第23章 合成高分子化合物

天然ゴムと合成ゴム

ゴムの弾性は、丸まったポリイソプレン鎖が引き伸ばされても元に戻ろうとする「エントロピー弾性」から生まれます。
天然ゴムの化学的理解(シス形・加硫・エボナイト)と、合成ゴムの種類・用途を学びましょう。
構造の違い(シス vs. トランス)が弾性の有無を決定する点が核心です。

1天然ゴム ─ ポリイソプレンとシス形

ラテックスと生ゴム

ゴムノキに傷をつけると白色の樹液(ラテックス)がにじみ出ます。ラテックスに酢酸などを加えて酸性にすると、ゴム成分が凝固し生ゴムが得られます。

化学構造:ポリイソプレン(シス形)

生ゴムはイソプレン(2-メチル-1,3-ブタジエン)CH2=C(CH3)-CH=CH2 が付加重合したポリイソプレンです。

n CH2=C(CH3)-CH=CH2 → -(CH2-C(CH3)=CH-CH2)-n

重要なのは、繰り返し単位中に残る C=C 二重結合の幾何異性の形です。天然ゴムではシス形(cis 形)の二重結合が並びます。シス形では分子鎖が折れ曲がった形をとりやすく、鎖が丸まることができます。この「丸まり」と引き伸ばしたときに戻ろうとする性質が弾性の源です。

天然ゴムがシス形なのに弾性をもち、トランス形(グタペルカ)は弾性に乏しい理由
シス形:二重結合の同側に大きな置換基 → 分子鎖が屈曲して丸まりやすい → 引き伸ばすと元に戻る(弾性大)
↓ 対比 ↑
トランス形(グタペルカ):二重結合の反対側に置換基 → 分子鎖が直線状に整列しやすい → 分子間力が強い → 硬く、弾性に乏しい

性質と問題点

生ゴムは弾性をもちますが、分子鎖どうしが強く結びついていないため流動性があり、長時間放置すると変形します。また、ポリイソプレン中の C=C 結合が光や空気中の酸素で徐々に酸化され、劣化(老化)が起こります。

2加硫 ─ 硫黄で弾性を向上させる

生ゴムの欠点(変形しやすい・劣化しやすい)を改善するために加硫が行われます。

加硫のしくみ

生ゴムをよく練り、硫黄を数%加えて成形・加熱すると、硫黄原子 S がポリイソプレン鎖どうしを架橋します。

ポリイソプレン鎖 -S-S- ポリイソプレン鎖(硫黄原子による架橋)

架橋によって分子鎖どうしが固定され、引き伸ばしたときに元に戻ろうとする力(弾性)が格段に向上します。

加硫ゴムとエボナイト

  • 弾性ゴム(加硫ゴム):硫黄 数%。架橋点が適度で弾性が大きい。タイヤ・輪ゴム・手袋などに利用。
  • エボナイト:硫黄 30〜40%。架橋が非常に密で、黒色の硬い樹脂状物質。電気絶縁材料・万年筆・木管楽器マウスピースなどに利用。
加硫の本質:架橋密度が性質を決める

硫黄の量が少ない(数%)→ 適度な架橋 → 高弾性のゴム。硫黄が多い(30〜40%)→ 密な架橋 → 硬い樹脂状のエボナイト。「架橋密度の制御」という考え方は高分子材料の設計全般に通じる重要な概念です。

3合成ゴム ─ 天然ゴムの代替と発展

天然ゴムの構造(イソプレン単位のポリイソプレン)を参考に、さまざまな合成ゴムが開発されました。合成ゴムは一般に、イソプレンのメチル基を他の原子・原子団に置き換えた化合物 CH2=CX-CH=CH2 を付加重合させるか、共重合によって得られます。

