第11章 化学反応と熱

反応熱とエンタルピー変化

「メタンが燃えると熱が出る」「硝酸アンモニウムが水に溶けると冷える」——化学反応に伴うエネルギーの出入りを
どう定量的に表すか。エンタルピー変化 ΔH という概念を使えば、発熱・吸熱の向きと量を
符号一つで表現できます。この節では反応熱の種類と熱化学方程式の書き方を習得します。

1化学反応に伴うエネルギー変化

発熱反応と吸熱反応

化学反応が起こると、物質のもつ化学エネルギー(構成粒子間の化学結合に由来するエネルギー)が変化します。この変化分が熱や光として外部とやりとりされます。

  • 発熱反応:反応物のエネルギーの総和 > 生成物のエネルギーの総和 → 差分のエネルギーが熱として放出される(例:燃焼・中和)
  • 吸熱反応:反応物のエネルギーの総和 < 生成物のエネルギーの総和 → 差分のエネルギーを外界から吸収する(例:硝酸アンモニウムの溶解)
身近な例
  • 発熱反応:メタンの燃焼(CH4 + 2O2 → CO2 + 2H2O、891 kJ 発熱)
  • 吸熱反応:硝酸アンモニウムが水に溶ける(冷却パックの原理、26 kJ 吸熱)

エネルギー図で視覚化する

反応物と生成物のエネルギーの高低関係を縦軸でまとめたものをエネルギー図といいます。発熱反応では生成物が下、吸熱反応では生成物が上に位置します。

(左)発熱反応:CH4の燃焼  (右)吸熱反応:NH4NO3の溶解
反応物
CH4 + 2O2

891 kJ 放出
生成物
CO2 + 2H2O
ΔH = −891 kJ
生成物
NH4NO3aq
ΔH = +26 kJ

26 kJ 吸収
反応物
NH4NO3 + aq

2エンタルピー変化 ΔH

エンタルピーとは

エンタルピー(記号 H)は、一定圧力における物質のもつエネルギーを表す量です。化学反応の前後でエンタルピーがどれだけ変化したかをエンタルピー変化(記号 ΔH)といいます。

ΔH = 生成物のエンタルピーの総和 − 反応物のエンタルピーの総和

反応の種類ΔH の符号エネルギーの動き
発熱反応ΔH < 0(負)系のエンタルピーが減少 → 熱が外界へ放出
吸熱反応ΔH > 0(正)系のエンタルピーが増加 → 外界から熱を吸収
符号の混乱に注意

「発熱」なのになぜ ΔH は負?——ΔH は系(物質)のエネルギー変化に着目しています。発熱反応では系のエネルギーが減少するので ΔH < 0。私たちが「熱い」と感じるのは、系から外界へ熱が流れ出るためです。

以前の表記(熱化学反応式)では発熱量を正の値で右辺に書いていたため、ΔH の符号と逆になります。混同しないよう注意してください。

熱化学方程式(エンタルピー変化の表し方)

化学反応に伴うエンタルピー変化は、化学反応式の後に ΔH を書き添えた熱化学方程式で表します。

熱化学方程式の書き方ルール
  1. 化学反応式を書く
  2. 各物質の状態を(固)(液)(気)で書き添える(同素体は物質名も)
  3. 着目する物質の係数を 1 にする(他の係数が分数になっても可)
  4. 式の後に ΔH = 〇〇 kJ を書き添える(単位は kJ、/mol はつけない)
  5. 基準:25°C、1.013×105 Pa の状態で表す

例:炭素(黒鉛)1 mol の完全燃焼

C(黒鉛) + O2(気) → CO2(気) ΔH = −394 kJ

例:水素 1 mol の完全燃焼

H2(気) + ½ O2(気) → H2O(液) ΔH = −286 kJ

旧表記(参考)

