半透膜を挟むと、溶媒は薄い方から濃い方へ自然に流れ込みます。
この「溶媒が引き込まれる力」が浸透圧であり、気体の状態方程式と同じ形の式で表されます。
この記事では浸透現象の仕組みから、ファントホッフの式、そして生体への応用まで一つながりで理解します。
セロハン膜のような半透膜(semipermeable membrane)は、水などの小さい溶媒分子は透過させますが、デンプンのような大きい溶質粒子は透過させません。
この半透膜でデンプン水溶液と純水を仕切ったU字管を放置すると、純水の液面が下がり、デンプン水溶液の液面が上昇します。水分子が半透膜を透過して水溶液側へ移動したためです。このように、溶媒が半透膜を通って溶液側に移動する現象を浸透(osmosis)といいます。
半透膜の代表例はセロハン膜です。膜に無数の微細な孔があり、水分子(直径 約0.3 nm)は通過できますが、デンプンや高分子化合物(数 nm〜数十 nm)は通過できません。
| 物質 | 半透膜の通過 | ろ紙の通過 |
|---|---|---|
| 水(溶媒分子) | 通過する | 通過する |
| Na+、Cl− などのイオン | 通過する | 通過する |
| デンプン・タンパク質 | 通過しない | 通過する |
| コロイド粒子 | 通過しない | 通過する |
この性質を利用してコロイド溶液中の不純物イオンを除く操作を透析(dialysis)といいます(詳細は10-5節)。
浸透によって溶液側の液面が上昇するとき、液面差による圧力が浸透を押し返しています。やがて浸透しようとする力と液柱の圧力がつり合い、液面の上昇が止まります。
浸透による液面上昇を起こさないよう、溶液側にあらかじめ加える圧力を浸透圧(osmotic pressure、記号 Π〔Pa〕)といいます。これが「はじめの状態で溶媒が溶液側に浸透しようとする圧力」に等しいです。
1887年、オランダの化学者ファントホッフ(van't Hoff, 1852–1911)は、非電解質の希薄溶液について次の関係を導きました。
溶液の体積を V〔L〕、溶質の物質量を n〔mol〕とすると c = n/V なので、上式は
ΠV = nRT
と書き換えられます。これは気体の状態方程式 PV = nRT と全く同じ形です。
ΠV = nRT という形は、溶質 n mol が体積 V の容器の中で気体として運動したときに示す圧力と同じ値を意味します。溶液中の溶質粒子が膜に衝突して溶媒を引き込む力が、気体分子の衝突による圧力と類似の起源をもつという深い対応があります。
電解質が溶解するとイオンに電離するため、溶液中の溶質粒子の数が増えます。ファントホッフの式で使う c はすべての粒子(イオン含む)のモル濃度の合計です。
NaCl → Na+ + Cl− に完全電離するので、粒子の合計濃度は Na+ の 0.10 mol/L と Cl− の 0.10 mol/L を合わせて 0.20 mol/L として計算します。
同じ 0.10 mol/L のグルコース(非電解質)の浸透圧の約 2 倍になります。
Π = cRT では c の単位が mol/L であるため、R = 8.3 × 103 Pa·L/(K·mol) を使います。答えの単位が Pa になることを確認してください。mol/m3 を使う場合は R = 8.3 Pa·m3/(K·mol) を使います(混在させないこと)。
ΠV = nRT を変形すると、溶質の分子量 M(モル質量 M〔g/mol〕)を求める式が得られます。
モル質量 M〔g/mol〕の溶質 w〔g〕を溶かした場合、物質量 n = w/M です。これを ΠV = nRT に代入すると
分子量の大きな物質(高分子化合物)の場合、同じ質量でも物質量がごく少なくなります。凝固点降下度や沸点上昇度は物質量に比例しますが、その変化は非常に小さく、精確な測定が困難です。
一方、浸透圧は大気圧(約 1.0 × 105 Pa)と同程度またはそれ以上の大きな値を示すことがあり、高分子化合物でも比較的精確に測定できます。そのため、浸透圧は高分子化合物の分子量測定に特に適しています。
分子量 10,000 の高分子化合物 1.0 g を水 1 L に溶かした場合(c = 1.0 × 10−4 mol/L、27℃)を比べると:
浸透圧は温度差でなく「圧力」として現れるため、高分子化合物の分子量決定に実用的です。
ある非電解質の高分子化合物 1.0 g を水に溶かして 100 mL(= 0.100 L)とし、27℃で浸透圧を測定したところ 2.5 × 102 Pa であった。この化合物のモル質量を求めよ。(R = 8.3 × 103 Pa·L/(K·mol))
M = wRT / ΠV = (1.0 × 8.3 × 103 × 300) / (2.5 × 102 × 0.100)
= 2.49 × 106 / 25 ≈ 1.0 × 105 g/mol
浸透圧は生体にとって極めて重要です。ヒトの血漿(血液の液体成分)の浸透圧は約 7.6 × 105 Pa(37℃)に保たれており、これを生理食塩水で再現すると NaCl 約 0.9 % 水溶液になります。
溶液側に浸透圧を超える圧力を加えると、溶媒が溶液側から純水側へ移動します。これを逆浸透(reverse osmosis)といいます。
この原理を利用した逆浸透膜は、海水の淡水化(飲料水製造)や工業用純水製造に広く用いられています。わが国でも逆浸透膜を利用した海水淡水化施設が全国に40か所以上あります。
