ハロゲン元素は水素と結合してハロゲン化水素をつくり、さまざまな化合物を形成します。
HF だけが沸点が高く弱酸である理由、塩素のオキソ酸の規則性、ハロゲン化銀の性質──
それぞれの性質を「なぜそうなるか」から理解していきます。
ハロゲン元素(F, Cl, Br, I)は水素と結合してハロゲン化水素 HX をつくります。いずれも無色の気体で、水に非常に溶けやすく、有毒で刺激臭があります。
| ハロゲン化水素 | 融点(℃) | 沸点(℃) | 水溶液名 | 酸の強さ |
|---|---|---|---|---|
| HF | −83 | 20 | フッ化水素酸 | 弱酸 |
| HCl | −114 | −85 | 塩酸 | 強酸 |
| HBr | −89 | −67 | 臭化水素酸 | 強酸 |
| HI | −51 | −35 | ヨウ化水素酸 | 強酸 |
表から2つの特異な点が読み取れます。HF だけが沸点が著しく高いこと、そして HF だけが弱酸であることです。この2つの理由を次のセクションで詳しく見ていきます。
HCl、HBr、HI の沸点は分子量が大きいほど高くなっています(ファンデルワールス力が強くなるため)。ところが HF の沸点は 20℃ であり、分子量が最も小さいにもかかわらず、他のハロゲン化水素よりはるかに高い値を示します。
この原因は水素結合です。F は全元素中で電気陰性度が最大(4.0)であるため、H−F 結合は非常に強く分極します。δ+H−Fδ− の δ+ の水素が、隣の HF 分子の F の孤立電子対と引き合い、分子間に水素結合が形成されます。
この水素結合のために、HF は常温で 2〜6 分子が連なった会合体を形成しています。分子間の引力が強いぶん、液体から気体になるために大きなエネルギーが必要になり、沸点が高くなるのです。
HCl、HBr、HI はいずれも水中でほぼ完全に電離する強酸ですが、HF だけは弱酸です。
高校範囲では、この理由を結合エネルギーの大きさで説明します。H−F の結合エネルギーは 567 kJ/mol で、H−Cl の 431 kJ/mol、H−Br の 366 kJ/mol、H−I の 298 kJ/mol と比べて際立って大きい値です。結合が強いということは、水中で H+ と F− に切れにくい(電離しにくい)ということであり、これが HF が弱酸である理由です。
大学レベルでは、酸の強さは「結合の切れやすさ」だけでなく、生成するイオンの安定性や溶媒和の効果を含めて議論します。HF が弱酸である主な原因は、F− イオンのイオン半径が非常に小さいために水和エンタルピーが極めて大きいことにあります。
F− は半径が小さく電荷密度が高いため、周囲の水分子を非常に強く引きつけます。一見これは電離を促進する方向に働きますが、実際には F− の水和が強すぎて、水分子との間で HF2−(二フッ化水素イオン)のような強い水素結合を形成し、単純な電離平衡では扱えなくなります。結果として、HF の見かけの電離度は小さくなり、弱酸として振る舞います。
フッ化水素酸(HF の水溶液)は、他の酸にはない特異な性質としてガラスを溶かすことが知られています。ガラスの主成分は二酸化ケイ素 SiO2 であり、次の反応が起こります。
SiO2 + 6HF → H2SiF6 + 2H2O
生成する H2SiF6(ヘキサフルオロケイ酸)は水に溶けるため、ガラスが侵食されていきます。このため、フッ化水素酸はガラス容器に保存できず、ポリエチレン製の容器に保存します。
この性質を利用して、ガラスの表面を HF で処理することでくもりガラス(すりガラス)を製造します。また、ガラス表面への目盛りの刻印にも使われます。
フッ化水素は、天然に産出する蛍石(CaF2)に濃硫酸を加えて加熱することで得られます。
CaF2 + H2SO4 → CaSO4 + 2HF
実験室的製法:塩化ナトリウムに濃硫酸を加えて加熱します。
NaCl + H2SO4 → NaHSO4 + HCl
この反応は揮発性の酸の遊離と呼ばれる反応の典型です。
工業的製法:水素と塩素を直接反応させます。
H2 + Cl2 → 2HCl
不揮発性の酸(濃硫酸など、沸点が高く蒸発しにくい酸)を揮発性の酸の塩に加えて加熱すると、揮発性の酸(HCl、HF など沸点が低い酸)が気体として遊離します。
揮発性の酸は沸点が低いため、加熱により気体として反応系から除かれます。ルシャトリエの原理により、生成物が除かれると平衡が生成側に偏るため、反応は右に進みます。
塩素は酸素と結合してさまざまなオキソ酸(酸素を含む酸)をつくります。塩素の酸化数に応じて 4 種類のオキソ酸が知られています。
| オキソ酸 | 名称 | Cl の酸化数 | 酸の強さ | 酸化力 |