以前は矢印をイコール(=)にして、右辺に発熱量(ΔH と符号逆)を書いていました。

(旧)C(黒鉛) + O2(気) = CO2(気) + 394 kJ

(新)C(黒鉛) + O2(気) → CO2(気) ΔH = −394 kJ

3各種の反応熱

反応エンタルピー(反応に伴うエンタルピー変化)は、反応の種類によって特別な名称でよばれます。

燃焼熱(燃焼エンタルピー)

物質 1 mol が完全燃焼するときのエンタルピー変化。燃焼は発熱反応なので必ず ΔH < 0

CH4(気) + 2O2(気) → CO2(気) + 2H2O(液) ΔH = −891 kJ

生成する水は液体を基準とします(液体のほうが気体より安定でエネルギーが低い)。

生成熱(生成エンタルピー)

化合物 1 mol が成分元素の単体から生成するときのエンタルピー変化。単体の生成エンタルピーは 0 と定義されます。

C(黒鉛) + ½ O2(気) → CO(気) ΔH = −111 kJ

½ N2(気) + ½ O2(気) → NO(気) ΔH = +90 kJ

一酸化窒素(NO)は生成エンタルピーが正(吸熱)で、単体よりエネルギーが高い不安定な化合物です。

溶解熱(溶解エンタルピー)

物質 1 mol が多量の水に溶解するときのエンタルピー変化。発熱する場合(NaOH など)と吸熱する場合(KNO3 など)があります。

H2SO4(液) + aq → H2SO4aq ΔH = −95 kJ

NaOH(固) + aq → NaOHaq ΔH = −45 kJ

KNO3(固) + aq → KNO3aq ΔH = +35 kJ

(aq はラテン語 aqua の略で「多量の水」を意味します)

中和熱(中和エンタルピー)

酸と塩基が中和して水 1 mol を生じるときのエンタルピー変化。中和は発熱反応なので必ず ΔH < 0

HClaq + NaOHaq → NaClaq + H2O(液) ΔH = −56 kJ

(イオン式)H+aq + OHaq → H2O(液) ΔH = −56 kJ

強酸と強塩基の中和熱がほぼ一定(約 56.5 kJ/mol)なのはなぜか
強酸(HCl・HNO3・H2SO4 など)は水中で完全にイオン化している:HCl → H+ + Cl
強塩基(NaOH・KOH など)も水中で完全にイオン化している:NaOH → Na+ + OH
中和反応の実体は常に同じ:H+aq + OHaq → H2O(液)
反対イオン(Na+、Cl など)は反応に関与しない(傍観者イオン
酸・塩基の種類によらず同じ反応なので、エンタルピー変化は一定(≒ −56.5 kJ/mol)

例外:弱酸(酢酸 CH3COOH など)や弱塩基(NH3 など)が関わる中和では、まずイオン化するためのエネルギーが必要なため、中和熱が 56.5 kJ/mol より小さくなります。

代表的な反応熱の値(25°C)

燃焼エンタルピー [kJ/mol] 生成エンタルピー [kJ/mol] 溶解エンタルピー [kJ/mol]
H2−286 H2O(液)−286 H2SO4(液)−95
C(黒鉛)−394 H2O(気)−242 HCl−75
CO−283 CO−111 NH3−34
CH4−891 CO2−394 NaOH−45
C2H5OH(液)−1369 CH4−75 NaCl+3.9
C3H8−2219 C2H4+52.5 KNO3+35
NH3−46

中和エンタルピー(強酸+強塩基):約 −56 kJ/mol(水 1 mol あたり)

