第15章 非金属元素

硫酸と硫黄の化合物(接触法)

硫酸 H2SO4 は工業的に最も多く生産される化合物の一つで、「化学工業の王」とも呼ばれます。
濃硫酸の4つの特性(不揮発性・吸湿性・脱水作用・酸化作用)と、工業的製法である接触法を、
なぜそうなるかの「理由」とともに理解しましょう。

1硫酸 H2SO4 の性質

希硫酸の性質:強酸

希硫酸は強酸(2価の強酸)で、電離度が高く、水溶液中でほぼ完全に H+ を放出します。鉄や亜鉛などのイオン化傾向の大きい金属と反応して水素 H2 を発生します。

Zn + H2SO4 → ZnSO4 + H2

硫酸イオン SO42− は Ba2+ と反応して白色の硫酸バリウム BaSO4 の沈殿を生じます。これが硫酸(硫酸イオン)の検出反応です。

濃硫酸の4つの特性

市販の濃硫酸は濃度約98%、密度約1.83 g/cm3、モル濃度約18 mol/L の粘性のある無色の液体です。4つの重要な特性があります。

特性内容入試頻出事項
① 不揮発性 沸点が非常に高く(約337℃)、常温では蒸発しない 揮発性の酸の塩(NaCl、NaNO3等)に加えて加熱すると、揮発性の酸を追い出す
② 吸湿性 水蒸気を強く吸収する 気体の乾燥剤として使用(ただし塩基性・還元性気体には使えない)
③ 脱水作用 有機化合物から H と O を H2O の組成比で奪う スクロース(砂糖)C12H22O11 に加えると炭素 C が残る
④ 酸化作用(熱濃硫酸のみ) 加熱した濃硫酸は強い酸化剤になる Cu、Ag など(水素より下の金属も)と反応して SO2 を発生
落とし穴:希硫酸と濃硫酸の反応の違い

希硫酸は強酸としてはたらき、イオン化傾向の大きい金属(Zn、Fe など)と H2 を発生します。一方、熱濃硫酸は酸化剤としてはたらき、Cu や Ag のような水素より下の金属とも反応し、H2 ではなく SO2 を発生させます。同じ「硫酸」でも濃度・温度で全く異なる反応をすることを押さえましょう。

不揮発性を利用した反応(揮発性の酸の遊離)

濃硫酸は揮発性の酸の塩に加えて加熱すると、揮発性の酸を遊離させます。

  • NaCl + H2SO4(濃) → NaHSO4 + HCl↑ (塩化水素の製法)
  • NaNO3 + H2SO4(濃) → NaHSO4 + HNO3↑ (硝酸の遊離)

2硫酸の工業的製法:接触法

接触法の3ステップ

接触法(contact process)は、硫黄または硫化鉱石を出発原料とし、3段階で硫酸を製造する工業的製法です。

S
硫黄
SO2
二酸化硫黄
SO3
三酸化硫黄
H2SO4
硫酸

ステップ1:SO2 の製造 硫黄を燃焼させる(または硫化鉄鉱を焙焼する)。

S + O2 → SO2

4FeS2 + 11O2 → 2Fe2O3 + 8SO2 (黄鉄鉱の焙焼)

ステップ2:SO3 への酸化 酸化バナジウム(V) V2O5 を触媒として、SO2 を酸化する。

2SO2 + O2 (V2O5 触媒、約400〜600℃) ⇄ 2SO3

ステップ3:H2SO4 の生成 SO3 を濃硫酸に吸収させて発煙硫酸にし、これを希硫酸で薄める。

SO3 + H2O → H2SO4

SO3 を直接水に吸収させない理由
SO3 + H2O の反応は激しい発熱反応
水に直接吸収させると硫酸の微小な霧(ミスト)が発生する
ミストは捕集が難しく、大気中に散逸してしまう
そのため、まず濃硫酸に SO3 を吸収させ(発煙硫酸を生成)、その後、希硫酸で薄める

発煙硫酸は H2SO4・SO3 の混合物で、水を加えると高濃度の硫酸が得られます。

接触法のキーポイントは「触媒と温度の兼ね合い」

ステップ2の SO2 → SO3 は発熱反応(⇄)です。ルシャトリエの原理から、低温の方が SO3 の生成率は上がりますが、低温では反応速度が遅くなります。V2O5 触媒を使うことで、400〜600℃という比較的低い温度でも十分な反応速度を確保しています。触媒は「平衡の位置を変えずに、平衡に達するまでの速度を上げる」のが役割です。

3濃硫酸の特有の反応

熱濃硫酸による金属の溶解(酸化作用)

