第10章 溶液

溶解のしくみと溶解度

「なぜ食塩は水に溶けるのか」「なぜ油は水に溶けないのか」——これらの疑問は、粒子レベルの力の釣り合いで説明できます。
この記事では、溶解の定義から始まり、イオン結晶・極性分子・無極性分子それぞれの溶解のしくみ、固体の溶解度と溶解度曲線、再結晶、そして気体のヘンリーの法則まで体系的に学びます。

1溶解とは

溶解とは、溶質の粒子どうしが切り離され、溶媒と均一に混ざり合う現象です。他の物質を溶かしている液体を溶媒、溶けている物質を溶質といい、溶解によって生じた混合物を溶液といいます。溶媒が水の場合は特に水溶液とよびます。

溶質の分子やイオンが溶媒分子と結びつく現象を溶媒和といい、溶媒が水の場合を特に水和といいます。水和した状態のイオンを水和イオンとよびます。分子やイオンが溶媒和の状態にあるとき、その分子やイオンは溶媒に溶解しているといいます。

溶解の本質:粒子間の力の組み換え

溶解は「溶質粒子どうしの引力」と「溶媒分子どうしの引力」を断ち切り、かわりに「溶質粒子と溶媒分子の間の引力」(溶媒和)を形成する現象です。後者の力が前者の力と同程度かそれ以上であれば、溶質は溶媒に溶けます。「似た者が溶け合う」(like dissolves like)という経験則は、この原理から導かれます。

2溶解のしくみ

イオン結晶の溶解:水和

塩化ナトリウム NaCl の結晶を水に入れると、結晶表面のナトリウムイオン Na+ に、水分子 H2O 中の負に帯電した O 原子が静電気的引力によって引きつけられます。また、塩化物イオン Cl には水分子中の正に帯電した H 原子が引きつけられます。

こうして Na+ と Cl が水分子に囲まれ(水和)、結晶からはがれて水中に分散します。この過程が結晶全体で進むことで NaCl が水に溶解します。

NaCl が水に溶けるのはなぜか
NaCl の結晶中では Na+ と Cl静電気的引力(イオン結合)で結びついている
水分子は極性分子(O 側が負、H 側が正)であり、イオンに向かって静電気的引力を及ぼす
多数の水分子がイオンを四方から取り囲み(水和)、イオン間の引力を上回る安定化エネルギーが生まれる
Na+・Cl が結晶から引きはがされ、水中に分散 →溶解

極性分子の溶解

エタノール C2H5OH やスクロース(ショ糖)C12H22O11 は水によく溶けます。これは、分子中に極性の大きいヒドロキシ基 −OH が存在し、水分子との間に水素結合を形成して水和するためです。

塩化水素 HCl のように、水に溶けて電離する極性分子もあります。HCl は水中でオキソニウムイオン H3O+ と塩化物イオン Cl に電離し、各イオンが水和して溶解します。

HCl + H2O → H3O+ + Cl

無極性分子の溶解

ヨウ素 I2 やナフタレン C10H8 のような無極性分子は水に溶けにくいです。これは、水分子どうしには強い静電気的引力がはたらいているため、無極性分子が水分子間に入り込めないためです。

一方、ヨウ素やナフタレンはヘキサンなどの無極性溶媒にはよく溶けます。溶質と溶媒の分子間にはたらく力が同じ程度(いずれも弱いファンデルワールス力)であるため、分子の熱運動によって拡散してよく混ざり合います。

「似たものが溶け合う」原則

溶質と溶媒が「似た極性」をもつとき、よく溶けます。

溶媒よく溶ける溶質溶けにくい溶質
(極性溶媒)イオン結晶(NaCl)、極性分子(エタノール)無極性分子(I2、ヘキサン)
ヘキサン(無極性溶媒)無極性分子(I2、ナフタレン)イオン結晶(NaCl)、極性分子

3固体の溶解度と溶解度曲線

飽和溶液と溶解平衡

一定温度で、一定量の溶媒に溶ける溶質の量には限度があります。溶媒に溶質の固体を徐々に加えていくと、やがてそれ以上溶けなくなります。この状態の溶液を飽和溶液といいます。

飽和溶液中に固体が存在するとき、表面では単位時間あたりに溶解する粒子の数析出する粒子の数が等しくなり、見かけ上溶解が停止しています。この状態を溶解平衡といいます(溶解と析出は常に起こっており、動的な平衡状態です)。

