第17章 遷移元素

遷移元素の特徴

周期表の3〜11族に並ぶ遷移元素は、典型元素とは根本的に異なる性質をもっています。
「複数の酸化数」「有色のイオン」「触媒」「錯イオン」── これらがなぜ生まれるのかを、
d軌道という電子配置の特徴から一気に理解しましょう。

1遷移元素とは

定義:3〜11族の金属元素

元素の周期表において、遷移元素とは3〜12族に属する金属元素の総称です。すべて金属であり、現行の高校課程では3〜11族を中心に扱います。

典型元素(1・2族と13〜18族)との最大の違いは、原子番号が増加する際に電子が内側のd軌道に収容される点にあります。最外殻電子の数は1または2とほぼ変わらないため、隣り合う元素どうしでも性質が互いに似ています。

d軌道への電子充填

s軌道・p軌道・d軌道のうち、典型元素はsブロック(1・2族)とpブロック(13〜18族)の元素です。遷移元素はdブロック(3〜12族)に属し、原子番号が増えるにつれてd軌道へ1個ずつ電子が入っていきます。

遷移元素の隣り合う元素が似た性質をもつのはなぜか
原子番号が増えると、電子は内側のd軌道に収容される
最外殻(一番外側の電子殻)の電子数は1または2のままほとんど変化しない
化学反応に関与する最外殻電子が同じ → 隣接する元素どうしも性質が似る

第4周期の遷移元素(Sc〜Zn)の最外殻電子数はいずれも1または2です。典型元素では族番号(一の位)=最外殻電子数でしたが、遷移元素にはこのルールが当てはまりません。

2遷移元素の共通性質

① 複数の酸化数をとる

典型元素の金属は通常1種類の酸化数をとりますが(例:Na は +1 のみ)、遷移元素は複数の酸化数をとることが多いです。これはd軌道の電子がエネルギー差の小さい複数の状態をとれるためです。

元素おもな酸化数具体例
Fe(鉄)+2、+3Fe²⁺(淡緑色)、Fe³⁺(黄褐色)
Cu(銅)+1、+2Cu⁺(Cu₂O赤色)、Cu²⁺(青色)
Mn(マンガン)+2、+4、+7Mn²⁺(淡赤色)、MnO₂(黒色)、MnO₄⁻(赤紫色)
Cr(クロム)+3、+6Cr³⁺(緑色)、Cr₂O₇²⁻(赤橙色)

② 有色のイオン・化合物をもつ

遷移元素のイオンや化合物には特有の色をもつものが多いです。これはd軌道に収容された電子が可視光線を吸収して別のd軌道準位に遷移するためです(d-d遷移)。白色や無色の化合物が多い典型元素とは対照的です。

イオン・化合物
Fe²⁺ 水溶液(硫酸鉄(II)など)淡緑色
Fe³⁺ 水溶液(塩化鉄(III)など)黄褐色
Cu²⁺ 水溶液(硫酸銅(II)など)青色
Cr³⁺ 水溶液緑色
MnO₄⁻(過マンガン酸イオン)赤紫色
Cr₂O₇²⁻(二クロム酸イオン)赤橙色

③ 触媒として働く

遷移元素の単体や化合物は触媒として利用されるものが多いです。複数の酸化数をとれることで、酸化・還元の中間状態をつくり、反応を助ける能力が高まります。

  • MnO₂(酸化マンガン(IV)):過酸化水素の分解触媒(O₂ 発生)
  • Fe(鉄):アンモニア合成(ハーバー・ボッシュ法)の触媒
  • Pt(白金)、Pd(パラジウム):自動車排気ガス浄化触媒
  • FeCl₃(塩化鉄(III)):ベンゼンの塩素化触媒
  • V₂O₅(五酸化二バナジウム):硫酸製造(接触法)の触媒

④ 錯イオンを形成しやすい

遷移元素の金属イオンは、錯イオン(配位結合によって形成された複合イオン)をつくりやすいです。NH₃や OH⁻、CN⁻などの配位子が金属イオンに配位結合して形成されます。

Cu(OH)₂ + 4NH₃ → [Cu(NH₃)₄]²⁺ + 2OH⁻(深青色・テトラアンミン銅(II)イオン)

Fe³⁺ + 6CN⁻ → [Fe(CN)₆]³⁻(ヘキサシアニド鉄(III)酸イオン)

