図(次の節 7-3) → 蒸気圧曲線は状態図における液体と気体の境界線そのものです。三重点・臨界点の概念も気液平衡の延長線上にあります。
  • 溶液の蒸気圧降下(7-4) → 液体に不揮発性の溶質を溶かすと蒸気圧が下がります(ラウールの法則)。これは気液平衡での液面の分子数が減少するためです。
  • 蒸留(有機化学・混合物の分離) → 蒸気圧の差を利用して液体混合物を分離する操作です。蒸気圧曲線の理解が不可欠です。
  • 水素結合と物質の性質(3章) → 水の蒸気圧が低く沸点が高い理由は、水素結合の強さで説明されます。
  • 化学平衡(9章) → 気液平衡は「動的平衡」の最も身近な例です。化学平衡の考え方(平衡定数など)の基礎になります。

6まとめ

  • 気液平衡:密閉容器中で蒸発速度=凝縮速度になった動的なつり合いの状態
  • 飽和蒸気圧:気液平衡時に蒸気が示す圧力。温度が一定なら容器の体積・液量によらず物質に固有の値
  • 温度が上がると飽和蒸気圧は大きくなる(液体分子の熱運動エネルギーが増大するため)
  • 沸騰の条件:飽和蒸気圧 = 外圧。この条件を満たすときの温度が沸点
  • 外圧が低いほど沸点は下がる(高山では水は 100℃ 以下で沸騰する)
  • 蒸気圧曲線:温度と飽和蒸気圧の関係を示すグラフ。物質ごとに異なり、分子間力が強いほど曲線は低い位置にある
  • 同じ温度での蒸気圧が高い液体ほど揮発性が高い(ジエチルエーテル > エタノール > 水)

7確認テスト

Q1. 気液平衡とはどのような状態か、「蒸発」「凝縮」「速さ」という語を用いて説明してください。

▶ クリックして解答を表示密閉容器中で液体の蒸発の速さと気体の凝縮の速さが等しくなり、見かけ上、液体と気体の量が変化しなくなった動的なつり合いの状態を気液平衡という。蒸発と凝縮は両方とも絶えず起こっている。

Q2. 飽和蒸気圧の大きさは何によって決まりますか。正しいものを選んでください。

① 容器の体積 ② 液体の量 ③ 温度と物質の種類 ④ 共存する他の気体の種類

▶ クリックして解答を表示③ 温度と物質の種類。飽和蒸気圧は容器の体積や液体の量には関係せず、物質の種類と温度によってのみ決まる。他の気体が共存しても、反応しない限り飽和蒸気圧は変わらない。

Q3. 富士山山頂では水が約 87℃ で沸騰します。その理由を「外圧」「飽和蒸気圧」という語を使って説明してください。

▶ クリックして解答を表示沸騰は飽和蒸気圧が外圧と等しくなったときに起こる。富士山山頂では大気圧(外圧)が海面より低いため、水の飽和蒸気圧がその低い外圧に等しくなる温度(約87℃)でも沸騰が起こる。

Q4. ジエチルエーテルの沸点(34.6℃)は水(100℃)より大幅に低い。この違いを分子間力の観点から説明してください。

▶ クリックして解答を表示水分子間には強い水素結合が働くため、液体から気相に飛び出しにくく、飽和蒸気圧が外圧と等しくなる温度(沸点)が高くなる。ジエチルエーテルの分子間力は主にファンデルワールス力であり、水素結合より弱いため、より低温で蒸気圧が外圧に達し、沸点が低い。

8入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

7-2-1 A 基礎 選択

気液平衡と蒸気圧に関する次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。

  • ① 気液平衡では、蒸発も凝縮も起こっていない。
  • ② 飽和蒸気圧は、温度が一定であれば容器の体積によらず一定である。
  • ③ 温度が高くなると、飽和蒸気圧は小さくなる。
  • ④ 液体の沸点は、外圧が低くなるほど高くなる。
  • ⑤ 沸騰は、液体の飽和蒸気圧が外圧と等しくなったときに起こる。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

