「メタンが燃えると熱が出る」「硝酸アンモニウムが水に溶けると冷える」——化学反応に伴うエネルギーの出入りを
どう定量的に表すか。エンタルピー変化 ΔH という概念を使えば、発熱・吸熱の向きと量を
符号一つで表現できます。この節では反応熱の種類と熱化学方程式の書き方を習得します。
化学反応が起こると、物質のもつ化学エネルギー(構成粒子間の化学結合に由来するエネルギー)が変化します。この変化分が熱や光として外部とやりとりされます。
反応物と生成物のエネルギーの高低関係を縦軸でまとめたものをエネルギー図といいます。発熱反応では生成物が下、吸熱反応では生成物が上に位置します。
エンタルピー(記号 H)は、一定圧力における物質のもつエネルギーを表す量です。化学反応の前後でエンタルピーがどれだけ変化したかをエンタルピー変化(記号 ΔH)といいます。
ΔH = 生成物のエンタルピーの総和 − 反応物のエンタルピーの総和
| 反応の種類 | ΔH の符号 | エネルギーの動き |
|---|---|---|
| 発熱反応 | ΔH < 0(負) | 系のエンタルピーが減少 → 熱が外界へ放出 |
| 吸熱反応 | ΔH > 0(正) | 系のエンタルピーが増加 → 外界から熱を吸収 |
「発熱」なのになぜ ΔH は負?——ΔH は系(物質)のエネルギー変化に着目しています。発熱反応では系のエネルギーが減少するので ΔH < 0。私たちが「熱い」と感じるのは、系から外界へ熱が流れ出るためです。
以前の表記(熱化学反応式)では発熱量を正の値で右辺に書いていたため、ΔH の符号と逆になります。混同しないよう注意してください。
化学反応に伴うエンタルピー変化は、化学反応式の後に ΔH を書き添えた熱化学方程式で表します。
例:炭素(黒鉛)1 mol の完全燃焼
C(黒鉛) + O2(気) → CO2(気) ΔH = −394 kJ
例:水素 1 mol の完全燃焼
H2(気) + ½ O2(気) → H2O(液) ΔH = −286 kJ
以前は矢印をイコール(=)にして、右辺に発熱量(ΔH と符号逆)を書いていました。
(旧)C(黒鉛) + O2(気) = CO2(気) + 394 kJ
(新)C(黒鉛) + O2(気) → CO2(気) ΔH = −394 kJ
反応エンタルピー(反応に伴うエンタルピー変化)は、反応の種類によって特別な名称でよばれます。
物質 1 mol が完全燃焼するときのエンタルピー変化。燃焼は発熱反応なので必ず ΔH < 0。
CH4(気) + 2O2(気) → CO2(気) + 2H2O(液) ΔH = −891 kJ
生成する水は液体を基準とします(液体のほうが気体より安定でエネルギーが低い)。
化合物 1 mol が成分元素の単体から生成するときのエンタルピー変化。単体の生成エンタルピーは 0 と定義されます。
C(黒鉛) + ½ O2(気) → CO(気) ΔH = −111 kJ
½ N2(気) + ½ O2(気) → NO(気) ΔH = +90 kJ
一酸化窒素(NO)は生成エンタルピーが正(吸熱)で、単体よりエネルギーが高い不安定な化合物です。
物質 1 mol が多量の水に溶解するときのエンタルピー変化。発熱する場合(NaOH など)と吸熱する場合(KNO3 など)があります。
H2SO4(液) + aq → H2SO4aq ΔH = −95 kJ
NaOH(固) + aq → NaOHaq ΔH = −45 kJ
KNO3(固) + aq → KNO3aq ΔH = +35 kJ
(aq はラテン語 aqua の略で「多量の水」を意味します)
酸と塩基が中和して水 1 mol を生じるときのエンタルピー変化。中和は発熱反応なので必ず ΔH < 0。
HClaq + NaOHaq → NaClaq + H2O(液) ΔH = −56 kJ
(イオン式)H+aq + OH−aq → H2O(液) ΔH = −56 kJ
例外:弱酸(酢酸 CH3COOH など)や弱塩基(NH3 など)が関わる中和では、まずイオン化するためのエネルギーが必要なため、中和熱が 56.5 kJ/mol より小さくなります。
| 燃焼エンタルピー [kJ/mol] | 生成エンタルピー [kJ/mol] | 溶解エンタルピー [kJ/mol] | |||
|---|---|---|---|---|---|
| H2 | −286 | H2O(液) | −286 | H2SO4(液) | −95 |
| C(黒鉛) | −394 | H2O(気) | −242 | HCl | −75 |