⑤ 単体は融点が高く密度が大きい

d軌道の電子が金属結合に参加するため、遷移元素の単体は一般に融点が高く、密度が大きいです。融点が約3400℃のW(タングステン)や、密度が非常に大きいOs(オスミウム)などが代表例です。通常、密度4〜5 g/cm³以上の金属を重金属と呼びます。

3典型元素との比較

項目 典型元素 遷移元素
族の範囲 1・2族 と 13〜18族 3〜12族(高校では主に3〜11族)
電子の入る軌道 s軌道・p軌道(s・pブロック) d軌道(dブロック)
最外殻電子数 族番号(一の位)に等しい 1または2(族に関わらずほぼ同じ)
同族元素の類似性 同族で性質が似る 同族だけでなく隣接元素も性質が似る
酸化数 原則1種類(例外あり) 複数の酸化数をとることが多い
イオン・化合物の色 無色・白色が多い 有色のものが多い
触媒としての利用 少ない 多い
錯イオン形成 一部の元素(Al、Znなど)のみ 多くの元素が形成しやすい
単体の融点・密度 比較的低い・小さい 一般に高い・大きい(重金属が多い)
落とし穴:Zn(亜鉛)は12族だが典型元素に分類される場合もある

12族(Zn、Cd、Hg)は教科書により「遷移元素」として扱われることもありますが、d軌道が完全に充填された後にs軌道に電子が入るため、「典型元素に分類される場合もある」と注記されることがあります。入試では「3〜12族が遷移元素」と一般化して学習してください。

本質:遷移元素の特異な性質はすべて「d軌道」から生まれる

複数の酸化数・有色イオン・触媒活性・錯イオン形成 ── これらはすべて、d軌道の電子がエネルギー的に近接した複数の状態をとれることに起因しています。d軌道という1つの構造的特徴が、遷移元素の多彩な化学の源泉です。

4この章を俯瞰する

遷移元素の知識は、無機化学の総まとめとして他の多くの単元とつながっています。

  • 電子配置 → 2-3「電子配置」:d軌道を含む軌道の考え方が遷移元素の性質の根拠。典型元素との違いを電子配置から整理する。
  • 酸化還元 → 6-1「酸化と還元」:遷移元素が複数の酸化数をとることは、酸化剤・還元剤としての多様な働きに直結する。
  • 錯イオン → 3-3「配位結合」:配位子が金属イオンに非共有電子対を与えて結合する配位結合の応用が錯イオン形成。
  • 触媒と反応速度 → 13-2「反応速度に影響する因子」:遷移元素が触媒として機能する機構は活性化エネルギーの低下で説明される。
  • 金属イオンの分離 → 17-5「金属イオンの系統分析」:Fe³⁺・Cu²⁺などの遷移元素イオンの検出・分離は系統分析の中心テーマ。

5まとめ

  • 遷移元素は3〜12族の金属元素。原子番号増加時に内側のd軌道に電子が収容される
  • 最外殻電子数はほぼ1または2 → 隣接元素どうしも性質が似る
  • 複数の酸化数をとる(Fe:+2と+3、Cu:+1と+2 など)
  • イオン・化合物は有色のものが多い(Fe²⁺淡緑・Fe³⁺黄褐・Cu²⁺青 など)
  • 単体や化合物が触媒として働く(MnO₂、Fe、Pt など)
  • 錯イオンを形成しやすい(配位子が金属イオンに配位結合)
  • 単体は融点が高く密度が大きい(重金属)

6確認テスト

Q1. 遷移元素が複数の酸化数をとる理由を、電子配置の観点から述べよ。

▶ クリックして解答を表示遷移元素の原子はd軌道に電子をもち、d軌道のエネルギー準位が互いに近接しているため、d軌道の電子を複数段階で失うことができ、複数の酸化数をとれる。

Q2. 遷移元素のイオンや化合物が有色のものを多くもつ理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示d軌道に収容された電子が可視光線を吸収して別のd軌道準位へ遷移(d-d遷移)するため、特定の波長の光を吸収し、残りの光の色(補色)が見える。

Q3. 典型元素の金属と遷移元素の金属の最外殻電子数の違いを述べよ。

▶ クリックして解答を表示典型元素の最外殻電子数は族番号の一の位に等しい。遷移元素は原子番号が増えてもd軌道に電子が入るため最外殻電子数はほぼ1または2で一定。

Q4. 錯イオンとは何か。[Cu(NH₃)₄]²⁺ を例に挙げて説明せよ。

▶ クリックして解答を表示金属イオンに配位子(非共有電子対をもつ分子やイオン)が配位結合して形成されたイオン。[Cu(NH₃)₄]²⁺ はCu²⁺に4個のNH₃が配位結合したテトラアンミン銅(II)イオン(深青色)。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

