第17章 遷移元素

金属イオンの系統分離

複数の金属イオンが混合した水溶液から、特定の試薬を順番に加えて1種ずつ沈殿させ、分離・確認する操作を系統分離といいます。
「どの試薬を加えると、どのイオンが、どんな色で沈殿するか」という対応表と、操作の順序の論理を理解することが、この分野の核心です。

1系統分離とは

未知の水溶液にどのような金属イオンが含まれているかを調べる操作を金属イオンの定性分析といいます。複数のイオンが混在する場合は、分属試薬を決まった順序で加え、沈殿を生じたイオンを順次ろ過して分離します。この一連の操作を系統分離(系統的定性分析)といいます。

系統分離の根本原理:溶解度の差を利用する

異なる金属イオンは、塩化物・硫化物・水酸化物・炭酸塩などの溶解度が大きく異なります。pH や試薬の種類を変えることで、溶けるイオンと沈殿するイオンを選別的に分けることができます。操作は必ず溶けやすいもの(沈殿しにくいもの)を後回しにする順序で設計されています。

なぜ決まった順序で試薬を加えるのか
試薬の順序が違うと、別のイオンが一緒に沈殿してしまう(分離できない)
例:先に NH3 水を加えると、本来 HCl で沈殿させるべき Ag+ が [Ag(NH3)2]+ として溶けてしまう
各族の分離に最適な試薬を、決められた順序で使うことが必須

2系統分離の手順(5族分類)

高校化学では Ag+、Pb2+、Cu2+、Fe3+、Al3+、Zn2+、Ni2+、Mn2+、Ca2+、Ba2+、Na+、K+ の12種の金属イオンを5つのグループ(族)に分けて系統的に分離します。

分属試薬沈殿するイオン沈殿の名称・色
第1族 希塩酸 HCl aq Ag+、Pb2+ AgCl(白)、PbCl2(白)
第2族 H2S(酸性条件) Cu2+、Hg2+、Cd2+ CuS(黒)、HgS(黒)、CdS(黄)
第3族 NH3 水(過剰) Fe3+、Al3+ 水酸化鉄(III) Fe(OH)3(赤褐)、Al(OH)3(白)
第3族(続) H2S(塩基性条件) Zn2+、Ni2+、Mn2+ ZnS(白)、NiS(黒)、MnS(淡赤)
第4族 (NH4)2CO3 aq Ca2+、Ba2+ CaCO3(白)、BaCO3(白)
第5族 (残留) Na+、K+ 沈殿しない → 炎色反応で確認

第1族:塩化物沈殿(HCl)

希塩酸を加えると、Ag+ と Pb2+ が塩化物として沈殿します。残りのイオンはろ液に移行します。

Ag+ + Cl → AgCl↓(白色)

Pb2+ + 2Cl → PbCl2↓(白色)

PbCl2 の識別:熱水に溶ける

AgCl は熱水でも溶けませんが、PbCl2熱水に溶けることで識別できます。また PbCl2 を含む溶液にクロム酸カリウム K2CrO4 を加えると、PbCrO4(黄色沈殿)が生成します。

第2族:酸性条件での硫化物沈殿(H2S)

酸性条件では硫化物イオン S2− の濃度が低いため、溶解度積が非常に小さい Cu2+、Hg2+、Cd2+ のみが硫化物として沈殿します。

Cu2+ + H2S → CuS↓(黒色)+ 2H+

酸性にすると一部の金属イオンしか硫化物沈殿しないのはなぜか
H2S は弱酸 → 酸性条件では電離が抑制される(共通イオン効果)
水溶液中の S2− 濃度が非常に小さくなる
溶解度積の非常に小さい CuS・HgS・CdS のみが沈殿条件を超える
溶解度積が比較的大きい ZnS・FeS などは酸性では沈殿しない

第3族:NH3 水(過剰)による水酸化物沈殿

過剰のアンモニア水を加えると、Fe3+ と Al3+ が水酸化物として沈殿します。一方、Cu2+ や Zn2+ は過剰 NH3 に錯イオンを形成して溶けますが、第2族操作で既に除かれています。