加熱した濃硫酸は強い酸化剤としてはたらき、希硫酸では溶けない銅 Cu や銀 Ag などの金属とも反応します。生成する気体は H2 ではなく SO2 です。

Cu + 2H2SO4(濃、熱) → CuSO4 + 2H2O + SO2

2Ag + 2H2SO4(濃、熱) → Ag2SO4 + 2H2O + SO2

この反応では硫酸が酸化剤として Cu を Cu2+ に酸化する一方、SO42−(S の酸化数+6)が SO2(S の酸化数+4)に還元されています。

脱水作用の実例

スクロース C12H22O11 に濃硫酸を加えると、H と O が H2O の割合(H:O = 2:1)で奪われ、黒色の炭素 C が残ります。これは酸化反応ではなく、脱水反応です。

C12H22O11 (H2SO4(濃)) → 12C + 11H2O

揮発性の酸の遊離(不揮発性を利用)

濃硫酸は沸点が高い(不揮発性)ため、揮発性の酸の塩に加えると「強酸(濃硫酸)が弱酸の塩や揮発性の酸の塩から、揮発性の酸を追い出す」反応が起こります。

気体の乾燥剤としての濃硫酸:使える気体と使えない気体
  • 使える気体:H2、O2、Cl2、HCl、SO2、CO2、NO2(酸性・中性気体)
  • 使えない気体:NH3(塩基性;濃硫酸と反応)、H2S(還元性;濃硫酸が酸化する)

4この章を俯瞰する

硫酸は無機化学の中心的な存在です。硫黄の化合物全体の流れを「酸化数の変化」で整理しましょう。

  • S(酸化数 0)→ SO2(+4)→ SO3(+6)→ H2SO4(+6):接触法はこの「酸化の連鎖」です。酸化数が上がるほど酸化力が強くなります。
  • 濃硫酸の4特性 → 化学工業全体に直結:不揮発性(HCl、HNO3 の製法)、吸湿性(乾燥剤)、脱水(有機合成)、酸化(金属精錬)。
  • ルシャトリエの原理 → 14-3「平衡移動」:接触法のステップ2(2SO2 + O2 ⇄ 2SO3)は可逆反応で、加圧・低温で平衡が右へ移動します。
  • Cu + 濃硫酸 → 6-1「酸化還元」:酸化数変化(Cu: 0→+2、S: +6→+4)で電子の授受を確認する練習に最適です。
  • Ba2+ による硫酸イオンの検出 → 16章「金属イオンの分析」:SO42− + Ba2+ → BaSO4↓(白色)は沈殿反応の定番。

5まとめ

  • 希硫酸:強酸。イオン化傾向の大きい金属と H2 を発生。
  • 濃硫酸の4特性:不揮発性・吸湿性・脱水作用・酸化作用(熱)。
  • 接触法:S → SO2 → SO3(V2O5 触媒)→ H2SO4(濃硫酸に吸収)。
  • SO3 を水に直接吸収させない理由:硫酸ミストが生じて回収できないため
  • 熱濃硫酸 + Cu:Cu + 2H2SO4(濃) → CuSO4 + 2H2O + SO2↑。H2 ではなく SO2 が発生する点に注意。
  • 濃硫酸は NH3(塩基性)と H2S(還元性)の乾燥には使用不可。

6確認テスト

Q1. 接触法の3つのステップを、化学反応式を用いて順に示せ。

▶ クリックして解答を表示①S + O₂ → SO₂ ②2SO₂ + O₂ →(V₂O₅触媒)→ 2SO₃ ③SO₃ + H₂O → H₂SO₄(ただし実際は濃硫酸に吸収させ発煙硫酸を経由)。触媒が V₂O₅ である点と、水に直接吸収させない理由も押さえること。

Q2. 濃硫酸が気体の乾燥剤として使えない気体を2つ挙げ、それぞれ理由を説明せよ。

▶ クリックして解答を表示①NH₃(アンモニア):塩基性で濃硫酸(酸性)と反応して NH₄HSO₄ を生じるため。②H₂S(硫化水素):還元性をもち、濃硫酸の酸化作用と反応するため。

Q3. 銅に希硫酸を加えても反応しないが、熱濃硫酸を加えると溶ける。この理由を、反応の種類に着目して説明せよ。

▶ クリックして解答を表示希硫酸は強酸として H⁺ を放出するが、Cu はイオン化傾向が H より小さいため H₂ を発生して溶けることができない。熱濃硫酸は酸化剤としてはたらき(酸化作用)、Cu を Cu²⁺ に酸化するため溶解する。このとき発生するのは H₂ ではなく SO₂。

Q4. スクロース C12H22O11 に濃硫酸を加えると黒色固体が残る。この反応の名称と化学反応式を示せ。

▶ クリックして解答を表示脱水作用(脱水反応)。C₁₂H₂₂O₁₁ → 12C + 11H₂O。濃硫酸が H と O を H₂O の組成で奪い、炭素 C だけが残る。酸化反応ではない点に注意。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

