第11章 化学反応と熱

結合エネルギーと反応熱

「化学反応で熱が出るのは、なぜ?」——根本的な答えは結合の切断と生成にあります。
古い結合を切るのには吸熱、新しい結合をつくると発熱——その差が反応熱の正体です。
この節では結合エネルギーの概念と、それを使った反応エンタルピーの計算法を習得します。

1結合エネルギーとは

共有結合している 2 つの原子を引き離すには、エネルギーが必要です。この「共有結合 1 mol を切断するのに必要なエネルギー」を結合エネルギー(結合エンタルピー)といいます。単位は kJ/mol で、気体分子内の結合 1 mol あたりのエンタルピー変化で表されます。

結合エネルギーの定義

気体状態の分子内にある共有結合 1 mol を切断して、気体状態の原子にするときのエンタルピー変化(kJ/mol)。

結合を切断する(吸熱)方向が正の値になります。結合エネルギーは常に正の値です。

具体例:水素分子 H₂

気体の水素分子 H₂ 1 mol の H−H 結合をすべて切断して、気体の水素原子 2 mol にするには 436 kJ のエネルギーが必要です。

H₂(気) → 2H(気) ΔH = +436 kJ

このとき H−H の結合エネルギーは 436 kJ/mol です。逆に、2 個の水素原子が結合して H₂ になるとき(結合形成)は 436 kJ/mol が放出されます。

H₂ の結合エネルギー(エネルギー図)
2H(気) ← 原子バラバラ状態(高エネルギー)
結合切断:+436 kJ 吸収 ↑ / ↓ 結合形成:436 kJ 放出
H₂(気) ← 結合状態(低エネルギー)

多原子分子の場合

多原子分子では、すべての結合を切断して単独原子にするのに必要なエネルギーは、各結合エネルギーの総和です。例えばメタン CH₄ の場合:

CH₄(気) → C(気) + 4H(気) ΔH = +1659 kJ

CH₄ には C−H 結合が 4 個あるので、C−H の平均結合エネルギーは 1659 ÷ 4 = 415 kJ/mol となります。

主な結合エネルギーの値

結合 結合エネルギー(kJ/mol) 主な分子(参考)
H−H436H₂
O=O(二重結合)498O₂
N≡N(三重結合)945N₂
Cl−Cl243Cl₂
I−I153I₂
H−Cl432HCl
H−I299HI
O−H463H₂O
C−H415CH₄(平均)
C=O(二重結合)803CO₂
C=C(二重結合)728C₂H₄
C≡C(三重結合)960C₂H₂
N−H390NH₃
結合エネルギーと結合の強さ

結合エネルギーが大きいほど、その結合は強い(切断しにくい)ことを意味します。N≡N(945 kJ/mol)の結合が非常に強く、N₂ が反応しにくい(不活性)理由はここにあります。

2結合エネルギーから反応熱を求める

気体どうしの反応では、反応物の結合をすべて切断してバラバラの原子にし、それらから生成物の結合を形成する、というエネルギー経路を考えます。ヘスの法則を適用すると次の公式が得られます。

結合エネルギーから ΔH を求める公式

ΔH = Σ(切断する結合のエネルギー)− Σ(生成する結合のエネルギー)

言い換えると:ΔH = (反応物の結合エネルギーの総和)− (生成物の結合エネルギーの総和)

公式の考え方

  • 結合の切断:ΔH > 0(吸熱)→ 結合エネルギーを加算する
  • 結合の形成:ΔH < 0(発熱)→ 結合エネルギーを減算する
  • 全体の ΔH = 切断に必要なエネルギー − 形成で放出されるエネルギー
エネルギー図:原子バラバラ状態を中継点とする経路
すべての原子がバラバラの気体状態
(共通の中継点)
反応物の結合切断
(吸熱:+)↑
生成物の結合形成
(発熱:−)↓
反応物(気体)
生成物(気体)
ΔH = Σ(切断)− Σ(形成)

例題:H₂ と Cl₂ から HCl が生成する反応

次の反応のエンタルピー変化を結合エネルギーから求めます。

H₂(気) + Cl₂(気) → 2HCl(気) ΔH = ?

