第10章 溶液

コロイド溶液

牛乳・豆腐・墨汁——これらはすべてコロイド溶液の仲間です。
粒子の大きさが1〜100 nmという「中間的」な存在が、真の溶液にはない独特の性質を生み出します。
チンダル現象・ブラウン運動・凝析・塩析の「なぜ」を粒子レベルで理解しましょう。

1コロイドとは

粒子の大きさで分類する

物質を水中に分散させたとき、分散している粒子の直径によって3種類の状態に分けられます。

分類粒子径ろ紙通過半透膜通過
真の溶液10−9 m 未満(〜1 nm)食塩水・砂糖水通過通過
コロイド溶液10−9〜10−7 m(1〜100 nm)牛乳・豆腐・墨汁通過通過しない
懸濁液(サスペンション)10−7 m 超泥水通過しない通過しない

コロイド粒子は光学顕微鏡では観察できないほど小さく、ろ紙は通過しますが半透膜(セロハン膜など)は通過しません。この性質を利用した精製操作が透析です。

用語整理
  • 分散媒:コロイド粒子を分散させている物質(水など)
  • 分散質:分散しているコロイド粒子そのもの
  • ゾル:コロイド粒子が液体中に分散した流動性のある状態
  • ゲル:ゾルが冷却などにより流動性を失った状態(例:ゼリー・寒天)

2コロイドの分類

疎水コロイド

水との親和性が小さいコロイドを疎水コロイドといいます。金属の水酸化物(水酸化鉄(III)など)、硫黄、粘土などが代表例です。

疎水コロイドの粒子はコロイド粒子表面に電荷(正または負)を帯びており、粒子どうしが静電気的反発によって分散しています。この電荷のバランスが崩れると粒子が集まって沈殿します。

親水コロイド

水との親和性が大きいコロイドを親水コロイドといいます。タンパク質(ゼラチン・アルブミンなど)やデンプンが代表例です。

親水コロイドの粒子表面には多数の水分子が引きつけられており(水和)、この水和層が安定な分散を保つ役割を果たします。少量の電解質を加えても沈殿しません。

会合コロイド(ミセルコロイド)

セッケンのように、ある濃度(臨界ミセル濃度)を超えると多数の分子が集まってミセルとよばれる集合体をつくり、コロイド粒子の大きさになるものを会合コロイドといいます。

セッケン分子は疎水基(炭化水素鎖)を内側に、親水基(カルボキシ基など)を外側に向けてミセルを形成します。この構造が油汚れを取り込む洗浄作用の原理です。

種類代表例安定の要因
疎水コロイド水酸化鉄(III)・硫黄・粘土粒子表面の電荷による反発
親水コロイドタンパク質・デンプン粒子表面の水和層
会合コロイドセッケン水・界面活性剤ミセル形成

3コロイドの性質

チンダル現象

コロイド溶液に横から強い光をあてると、光の通路が明るく輝いて見えます。これをチンダル現象といいます。コロイド粒子が光を散乱させるために起こります。

真の溶液(食塩水など)では粒子が小さすぎて光を散乱せず、チンダル現象は見られません。夕暮れの光芒や、日光が木漏れ日として見える現象も同じ原理(光散乱)です。

ブラウン運動

コロイド溶液を限外顕微鏡で観察すると、コロイド粒子が不規則な運動をしているのが見えます。これをブラウン運動といいます。

ブラウン運動は、熱運動を行う分散媒分子がコロイド粒子に不規則に衝突するために起こります。粒子が大きいほど(懸濁液など)、この運動は目立たなくなります。

電気泳動

コロイド溶液にU字管で直流電圧をかけると、コロイド粒子が陽極側または陰極側に移動します。これを電気泳動といいます。コロイド粒子が表面に電荷をもつため、電場の影響を受けて移動します。

  • 水酸化鉄(III)のコロイド → 表面がに帯電 → 陰極側へ移動
  • 粘土・デンプンのコロイド → 表面がに帯電 → 陽極側へ移動

透析

コロイド溶液をセロハン膜(半透膜)の袋に入れて純水中に浸すと、コロイド粒子より小さなイオンや低分子化合物は膜を通って外に出ますが、コロイド粒子は残ります。この操作を透析といいます。

例えば、塩化鉄(III)を沸騰水に加えて生成した水酸化鉄(III)コロイド溶液には、H+とClが混在しています。透析によってこれらを除き、純粋なコロイド溶液を精製できます。医療における人工透析も同じ原理です。

凝析と塩析

凝析:疎水コロイドに少量の電解質を加えると、コロイド粒子の電荷が中和されて反発力が失われ、粒子どうしが集まって沈殿します。これを凝析といいます。

塩析:親水コロイドに多量の電解質を加えると、粒子表面の水和水が電解質のイオンに奪われ、粒子が集合して沈殿します。これを塩析といいます。少量の電解質では沈殿しない点が疎水コロイドと異なります。

