周期表の3〜11族に並ぶ遷移元素は、典型元素とは根本的に異なる性質をもっています。
「複数の酸化数」「有色のイオン」「触媒」「錯イオン」── これらがなぜ生まれるのかを、
d軌道という電子配置の特徴から一気に理解しましょう。
元素の周期表において、遷移元素とは3〜12族に属する金属元素の総称です。すべて金属であり、現行の高校課程では3〜11族を中心に扱います。
典型元素(1・2族と13〜18族)との最大の違いは、原子番号が増加する際に電子が内側のd軌道に収容される点にあります。最外殻電子の数は1または2とほぼ変わらないため、隣り合う元素どうしでも性質が互いに似ています。
s軌道・p軌道・d軌道のうち、典型元素はsブロック(1・2族)とpブロック(13〜18族)の元素です。遷移元素はdブロック(3〜12族)に属し、原子番号が増えるにつれてd軌道へ1個ずつ電子が入っていきます。
第4周期の遷移元素(Sc〜Zn)の最外殻電子数はいずれも1または2です。典型元素では族番号(一の位)=最外殻電子数でしたが、遷移元素にはこのルールが当てはまりません。
典型元素の金属は通常1種類の酸化数をとりますが(例:Na は +1 のみ)、遷移元素は複数の酸化数をとることが多いです。これはd軌道の電子がエネルギー差の小さい複数の状態をとれるためです。
| 元素 | おもな酸化数 | 具体例 |
|---|---|---|
| Fe(鉄) | +2、+3 | Fe²⁺(淡緑色)、Fe³⁺(黄褐色) |
| Cu(銅) | +1、+2 | Cu⁺(Cu₂O赤色)、Cu²⁺(青色) |
| Mn(マンガン) | +2、+4、+7 | Mn²⁺(淡赤色)、MnO₂(黒色)、MnO₄⁻(赤紫色) |
| Cr(クロム) | +3、+6 | Cr³⁺(緑色)、Cr₂O₇²⁻(赤橙色) |
遷移元素のイオンや化合物には特有の色をもつものが多いです。これはd軌道に収容された電子が可視光線を吸収して別のd軌道準位に遷移するためです(d-d遷移)。白色や無色の化合物が多い典型元素とは対照的です。
| イオン・化合物 | 色 |
|---|---|
| Fe²⁺ 水溶液(硫酸鉄(II)など) | 淡緑色 |
| Fe³⁺ 水溶液(塩化鉄(III)など) | 黄褐色 |
| Cu²⁺ 水溶液(硫酸銅(II)など) | 青色 |
| Cr³⁺ 水溶液 | 緑色 |
| MnO₄⁻(過マンガン酸イオン) | 赤紫色 |
| Cr₂O₇²⁻(二クロム酸イオン) | 赤橙色 |
遷移元素の単体や化合物は触媒として利用されるものが多いです。複数の酸化数をとれることで、酸化・還元の中間状態をつくり、反応を助ける能力が高まります。
遷移元素の金属イオンは、錯イオン(配位結合によって形成された複合イオン)をつくりやすいです。NH₃や OH⁻、CN⁻などの配位子が金属イオンに配位結合して形成されます。
Cu(OH)₂ + 4NH₃ → [Cu(NH₃)₄]²⁺ + 2OH⁻(深青色・テトラアンミン銅(II)イオン)
Fe³⁺ + 6CN⁻ → [Fe(CN)₆]³⁻(ヘキサシアニド鉄(III)酸イオン)
d軌道の電子が金属結合に参加するため、遷移元素の単体は一般に融点が高く、密度が大きいです。融点が約3400℃のW(タングステン)や、密度が非常に大きいOs(オスミウム)などが代表例です。通常、密度4〜5 g/cm³以上の金属を重金属と呼びます。
| 項目 | 典型元素 | 遷移元素 |
|---|---|---|
| 族の範囲 | 1・2族 と 13〜18族 | 3〜12族(高校では主に3〜11族) |
| 電子の入る軌道 | s軌道・p軌道(s・pブロック) | d軌道(dブロック) |
| 最外殻電子数 | 族番号(一の位)に等しい | 1または2(族に関わらずほぼ同じ) |
| 同族元素の類似性 | 同族で性質が似る | 同族だけでなく隣接元素も性質が似る |
| 酸化数 | 原則1種類(例外あり) | 複数の酸化数をとることが多い |
| イオン・化合物の色 | 無色・白色が多い | 有色のものが多い |
| 触媒としての利用 | 少ない | 多い |
| 錯イオン形成 | 一部の元素(Al、Znなど)のみ | 多くの元素が形成しやすい |