|---|---|---|---|---|
| HClO | 次亜塩素酸 | +1 | 弱酸 | 強い |
| HClO2 | 亜塩素酸 | +3 | 弱酸 | ↓ |
| HClO3 | 塩素酸 | +5 | 強酸 | ↓ |
| HClO4 | 過塩素酸 | +7 | 強酸(最強) | 弱い |
ここには明確な規則性があります。O 原子の数が増えるほど酸性は強くなり、酸化力は弱くなります。
一方、酸化力が弱くなる理由は、酸化数が高い状態の Cl は多くの O に囲まれて安定しており、他の物質から電子を奪う傾向が小さいためです。逆に HClO では Cl の酸化数が +1 と低く不安定であるため、容易に他の物質を酸化します。
さらし粉は、水酸化カルシウム(消石灰)に塩素を吸収させてつくります。
Ca(OH)2 + Cl2 → CaCl(ClO)・H2O
さらし粉は次亜塩素酸カルシウムと塩化カルシウムの混合物です。有効成分である次亜塩素酸イオン ClO− が強い酸化力をもつため、殺菌・漂白・消毒に使用されます。プールの消毒にも利用されています。
なお、高度さらし粉 Ca(ClO)2・2H2O は、有効塩素の割合がさらし粉より高い製品です。
次亜塩素酸ナトリウム NaClO は、水溶液として漂白剤・殺菌消毒剤に広く使われています。家庭用の塩素系漂白剤の主成分です。
次亜塩素酸ナトリウムに塩酸を加えると、有毒な塩素ガスが発生します。
NaClO + 2HCl → NaCl + H2O + Cl2↑
家庭用の塩素系漂白剤(主成分:NaClO)と酸性洗剤(主成分:HCl)を混ぜると、上の反応により有毒な塩素ガス Cl2 が発生します。これが「まぜるな危険」の正体です。
化学的に見ると、次亜塩素酸イオン ClO− 中の Cl(酸化数 +1)が HCl 中の Cl−(酸化数 −1)に酸化され、同時に ClO− の Cl 自身は還元されて、結果として Cl2(酸化数 0)が生成する不均化反応の逆反応(均化反応)です。
塩素酸カリウム KClO3 は、酸化マンガン(IV) MnO2 を触媒として加熱すると分解し、酸素を発生します。
2KClO3 (MnO2触媒, 加熱) → 2KCl + 3O2↑
これは実験室における酸素の製法の一つです。また、塩素酸カリウムは強い酸化剤であるため、火薬の助燃剤やマッチの頭薬にも使われます。
銀イオン Ag+ はハロゲン化物イオン(Cl−、Br−、I−)と反応して、水に溶けにくいハロゲン化銀の沈殿を生じます。ただし、AgF は水に溶けるため沈殿しません。
| ハロゲン化銀 | 沈殿の色 | NH3 水への溶解 | Na2S2O3 水への溶解 |
|---|---|---|---|
| AgF | 水に溶ける(沈殿しない) | ||
| AgCl | 白色 | 溶ける | 溶ける |
| AgBr | 淡黄色 | 溶けにくい | 溶ける |
| AgI | 黄色 | 溶けない | 溶けにくい |
AgCl の沈殿にアンモニア水を加えると沈殿が溶けます。これは、Ag+ が NH3 と錯イオンを形成するためです。
AgCl + 2NH3 → [Ag(NH3)2]+ + Cl−
生成する [Ag(NH3)2]+ はジアンミン銀(I)イオンと呼ばれる錯イオンです。Ag+ が錯イオンとして安定に存在するようになるため、溶解平衡が溶解の方向に移動し、沈殿が溶けます。
一方、AgI は溶解度積が極めて小さい(Ksp = 8.5 × 10−17)ため、NH3 による錯イオン形成の効果では溶解平衡を十分に移動させることができず、溶けません。
ハロゲン化銀(特に AgBr)は感光性(光によって分解する性質)をもちます。光を受けると銀が遊離し、黒色の金属銀が生成します。
2AgBr (光) → 2Ag + Br2
この性質を利用して、AgBr は写真フィルムの感光材料として長く使われてきました。
水溶液中のハロゲン化物イオン(Cl−、Br−、I−)を検出するには、硝酸銀水溶液を加えます。生じる沈殿の色によって、どのハロゲン化物イオンが含まれているかを判別できます(AgCl:白色、AgBr:淡黄色、AgI:黄色)。
なお、検出時には希硝酸を加えて酸性にしておきます。これは、炭酸イオン CO32− や硫酸イオン SO42− などが Ag+ と沈殿をつくって誤判定するのを防ぐためです(これらの沈殿は酸に溶けるが、AgCl 等は希硝酸に溶けない)。
この記事で学んだハロゲン化水素やハロゲンの化合物は、無機化学の多くの単元とつながっています。
Q1. HF の沸点が他のハロゲン化水素より著しく高い理由を、分子間力の観点から説明してください。
Q2. フッ化水素酸をガラス容器に保存できない理由を、化学反応式を用いて説明してください。
