気体の状態方程式 PV = nRT は、すべての気体で完全に成り立つわけではありません。
現実の気体(実在気体)が理想気体からずれる原因は「分子自身の体積」と「分子間力」の2点のみです。
この2つを理解すれば、高圧・低温でのずれの方向が自力で判断できるようになります。
気体の状態方程式 PV = nRT は、現実の気体(酸素・アンモニアなど)においても、常温・常圧付近では近似的に成り立ちます。しかし、冷却や加圧によって液体になりうる事実が示すように、現実の気体は高圧・低温の条件で状態方程式から大きくずれます。
このずれを正確に理解するために、理想気体という概念を導入します。理想気体とは、すべての温度・圧力で気体の状態方程式に厳密にしたがうと仮定した気体であり、次の2つの仮定に基づいています。
これに対し、酸素や二酸化炭素など現実に存在する気体を実在気体といいます。実在気体の分子は有限の体積をもち、分子間にはファンデルワールス力や双極子間力などの引力(分子間力)がはたらいています。
理想気体からのずれは、2つの仮定が破れる状況で生じます。「分子の体積が無視できなくなる」のは高圧下(分子どうしが接近するとき)、「分子間力が無視できなくなる」のは低温時(熱運動が遅くなり分子間力の影響を受けやすくなるとき)です。この対応関係を軸に、以降を読み進めてください。
実在気体が理想気体からどの程度ずれているかを表す指標として、圧縮因子 Z が用いられます。
Z = PV / nRT
理想気体では Z = 1 実在気体では Z ≠ 1
Z が 1 より大きい(Z > 1)ときは、実在気体の体積が理想気体より大きいことを意味します。Z が 1 より小さい(Z < 1)ときは、実在気体の体積が理想気体より小さいことを意味します。
圧力が非常に高くなると、分子どうしの距離が極めて小さくなります。このとき、分子自身が占める体積が無視できなくなり、気体分子が自由に動ける空間は容器の体積 V よりも実際には小さくなっています。
このため、高圧域では実在気体の体積が理想気体より大きくなり(Z > 1)、状態方程式の右辺 nRT を超える PV が観測されます。
温度が低くなると、分子の熱運動エネルギーが小さくなります。分子間にはたらく分子間力(引力)は、熱運動が活発なときは無視できますが、温度が低くなると相対的に無視できなくなります。
引力によって分子どうしが引き合うため、気体の実際の圧力(壁への衝突力)は理想気体に比べて小さくなります。その結果、低温・中圧域では実在気体の体積は理想気体より小さくなり(Z < 1)ます。
以上をまとめると、圧力が小さい領域から大きくしていくにつれて、Z の値は多くの気体で最初に 1 を下回り(分子間力の影響)、さらに加圧すると 1 を上回る(分子体積の影響)という挙動を示します。
CO2 や NH3 のように分子間力が強い気体は、中程度の圧力でも Z < 1 を示し、その後 Z > 1 に転じます。一方、He のように分子間力が非常に弱い気体は、ほぼ全圧力域で Z ≥ 1 を示します。「高圧でも必ず Z < 1 から始まる」とは限りません。気体の種類(分子間力の強さ)によって挙動が異なることを理解しておいてください。
実在気体でも、理想気体の2つの仮定が成り立ちやすい条件では、状態方程式 PV = nRT を近似的に適用できます。
| 条件 | 理由 |
|---|---|
| 高温 | 熱運動が活発になり、分子間力の影響が相対的に小さくなる |
| 低圧 | 分子間の距離が大きくなり、分子体積・分子間力いずれも無視できる |
| 分子量が小さい | 電子数が少なく分子間力(ファンデルワールス力)が弱い |
| 無極性または極性が小さい | 双極子間力が弱く、分子間力全体が小さい |
常温・常圧付近の条件は、多くの気体にとって「高温・低圧」に相当するため、実在気体にも状態方程式をほぼ適用できます。ヘリウム He や水素 H2 は分子間力が非常に弱く、全圧力域で理想気体に最も近い挙動を示します。
理想気体に近づく条件は、要するに「2つの仮定が破れにくい状況」です。高温・低圧・無極性・小分子量という条件はすべて、分子間力の影響を小さくするか、分子体積の割合を小さくするかに帰着します。条件を丸暗記するのではなく、「なぜその条件が理想気体に近いのか」を仮定から説明できるようにしてください。
実在気体に状態方程式を適用するためには、PV = nRT の P と V に補正を加える必要があります。1873年にファンデルワールス(オランダ)が提唱した以下の式は、その補正を行ったものです。
体積の補正:分子が自由に動ける空間は V より小さい。分子 1 mol あたりの固有体積を b [L/mol] とすると、n [mol] の実在気体では V実 = V − nb に補正する。
圧力の補正:分子間力(引力)によって壁への衝突力が弱まるため、実際に観測される圧力は理想値より小さい。分子数密度の2乗に比例する補正項 an2/V2 を加えると P理想 = P + an2/V2 となる。
これらの補正を状態方程式に代入すると、ファンデルワールスの状態方程式が得られます。
( P + an²/V² ) ( V − nb ) = nRT