4俯瞰:反応熱を「エネルギーの高低」で統一的に理解する

核となる考え方

すべての反応熱は「反応物と生成物のエンタルピー差」という一つの原理から導かれます。

  • ΔH の符号が反応の向き(発熱/吸熱)を決める
  • ΔH の絶対値が反応で出入りする熱量を決める
  • 着目する物質の状態(固/液/気)が必ず ΔH に影響する(同じ物質でも気体と液体でΔHが異なる)
  • この節で学ぶ各種反応熱は、次節「ヘスの法則」で組み合わせて使う
  • 第3章(化学結合)との接続:反応熱の大小は結合エネルギーの差に由来する。強い結合が生成されるほど発熱量が大きい。
  • 11-2(ヘスの法則)への接続:直接測定できない反応のエンタルピー変化を、複数の反応熱の組み合わせで計算する(例:ダイヤモンドの燃焼熱と黒鉛の燃焼熱から生成熱を求める)。
  • 11-3(結合エネルギー)への接続:結合を切る/作るエネルギーの差が ΔH になる。気体分子の反応では結合エネルギーの表から ΔH が計算できる。
  • 実生活との接続:燃焼熱の大小がエネルギー効率と直結する。プロパン(−2219 kJ/mol)はメタン(−891 kJ/mol)より分子あたりの発熱量が大きく、少量のガスで多くのエネルギーを得られる。

5まとめ

この節で押さえるべきポイント
  • 発熱反応:ΔH < 0(系のエンタルピーが減少、熱を放出)
  • 吸熱反応:ΔH > 0(系のエンタルピーが増加、熱を吸収)
  • ΔH = 生成物のエンタルピー総和 − 反応物のエンタルピー総和
  • 熱化学方程式では:①状態(固)(液)(気)を明記、②着目物質の係数を 1、③単位は kJ
  • 燃焼熱・生成熱:着目物質 1 mol が基準(生成物の水は液体)
  • 中和熱:水 1 mol が生成することが基準
  • 強酸+強塩基の中和熱が一定の理由:実体は H+ + OH → H2O という同一反応

6確認テスト

Q1. ΔH = +40 kJ の反応は発熱反応か吸熱反応か。また、このとき系のエンタルピーはどう変化するか。

クリックして答えを表示 吸熱反応。ΔH > 0 なので系(物質)のエンタルピーが増加し、外界から熱を吸収する。

Q2. エタン C2H6 1 mol を完全燃焼させると 1562 kJ の熱が放出される。熱化学方程式で表せ(生成する水は液体)。

クリックして答えを表示 C2H6(気) + 7/2 O2(気) → 2CO2(気) + 3H2O(液) ΔH = −1562 kJ

Q3. 強酸・強塩基の中和熱が酸や塩基の種類によらずほぼ一定(約 56.5 kJ/mol)である理由を簡潔に答えよ。

クリックして答えを表示 強酸・強塩基は水溶液中で完全にイオン化しているため、中和反応の実体は常に「H+aq + OHaq → H2O(液)」という同一反応だから。

Q4. 生成エンタルピーの定義を述べ、単体の生成エンタルピーが 0 になる理由を説明せよ。

クリックして答えを表示 生成エンタルピーとは、化合物 1 mol が成分元素の単体から生成するときのエンタルピー変化のこと。単体は「成分元素の単体から生成する」という変化が反応なしで成り立つため(自分から自分が生成する)、ΔH = 0 と定義される。

7入試問題演習

問題A 標準 熱化学方程式の読み取り

次の熱化学方程式に関する記述として正しいものをすべて選べ。

(a)H2(気) + ½ O2(気) → H2O(液) ΔH = −286 kJ

(b)H2(気) + ½ O2(気) → H2O(気) ΔH = −242 kJ

  1. ① 水素 1 mol の燃焼熱は 286 kJ/mol である。
  2. ② 水(液体)の蒸発エンタルピーは −44 kJ/mol である。
  3. ③ 水(液体)の生成エンタルピーは −286 kJ/mol である。
  4. ④ (a)の ΔH が(b)より小さい(絶対値が大きい)のは、水が気体より液体の方がエネルギーが低いからである。
  5. ⑤ (b)の反応は吸熱反応である。
解答・解説を表示
解答