切断する結合(反応物側):

  • H−H 結合 × 1 mol:436 kJ
  • Cl−Cl 結合 × 1 mol:243 kJ
  • 合計:436 + 243 = 679 kJ

形成する結合(生成物側):

  • H−Cl 結合 × 2 mol:432 × 2 = 864 kJ

ΔH = 679 − 864 = −185 kJ

例題:CH₄ の燃焼のエンタルピー変化を求める

メタン CH₄ の燃焼反応:

CH₄(気) + 2O₂(気) → CO₂(気) + 2H₂O(気) ΔH = ?

各分子の結合の本数を確認します:

  • CH₄:C−H 結合 4 本
  • 2O₂:O=O 結合 2 本
  • CO₂:C=O 結合 2 本(直線形分子、O=C=O)
  • 2H₂O(気体):O−H 結合 2 × 2 = 4 本

切断する結合の合計

4 × (C−H) + 2 × (O=O) = 4 × 415 + 2 × 498 = 1660 + 996 = 2656 kJ

形成する結合の合計

2 × (C=O) + 4 × (O−H) = 2 × 803 + 4 × 463 = 1606 + 1852 = 3458 kJ

ΔH = 2656 − 3458 = −802 kJ

実験値との比較(参考)

生成物が H₂O(液)の場合の燃焼エンタルピーは −891 kJ です(11-1 参照)。結合エネルギーによる計算値 −802 kJ との差は、生成物の水が気体(H₂O(気))を前提としているためです。気体の水を液体にする際の凝縮エンタルピー(−44 kJ/mol × 2 mol = −88 kJ)を加えると −890 kJ となり、実験値とほぼ一致します。

落とし穴:切断は吸熱、生成は発熱——符号に注意

「結合エネルギーの値は常に正」ですが、結合の切断には吸熱(+)、結合の形成には発熱(−)となります。公式は:

ΔH = Σ(切断する結合エネルギー)− Σ(形成する結合エネルギー)

「反応物 − 生成物」ではなく「切断(反応物側)− 形成(生成物側)」です。ヘスの法則で生成物の生成熱を引いた場合と比べて符号の向きが逆になっていることに注意してください。

(生成熱の公式:ΔH = Σ生成物の生成熱 − Σ反応物の生成熱)
(結合E の公式:ΔH = Σ反応物の結合エネルギー − Σ生成物の結合エネルギー)

この違いは、生成熱が「合成のエネルギー(負の値が多い)」で、結合エネルギーが「切断のエネルギー(常に正の値)」という定義の違いから生じます。

3俯瞰:結合エネルギー計算の限界と使いどころ

結合エネルギーを用いた計算は便利ですが、いくつかの重要な制約があります。

  • 気体どうしの反応に限定——結合エネルギーは気体分子の結合に対して定義されています。液体や固体が関わる反応では、状態変化のエンタルピー(蒸発熱・融解熱)も考慮しなければなりません。
  • 「平均値」を使っているため誤差がある——例えば C−H 結合のエネルギーは分子によって厳密には異なりますが、結合エネルギー表では平均値を使います。実験値と完全には一致しません。
  • 生成熱・燃焼熱のデータが手元にない場合に有効——構造式さえわかれば、データ表の値から ΔH を推算できます。有機化合物の新規反応などを概算するのに使われます。
第11章の計算手法の整理
手法使う値主な使いどころ制限
ヘスの法則(反応式の加減) 既知の反応の ΔH 直接測定できない反応 既知の反応式が必要
生成熱からの計算 生成エンタルピー(データ集) 任意の反応の ΔH を素早く計算 生成熱データが必要
結合エネルギーからの計算 結合エネルギー(データ表) 気体どうしの反応の概算 気体反応に限定・誤差あり

4まとめ

  • 結合エネルギー:気体分子内の共有結合 1 mol を切断するのに必要なエネルギー(kJ/mol)。常に正の値。結合エネルギーが大きい = 結合が強い。
  • 結合の切断は吸熱(ΔH > 0)、結合の形成は発熱(ΔH < 0)。
  • 反応エンタルピーの計算公式:ΔH = Σ(切断する結合エネルギー)− Σ(生成する結合エネルギー)
  • 計算の手順:①反応物の全結合を数えて切断エネルギーを合計 → ②生成物の全結合を数えて形成エネルギーを合計 → ③差し引く
  • 適用範囲:気体どうしの反応に限定。液体・固体が関わる場合は状態変化のエンタルピーも必要。