Fe3+ + 3OH → Fe(OH)3↓(赤褐色)

Al3+ + 3OH → Al(OH)3↓(白色)

さらに塩基性条件で H2S を通じると、Zn2+、Ni2+、Mn2+ が硫化物として沈殿します。

Zn2+ + H2S → ZnS↓(白色)+ 2H+

Ni2+ + H2S → NiS↓(黒色)+ 2H+

Mn2+ + H2S → MnS↓(淡赤色)+ 2H+

第4族:炭酸アンモニウムによる炭酸塩沈殿

炭酸アンモニウム (NH4)2CO3 水溶液を加えると、Ca2+ と Ba2+ が炭酸塩として沈殿します。

Ca2+ + CO32− → CaCO3↓(白色)

Ba2+ + CO32− → BaCO3↓(白色)

Ca2+ と Ba2+ の識別:ろ液を加熱後、希硫酸を加えると BaSO4(白色沈殿)が生成し Ba2+ を確認できます(CaSO4 も沈殿するが溶解度が大きいため少量のみ)。

第5族:炎色反応による確認

すべての操作後に残ったろ液には Na+ と K+ が含まれます。これらは沈殿を形成しないため、炎色反応で確認します。

  • Na+黄色の炎色
  • K+赤紫色の炎色

3フローチャート

Ag+、Cu2+、Fe3+、Zn2+、Ca2+、Na+ の6種を含む混合水溶液の系統分離を例として示します。

操作[1] 希塩酸 HCl aq を加える
沈殿:AgCl(白色)
ろ液に移行:Cu2+、Fe3+、Zn2+、Ca2+、Na+
↓ ろ過
操作[2] 酸性条件で H2S を通じる(その後加熱して H2S を除去)
沈殿:CuS(黒色)
ろ液に移行:Fe3+、Zn2+、Ca2+、Na+
↓ ろ過
操作[3] 過剰の NH3 水を加える
沈殿:Fe(OH)3(赤褐色)
ろ液に移行:[Zn(NH3)4]2+(錯イオン)、Ca2+、Na+
↓ ろ過
操作[4] 塩基性条件で H2S を通じる
沈殿:ZnS(白色)
ろ液に移行:Ca2+、Na+
↓ ろ過
操作[5] (NH4)2CO3 aq を加える
沈殿:CaCO3(白色)
ろ液に移行:Na+
↓ ろ過
操作[6] 炎色反応
Na+黄色の炎色で確認
落とし穴:操作[2] の後に H2S を除去するのを忘れない

酸性 H2S でCuS 等を沈殿・ろ過した後、ろ液中に H2S が残っていると、次の操作[3](NH3 水)で溶液が塩基性になったときに Zn2+ も硫化物として沈殿してしまい、Fe3+ と一緒に沈殿して分離できなくなります。ろ液を加熱して H2S を完全に追い出すことが必須です。

4各族のイオン識別の詳細

第1族の沈殿を識別する

AgCl と PbCl2 はどちらも白色沈殿です。識別方法:

  • 熱水を加えて溶けるものが PbCl2(AgCl は溶けない)
  • NH3を加えて溶けるものが AgCl([Ag(NH3)2]+ を形成して溶解)

第2族の硫化物を識別する

沈殿識別のポイント
CuS黒色希硝酸に溶けて青色 Cu2+ 水溶液、過剰 NH3 で深青色
HgS黒色王水に溶ける(希硝酸では溶けない)
CdS黄色色で識別できる

第3族の水酸化物を識別する

沈殿識別のポイント
Fe(OH)3赤褐色色で識別。KSCN 水溶液で血赤色に呈色(Fe3+ の検出反応)
Al(OH)3白色過剰 NaOH に溶ける(両性水酸化物)→ [Al(OH)4]

第4族の炭酸塩を識別する

CaCO3 と BaCO3 はどちらも白色沈殿です。識別方法:

  • ろ過後のろ液(または沈殿を希塩酸に溶かした溶液)に、希硫酸を加えると BaSO4(白色沈殿)が生成する → Ba2+ を確認
  • 炎色反応:Ca2+橙赤色、Ba2+黄緑色