溶解度と溶解度曲線

一定量の溶媒に溶ける溶質の最大限の量を溶解度といいます。固体の溶解度は一般に、溶媒(水)100 g に溶ける溶質の最大限の質量をグラム単位で示した数値で表されます。

溶解度は溶媒・溶質の種類によって異なり、温度によっても変化します。物質の溶解度と温度の関係を表すグラフを溶解度曲線といいます。

  • ほとんどの固体:温度が高くなるにつれ溶解度が大きくなる(KNO3、NaNO3、CuSO4 など)
  • 例外:NaCl は温度による溶解度の変化が小さい
  • 例外:Ca(OH)2 は温度が高くなるほど溶解度が小さくなる
落とし穴:CuSO4・5H2O の溶解度の扱い方

硫酸銅(II)五水和物 CuSO4・5H2O のような結晶水をもつ物質の溶解度は、無水塩 CuSO4 の質量の数値で表します。水和物が溶解するとき、結晶水は溶媒である水の一部となるため、「溶媒の水 = 加えた水 + 結晶水」として計算します。

再結晶

少量の不純物を含む物質を溶媒に溶かし、温度による溶解度の差などを利用して、溶液から再びその物質を析出させて精製する操作を再結晶といいます。

例えば、KNO3(溶解度が温度に敏感)に少量の NaCl(溶解度の温度変化が小さい)が混じっている場合、高温で飽和溶液にしてから冷却すると、KNO3 は大量に析出しますが NaCl の析出量は少なく、KNO3 を精製できます。

溶解度の計算パターン

パターン1:冷却による析出量

温度 T1 で飽和水溶液の質量 W [g] を温度 T2 に冷却したとき、析出量を求める。

  • T1 の溶解度 = S1、T2 の溶解度 = S2(S1 > S2)とする
  • 溶解度差に対応する析出量 = (S1 − S2) × W ÷ (100 + S1)

パターン2:水和物の析出

冷却で析出するのは無水塩ではなく水和物であるため、析出する水和物の質量は無水塩の質量 × (水和物のモル質量 ÷ 無水塩のモル質量) で求める。

4気体の溶解度とヘンリーの法則

気体の溶解度の表し方

気体も溶媒に溶けます。気体の溶解度は、気体の圧力が 1.013×105 Pa のとき、溶媒 1 L に溶ける気体の物質量 [mol]、または溶ける気体の体積 [mL] で表されます。

温度との関係:一般に、気体の溶解度は温度を上昇させると減少します。温度が高くなると気体分子の熱運動が激しくなり、溶液中から飛び出しやすくなるためです(固体の溶解度とは逆の傾向)。

ヘンリーの法則

1805 年にヘンリー(イギリス)によって見いだされた法則です。

ヘンリーの法則

溶解度の小さい気体の場合、一定温度で、一定量の溶媒に溶解する気体の物質量(または質量)は、その気体の圧力(混合気体では分圧)に比例する。

例えば、ある気体が圧力 P で水 1 L に n [mol] 溶けるとき、圧力を 2P にすると 2n [mol] 溶け、3P にすると 3n [mol] 溶けます。

炭酸飲料の栓を開けると泡が出るのはなぜか
炭酸飲料は製造時に高圧(数気圧)で CO2 を溶かし込んでいる
栓を開けると気相の CO2 の圧力(分圧)が一気に大気圧レベルに低下
ヘンリーの法則:圧力低下 → CO2 の溶解度が低下
溶解できなくなった CO2気泡として出てくる

体積で表すときの注意点

気体の溶解量を、気体を溶かしたときの圧力における体積で表すと、圧力の変化に関係なく、体積は一定になります。これは、気体の溶解量が圧力に比例して増えても、気体の体積はボイルの法則にしたがって小さくなるためです。体積で比較する場合は、0 ℃・1.013×105 Pa に換算して同じ条件で表すことが多いです。

落とし穴:ヘンリーの法則が成立しない気体

塩化水素 HCl やアンモニア NH3 のように水に非常によく溶ける気体では、溶解した後にイオン化や化学反応が起きるため、ヘンリーの法則が成立しません。ヘンリーの法則は「溶解度の小さい気体」(N2、O2、CO2など)に適用します。