5確認テスト

Q1. 結合エネルギーとは何か、一文で説明してください。

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気体分子内の共有結合 1 mol を切断して気体の原子にするのに必要なエネルギー(kJ/mol)のこと。

Q2. 結合エネルギーから反応エンタルピー ΔH を求める公式を答えよ。

クリックして答えを確認
ΔH = Σ(切断する結合エネルギー)− Σ(生成する結合エネルギー)
(=反応物の結合エネルギーの総和 − 生成物の結合エネルギーの総和)

Q3. 上の表の値を使って、H₂(気) + I₂(気) → 2HI(気) の ΔH を求めよ。
(H−H:436 kJ/mol、I−I:153 kJ/mol、H−I:299 kJ/mol)

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切断:H−H × 1 + I−I × 1 = 436 + 153 = 589 kJ
形成:H−I × 2 = 299 × 2 = 598 kJ
ΔH = 589 − 598 = −9 kJ

6入試問題演習

問 A A 結合エネルギーと ΔH

次の結合エネルギーを用いて、アンモニアの合成反応 N₂(気) + 3H₂(気) → 2NH₃(気) の反応エンタルピー ΔH を求めよ。

N≡N:945 kJ/mol、H−H:436 kJ/mol、N−H:390 kJ/mol

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解答

ΔH = −87 kJ

解説

切断する結合(反応物):
N≡N × 1 mol + H−H × 3 mol = 945 + 436 × 3 = 945 + 1308 = 2253 kJ

形成する結合(生成物):
NH₃ 1 分子あたり N−H 結合が 3 本、NH₃ 2 mol なので N−H × 6 mol
390 × 6 = 2340 kJ

ΔH = 2253 − 2340 = −87 kJ

※ 文献値(実測値)は −92 kJ 程度。教科書に掲載の結合エネルギーの値によって計算結果は変わります(N−H = 391 kJ/mol を使うと −93 kJ)。本問では問題文で与えられた N−H = 390 kJ/mol を用いて −87 kJ が正解です。

問 B B 結合エネルギーの逆算

次の反応エンタルピーと結合エネルギーのデータから、N≡N の結合エネルギー(kJ/mol)を求めよ。

N₂(気) + 3H₂(気) → 2NH₃(気) ΔH = −92 kJ

H−H:436 kJ/mol、N−H:390 kJ/mol

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解答

N≡N の結合エネルギー = 940 kJ/mol

解説

N≡N の結合エネルギーを x kJ/mol とおく。

ΔH = Σ(切断)− Σ(形成)より:
−92 = (x + 436 × 3) − (390 × 6)
−92 = (x + 1308) − 2340
−92 = x − 1032
x = −92 + 1032 = 940 kJ/mol

問 C C 気体・液体が混在する反応 入試発展

次の結合エネルギーと蒸発エンタルピーのデータを用いて、液体の水を生成する水素の燃焼エンタルピーを求めよ。

H₂(気) + ½ O₂(気) → H₂O(液) ΔH = ?

使用するデータ:
H−H:436 kJ/mol、O=O:498 kJ/mol、O−H:463 kJ/mol
H₂O の蒸発エンタルピー:+44 kJ/mol(液体 → 気体)

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解答

ΔH = −285 kJ

解説

Step 1:まず気体の H₂O が生成する反応を結合エネルギーで計算する。

H₂(気) + ½ O₂(気) → H₂O(気)

切断:H−H × 1 + O=O × ½ = 436 + 498/2 = 436 + 249 = 685 kJ
形成:O−H × 2 = 463 × 2 = 926 kJ
ΔH(気体 H₂O)= 685 − 926 = −241 kJ

Step 2:気体の H₂O を液体にする凝縮エンタルピーを加える。
H₂O(気) → H₂O(液) ΔH = −44 kJ(蒸発の逆反応)

Step 3:ヘスの法則でまとめる。
ΔH(液体 H₂O)= −241 + (−44) = −285 kJ

得点のポイント
  • 結合エネルギーは気体分子に対して定義されるため、生成物が液体の場合は「気体で計算 → 凝縮を加える」の 2 段階が必要
  • 蒸発エンタルピーの符号を逆にして凝縮エンタルピーに直す(−44 kJ/mol)