定数 a, b は物質固有の値です。a は分子間力の強さに対応し、b は分子固有体積の大きさに対応します。代表例を示します(n = 1 mol のとき P の単位は Pa, V の単位は L)。
| 気体 | a [Pa·L2/mol2] | b [L/mol] |
|---|---|---|
| ヘリウム He | 3,469 | 0.02377 |
| メタン CH4 | 230,500 | 0.04310 |
| 二酸化炭素 CO2 | 365,600 | 0.04283 |
| アンモニア NH3 | 425,300 | 0.03737 |
a の値が大きい NH3 や CO2 は分子間力が強く、理想気体からのずれが大きいことが定数からも読み取れます。
8-1〜8-3では、気体の挙動を支配する3つの法則(ボイルの法則・シャルルの法則・アボガドロの法則)を学び、それらを統合した気体の状態方程式 PV = nRT と混合気体への適用(分圧の法則)を扱いました。
8-4(本記事)では、状態方程式の前提にある「理想気体の仮定」が現実の気体(実在気体)では成り立たないことを学びます。
「高圧・低温で実在気体がずれる → その原因は2つの仮定が破れるから → ファンデルワールス式で補正できる」という流れが、第8章の論理的な終着点です。状態方程式は近似として有用ですが、その限界を理解した上で使うことが化学的思考の基盤になります。
Q1. 理想気体の2つの仮定を答えよ。
Q2. 圧縮因子 Z の定義式を書け。また、Z > 1 の場合、実在気体の体積は理想気体と比べてどうか。
Q3. 高圧下で Z > 1 になる原因は何か。
Q4. 実在気体が理想気体に近くなる条件を4つ挙げ、それぞれの理由を簡潔に述べよ。
実在気体と理想気体に関する次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。
ア、ウ、オ
ア:理想気体の定義そのものであり正しい。
イ:高圧下での Z > 1 の原因は分子自身の体積の影響であり、分子間力ではない。誤り。
ウ:Z = PV/(nRT) であり、理想気体では PV = nRT が常に成立するため Z = 1。正しい。
エ:分子量が大きいほど電子数が増え、ファンデルワールス力が強くなり、理想気体からずれやすい。誤り。
オ:高温・低圧では分子間力と分子体積の影響が小さくなるため、実在気体に状態方程式を適用できる。正しい。
ヘリウム He とアンモニア NH3 の圧縮因子 Z を同一の温度条件で測定すると、低圧から高圧にかけて挙動が異なることが知られている。
(1) He の圧縮因子 Z は圧力の上昇とともに単調に増加する傾向を示す。その理由を「分子間力」「分子体積」の語を用いて説明せよ。
(2) NH3 の圧縮因子 Z は、中程度の圧力域で 1 を下回り、高圧域で 1 を上回る。このとき、Z < 1 を示す原因を説明せよ。
(1) He は分子間力が極めて小さいため、分子間力による Z < 1 の領域がほぼ現れない。一方、加圧に伴い分子体積の影響が強まるため、Z は単調に増加する。
(2) 中程度の圧力域では、NH3 の強い分子間力(引力)によって分子どうしが引き合い、気体の実際の圧力が理想気体より小さくなる。このため体積が理想値より小さくなり、Z < 1 となる。
ファンデルワールス定数 a は NH3 で 425,300 Pa·L2/mol2、He で 3,469 Pa·L2/mol2 であり、NH3 の分子間力が He と比べてはるかに大きいことがわかります。分子間力が大きい気体は、壁への衝突直前に分子が互いに引き合って減速するため、壁に与える力(圧力)が小さくなります。よって PV の値が nRT を下回り(Z < 1)、見かけ上体積が理想値より小さく観測されます。
ある実在気体 1.00 mol を 300 K に保ち、体積 V を変化させたとき、圧縮因子 Z が次のように変化した。ただし、気体定数を R = 8.3 × 103 Pa·L/(K·mol) とする。
(1) Z の定義式を書け。
(2) 同温度・同体積の条件下で Z < 1 の場合、実在気体の圧力は理想気体の圧力と比べてどうか。理由とともに答えよ。
(3) 気体 1.00 mol が 300 K、体積 10.0 L のとき、圧縮因子 Z = 0.950 であった。このときの実際の圧力 [Pa] を求めよ。
(1) Z = PV / (nRT)
(2) 実在気体の圧力は理想気体より小さい。分子間力(引力)によって分子どうしが引き合い、壁への衝突力が弱まるため。
(3) Z = PV/(nRT) より P = ZnRT/V = 0.950 × 1.00 × 8.3 × 103 × 300 / 10.0 = 2.4 × 105 Pa
(3) の計算:P = ZnRT/V に代入すると、
P = 0.950 × 1.00 mol × 8.3 × 103 Pa·L/(K·mol) × 300 K ÷ 10.0 L
= 0.950 × 2.49 × 105 Pa ≒ 2.37 × 105 Pa ≒ 2.4 × 105 Pa
理想気体の場合は P = nRT/V = 2.49 × 105 Pa となるので、Z = 0.950 < 1 に対応して実在気体の圧力が理想値より小さくなっていることが確認できます。