17-1-1 A 基礎 選択

遷移元素に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① 遷移元素はすべて金属元素である。
  • ② 遷移元素の原子の最外殻電子数は、族によって大きく異なる。
  • ③ 遷移元素のイオンや化合物は、有色のものが多い。
  • ④ 遷移元素の単体や化合物は、触媒として利用されるものが多い。
  • ⑤ 典型元素と同様、同族元素どうしのみ性質が似る。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

①③④

解説

②が誤り。遷移元素の最外殻電子数は族に関わらずほぼ1または2で一定です(d軌道に電子が収容されるため)。⑤が誤り。遷移元素は同族元素だけでなく、隣接する元素どうしも性質が似るのが特徴です。①③④はすべて正しい記述です。

B 標準レベル

17-1-2 B 標準 論述

次の問いに答えよ。

(1) 遷移元素が複数の酸化数をとることができる理由を、電子軌道の観点から30字以内で説明せよ。

(2) Fe²⁺、Fe³⁺、Cu²⁺ の水溶液の色をそれぞれ答えよ。

(3) 遷移元素の単体が触媒として働きやすい理由を、酸化数の観点から述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) d軌道の電子がエネルギー差の小さい複数の状態をとれるから。(30字)

(2) Fe²⁺:淡緑色、Fe³⁺:黄褐色、Cu²⁺:青色

(3) 複数の酸化数をとれるため、酸化・還元の中間状態をつくって反応を促進できるから。

解説

(1) d軌道は5つの軌道が存在し、エネルギー差が小さいためd電子を段階的に失うことが可能です。これが複数の酸化数の根拠です。

(2) 遷移元素イオンの色は頻出事項。Fe²⁺(淡緑)・Fe³⁺(黄褐)・Cu²⁺(青)・Mn²⁺(淡赤)・Cr³⁺(緑)などをセットで覚えてください。

(3) 触媒は反応の前後で変化しません。遷移元素は酸化・還元されながら中間体を形成し、活性化エネルギーを下げることで反応を促進します。複数の酸化数をとれることがこの能力の源泉です。

採点ポイント((3)配点例:3点)
  • 複数の酸化数をとることに言及(1点)
  • 酸化・還元の中間状態(中間体形成)に言及(1点)
  • 活性化エネルギーの低下または反応の促進に言及(1点)

C 発展レベル

17-1-3 C 発展 総合

遷移元素に関する次の記述を読み、問いに答えよ。

硫酸鉄(II)水溶液に過酸化水素水を加えると、水溶液の色が(ア)色から(イ)色に変化した。この反応では、Fe²⁺が酸化されてFe³⁺になる。また、Fe³⁺を含む水溶液にチオシアン酸カリウム KSCN 水溶液を加えると(ウ)色の血赤色水溶液となる。

(1) (ア)〜(ウ)に入る色を答えよ。

(2) Fe²⁺が過酸化水素によって酸化される反応をイオン反応式で表せ。

(3) 遷移元素のイオンが有色を示す理由を、「d軌道」「可視光線」という語を用いて50字以内で説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) (ア)淡緑 (イ)黄褐 (ウ)血赤(赤)

(2) 2Fe²⁺ + H₂O₂ + 2H⁺ → 2Fe³⁺ + 2H₂O

(3) d軌道に収容された電子が可視光線を吸収して別のd軌道準位に遷移するため、特定波長の光が吸収され補色が観察される。(50字)

解説

(1) Fe²⁺水溶液は淡緑色、Fe³⁺水溶液は黄褐色。KSCN(チオシアン酸カリウム)を加えると血赤色になるのはFe³⁺の確認反応として最重要です。Fe²⁺には変化が起きません。

(2) 半反応式を組み合わせます。酸化側:Fe²⁺ → Fe³⁺ + e⁻(×2)、還元側:H₂O₂ + 2H⁺ + 2e⁻ → 2H₂O。合わせると 2Fe²⁺ + H₂O₂ + 2H⁺ → 2Fe³⁺ + 2H₂O。

(3) d-d遷移による発色です。白色光のうち特定波長が吸収されるため、吸収された光の補色が観察されます。例えばCu²⁺は赤色系を吸収するため青色に見えます。

採点ポイント((2)配点例:3点)
  • 左辺のH₂O₂とH⁺を正しく書けている(1点)
  • 右辺のH₂Oを正しく書けている(1点)
  • 係数が正しい(1点)