Q3. 塩素のオキソ酸において、O 原子の数が増えるほど酸性が強くなる理由を説明してください。
Q4. AgCl の沈殿にアンモニア水を加えると溶ける理由を、化学反応式を示して説明してください。
基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。
ハロゲン化水素に関する次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。
②④⑤
① 誤。HF はハロゲン化水素の中で唯一の弱酸。H−F の結合エネルギーが大きく電離しにくい。② 正。HCl の水溶液は塩酸であり強酸。③ 誤。沸点が高い理由は分子量ではなく、F の電気陰性度が大きいことによる水素結合の形成。④ 正。SiO₂ + 6HF → H₂SiF₆ + 2H₂O によりガラスを侵食する。⑤ 正。揮発性の酸の遊離反応。
次の問いに答えよ。
(1) 塩素のオキソ酸 HClO, HClO2, HClO3, HClO4 について、酸の強さの順に並べよ。また、その順序になる理由を 60 字以内で説明せよ。
(2) 塩素系漂白剤と酸性洗剤を混合すると危険である理由を、化学反応式を用いて説明せよ。
(1) HClO4 > HClO3 > HClO2 > HClO
O 原子が増えるほど Cl の電子密度が低下して O−H 結合が分極し、H+ が離れやすくなる。また陰イオンの負電荷が O に分散して安定化する。(58字)
(2) NaClO + 2HCl → NaCl + H2O + Cl2
塩素系漂白剤の主成分 NaClO と酸性洗剤の HCl が反応し、有毒な塩素ガス Cl2 が発生するため。
(1) オキソ酸の酸の強さは、中心原子に結合する O 原子の数で決まる。O 原子(電気陰性度 3.4)が多いほど、中心原子 Cl から電子密度を引き寄せ、結果として O−H 結合の電子が O 側に偏り、H⁺ が離れやすくなる。さらに、電離で生じた陰イオンの負電荷が多くの O 原子に分散して非局在化し、安定化するため、電離がより進む。
(2) この反応は酸化還元反応の一種。ClO⁻ 中の Cl(酸化数+1)が還元され、HCl 中の Cl⁻(酸化数−1)が酸化され、ともに Cl₂(酸化数 0)になる。実際の家庭事故の多くはこの反応によるもの。
ハロゲンの化合物に関する次の問いに答えよ。
(1) AgNO3 水溶液に NaCl 水溶液を加えると白色沈殿が生じた。この沈殿にアンモニア水を十分加えたところ沈殿は溶解した。溶解した理由を、化学反応式を用いて説明せよ。
(2) AgNO3 水溶液に KI 水溶液を加えると黄色沈殿が生じた。この沈殿にアンモニア水を加えても溶解しなかった。AgCl は溶けるのに AgI が溶けない理由を、溶解度積の概念を用いて 80 字以内で説明せよ。
(3) NaCl に濃硫酸を加えて加熱すると HCl が発生する。この反応を「揮発性の酸の遊離」と呼ぶ理由を、平衡の観点から 50 字以内で説明せよ。
(1) AgCl + 2NH3 → [Ag(NH3)2]+ + Cl−
Ag+ が NH3 と錯イオン [Ag(NH3)2]+ を形成し、溶液中の Ag+ 濃度が低下する。これにより AgCl の溶解平衡が溶解の方向に移動し、沈殿が溶ける。
(2) AgI は AgCl に比べて溶解度積が極めて小さい。NH3 による錯イオン形成で Ag+ 濃度を低下させても、AgI の溶解平衡を溶解側に十分移動させることができないため、溶けない。(78字)
(3) 揮発性の HCl が気体として系外に出るため、ルシャトリエの原理により平衡が生成側に偏る。(42字)
(1) AgCl は水に難溶だが、NH₃ を加えると Ag⁺ がジアンミン銀(I)イオン [Ag(NH₃)₂]⁺ を形成する。錯イオンの安定度定数が大きいため、溶液中の遊離 Ag⁺ 濃度が著しく減少する。その結果、[Ag⁺][Cl⁻] < Ksp となり、沈殿が溶解する方向に平衡が移動する。
(2) AgCl の Ksp = 1.8 × 10⁻¹⁰ に対し、AgI の Ksp = 8.5 × 10⁻¹⁷ と約 100 万倍小さい。NH₃ による錯イオン形成で Ag⁺ 濃度が低下しても、AgI が溶解するには [Ag⁺] を桁違いに小さくする必要があり、NH₃ 水程度の条件では不十分である。チオ硫酸ナトリウム Na₂S₂O₃ を用いると [Ag(S₂O₃)₂]³⁻ のより安定な錯イオンが形成され、AgBr や AgI も溶解できる。
(3) 揮発性の酸の遊離反応では、生成した HCl が気体となり反応系から除かれる。ルシャトリエの原理に基づき、生成物が減少すると平衡は右(生成側)に移動する。濃硫酸は沸点が高く不揮発性であるため系内にとどまり、反応を一方向に進行させる駆動力となる。