②⑤

解説

① 誤り。気液平衡では蒸発と凝縮が同じ速さで「常に」起こっています。これが動的平衡です。② 正しい。飽和蒸気圧は温度と物質の種類で決まり、容器の体積・液体の量には依存しません。③ 誤り。温度が高くなると液体分子の熱運動エネルギーが増し、飽和蒸気圧は大きくなります。④ 誤り。外圧が低くなるほど、飽和蒸気圧が外圧に達する温度が低くなるため、沸点は低くなります。⑤ 正しい。これが沸騰の定義です。

B 標準レベル

7-2-2 B 標準 計算・論述

体積 2.0 L の密閉容器に、27℃ において気液平衡の状態にある水が入っている。この容器の体積を 1.0 L に圧縮した後、温度を 27℃ に保ったとき、気相中の水蒸気の圧力はどうなるか。また、液体の水の量はどうなるか。理由とともに答えよ。ただし、27℃ における水の飽和蒸気圧は 3.6 × 103 Pa とする。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

水蒸気の圧力:3.6 × 103 Pa のまま変化しない。

液体の水の量:増加する(気体の一部が凝縮するため)。

解説

温度が 27℃ に保たれているため、飽和蒸気圧は 3.6 × 103 Pa のまま変わりません。体積を 2.0 L から 1.0 L に圧縮すると、はじめは気体の体積が減って圧力が上がろうとします(ボイルの法則では 2 倍になる)。しかし、気液平衡にある液体が存在するため、圧力が飽和蒸気圧を超えた分の蒸気は液体に凝縮します。最終的には温度が同じなので飽和蒸気圧(3.6 × 103 Pa)に等しくなるところで新たな気液平衡が成立します。このとき、凝縮した分だけ液体の量が増えます。

採点ポイント(配点例:6点)
  • 蒸気圧が変化しないこと(2点)
  • 温度一定ゆえ飽和蒸気圧不変の理由に言及(2点)
  • 液体量が増加する・凝縮が起こる(2点)

C 発展レベル

7-2-3 C 発展 総合・計算

内容積 10.0 L の密閉容器に、少量の液体の水を入れ、残りの空間(空気)を除いて密閉した。この容器を 100℃ に加熱したところ、気液平衡に達した。次の各問いに答えよ。

ただし、100℃ における水の飽和蒸気圧を 1.013 × 105 Pa、気体定数を 8.31 J/(mol·K) とする。

(1) 100℃、気液平衡時に気相中に存在する水蒸気の物質量(mol)を求めよ。(答えは有効数字2桁)

(2) この容器をさらに加熱したところ、ある温度で液体の水がすべて蒸発した。それ以降の温度上昇に伴う容器内の圧力変化の特徴を、100℃ のときと比較しながら説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 理想気体の状態方程式 PV = nRT より、
n = PV / RT = (1.013 × 105 Pa × 10.0 × 10−3 m3) / (8.31 J/(mol·K) × 373 K)
= 1013 / 3099.6 ≒ 0.327 mol ≒ 0.33 mol

(2) 液体がすべて蒸発するまで(気液平衡が成立している間)は、温度が上がっても飽和蒸気圧曲線に沿って圧力が決まる。液体がすべて蒸発した後は気液平衡でなくなり、気体は不飽和蒸気となってシャルルの法則に従う。すなわち、温度に比例して圧力が増加する(より急な上昇)。

解説

(1) 気液平衡では気相の水蒸気は飽和蒸気圧に等しい圧力を示すので、PV = nRT を使って物質量を求めます。体積の単位は SI 単位(m3)に換算することに注意してください(10.0 L = 10.0 × 10−3 m3)。温度も K に換算(100 + 273 = 373 K)します。

(2) 気液平衡が成立している間は、温度が上がるたびに飽和蒸気圧が増大し、一部の水蒸気が液体から補充されながら圧力は蒸気圧曲線に沿って上昇します。液体がすべて蒸発すると、それ以降は一定量の気体が密閉容器内にあるだけなので、シャルルの法則(P ∝ T)に従って圧力が線形に増加します。この変化は蒸気圧曲線よりも緩やかな(線形の)上昇になります。

採点ポイント(配点例:計10点)
  • (1) PV = nRT の使用(2点)、数値計算が正確(2点)
  • (2) 気液平衡中は飽和蒸気圧曲線に沿う(2点)、液体消失後は気体の法則に従う(2点)、挙動の違いを的確に比較(2点)