有機化学の出発点は、炭素と水素だけからなる炭化水素の理解です。
なかでも炭素原子間がすべて単結合のアルカンは、最もシンプルな有機化合物であり、
命名法・性質・反応のパターンが他のすべての有機化合物の基礎になります。
アルカン(メタン系炭化水素)とは、炭素原子間がすべて単結合だけからなる鎖式飽和炭化水素です。炭素数を n とすると、分子式は一般式 CnH2n+2 で表されます。
分子式が CH2 ずつ異なる化合物群を同族体といい、化学的な性質がよく似ています。アルカンから水素原子 1 個を取り除いた炭化水素基をアルキル基といいます(例:メチル基 CH3−、エチル基 C2H5−)。
| 炭素数 | 名称 | 英名 | 分子式 | 融点 (℃) | 沸点 (℃) | 状態(常温) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | メタン | methane | CH4 | −183 | −161 | 気体 |
| 2 | エタン | ethane | C2H6 | −184 | −89 | 気体 |
| 3 | プロパン | propane | C3H8 | −188 | −42 | 気体 |
| 4 | ブタン | butane | C4H10 | −138 | −15 | 気体 |
| 5 | ペンタン | pentane | C5H12 | −130 | 36 | 液体 |
| 6 | ヘキサン | hexane | C6H14 | −95 | 69 | 液体 |
| 7 | ヘプタン | heptane | C7H16 | −91 | 98 | 液体 |
| 8 | オクタン | octane | C8H18 | −57 | 126 | 液体 |
| 9 | ノナン | nonane | C9H20 | −54 | 151 | 液体 |
| 10 | デカン | decane | C10H22 | −30 | 174 | 液体 |
炭素数 1〜4 は常温で気体、5 以上は液体または固体です。炭素数が増えるにつれて沸点が上昇する理由は、後のセクション(3)で詳しく扱います。
直鎖状アルカン(表 1 の系列)は炭素数 5 以上でギリシャ語の数詞の語尾を -ane にして名付けます。枝分かれをもつアルカンには次の手順で名前をつけます。
主鎖は 8 炭素(オクタン)。メチル基(CH3−)が主鎖の 4 位に結合している。
CH3−CH2−CH2−CH(CH3)−CH2−CH2−CH2−CH3
番号をどちらの端からつけても確認すること(最小になる側から)。
枝分かれが複数あるとき、主鎖(最長鎖)の選び方を間違えやすい。構造式をよく見て、本当に最も長い炭素鎖がどこかを確認してから命名してください。主鎖が長いほど名前が変わります。
アルカンは無極性分子なので、水には溶けにくく、ヘキサンやベンゼンなどの無極性有機溶媒によく溶けます。液体・固体のアルカンは水より密度が小さく(0.6〜0.8 g/cm3)、水に浮きます。
直鎖状アルカンの融点・沸点は分子量が大きいほど高くなります(表 1 参照)。
アルカンは炭素間が強固な単結合 (C−C) と C−H 結合だけで構成され、反応性の高い不飽和結合や官能基を持ちません。そのため、常温では酸・塩基・酸化剤とほとんど反応しない、化学的に安定な物質です。
「飽和」とは、炭素原子の結合の手がすべて水素または他の炭素で埋まっていることを意味します。付加反応の余地がないため、後述するアルケン・アルキンとは反応性が大きく異なります。この差は臭素水実験や過マンガン酸カリウム実験で確認できます。
アルカンは可燃性で、空気(酸素)中で完全燃焼すると CO2 と H2O を生じます。燃焼エンタルピーは大きく、天然ガスや LPG の主成分として燃料に利用されます。
CH4 + 2O2 → CO2 + 2H2O
C3H8 + 5O2 → 3CO2 + 4H2O
