第19章 脂肪族炭化水素

アルケンの構造と反応

C=C 二重結合を 1 つもつアルケンは、アルカンとは一変して付加反応を起こしやすい不飽和炭化水素です。
「二重結合の片方が弱い」という構造的事実が、すべての反応性・立体化学・重合性を説明します。
エチレンから始まり、プラスチックの原料まで、工業的にも最重要な系列です。

1アルケン ─ CnH2n の系列

アルケン(エチレン系炭化水素)とは、炭素原子間に二重結合(C=C)を 1 個もつ鎖式不飽和炭化水素です。一般式は CnH2n(同じ炭素数のアルカンより H が 2 個少ない)。

アルケンの名称は、同じ炭素数のアルカンの語尾 -ane-ene(エン)に変えます。二重結合の位置を示すため、二重結合を形成する炭素原子の番号が最小になるよう端から番号をつけます。

名称英名分子式融点 (℃)沸点 (℃)
エテン(エチレン)etheneC2H4−169−104
プロペン(プロピレン)propeneC3H6−185−47
1-ブテン1-buteneC4H8−185−6
2-ブテン2-buteneC4H8−139 / −1064 / 1

エテンはエチレン、プロペンはプロピレンと呼ぶことが多い(慣用名)。入試ではどちらも通用します。

製法(実験室)

エタノールに濃硫酸を加え、約 160〜170℃ に加熱すると脱水反応が起きエチレンが得られます。

C2H5OH (H2SO4、160〜170℃)→ CH2=CH2 + H2O

エチレンは水に溶けにくいため、水上置換で捕集します。

2エチレンの構造 ─ 平面構造と 120° 結合角

エチレン分子(C2H4)は、すべての原子(C 2個、H 4個)が同一平面上にある平面構造をとります。

  • C=C の結合距離:0.134 nm(単結合 0.154 nm より短い)
  • H−C=C の結合角:約 120°
  • 二重結合の両側の原子がすべて平面上に並ぶ
エチレンはなぜ平面構造なのか
C=C 二重結合は、σ(シグマ)結合π(パイ)結合の 2 種類から構成される
各炭素が形成できる結合の方向(sp2 混成軌道)は平面上の 3 方向に広がっている
π 結合は二重結合軸を軸とした回転ができない(回転するとπ結合が切れる)
すべての原子が同一平面上に固定された平面構造になる

この「二重結合は回転できない」という性質が、次節のシス-トランス異性体の存在理由になります。

3シス-トランス異性体(幾何異性体)

炭素数が 4 以上のアルケンでは、二重結合が回転できないことによって立体異性体が生じることがあります。これをシス-トランス異性体(幾何異性体)といいます。

例として 2-ブテン(CH3CH=CHCH3)を見てみましょう。

シス-2-ブテントランス-2-ブテン
メチル基の位置二重結合をはさんで同じ側二重結合をはさんで反対側
融点−139℃−106℃
沸点4℃1℃
双極子モーメントあり(非対称)なし(対称)
シス-トランス異性体が生じる条件

二重結合の各炭素原子に異なる 2 種類の原子(団)が結合していること。

  • CH2=CH2(エチレン)→ シス-トランス異性体なし(両側が H)
  • CH2=CHCH3(プロペン)→ なし(一方の C に H が 2 個)
  • CH3CH=CHCH3(2-ブテン)→ あり(各 C に CH3 と H)
落とし穴:「同じ置換基が 2 つある C」はシス-トランスが生じない

例えば CH3−C(CH3)=CH2 では、右の炭素に H が 2 個ついているため、シス-トランス異性体は存在しません。問題で「以下のアルケンのうちシス-トランス異性体が存在するものを選べ」という形式は頻出です。

4アルケンの反応 ─ 付加反応

アルケンの C=C 二重結合は、2 つの結合のうちπ 結合の方が比較的弱いため、他の原子や原子団が結合してπ結合が切れる付加反応を起こしやすい性質があります。

水素の付加(水素化)

CH2=CH2 + H2 (Pt または Ni 触媒)→ CH3−CH3

白金(Pt)またはニッケル(Ni)を触媒として用います。エチレンはエタンに変わります。

ハロゲンの付加(臭素化)

CH2=CH2 + Br2 → CH2Br−CH2Br

(赤褐色)     (無色:1,2-ジブロモエタン)

臭素水(Br2 水溶液)の赤褐色が脱色されることで、不飽和結合の検出に利用されます。アルカンでは起こらない反応です。

塩化水素の付加

CH2=CH2 + HCl → CH3−CH2Cl(クロロエタン)

水の付加(水和)

CH2=CH2 + H2O (H3PO4 触媒、高温・高圧)→ C2H5OH(エタノール)

工業的にはリン酸触媒を用いた水和法でエタノールを製造します。

酸化反応(不飽和結合の検出)

アルケンを酸性の過マンガン酸カリウム(KMnO4)水溶液に通じると、二重結合が酸化されて水溶液の赤紫色が消える。アルカンでは起こらないため、飽和・不飽和の区別に利用できます。

発展:マルコフニコフ則大学

非対称なアルケン(例:CH3CH=CH2)に HCl などの H-X 型試薬を付加するとき、水素原子はより多くの H と結合している炭素の方に付加しやすい。これをマルコフニコフ則という。

例:CH3CH=CH2 + HCl → CH3CHCl−CH3(主生成物)

高校では知っておく程度でよいが、大学入試では出題されることがある。

5付加重合 ─ ポリエチレンの生成

アルケンを適当な条件に保つと、分子間で次々に付加反応が起こり、高分子化合物が生成します。この反応を付加重合(addition polymerization)といいます。反応する各分子を単量体(モノマー)、生じた高分子を重合体(ポリマー)といいます。

n CH2=CH2 → −(CH2−CH2)n

(エチレン:単量体)  (ポリエチレン:重合体)

