鉄は世界の金属生産量の9割以上を占め、人類文明を支え続けてきた金属です。
Fe²⁺と Fe³⁺という2種類のイオン状態をもち、それぞれが独自の色・反応・沈殿を示します。
「高炉法での製錬」「2種のイオンの判別反応」「さびの防食」を系統的に理解しましょう。
鉄 Fe は金属元素のうち地殻中にアルミニウムに次いで多く存在します。おもに赤鉄鉱(主成分 Fe₂O₃)や磁鉄鉱(主成分 Fe₃O₄)などの鉄鉱石として産出します。
鉄の単体は銀白色の金属で比較的やわらかく、磁石に引き寄せられる(強磁性)という特徴があります。これは鉄原子が磁区とよばれる小領域を形成し、外部磁場によってその方向がそろうためです。
鉄はイオン化傾向が比較的大きく、希硫酸や塩酸と反応してFe²⁺となり水素を発生します。
Fe + 2H⁺ → Fe²⁺ + H₂↑
Fe + H₂SO₄ → FeSO₄ + H₂↑(希硫酸との反応)
ただし、濃硝酸とは不動態を形成するため溶けません。表面に緻密な酸化被膜が生じて内部を保護するためです。鉄のほかアルミニウム・クロム・ニッケルも同様に濃硝酸で不動態になります。
工業的な鉄の製造は高炉法(溶鉱炉法)が主流です。鉄鉱石・コークス C・石灰石(主成分 CaCO₃)を溶鉱炉に入れて熱風を吹き込むと、コークスの燃焼で生じた一酸化炭素 CO が還元剤となって鉄の酸化物を還元します。
C + O₂ → CO₂(コークスの燃焼)
CO₂ + C → 2CO(CO の生成)
Fe₂O₃ + 3CO → 2Fe + 3CO₂(鉄鉱石の還元)
石灰石は不純物の SiO₂ と反応してケイ酸カルシウム CaSiO₃(スラグ)となり取り除かれます。こうして得られる銑鉄には炭素が多く含まれており(もろい)、転炉で炭素量を調整することで強度のある鋼(はがね)が得られます。
Fe²⁺は淡緑色の水溶液を示します。
| 化合物 | 化学式 | 色・特徴 |
|---|---|---|
| 塩化鉄(II) | FeCl₂ | 淡緑色 |
| 硫酸鉄(II)七水和物 | FeSO₄・7H₂O | 淡緑色結晶 |
| 水酸化鉄(II) | Fe(OH)₂ | 緑白色沈殿 |
Fe²⁺を含む水溶液に NaOH を加えると緑白色の Fe(OH)₂ が沈殿します。
Fe²⁺ + 2OH⁻ → Fe(OH)₂↓(緑白色)
Fe(OH)₂は酸化されやすく、空気中で徐々に酸化されて赤褐色の Fe(OH)₃(水酸化鉄(III))に変化します。
Fe³⁺は黄褐色の水溶液を示します。
| 化合物 | 化学式 | 色・特徴 |
|---|---|---|
| 塩化鉄(III) | FeCl₃ | 黄褐色(潮解性あり) |
| 塩化鉄(III)六水和物 | FeCl₃・6H₂O | 黄褐色結晶 |
| 水酸化鉄(III) | Fe(OH)₃ | 赤褐色沈殿 |
| 酸化鉄(III) | Fe₂O₃ | 赤褐色(赤さびの主成分、べんがら) |
FeCl₂ の水溶液に塩素を通じると、Fe²⁺が酸化されて FeCl₃(黄褐色)になります。
2FeCl₂ + Cl₂ → 2FeCl₃
2Fe²⁺ + H₂O₂ + 2H⁺ → 2Fe³⁺ + 2H₂O(過酸化水素による酸化)
Fe³⁺を含む水溶液に NaOH またはアンモニア水を加えると赤褐色の Fe(OH)₃ が沈殿します。
Fe³⁺ + 3OH⁻ → Fe(OH)₃↓(赤褐色)
2種類の鉄イオンを区別する検出反応は入試最重要事項です。
| 試薬 | Fe²⁺ の反応 | Fe³⁺ の反応 |
|---|---|---|
| NaOH 水溶液 | 緑白色沈殿 Fe(OH)₂ | 赤褐色沈殿 Fe(OH)₃ |
| K₃[Fe(CN)₆] aq (ヘキサシアニド鉄(III)酸カリウム) |
濃青色沈殿(ターンブルブルー) | 変化なし |
| K₄[Fe(CN)₆] aq (ヘキサシアニド鉄(II)酸カリウム) |
変化なし(淡緑色) | 濃青色沈殿(紺青・プルシアンブルー) |
| KSCN aq (チオシアン酸カリウム) |
変化なし | 血赤色水溶液 |
酸化数が逆のヘキサシアニド鉄試薬と反応して青色沈殿をつくる、と覚えると混乱しにくいです。Fe²⁺(+2)は K₃[Fe(CN)₆](鉄が+3)と反応し、Fe³⁺(+3)は K₄[Fe(CN)₆](鉄が+2)と反応します。KSCN による血赤色はFe³⁺専用の確認反応で最も実用的です。
以前は異なる化合物と考えられていたターンブルブルー(Fe²⁺ + K₃[Fe(CN)₆])と紺青(Fe³⁺ + K₄[Fe(CN)₆])は、実際には同じ化合物であることがわかっています。紺青はベルリンブルー・プルシアンブルーとも呼ばれ、浮世絵の青色に使われました。
鉄は湿った空気中で徐々に酸化されてさびを生じます。鉄のさびには主に2種類あります。
| 種類 | 主成分 | 色 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 赤さび | Fe₂O₃(酸化鉄(III))・Fe(OH)₃など | 赤褐色 | もろい。内部腐食が進む |