疎水コロイド親水コロイド
少量の電解質凝析する沈殿しない
多量の電解質凝析する塩析する
安定の要因表面電荷による反発粒子表面の水和
疎水コロイドが電解質で凝析するのはなぜか
疎水コロイドの粒子は表面に同符号の電荷を帯びている
粒子どうしの静電気的反発がはたらき、均一に分散している
電解質を加えると、反対符号のイオンが粒子表面に引きつけられ電荷が中和される
反発力がなくなり、ファンデルワールス力(引力)が勝って粒子が集合
粒子が凝集し沈殿(凝析)する

補足:凝析の効果は反対符号のイオンの価数が大きいほど強くなります(シュルツェ・ハーディの規則)。正に帯電した水酸化鉄(III)コロイドに対しては、PO43−(3価)> SO42−(2価)> Cl(1価)の順に少量で凝析が起こります。

保護コロイド

疎水コロイドに親水コロイドを加えると、疎水コロイドの粒子が親水コロイドに取り囲まれて凝析しにくくなります。このはたらきを保護作用、保護作用を示す親水コロイドを保護コロイドといいます。墨汁中のにかわ(ゼラチン)が代表例です。

4コロイドの応用

豆腐

大豆のタンパク質(グロブリンなど)は親水コロイドとして水中に分散しています。豆乳ににがり(塩化マグネシウム MgCl2)や硫酸カルシウム CaSO4 を加えると、多価の陽イオン(Mg2+や Ca2+)が親水コロイドの電荷を中和し(塩析に近い作用)、タンパク質が固まって豆腐になります。

墨汁

墨汁は炭素(すす)の微粒子からなる疎水コロイドです。そのままでは電解質(水道水の塩類など)によって凝析してしまいます。そこで、にかわ(ゼラチン:親水コロイド)が保護コロイドとしてはたらき、長期間安定に分散させています。

セッケンの洗浄作用

セッケン水中でセッケン分子はミセル(会合コロイド)を形成します。ミセルの内側は疎水基(炭化水素鎖)、外側は親水基(カルボキシ基)から成ります。油汚れ(非極性)が疎水基の内側に取り込まれ、親水基が外側を向くことで水中に分散(乳化)し、汚れを落とします。

身近なコロイドの例
分散媒分散質
液体液体牛乳・マヨネーズ(乳濁液、エマルション)
液体固体墨汁・豆腐
気体固体・液体煙・霧・雲(エーロゾル)
固体液体寒天ゲル・バター

5俯瞰:コロイドを「粒子の大きさ」で統一的に理解する

核となる考え方

コロイドの全ての性質は「粒子の大きさが1〜100 nm」という一点から導かれます。

  • チンダル現象:粒子が光の波長と同オーダー → 光を散乱できる
  • ブラウン運動:粒子が分子衝突を受けるのに十分に小さい → ランダム運動
  • 電気泳動:粒子が電荷をもてるほど大きく、電場に応答できる
  • 透析:粒子が半透膜の孔(約10 nm)より大きく通過できない
  • 凝析・塩析:粒子を安定化させている要因(電荷 or 水和)を崩すと沈殿
  • 第5章(酸・塩基)との接続:電解質を加えると凝析が起こる。加える電解質のイオン価数が大きいほど凝析効果が高い(シュルツェ・ハーディの規則)。
  • 高分子化合物(有機化学)との接続:タンパク質・デンプン・セルロースはすべて親水コロイドまたは分子コロイドを形成する。
  • 実生活との接続:浄水場でのミョウバン(硫酸アルミニウムカリウム)添加による水の清澄化も凝析の応用。Al3+の高い価数が負に帯電した粘土コロイドを効果的に凝析させる。

6まとめ

  • コロイド粒子の直径は 1〜100 nm(10−9〜10−7 m)
  • コロイドの分類:疎水コロイド(電荷で安定)・親水コロイド(水和で安定)・会合コロイド(ミセル)
  • チンダル現象(光散乱)・ブラウン運動(分子衝突)・電気泳動(表面電荷)・透析(半透膜利用)
  • 凝析:疎水コロイド+少量の電解質 → 電荷が中和されて沈殿
  • 塩析:親水コロイド+多量の電解質 → 水和水が奪われて沈殿
  • 凝析しやすいイオン:帯電と反対符号で価数が大きいイオン

7確認テスト

Q1. コロイド溶液に横から光をあてると光の通路が輝く現象を何というか。

クリックして答えを表示 チンダル現象。コロイド粒子が光を散乱させることで起こる。真の溶液では粒子が小さすぎて散乱しないので見られない。

Q2. 疎水コロイドに少量の電解質を加えて沈殿させる操作を何というか。また、なぜ少量で起こるのか。

クリックして答えを表示 凝析。疎水コロイドは表面電荷による反発で分散しているため、電解質のイオンが電荷を中和するだけで沈殿する。

Q3. 疎水コロイドと親水コロイドで電解質添加による沈殿の起こりやすさを比べ、その理由とともに答えよ。

クリックして答えを表示 疎水コロイドは少量の電解質で凝析するが、親水コロイドは多量の電解質を加えないと塩析しない。疎水コロイドは表面電荷のみで安定しているため電荷を中和されるだけで沈殿するが、親水コロイドは水和層でも安定しており、その水和水を奪うには多量の電解質が必要だから。