式中の −( )−n は、[ ] 内の構造が n 個連なっていることを表します。

代表的な付加重合体

単量体(モノマー)重合体(ポリマー)用途
エチレン CH2=CH2ポリエチレン(PE)袋・容器・フィルム
塩化ビニル CH2=CHClポリ塩化ビニル(PVC)パイプ・床材・レインコート
プロピレン CH2=CHCH3ポリプロピレン(PP)食品容器・繊維
スチレン CH2=CHC6H5ポリスチレン(PS)発泡スチロール・電化製品
本質:付加重合は「二重結合が開く」繰り返し

付加重合では C=C のπ結合が次々と開き、隣の分子と新たな C−C 単結合を形成し続けます。反応の結果として二重結合が消え、長い炭素鎖(ポリマー)が生まれるのが特徴です。縮合重合とは異なり、副生成物(水など)を生じません。

6俯瞰

アルケンの位置づけ

アルカン(単結合のみ・安定)に対して、アルケンは二重結合の π 結合という「弱い結合」をもつことで反応性が大きく変わります。付加反応・酸化反応・重合反応はいずれもこの π 結合が起点です。臭素水の脱色と KMnO4 の脱色はアルカンとの識別法として必須です。さらに付加重合によってポリマーを生成できる点は、プラスチック産業全体の基礎技術です。

7まとめ

  • アルケン:一般式 CnH2n。C=C 二重結合(σ+π)。不飽和炭化水素。
  • エチレンの構造:全原子が同一平面。結合角 120°。C=C は回転不可。
  • シス-トランス異性体:二重結合の各 C に異なる 2 種の置換基があるとき生じる立体異性体。
  • 付加反応:H2・Br2・HCl・H2O が C=C に付加。臭素水の脱色は不飽和結合の証拠。
  • 酸化:KMnO4 水溶液の赤紫色が脱色される。
  • 付加重合n CH2=CH2 → −(CH2CH2)n−(ポリエチレン)。

8確認テスト

Q1. アルケンの一般式を答えよ。またアルカンとの H の数の違いは何個か。

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CnH2n。同じ炭素数のアルカン(CnH2n+2)より H が 2 個少ない。

Q2. エチレンの構造的な特徴を 2 つ挙げよ。

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①全原子(C 2個、H 4個)が同一平面上にある。②C=C 結合は回転できない(π 結合のため)。

Q3. エチレンと臭素水の反応を化学反応式で書け。

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CH2=CH2 + Br2 → CH2Br−CH2Br(1,2-ジブロモエタン)。臭素水の赤褐色が脱色される。

Q4. エチレンの付加重合の反応式を書き、生成するポリマー名を答えよ。

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n CH2=CH2 → −(CH2−CH2)n−。生成物:ポリエチレン。

9入試問題演習

問題 A 基本 付加反応

プロペン(CH3CH=CH2)と臭化水素(HBr)が付加反応を起こすとき、主生成物の構造式と名称を答えよ。

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解答

CH3CHBr−CH3(2-ブロモプロパン)

解説

マルコフニコフ則より、H は二重結合の炭素のうちより多くの H をもつ C(=CH2 側、H が 2 個)に付加し、Br は残りの炭素(CH 側)に付加する。

CH3CH=CH2 + HBr → CH3CHBr−CH3(主生成物)

副生成物 CH3CH2CH2Br(1-ブロモプロパン)も少量生成する。

問題 B 標準 シス-トランス異性体

次の(ア)〜(オ)のアルケンのうち、シス-トランス異性体が存在するものをすべて選べ。

  • (ア)CH2=CH2
  • (イ)CH3CH=CH2
  • (ウ)CH3CH=CHCH3
  • (エ)CH3C(CH3)=CH2
  • (オ)CH3CH=CHCH2CH3
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解答

(ウ)と(オ)

解説

シス-トランス異性体の存在条件:二重結合の各炭素原子に、互いに異なる 2 種類の原子(団)が結合していること。

(ア)CH2=CH2:両方の C に H が 2 個 → 不成立

(イ)CH3CH=CH2:右の C に H が 2 個 → 不成立

(ウ)CH3CH=CHCH3:各 C に CH3 と H → 成立(シス-2-ブテン・トランス-2-ブテン)

(エ)C(CH3)2=CH2:右の C に H が 2 個 → 不成立

(オ)CH3CH=CHCH2CH3:左の C に CH3 と H、右の C に CH2CH3 と H → 成立

問題 C 発展 付加重合・高分子

塩化ビニル(CH2=CHCl)の付加重合の反応式を書け。また、この重合体(ポリマー)の名称を答えよ。塩化ビニルとエチレンの構造上の共通点も述べよ。

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解答

n CH2=CHCl → −(CH2−CHCl)n

ポリマー名:ポリ塩化ビニル(PVC)

共通点:C=C 二重結合(ビニル基 CH2=CH−)をもつ。

解説

塩化ビニルの構造は CH2=CH−Cl で、エチレン CH2=CH2 の H 1 個を Cl に置き換えたもの。C=C の部分(ビニル基)が重合の活性点になる点はエチレンと共通です。ポリ塩化ビニルは塩化ビニルの工業的大量生産により生産される汎用プラスチックです。

得点のポイント
  • 重合式で係数 n とポリマーの繰り返し単位の表記が正確か
  • 「ビニル基 CH2=CH−」が共通点として挙げられているか