気体水への溶けやすさヘンリーの法則理由
N2、O2、CO2、H2溶けにくい〜少し溶ける成立単純な物理的溶解
HCl、NH3非常によく溶ける成立しない溶解後にイオン化・反応が起きる

5この章を俯瞰する

第10章「溶液の性質」は、溶解のしくみ(10-1)から希薄溶液の性質・コロイドまで広がります。10-1 で学んだ概念がどこへつながるかを整理しましょう。

他の章へのつながりマップ

  • 極性・分子間力 → 3章「化学結合」・8章「気体と液体」:溶解のしくみの根拠となる極性・水素結合・ファンデルワールス力を詳しく学ぶ。
  • 溶解度積 → 14章「電離平衡」:難溶性塩の溶解平衡を定量的に扱う溶解度積の概念へ発展する。
  • ヘンリーの法則 → 8章「気体の状態方程式」:気体の物質量・圧力・体積の関係(PV=nRT)と組み合わせて溶解量を計算する。
  • 沸点上昇・凝固点降下・浸透圧 → 10-2「希薄溶液の性質」:溶液の濃度(質量モル濃度)が沸点・凝固点・浸透圧にどう影響するかを学ぶ。溶解度の計算と同じ思考で溶質の質量・物質量を求める。
  • 再結晶 → 19〜21章「有機化合物の精製」:有機化合物の精製法(再結晶・蒸留・抽出・昇華)の一つとして再登場する。

6まとめ

  • 溶解:溶質粒子が溶媒中に均一に分散する現象。溶媒和(水の場合は水和)が駆動力。
  • イオン結晶の溶解:水分子の極性によってイオンが水和され、結晶から引きはがされる。
  • 極性分子は極性溶媒(水)によく溶け、無極性分子は無極性溶媒(ヘキサン)によく溶ける(「似たものが溶け合う」)。
  • 溶解度:水 100 g に溶ける溶質の最大限の質量(グラム)。一般に固体は温度が高いほど溶解度が大きい。
  • 溶解度曲線:溶解度の温度依存を示すグラフ。再結晶に利用される。
  • 気体の溶解度:一般に温度が高いほど小さくなる(固体とは逆)。
  • ヘンリーの法則:溶解度の小さい気体では、一定量の溶媒に溶ける気体の物質量は圧力(分圧)に比例する。
  • HCl・NH3 のように水に非常によく溶ける気体はヘンリーの法則が成立しない。

7確認テスト

Q1. NaCl が水に溶けるしくみを「水和」という語を使って説明してください。

▶ クリックして解答を表示 NaCl の結晶表面の Na+ に水分子の O 原子(負)が、Cl に水分子の H 原子(正)が静電気的引力で引きつけられます。多数の水分子がイオンを取り囲む(水和する)ことで、イオンが結晶から引きはがされ、水中に分散します(溶解)。

Q2. ヨウ素は水に溶けにくいがヘキサンに溶けやすい。この理由を「極性」という語を使って説明してください。

▶ クリックして解答を表示 ヨウ素 I2 は無極性分子であり、極性溶媒である水とは引力がほとんどはたらかず、水分子間の強い引力に打ち勝って水分子間に入り込めないため水に溶けにくい。一方、ヘキサンも無極性分子であり、ヨウ素と同種の弱いファンデルワールス力がはたらくため、よく混ざり合い溶けやすい(「似たものが溶け合う」)。

Q3. 固体の溶解度と気体の溶解度について、温度との関係をそれぞれ述べてください。

▶ クリックして解答を表示 固体の溶解度は一般に温度が高くなるほど大きくなります(NaCl など例外あり)。気体の溶解度は一般に温度が高くなるほど小さくなります(温度上昇で気体分子の熱運動が激しくなり、溶液から飛び出しやすくなるため)。

Q4. ヘンリーの法則を述べ、塩化水素 HCl がこの法則に従わない理由を説明してください。

▶ クリックして解答を表示 ヘンリーの法則:「溶解度の小さい気体の場合、一定温度で、一定量の溶媒に溶解する気体の物質量(または質量)は、その気体の圧力(混合気体では分圧)に比例する。」HCl は水に溶けた後 H3O+ と Cl に電離するため、単純な物理的溶解以外の化学変化が起きており、ヘンリーの法則が成立しません。