浸透圧は、蒸気圧降下・沸点上昇・凝固点降下とともに希薄溶液のコリゲーティブ(束一的)性質の一つです。これらはいずれも「溶質の種類には関係なく、溶液中の溶質粒子の数(モル濃度)だけで決まる」点で共通しています。
| 性質 | 式 | 高分子測定への適性 |
|---|---|---|
| 蒸気圧降下 | ΔP = P° × x(溶質のモル分率) | 不向き(変化が極小) |
| 沸点上昇 | ΔTb = Kb × m | 不向き(変化が極小) |
| 凝固点降下 | ΔTf = Kf × m | 不向き(変化が極小) |
| 浸透圧 | Π = cRT(= ΠV = nRT) | 最適(圧力として現れる) |
Q1. 半透膜を通過できるものとできないものをそれぞれ例を挙げて説明してください。
Q2. ファントホッフの式 Π = cRT を、ΠV = nRT の形に変形して気体の状態方程式との対応を説明してください。
Q3. 浸透圧による分子量測定が、凝固点降下や沸点上昇より高分子化合物に向いている理由を説明してください。
Q4. 赤血球を純水(低張液)に入れるとどうなるか、浸透圧の観点から説明してください。
基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。
27℃において、グルコース(分子量 180)2.70 g を水に溶かして 500 mL(= 0.500 L)とした水溶液の浸透圧を求めよ。ただし、気体定数を R = 8.3 × 103 Pa·L/(K·mol) とする。
Π = 7.47 × 104 Pa ≈ 7.5 × 104 Pa
溶質の物質量:n = 2.70 / 180 = 0.0150 mol
ΠV = nRT より
Π = nRT / V = 0.0150 × 8.3 × 103 × (273 + 27) / 0.500
= 0.0150 × 8.3 × 103 × 300 / 0.500
= 37350 / 0.500 = 74700 ≈ 7.5 × 104 Pa
ある非電解質の高分子化合物 0.18 g を水に溶かして 3.0 L とした水溶液の、27℃における浸透圧は 8.3 × 101 Pa であった。以下の問いに答えよ。(R = 8.3 × 103 Pa·L/(K·mol))
(1) この高分子化合物のモル質量を求めよ。
(2) なぜ凝固点降下法ではなく浸透圧法で分子量を測定するのか、30 字以内で説明せよ。
(1) M = 1.8 × 103 g/mol
(2) 高分子化合物では凝固点降下度が極めて小さく測定困難なため。(28字)
(1) M = wRT / ΠV
= (0.18 × 8.3 × 103 × 300) / (8.3 × 101 × 3.0)
= (0.18 × 8.3 × 103 × 300) / (249)
= 448200 / 249 ≈ 1.8 × 103 g/mol
(2) 高分子化合物は分子量が大きいため物質量が少なく、凝固点降下度は 10−4 K 程度と極めて小さくなり、精確な測定ができません。浸透圧は圧力として現れるため、はるかに大きな値を示して測定可能です。
半透膜で仕切った容器の左側に純水、右側に 0.10 mol/L の塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を入れた。温度を 27℃に保つとき、以下の問いに答えよ。NaCl は完全に電離するものとし、R = 8.3 × 103 Pa·L/(K·mol) とする。
(1) 右側(NaCl 水溶液)の浸透圧を求めよ。
(2) 同じ濃度(0.10 mol/L)のグルコース水溶液の浸透圧と比較し、NaCl 水溶液の浸透圧が大きくなる理由を説明せよ。
(3) 右側に浸透圧より大きな圧力をかけると何が起こるか答えよ。この現象の実用例も一つ挙げよ。
(1) Π = 4.98 × 105 Pa ≈ 5.0 × 105 Pa
(2) NaCl は Na+ と Cl− に完全電離し、溶質粒子の合計濃度が 0.20 mol/L となる。グルコースは電離しないので 0.10 mol/L のまま。浸透圧は粒子の濃度に比例するため、NaCl 水溶液の浸透圧は非電解質の約 2 倍になる。
(3) 逆浸透が起こり、右側(NaCl 水溶液)から左側(純水側)へ水が移動する。実用例:海水の淡水化。
(1) NaCl → Na+ + Cl− と完全電離するので、粒子の合計濃度 c = 0.10 + 0.10 = 0.20 mol/L
Π = cRT = 0.20 × 8.3 × 103 × (273 + 27) = 0.20 × 8.3 × 103 × 300
= 498000 ≈ 5.0 × 105 Pa
(2) ファントホッフの式 Π = cRT の c は溶液中に存在するすべての溶質粒子の合計モル濃度です。電解質は電離してイオンになるため、粒子数が増えます。NaCl 0.10 mol/L は完全電離して粒子濃度が 0.20 mol/L 相当になり、電離しないグルコース 0.10 mol/L の 2 倍の浸透圧を示します。
(3) 浸透圧を超える外部圧力を右側(溶液側)に加えると、通常の浸透と逆向きに溶媒(水)が右から左へ移動します(逆浸透)。この原理は、海水に高圧をかけて塩分を膜の外に残し、純水だけを通過させる海水淡水化に利用されています。