①③④

解説

① 正。(a)は水素 1 mol の完全燃焼(生成水は液体)なので、燃焼熱 = 286 kJ/mol。

② 誤。水(液体)の蒸発は H2O(液)→ H2O(気)。(a)−(b)より ΔH = −286 − (−242) = −44 kJ は液体→気体ではなく逆。正しくは (b)−(a) = −242−(−286) = +44 kJ/mol(吸熱)。

③ 正。(a)が水(液体)1 mol の生成エンタルピーの定義そのもの。

④ 正。液体は気体よりエネルギーが低い(蒸発に熱が要る)ので、液体の水を生成する(a)の方が発熱量が大きく ΔH が負側に大きくなる。

⑤ 誤。(b)は ΔH = −242 kJ < 0 なので発熱反応

採点ポイント
  • 燃焼熱・生成エンタルピーの定義の正確な理解
  • ΔH の符号と発熱/吸熱の対応
  • 状態(液体/気体)の違いによる ΔH の差の解釈
問題B 応用 反応熱の計算・中和熱

次の問いに答えよ。ただし、強酸・強塩基の中和熱を 56 kJ/mol とする。

(1)0.500 mol/L の塩酸 200 mL と 0.500 mol/L の水酸化ナトリウム水溶液 200 mL を混合した。発生する熱量を求めよ。

(2)メタノール CH3OH(液)の燃焼エンタルピーは −726 kJ/mol である。メタノール 16.0 g を完全燃焼させたとき発生する熱量 [kJ] を求めよ。ただし、CH3OH の分子量は 32.0 とする。

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解答

(1)5.60 kJ

(2)363 kJ

解説

(1)中和で生成する水の物質量を求める。

HCl の物質量:0.500 mol/L × 0.200 L = 0.100 mol
NaOH の物質量:0.500 mol/L × 0.200 L = 0.100 mol

HCl と NaOH は 1:1 で過不足なく反応し、水 0.100 mol が生成。

発熱量 = 56 kJ/mol × 0.100 mol = 5.60 kJ

(2)メタノールの物質量:16.0 g ÷ 32.0 g/mol = 0.500 mol

発熱量 = 726 kJ/mol × 0.500 mol = 363 kJ

採点ポイント
  • (1)中和で生成する水の mol 数を正確に求める
  • (2)燃焼エンタルピーの絶対値 × mol 数で発熱量を計算
問題C 発展 反応熱の組み合わせ・エネルギー図

次の熱化学方程式(Ⅰ)〜(Ⅲ)を用いて、一酸化炭素 CO(気)の生成エンタルピーを求めよ。

(Ⅰ)C(黒鉛) + O2(気) → CO2(気) ΔH = −394 kJ

(Ⅱ)CO(気) + ½ O2(気) → CO2(気) ΔH = −283 kJ

(1)CO(気)の生成エンタルピーを熱化学方程式で表し、ΔH の値を求めよ。

(2)なぜ CO の生成エンタルピーを直接測定することが困難なのか、理由を答えよ。

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解答

(1)C(黒鉛) + ½ O2(気) → CO(気) ΔH = −111 kJ

(2)炭素を不完全燃焼させると CO2 と CO が混在し、CO だけを得ることが困難だから。

解説

(1)(Ⅰ)−(Ⅱ)を計算します。

(Ⅰ) C(黒鉛) + O2 → CO2 ΔH1 = −394 kJ
−(Ⅱ) CO2 → CO + ½ O2 ΔH = +283 kJ(Ⅱの逆反応)

辺々加えると:

C(黒鉛) + ½ O2(気) → CO(気) ΔH = −394 + 283 = −111 kJ

これが次節で学ぶヘスの法則の考え方です。反応経路が違っても最初と最後の状態が同じなら ΔH は等しいという法則を使っています。

採点ポイント
  • 熱化学方程式の加減算(逆反応では符号を逆にする)
  • ΔH の正確な計算:−394 + 283 = −111 kJ
  • (2)実験上の困難さの化学的根拠(CO と CO2 の混在)