名称(略号) 単量体 主な特徴 用途
スチレンブタジエンゴム(SBR) 1,3-ブタジエン+スチレン(共重合) 最も生産量が多い・耐久性・耐熱性・耐摩耗性に優れる 自動車タイヤ・靴底
ブタジエンゴム(BR) 1,3-ブタジエン 弾性が高い・耐摩耗性に優れる タイヤ(SBR と併用)
クロロプレンゴム(CR) クロロプレン(2-クロロ-1,3-ブタジエン) 耐油性・耐候性・難燃性に優れる(1931年カロザース合成) ウェットスーツ・ホース・ベルト
アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR) アクリロニトリル+1,3-ブタジエン(共重合) 耐油性が特に優れる 燃料ホース・ガスケット・手袋
イソプレンゴム(IR) イソプレン 天然ゴムに最も近い性質(合成天然ゴム) タイヤ・天然ゴム代替品
シリコーンゴム シロキサン結合 Si-O を主鎖にもつ 不飽和結合なし・最高の耐熱性・耐候性・電気絶縁性 医療機器・電気絶縁・調理器具
SBR が最も多く生産される理由

スチレンブタジエンゴム(SBR)は、耐久性・耐熱性・耐摩耗性のバランスが良く、原料も比較的安価に大量供給できるため、自動車タイヤを中心に最も広く使われています。世界の合成ゴム生産量の中でも最大シェアを占めています。

落とし穴:合成ゴムと加硫

合成ゴムも天然ゴムと同様、加硫(硫黄による架橋)を施して弾性を高めます。また、カーボンブラック(炭素の微粉末)を練り込んで強度をさらに高めることが多いです。シリコーンゴムは C=C 結合をもたないため、光や酸素による劣化が少なく、耐久性が優れます。

4この章を俯瞰する

ゴムの学習のポイントは「シス形 → 弾性あり」「加硫(架橋)→ 弾性向上」「硫黄大量 → エボナイト(硬い)」という3段階の理解です。

  • シス形・トランス形(幾何異性体) → 18-2「異性体」:C=C 二重結合の回転が制限されることで生じる幾何異性。ゴムの弾性の有無を決定する。
  • 加硫と架橋構造 → 23-3「熱硬化性樹脂」:架橋による硬化は熱硬化性樹脂と同じ原理。硫黄の量で架橋密度を制御する。
  • 付加重合・共重合 → 23-1「合成繊維」・23-2「熱可塑性樹脂」:SBR・NBR は2種の単量体を使う共重合。
  • 炭素繊維との対比 → 23-5「機能性高分子」:アクリル繊維(炭素繊維の原料)と同様に、素材の構造が最終的な性質を決定する。

5まとめ

  • 天然ゴム:イソプレンの付加重合 → ポリイソプレン(シス形)、ラテックスから採取
  • シス形 → 分子鎖が丸まる → 弾性あり;トランス形(グタペルカ)→ 直線状 → 弾性なし
  • 加硫:硫黄数% → 架橋 → 弾性向上。硫黄30〜40% → エボナイト(硬い)
  • SBR(最多生産・タイヤ)、CR(耐油・難燃)、NBR(耐油・ホース)
  • 合成ゴムも加硫して使用;カーボンブラック添加で強度向上

6確認テスト

Q1. 天然ゴムの化学名と、その単量体を答えよ。また、シス形の構造が弾性をもたらす理由を説明せよ。

▶ クリックして解答を表示化学名:ポリイソプレン。単量体:イソプレン(2-メチル-1,3-ブタジエン)。シス形では分子鎖が屈曲して丸まった形をとりやすく、引き伸ばすと熱運動によってもとの丸まった形に戻ろうとする力(弾性)が生じる。

Q2. 加硫とは何か、また硫黄量を大量(30〜40%)にするとどうなるか述べよ。

▶ クリックして解答を表示加硫:生ゴムに硫黄を数%加えて加熱し、硫黄原子でポリイソプレン分子鎖どうしを架橋する操作。架橋により弾性が向上する。硫黄30〜40%では架橋が非常に密になり、黒色で硬いエボナイトが得られる。

Q3. SBR の単量体と、最も多く生産される理由を答えよ。

▶ クリックして解答を表示単量体:1,3-ブタジエンとスチレン(共重合)。耐久性・耐熱性・耐摩耗性のバランスが良く、原料を安価に大量供給できるため、自動車タイヤを中心に最も広く利用されている。

Q4. シリコーンゴムが他のゴムより耐熱性・耐候性に優れる理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示シリコーンゴムは主鎖に Si-O 結合をもち、C=C 不飽和結合を含まない。C=C 結合がないため光や酸素による酸化劣化が起きにくく、Si-O 結合はC-C結合より結合エネルギーが大きく熱に強い。