5俯瞰:系統分離の論理を掴む

系統分離の設計思想:「不溶性の差」を最大限に活かす

系統分離の各ステップは、対象イオンの塩の溶解度(溶解度積)の差を巧みに利用しています。第1族(Cl)→ 第2族(S2−、酸性)→ 第3族(OH、S2−塩基性)→ 第4族(CO32−)の順は、沈殿生成に必要なアニオン濃度の「大きさ順」に対応しています。より少ないアニオン濃度でも沈殿するグループを先に分離するのがポイントです。

  • 順序の理由:HCl → H2S(酸性)→ NH3 → H2S(塩基性)→ (NH4)2CO3 → 炎色。後の試薬が前のグループのイオンに干渉しないよう設計されている。
  • H2S の pH 制御:酸性([S2−] 小)→ 溶解度積が極小の Cu2+・Hg2+ のみ沈殿。塩基性([S2−] 大)→ Zn2+・Ni2+・Mn2+ も沈殿。
  • NH3 の選択性:Fe3+・Al3+ は OH と反応して沈殿。Cu2+・Zn2+ は錯イオン形成で溶ける(ただし Cu2+・Zn2+ は第2族・第3族S2−で先に除去)。
  • Na+・K+ は沈殿なし:アルカリ金属イオンはほぼすべての塩が水溶性。沈殿ではなく炎色反応(元素の特性スペクトル)で確認する。

6まとめ

  • 第1族:HCl aq → AgCl(白)・PbCl2(白)
  • 第2族:H2S(酸性)→ CuS(黒)・HgS(黒)・CdS(黄)
  • 第3族:NH3 水(過剰)→ Fe(OH)3(赤褐)・Al(OH)3(白)
           H2S(塩基性)→ ZnS(白)・NiS(黒)・MnS(淡赤)
  • 第4族:(NH4)2CO3 aq → CaCO3(白)・BaCO3(白)
  • 第5族:残留 → Na+(黄色炎)・K+(赤紫色炎)
  • 白色沈殿 → AgCl、PbCl2、Al(OH)3、ZnS、CaCO3、BaCO3 など多数
  • 黒色沈殿 → CuS、HgS、NiS、FeS(黒)
  • 赤褐色沈殿 → Fe(OH)3
  • 黄色沈殿 → CdS、PbCrO4、BaCrO4
  • 淡赤色沈殿 → MnS

7確認テスト

Q1. 系統分離で最初に加える分属試薬は何か。また、その試薬で沈殿するイオンを2つ答えよ。

クリックして答えを確認
希塩酸(HCl aq)。沈殿するイオン:Ag+(AgCl 白色)と Pb2+(PbCl2 白色)

Q2. 酸性条件での H2S と、塩基性条件での H2S で沈殿するイオンが異なるのはなぜか。

クリックして答えを確認
酸性条件では H2S の電離が抑制され S2− 濃度が非常に低くなるため、溶解度積が極小の CuS・HgS などのみが沈殿する。塩基性条件では S2− 濃度が大きくなり、溶解度積が比較的大きい ZnS・NiS・MnS も沈殿するようになる。

Q3. 系統分離で Na+ と K+ を検出するために用いる操作は何か。

クリックして答えを確認
炎色反応。Na+ は黄色、K+ は赤紫色の炎色を示す。Na+・K+ は沈殿生成による分離ができないため、炎色反応(元素特有の発光スペクトル)を利用する。

Q4. Fe(OH)3 と Al(OH)3 を区別するための操作を1つ答えよ。

クリックして答えを確認
過剰の NaOH 水溶液を加える。Al(OH)3(両性水酸化物)は溶けて [Al(OH)4] になるが、Fe(OH)3(塩基性水酸化物)は溶けない。または KSCN 水溶液を加えると Fe3+ は血赤色に呈色する(Al3+ は呈色しない)。