8入試問題演習

基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

10-1-1 A 基礎 選択

溶解に関する次の記述のうち、正しいものをすべて選べ。

  • ① 一般に、固体の溶解度は温度が高くなるほど大きくなる。
  • ② 一般に、気体の溶解度は温度が高くなるほど大きくなる。
  • ③ ヨウ素は極性溶媒である水よりも、無極性溶媒であるヘキサンによく溶ける。
  • ④ 塩化水素は水にはよく溶けるが、ヘンリーの法則が成立する。
  • ⑤ 飽和溶液中では溶解と析出が同時に起きており、見かけ上溶解が止まっている状態を溶解平衡という。
▶ クリックして解答・解説を表示
解答

①③⑤

解説

① 正しい。固体の溶解度は一般に温度上昇で増加(NaCl など例外あり)。② 誤り。気体の溶解度は温度上昇で減少。③ 正しい。I2 は無極性分子であり「似たものが溶け合う」原則から無極性溶媒によく溶ける。④ 誤り。HCl は水中で電離するため、ヘンリーの法則は成立しない。⑤ 正しい。これが溶解平衡の定義です。

B 標準レベル

10-1-2 B 標準 計算

硝酸カリウム KNO3 の溶解度は、60 ℃ で 110、20 ℃ で 32 である。60 ℃ における KNO3 の飽和水溶液 210 g を 20 ℃ に冷却すると、KNO3 は何 g 析出するか。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

78 g

解説

60 ℃ の飽和水溶液は水 100 g に KNO3 が 110 g 溶けた状態なので、溶液 210 g 全体に対して析出量 x [g] は比例する。

60 ℃ と 20 ℃ の溶解度の差 = 110 − 32 = 78 g(水 100 g あたり)

60 ℃ の飽和水溶液 100 + 110 = 210 g に対する析出量 = 78 g

飽和水溶液 210 g を冷却すると、析出量 x = 78 × (210 ÷ 210) = 78 g

(ただし析出後の溶液は 20 ℃ で飽和しているため、より厳密には以下で確認する)

析出後の水の量 = 100 g、20 ℃ で溶解している KNO3 = 32 g。溶液中の KNO3 の総量 = 110 g、析出量 = 110 − 32 = 78 g(答:78 g)

採点ポイント
  • 溶解度の差(110 − 32 = 78)を正確に求めること
  • 溶液 210 g 中の水・溶質の質量を正しく比例配分すること

C 発展レベル

10-1-3 C 発展 計算・ヘンリー

窒素 N2 は 0 ℃、1.0×105 Pa で水 1.0 L に 1.1×10−3 mol 溶ける。次の各問いに答えよ。ただし、窒素はヘンリーの法則に従うものとする。

(1) 0 ℃、5.0×105 Pa で水 2.0 L に溶ける窒素の物質量を求めよ。

(2) 体積で溶解量を表す場合、0 ℃、2.0×105 Pa で水 1.0 L に溶ける窒素の体積は、0 ℃、1.0×105 Pa に換算すると何 mL か。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 1.1×10−2 mol

(2) 2.2×101 mL(約 22 mL)

解説

(1) ヘンリーの法則より、溶解量は圧力と溶媒量に比例する。

圧力が 1.0×105 Pa の 5 倍 → 溶解量は 5 倍。溶媒量が 1.0 L の 2 倍 → 溶解量は 2 倍。

溶解量 = 1.1×10−3 × 5 × 2 = 1.1×10−2 mol

(2) 2.0×105 Pa で水 1.0 L に溶ける物質量 = 1.1×10−3 × 2 = 2.2×10−3 mol

これを 0 ℃(273 K)・1.0×105 Pa の体積に換算する(理想気体として):

V = nRT/P = 2.2×10−3 × 8.3×103 × 273 / (1.0×105) ≈ 4.99×10−2 L ≈ 50 mL

※別解:0 ℃・1.0×105 Pa での気体 1 mol の体積 ≒ 22.4 L を使うと:2.2×10−3 mol × 22400 mL/mol ≒ 49 mL ≒ 約 49 mL

(注:参考書によって気体定数 R の値が異なるため、答えはおおよそ 49〜50 mL となる)

採点ポイント
  • (1) ヘンリーの法則で圧力と溶媒量の両方に比例させること
  • (2) 溶解量(mol)を求めてから、0 ℃・1.0×105 Pa の体積に換算すること
  • 圧力を溶解量の計算で使い、体積換算では標準状態(0 ℃・105 Pa)の条件で計算すること