7入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

23-4-1 A 基礎 選択

天然ゴム・合成ゴムに関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  • ① 天然ゴムはイソプレンのトランス形付加重合体である。
  • ② 生ゴムに硫黄を数%加えて加熱する操作を加硫という。
  • ③ エボナイトは生ゴムに硫黄を30〜40%加えて得られる硬い物質である。
  • ④ SBR(スチレンブタジエンゴム)は1,3-ブタジエンとスチレンの共重合で得られる。
  • ⑤ 合成ゴムは加硫を必要とせず、そのまま弾性ゴムとして使用できる。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

②③④

解説

①:誤り。天然ゴムはシス形付加重合体。トランス形はグタペルカで弾性に乏しい。

⑤:誤り。合成ゴムも天然ゴムと同様に加硫を行って弾性を高める。

②③④はすべて正しい。

B 標準レベル

23-4-2 B 標準 論述・計算

1,3-ブタジエンとスチレンを物質量の比 4:1 で共重合させて得た合成ゴムについて答えよ。

(1) この合成ゴムの名称を答えよ。

(2) この合成ゴムの平均分子量が 6.4 × 104 のとき、1分子中に含まれるベンゼン環の数を求めよ。(1,3-ブタジエン C4H6:分子量 54、スチレン C8H8:分子量 104)

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) スチレンブタジエンゴム(SBR)

(2) 物質量の比 4:1 なので、ブタジエン 4m mol・スチレン m mol からなる繰り返しの単位を考える。繰り返し単位の分子量 = 54×4 + 104×1 = 216 + 104 = 320(ただし重合で H は脱離しないため分子量はそのまま加算)。
平均分子量 6.4×104、繰り返し単位分子量(4ブタジエン+1スチレン)= 54×4 + 104 = 320。
繰り返し単位数 = 64000 / 320 = 200。
各繰り返し単位にスチレン(ベンゼン環1個)が1分子含まれるので、ベンゼン環の数 = 200 個

解説

共重合では単量体の比に応じて繰り返し単位を設定します。ブタジエン4分子+スチレン1分子を「5単位のセット」として繰り返し単位の分子量を計算します。スチレン1分子につきベンゼン環1個が含まれるので、繰り返し単位200個にそれぞれベンゼン環が1個ずつ含まれ、合計 200 個のベンゼン環となります。

採点ポイント(各3点)
  • (1) 「スチレンブタジエンゴム(SBR)」と正しく答えている(3点)
  • (2) 繰り返し単位の分子量設定と計算が正しい(3点)

C 発展レベル

23-4-3 C 発展 総合・論述

天然ゴムとグタペルカは、ともにポリイソプレンであるが、性質が大きく異なる。次の問いに答えよ。

(1) 両者の構造上の違いを述べよ。

(2) 天然ゴムが弾性をもち、グタペルカが弾性に乏しい理由を、分子鎖の形状と関連付けて説明せよ。

(3) 天然ゴムを加硫すると弾性が向上する理由を、架橋の観点から述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 天然ゴムはイソプレン単位の C=C 二重結合がシス形、グタペルカはトランス形

(2) シス形では置換基が二重結合の同側にあるため分子鎖が屈曲し、丸まった形をとる。引き伸ばすと熱運動により元の丸まった形(エントロピーの高い状態)に戻ろうとする → 弾性が生じる。トランス形では分子鎖が直線状に伸びやすく、整列して分子間力が強くなるため硬く、弾性に乏しい。

(3) 加硫では硫黄原子がポリイソプレン鎖どうしを架橋する。架橋によって分子鎖どうしが固定され、引き伸ばされたときに元に戻ろうとする復元力(弾性)が高まる。また、架橋によって流動性がなくなり、永久変形しにくくなる。

解説

ゴムの弾性はエントロピー弾性(高校では「熱運動によって丸まった形に戻る」と説明)です。シス形 → 屈曲 → 丸まり → 弾性という連鎖、トランス形 → 直線 → 整列 → 硬い・弾性なしという対比を明確に答えましょう。

採点ポイント(各3点)
  • (1) シス形・トランス形の語句を使って正確に答えている(3点)
  • (2) 分子鎖の形状(屈曲 vs. 直線)と弾性の関係を論理的に述べている(3点)
  • (3) 架橋による固定と弾性向上の関係を述べている(3点)