| 黒さび | Fe₃O₄(四酸化三鉄) | 黒色 | 緻密で内部を保護する |
赤さびは緻密でなく、水や酸素が内部に入り込んで腐食が進みます。一方、黒さびは緻密な酸化被膜を形成して内部を保護するため、意図的に黒さびをつくって防食に利用する方法もあります(鉄製の鍋の焼き入れなど)。
3Fe + 4H₂O → Fe₃O₄ + 4H₂(高温の水蒸気との反応で黒さびを生成)
鉄の腐食を防ぐ方法には次のものがあります。
鉄の化学は遷移元素の代表例として、無機化学の多くの概念と結びついています。
Q1. 高炉(溶鉱炉)における鉄鉱石(Fe₂O₃)の還元反応を化学反応式で書け。
Q2. Fe²⁺ と Fe³⁺ を区別するために最も簡便な試薬と、それぞれの反応の色変化を述べよ。
Q3. 鉄板に亜鉛をめっきしたトタンは、傷がついても鉄が腐食しにくい。その理由をイオン化傾向を用いて説明せよ。
Q4. Fe(OH)₂(緑白色)を空気中に放置すると色が変化する。何に変化し、その理由は何か。
基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。
鉄とその化合物に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。
②③④
①が誤り。鉄は希塩酸と反応するとFe²⁺と H₂ が生じます(Fe + 2HCl → FeCl₂ + H₂)。Fe³⁺ではありません。⑤が誤り。Fe(OH)₂は酸化されやすく、空気中で徐々に酸化されて赤褐色の Fe(OH)₃ に変化します。②③④はすべて正しい記述です。
次の問いに答えよ。
(1) 硫酸鉄(II)水溶液に過酸化水素水を加えたとき、水溶液の色はどう変化するか。また、このときのイオン反応式を書け。
(2) (1)で得られた溶液にチオシアン酸カリウム KSCN 水溶液を加えると、どのような変化が起きるか述べよ。
(3) 赤さびと黒さびの主成分をそれぞれ化学式で答え、防食性の違いを述べよ。
(1) 淡緑色から黄褐色に変化する。
2Fe²⁺ + H₂O₂ + 2H⁺ → 2Fe³⁺ + 2H₂O
(2) 血赤色の水溶液になる。(Fe³⁺ + SCN⁻ → [Fe(SCN)]²⁺ の錯イオン形成)
(3) 赤さびの主成分:Fe₂O₃(酸化鉄(III))。黒さびの主成分:Fe₃O₄(四酸化三鉄)。赤さびは緻密でなく水・酸素が内部に侵入して腐食が進む。黒さびは緻密な被膜を形成して内部を保護する。
(1) Fe²⁺(淡緑色)が H₂O₂ によって酸化されて Fe³⁺(黄褐色)になります。H₂O₂ は酸化剤として働き、自身はH₂O に還元されます。
(2) KSCN は Fe³⁺ の確認試薬。Fe³⁺ と SCN⁻ が錯イオン [Fe(SCN)]²⁺ を形成し、血赤色になります。Fe²⁺ には反応しません。
(3) 赤さびは日常的に生じるさびで、内部腐食を促進します。黒さびは鉄を強熱したときに生じる Fe₃O₄ で、緻密な被膜が保護層となります。鉄鍋の「シーズニング」(焼き入れ)は黒さびを意図的につくる防食処理です。
鉄の精錬と化合物に関する以下の問いに答えよ。
(1) 高炉法において、石灰石(CaCO₃)を加える目的を、関係する化学反応式を示して説明せよ。
(2) Fe²⁺を含む水溶液とFe³⁺を含む水溶液を区別するために、K₄[Fe(CN)₆] 水溶液とKSCN水溶液を用いる実験を行った。それぞれの組み合わせで起こる反応と観察される色を述べよ。
(3) トタンとブリキを比較し、傷がついた場合の腐食のしやすさの違いをイオン化傾向の観点から説明せよ。
(1) 鉄鉱石中の不純物 SiO₂ を除去するため。CaCO₃ → CaO + CO₂(加熱分解)、CaO + SiO₂ → CaSiO₃(スラグ)として取り除かれる。
(2) K₄[Fe(CN)₆]+Fe²⁺:変化なし(淡緑色)。K₄[Fe(CN)₆]+Fe³⁺:濃青色沈殿(紺青)。KSCN+Fe²⁺:変化なし。KSCN+Fe³⁺:血赤色水溶液。
(3) トタン(亜鉛めっき):Zn はFe よりイオン化傾向が大きく、傷がついても亜鉛が犠牲的に酸化されて鉄を保護する。ブリキ(スズめっき):Sn はFe よりイオン化傾向が小さく、傷がつくと鉄が優先的に酸化されてトタンより腐食が進みやすい。
(1) 高炉での石灰石の役割は「スラグ形成による不純物除去」です。まず CaCO₃ が熱分解して CaO が生じ、この CaO が SiO₂(脈石)と反応してケイ酸カルシウム CaSiO₃(スラグ)を形成します。スラグは溶融した鉄の上に浮くので分離できます。
(2) 試薬と鉄イオンの組み合わせを正確に覚えることが重要。特にKSCN は Fe³⁺ のみに反応して血赤色を示す点は最頻出です。
(3) イオン化傾向の大小:Zn(亜鉛)> Fe(鉄)> Sn(スズ)。トタンは亜鉛が犠牲防食として機能しますが、ブリキは傷がつくと鉄が腐食の起点になります。ブリキが缶詰に使われるのは、内側(食品と接する面)でなく外側のさびが問題になりにくい用途だからです。