一般式で書けば:CnH2n+2 + (3n+1)⁄2O2 → nCO2 + (n+1)H2O
アルカンは光(紫外線)の存在下でハロゲンと反応し、水素原子がハロゲン原子に置き換わります。これを置換反応(ハロゲン化)といいます。
CH4 + Cl2 (光)→ CH3Cl + HCl
(クロロメタン、塩化メチル)
反応は段階的に進み、Cl の数を増やすことができます:CH3Cl → CH2Cl2 → CHCl3(クロロホルム)→ CCl4(四塩化炭素)。
アルカンとハロゲンの反応は光(紫外線)が必要です。暗所では反応が起きません。これはラジカル連鎖反応であり、光がラジカル生成の引き金になるためです(高校の範囲では機構の詳細は問われませんが、「光を当てると反応する」という条件は必ず覚えましょう)。
シクロアルカンは炭素原子が環状に単結合で連なった飽和炭化水素です。一般式は CnH2n(直鎖アルカンより H が 2 個少ない)。
| 名称 | 分子式 | 沸点 (℃) | 特記 |
|---|---|---|---|
| シクロプロパン | C3H6 | −33 | 環のひずみが大きい |
| シクロブタン | C4H8 | 13 | ひずみあり |
| シクロペンタン | C5H10 | 49 | — |
| シクロヘキサン | C6H12 | 81 | 最も安定・いす形 |
シクロヘキサン(C6H12)は最も代表的なシクロアルカンです。六員環は平面ではなく、いす形(chair form)と呼ばれる立体構造をとることで結合角のひずみを最小化し、最も安定に存在します。
シクロアルカンは化学的性質がアルカンとよく似ており、燃焼・置換反応を起こします。炭素数が 8 以上になるとアルケンとも構造異性体の関係になります。
つまり、炭素数 3 以上のシクロアルカンとアルケンは構造異性体の関係にあります。
有機化合物の中で最もシンプルな炭化水素であるアルカン・シクロアルカンは、「単結合のみ = 飽和」という特徴から、反応性が低く安定です。付加反応を起こせないため、反応性の指標となる「臭素水の脱色」や「過マンガン酸カリウムの脱色」は起きません。命名法(IUPAC)を正確にマスターすることで、次章のアルケン・アルキンの命名へもスムーズにつながります。
Q1. アルカンの一般式を答えよ。
Q2. アルカンの沸点が炭素数とともに上昇する理由を説明せよ。
Q3. CH4 と Cl2 の反応(光照射下)の化学反応式と生成物の名称を書け。
Q4. シクロアルカンの一般式を書き、同じ一般式をもつ別の系列の炭化水素を答えよ。
次の構造式で表されるアルカンの IUPAC 名(和名)を答えよ。
CH3−CH(CH3)−CH2−CH2−CH3
2-メチルペンタン
最長鎖を探すと、CH3−CH−CH2−CH2−CH3 で炭素 5 個(ペンタン)が主鎖。枝分かれした CH3 は位置番号が最小になるように端から番号をつけると 2 位にあたる。よって 2-メチルペンタン。
アルカンとアルケンを区別する方法として正しいものはどれか。次の(ア)〜(エ)からすべて選べ。
(ア)と(ウ)
(ア)臭素水:アルケンの C=C 結合に Br2 が付加して臭素水の赤褐色が脱色される(アルカンは反応しない)。
(ウ)酸性 KMnO4 水溶液:アルケンの二重結合が酸化されて水溶液の赤紫色が消える(アルカンは反応しない)。
(イ)(エ):アルカンもアルケンも希硫酸・水酸化ナトリウムとはほとんど反応しないため、区別できない。
分子式 C5H12 で表されるアルカンの構造異性体は何種類か。すべての構造式(簡略化した構造式でよい)を書いて答えよ。
3 種類
①直鎖:CH3CH2CH2CH2CH3(ペンタン)
②炭素 4 の主鎖 + メチル基:CH3CH(CH3)CH2CH3(2-メチルブタン)
③炭素 3 の主鎖 + 2 つのメチル基:CH3C(CH3)2CH3(2,2-ジメチルプロパン)
系統的に炭素骨格の形で場合分けすると見落としがなくなる。