| 単体の融点・密度 | 比較的低い・小さい | 一般に高い・大きい(重金属が多い) |
12族(Zn、Cd、Hg)は教科書により「遷移元素」として扱われることもありますが、d軌道が完全に充填された後にs軌道に電子が入るため、「典型元素に分類される場合もある」と注記されることがあります。入試では「3〜12族が遷移元素」と一般化して学習してください。
複数の酸化数・有色イオン・触媒活性・錯イオン形成 ── これらはすべて、d軌道の電子がエネルギー的に近接した複数の状態をとれることに起因しています。d軌道という1つの構造的特徴が、遷移元素の多彩な化学の源泉です。
遷移元素の知識は、無機化学の総まとめとして他の多くの単元とつながっています。
Q1. 遷移元素が複数の酸化数をとる理由を、電子配置の観点から述べよ。
Q2. 遷移元素のイオンや化合物が有色のものを多くもつ理由を述べよ。
Q3. 典型元素の金属と遷移元素の金属の最外殻電子数の違いを述べよ。
Q4. 錯イオンとは何か。[Cu(NH₃)₄]²⁺ を例に挙げて説明せよ。
基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。
遷移元素に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。
①③④
②が誤り。遷移元素の最外殻電子数は族に関わらずほぼ1または2で一定です(d軌道に電子が収容されるため)。⑤が誤り。遷移元素は同族元素だけでなく、隣接する元素どうしも性質が似るのが特徴です。①③④はすべて正しい記述です。
次の問いに答えよ。
(1) 遷移元素が複数の酸化数をとることができる理由を、電子軌道の観点から30字以内で説明せよ。
(2) Fe²⁺、Fe³⁺、Cu²⁺ の水溶液の色をそれぞれ答えよ。
(3) 遷移元素の単体が触媒として働きやすい理由を、酸化数の観点から述べよ。
(1) d軌道の電子がエネルギー差の小さい複数の状態をとれるから。(30字)
(2) Fe²⁺:淡緑色、Fe³⁺:黄褐色、Cu²⁺:青色
(3) 複数の酸化数をとれるため、酸化・還元の中間状態をつくって反応を促進できるから。
(1) d軌道は5つの軌道が存在し、エネルギー差が小さいためd電子を段階的に失うことが可能です。これが複数の酸化数の根拠です。
(2) 遷移元素イオンの色は頻出事項。Fe²⁺(淡緑)・Fe³⁺(黄褐)・Cu²⁺(青)・Mn²⁺(淡赤)・Cr³⁺(緑)などをセットで覚えてください。
(3) 触媒は反応の前後で変化しません。遷移元素は酸化・還元されながら中間体を形成し、活性化エネルギーを下げることで反応を促進します。複数の酸化数をとれることがこの能力の源泉です。
遷移元素に関する次の記述を読み、問いに答えよ。
硫酸鉄(II)水溶液に過酸化水素水を加えると、水溶液の色が(ア)色から(イ)色に変化した。この反応では、Fe²⁺が酸化されてFe³⁺になる。また、Fe³⁺を含む水溶液にチオシアン酸カリウム KSCN 水溶液を加えると(ウ)色の血赤色水溶液となる。
(1) (ア)〜(ウ)に入る色を答えよ。
(2) Fe²⁺が過酸化水素によって酸化される反応をイオン反応式で表せ。
(3) 遷移元素のイオンが有色を示す理由を、「d軌道」「可視光線」という語を用いて50字以内で説明せよ。
(1) (ア)淡緑 (イ)黄褐 (ウ)血赤(赤)
(2) 2Fe²⁺ + H₂O₂ + 2H⁺ → 2Fe³⁺ + 2H₂O
(3) d軌道に収容された電子が可視光線を吸収して別のd軌道準位に遷移するため、特定波長の光が吸収され補色が観察される。(50字)
(1) Fe²⁺水溶液は淡緑色、Fe³⁺水溶液は黄褐色。KSCN(チオシアン酸カリウム)を加えると血赤色になるのはFe³⁺の確認反応として最重要です。Fe²⁺には変化が起きません。
(2) 半反応式を組み合わせます。酸化側:Fe²⁺ → Fe³⁺ + e⁻(×2)、還元側:H₂O₂ + 2H⁺ + 2e⁻ → 2H₂O。合わせると 2Fe²⁺ + H₂O₂ + 2H⁺ → 2Fe³⁺ + 2H₂O。
(3) d-d遷移による発色です。白色光のうち特定波長が吸収されるため、吸収された光の補色が観察されます。例えばCu²⁺は赤色系を吸収するため青色に見えます。