| CO | −283 | CO | −111 | NH3 | −34 |
| CH4 | −891 | CO2 | −394 | NaOH | −45 |
| C2H5OH(液) | −1369 | CH4 | −75 | NaCl | +3.9 |
| C3H8 | −2219 | C2H4 | +52.5 | KNO3 | +35 |
| NH3 | −46 | ||||
中和エンタルピー(強酸+強塩基):約 −56 kJ/mol(水 1 mol あたり)
すべての反応熱は「反応物と生成物のエンタルピー差」という一つの原理から導かれます。
Q1. ΔH = +40 kJ の反応は発熱反応か吸熱反応か。また、このとき系のエンタルピーはどう変化するか。
Q2. エタン C2H6 1 mol を完全燃焼させると 1562 kJ の熱が放出される。熱化学方程式で表せ(生成する水は液体)。
Q3. 強酸・強塩基の中和熱が酸や塩基の種類によらずほぼ一定(約 56.5 kJ/mol)である理由を簡潔に答えよ。
Q4. 生成エンタルピーの定義を述べ、単体の生成エンタルピーが 0 になる理由を説明せよ。
次の熱化学方程式に関する記述として正しいものをすべて選べ。
(a)H2(気) + ½ O2(気) → H2O(液) ΔH = −286 kJ
(b)H2(気) + ½ O2(気) → H2O(気) ΔH = −242 kJ
①③④
① 正。(a)は水素 1 mol の完全燃焼(生成水は液体)なので、燃焼熱 = 286 kJ/mol。
② 誤。水(液体)の蒸発は H2O(液)→ H2O(気)。(a)−(b)より ΔH = −286 − (−242) = −44 kJ は液体→気体ではなく逆。正しくは (b)−(a) = −242−(−286) = +44 kJ/mol(吸熱)。
③ 正。(a)が水(液体)1 mol の生成エンタルピーの定義そのもの。
④ 正。液体は気体よりエネルギーが低い(蒸発に熱が要る)ので、液体の水を生成する(a)の方が発熱量が大きく ΔH が負側に大きくなる。
⑤ 誤。(b)は ΔH = −242 kJ < 0 なので発熱反応。
次の問いに答えよ。ただし、強酸・強塩基の中和熱を 56 kJ/mol とする。
(1)0.500 mol/L の塩酸 200 mL と 0.500 mol/L の水酸化ナトリウム水溶液 200 mL を混合した。発生する熱量を求めよ。
(2)メタノール CH3OH(液)の燃焼エンタルピーは −726 kJ/mol である。メタノール 16.0 g を完全燃焼させたとき発生する熱量 [kJ] を求めよ。ただし、CH3OH の分子量は 32.0 とする。
(1)5.60 kJ
(2)363 kJ
(1)中和で生成する水の物質量を求める。
HCl の物質量:0.500 mol/L × 0.200 L = 0.100 mol
NaOH の物質量:0.500 mol/L × 0.200 L = 0.100 mol
HCl と NaOH は 1:1 で過不足なく反応し、水 0.100 mol が生成。
発熱量 = 56 kJ/mol × 0.100 mol = 5.60 kJ
(2)メタノールの物質量:16.0 g ÷ 32.0 g/mol = 0.500 mol
発熱量 = 726 kJ/mol × 0.500 mol = 363 kJ
次の熱化学方程式(Ⅰ)〜(Ⅲ)を用いて、一酸化炭素 CO(気)の生成エンタルピーを求めよ。
(Ⅰ)C(黒鉛) + O2(気) → CO2(気) ΔH = −394 kJ
(Ⅱ)CO(気) + ½ O2(気) → CO2(気) ΔH = −283 kJ
(1)CO(気)の生成エンタルピーを熱化学方程式で表し、ΔH の値を求めよ。
(2)なぜ CO の生成エンタルピーを直接測定することが困難なのか、理由を答えよ。
(1)C(黒鉛) + ½ O2(気) → CO(気) ΔH = −111 kJ
(2)炭素を不完全燃焼させると CO2 と CO が混在し、CO だけを得ることが困難だから。
(1)(Ⅰ)−(Ⅱ)を計算します。
(Ⅰ) C(黒鉛) + O2 → CO2 ΔH1 = −394 kJ
−(Ⅱ) CO2 → CO + ½ O2 ΔH = +283 kJ(Ⅱの逆反応)
辺々加えると:
C(黒鉛) + ½ O2(気) → CO(気) ΔH = −394 + 283 = −111 kJ
これが次節で学ぶヘスの法則の考え方です。反応経路が違っても最初と最後の状態が同じなら ΔH は等しいという法則を使っています。