8入試問題演習

問A A 基本 分属試薬・沈殿の色

次の(ア)〜(オ)の組み合わせのうち、分属試薬と生成する沈殿の組み合わせとして正しいものをすべて選べ。

  • (ア)HCl aq → AgCl(白色)
  • (イ)H2S(酸性) → ZnS(白色)
  • (ウ)NH3 水(過剰) → Fe(OH)3(赤褐色)
  • (エ)(NH4)2CO3 aq → CaCO3(白色)
  • (オ)HCl aq → CuCl2(青色)
クリックして解答・解説を見る
解答

(ア)・(ウ)・(エ)

解説

(ア)正しい。Ag+ + Cl → AgCl↓(白色)は第1族の基本反応。

(イ)誤り。ZnS(白色)は H2S 塩基性条件で生成。酸性 H2S では ZnS の溶解度積の条件を満たさず沈殿しない。

(ウ)正しい。過剰 NH3 水で Fe(OH)3(赤褐色)が沈殿する(第3族)。

(エ)正しい。(NH4)2CO3 aq で CaCO3(白色)が沈殿する(第4族)。

(オ)誤り。CuCl2 は水溶性であり、第1族 HCl aq では Cu2+ は沈殿しない。Cu2+ は第2族(H2S 酸性)で CuS(黒色)として沈殿する。

問B B 標準 系統分離の操作順序

Ag+、Cu2+、Al3+、Ca2+ の4種の金属イオンを含む混合水溶液がある。この混合溶液に対し、以下の操作を行った。各操作で生じる沈殿の化学式と色を答えよ。

操作A:希塩酸を加え、沈殿をろ過する。

操作B:ろ液に酸性条件で H2S を通じ、沈殿をろ過する。加熱して H2S を追い出す。

操作C:ろ液に過剰のアンモニア水を加え、沈殿をろ過する。

操作D:ろ液に炭酸アンモニウム水溶液を加える。

クリックして解答・解説を見る
解答

操作A:AgCl(白色)

操作B:CuS(黒色)

操作C:Al(OH)3(白色)

操作D:CaCO3(白色)

解説

操作A:Ag+ + Cl → AgCl↓(白)。Cu2+・Al3+・Ca2+ の塩化物は水溶性のためろ液へ。

操作B:Cu2+ + H2S → CuS↓(黒)。酸性では Al3+・Ca2+ は硫化物沈殿を生じない。

操作C:Al3+ + 3OH → Al(OH)3↓(白)。Ca2+ は水酸化物が水溶性のためろ液へ。

操作D:Ca2+ + CO32− → CaCO3↓(白)。

問C C 発展 系統分離の設計・論述

Ag+、Zn2+、Fe3+ の3種のイオンを含む混合水溶液から、各イオンを分離・確認する操作を述べよ。用いる試薬の順序と、各ステップで確認できるイオン(沈殿の色と名称)を含めること。

クリックして解答・解説を見る
解答

操作1:希塩酸を加える → AgCl(白色)が沈殿 → ろ過して Ag+ を分離。

操作2:ろ液に過剰のアンモニア水を加える → Fe(OH)3(赤褐色)が沈殿 → ろ過して Fe3+ を分離。Zn2+ は [Zn(NH3)4]2+ として溶解してろ液に残る。

操作3:ろ液に塩基性条件で H2S を通じる → ZnS(白色)が沈殿 → Zn2+ を確認。

解説

ポイントは操作の順序の理由を説明できることです。

HCl を先に加えるのは:Ag+ は NH3 水で錯イオン [Ag(NH3)2]+ となって溶けてしまうため、先に HCl で AgCl として沈殿させる必要がある。

NH3 水(第3族)で Fe3+ を沈殿:Fe(OH)3 は赤褐色で視覚的に識別しやすい。Zn2+ は過剰 NH3 で [Zn(NH3)4]2+ を形成してろ液に残る。

塩基性 H2S でZn2+ を ZnS(白色)として回収。酸性条件では ZnS の溶解度積の条件を満たさないため、塩基性にする必要がある。

採点ポイント
  • HCl を最初に使う理由(NH3 水を先に使うと Ag+ が分離できない)
  • 各段階の沈殿の色と化学式
  • Zn2+ が NH3 水に溶けてろ液に移行する旨
  • ZnS 沈殿に塩基性 H2S を使う理由