Q4. セッケン水がコロイドの性質を示す理由を説明せよ。

クリックして答えを表示 ある濃度(臨界ミセル濃度)以上になるとセッケン分子が多数集まってミセルを形成し、その大きさがコロイド粒子(1〜100 nm)の範囲になるため。

8入試問題演習

問題A 標準 コロイドの性質・用語

コロイド溶液に関する記述として誤っているものを、次の①〜⑤からすべて選べ。

  1. ① コロイド粒子の直径は10−9〜10−7 mの範囲にある。
  2. ② コロイド溶液に横から光をあてると、光の通路が明るく見える(チンダル現象)。
  3. ③ コロイド溶液をろ紙でろ過すると、コロイド粒子はろ紙上に残る。
  4. ④ 水酸化鉄(III)のコロイド粒子は負に帯電しており、電圧をかけると陽極側に移動する。
  5. ⑤ 透析によりコロイド溶液から低分子のイオンを除去できる。
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解答

③④

解説

③ コロイド粒子はろ紙を通過する(ろ紙の目のサイズ:10−7〜10−5 m程度 > コロイド粒子径)。半透膜は通過しない。

④ 水酸化鉄(III)コロイドは表面がに帯電しており、電気泳動では陰極側に移動する。

①②⑤は正しい記述。

採点ポイント
  • コロイド粒子とろ紙・半透膜の関係(③の誤りの特定)
  • 水酸化鉄(III)コロイドの電荷の符号と移動方向(④の誤りの特定)
問題B 応用 凝析・シュルツェ・ハーディの規則

水酸化鉄(III)のコロイド溶液(正に帯電)を凝析させる際、下記の電解質水溶液のうち、最も少量で凝析を起こすものを選び、その理由を説明せよ。ただし、各電解質は等モル濃度の水溶液とする。

  1. ① NaCl
  2. ② Na2SO4
  3. ③ Na3PO4
  4. ④ CaCl2
  5. ⑤ AlCl3
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解答

③ Na3PO4

解説

水酸化鉄(III)コロイドは正に帯電しているため、これを凝析させるには負のイオン(陰イオン)が有効です。

凝析の効果は陰イオンの価数が大きいほど強くなります(シュルツェ・ハーディの規則)。

  • ①NaCl → Cl(1価)
  • ②Na2SO4 → SO42−(2価)
  • ③Na3PO4 → PO43−(3価) ← 最も効果大

④⑤は陽イオンが多価ですが、正に帯電したコロイドを凝析させるのは陰イオンが主役です。よって③が最も少量で凝析が起こります。

問題C 発展 凝析・塩析・保護コロイド

次の操作(ア)〜(ウ)の実験に関して、下の各問いに答えよ。

塩化鉄(III) FeCl3 の水溶液を沸騰水中に加えると、赤褐色の水酸化鉄(III) Fe(OH)3 のコロイド溶液が生じた。このコロイド溶液を操作した。

(ア)このコロイド溶液をセロハン膜の袋に入れ、流水中に浸した。

(イ)(ア)で精製したコロイド溶液に横から強い光をあてた。

(ウ)(イ)の後、少量の Na2SO4 水溶液を加えた。さらに別の試験管に(イ)のコロイド溶液を用意してゼラチン水溶液を加えた後、Na2SO4 水溶液を少量加えた。

(1)操作(ア)の名称と目的を答えよ。

(2)操作(イ)で観察される現象の名称と理由を答えよ。

(3)操作(ウ)で、ゼラチンを加えた場合と加えない場合で沈殿の生じ方はどのように異なるか。理由とともに答えよ。

解答・解説を表示
解答

(1)透析。セロハン膜(半透膜)を通じて、コロイド溶液中に混在するH+・Clなどの小さなイオンを除き、コロイド溶液を精製する。

(2)チンダル現象。コロイド粒子(水酸化鉄(III))が光を散乱させるため、横から光をあてると光の通路が輝いて見える。

(3)ゼラチンを加えない場合:Na2SO4 のSO42−が正に帯電した水酸化鉄(III)コロイドの電荷を中和し、凝析が起こって沈殿が生じる。
ゼラチンを加えた場合:ゼラチン(親水コロイド)が保護コロイドとしてはたらき、水酸化鉄(III)コロイド粒子を取り囲む。そのため少量のNa2SO4では凝析しにくくなり、沈殿が生じにくい(または生じない)。

解説

(3)のポイントは保護コロイドの機能です。親水コロイド(ゼラチン)が疎水コロイド(水酸化鉄(III))を包み込むことで、外部からの電解質の攻撃(電荷の中和)を防ぎます。墨汁中のにかわが炭素コロイドを安定化させているのも同じ原理です。