15-5-1 A 基礎 選択

濃硫酸の性質に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① 濃硫酸は強い吸湿性をもつため、NH3 の乾燥剤として利用できる。
  • ② 銅に希硫酸を加えると、H2 が発生する。
  • ③ 濃硫酸は不揮発性であるため、NaCl(塩化ナトリウム)に加えて加熱すると HCl が遊離する。
  • ④ 接触法では、V2O5 を触媒として SO2 を SO3 に酸化する。
  • ⑤ 熱濃硫酸に銅を加えると、SO2 が発生する。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

③④⑤

解説

①が誤り。NH3 は塩基性で濃硫酸(酸性)と反応するため、乾燥剤として使用できません。

②が誤り。銅は水素よりイオン化傾向が小さいため、希硫酸とは反応しません(H2 は発生しない)。

③正しい。不揮発性の濃硫酸が揮発性の酸(HCl)を追い出します:NaCl + H2SO4(濃)→ NaHSO4 + HCl↑

④正しい。接触法のステップ2の反応です。

⑤正しい。Cu + 2H2SO4(濃・熱)→ CuSO4 + 2H2O + SO2

B 標準レベル

15-5-2 B 標準 論述・反応式

硫酸の製法(接触法)について、以下の問いに答えよ。

(1) 接触法のステップ2の反応を化学反応式で示し、使用する触媒名を書け。

(2) ステップ2の反応の平衡において、生成率を上げるために温度と圧力をどのように設定するのが理論的に有利か。また、工業的に高温が使われる理由を説明せよ。

(3) SO3 を水に直接吸収させず、濃硫酸に吸収させる理由を述べよ。

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解答

(1) 2SO2 + O2 ⇄ 2SO3 触媒:酸化バナジウム(V) V2O5

(2) 理論的には低温・高圧の方が SO3 の生成率は上がる(発熱反応なので低温が有利、気体の物質量が減少する方向なので高圧が有利)。工業的に高温が使われる理由は、低温では反応速度が遅すぎて実用的な生産速度にならないため。触媒(V2O5)を使って反応速度を確保しながら、400〜600℃で操業する。

(3) SO3 を水に直接吸収させると反応が激しく、硫酸の微小なミストが発生して回収できず大気中に散逸するため。

解説

(2) ルシャトリエの原理の応用問題です。2SO2 + O2 ⇄ 2SO3 + 熱 において、①発熱方向(右向き)を促進するには温度を下げる(低温有利)、②気体分子数が左辺3モル→右辺2モルと減少するので、加圧すると右向きに移動する(高圧有利)。しかし実際の工業では反応速度も重要で、触媒使用+適度な高温(400〜600℃)でバランスをとる。

採点ポイント((2)(3) 各3点)
  • (2)「発熱反応→低温、分子数減少→高圧」を明示(各1点)、工業的理由は反応速度(1点)
  • (3)「ミスト」「回収困難」のキーワード(各1.5点)

C 発展レベル

15-5-3 C 発展 計算・総合

原子量を H=1.0、O=16、S=32、Cu=64 として答えよ。

(1) 銅 Cu 3.20 g を熱濃硫酸と反応させ、発生した SO2 を標準状態(0℃、1.013×105 Pa)で捕集した。発生した SO2 の体積を求めよ。

(2) 接触法のステップ2の反応(2SO2 + O2 ⇄ 2SO3)において、SO2 の変化率(転化率)が 95% であるとき、SO2 と O2 の物質量比が 2:1 の混合気体を出発原料とした場合、平衡時の SO3 の体積百分率(モル分率×100)を求めよ。ただし SO2 の初期物質量を 2 mol、O2 を 1 mol とする。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) Cu の物質量 = 3.20 ÷ 64 = 0.0500 mol。Cu + 2H2SO4(濃)→ CuSO4 + 2H2O + SO2 より、SO2 = 0.0500 mol。標準状態での体積 = 0.0500 × 22.4 = 1.12 L

(2) SO2 初期 2 mol、反応量 2×0.95 = 1.90 mol。

変化量:SO2 −1.90 mol、O2 −0.95 mol、SO3 +1.90 mol。

平衡時:SO2 = 0.10 mol、O2 = 0.05 mol、SO3 = 1.90 mol、合計 = 2.05 mol。

SO3 の体積百分率 = 1.90 / 2.05 × 100 ≈ 92.7%

解説

(1) 化学量論比から Cu:SO2 = 1:1 の関係を反応式から読み取ることが鍵。「標準状態1 mol = 22.4 L」を確実に適用する。

(2) ICE(Initial-Change-Equilibrium)表を使って物質量の変化を追います。転化率95%とは SO2 の95%が反応したことを意味します。合計 mol 数の減少(3 mol → 2.05 mol)に注意。体積百分率は mol 分率と等しい(気体の場合)。

採点ポイント(各5点)
  • (1) Cu の mol 数(2点)、反応比の適用(1点)、体積換算(2点)
  • (2) 変化量の正確な設定(3点)、合計 mol の計算(1点)、体積百分率(1点)