第18章 有機化合物の基礎

異性体(構造異性体・立体異性体)

同じ分子式でも、原子のつながり方や空間配置が異なると、まったく違う化合物になります。
これが「異性体」です。入試では「異性体の数を求めよ」という問題が頻出です。
構造異性体・シス-トランス異性体・鏡像異性体の3種類を整理して、数え方のコツを習得しましょう。

1異性体とは

異性体とは、分子式が同じで、構造(原子のつながり方や空間配置)が異なる化合物どうしのことです。異性体は互いに異なる化合物であり、物理的・化学的性質も異なります。

異性体の定義:「同じ分子式、異なる構造」

例えば、C2H6O という分子式には2種類の化合物が存在します。

エタノール(CH3CH2OH):沸点 78℃、水に無限に混和、アルコール

ジメチルエーテル(CH3OCH3):沸点 −24℃、水にあまり溶けない、エーテル

同じ分子式なのに性質がまったく異なる。これが異性体の本質です。

異性体の種類何が異なるか代表例
構造異性体 原子のつながり方(結合の仕方)が異なる エタノール vs ジメチルエーテル
立体異性体(シス-トランス) 原子のつながりは同じ、二重結合まわりの空間配置が異なる シス-2-ブテン vs トランス-2-ブテン
立体異性体(鏡像異性体) 原子のつながりは同じ、不斉炭素まわりの空間配置が異なる(鏡像関係) L-乳酸 vs D-乳酸

2構造異性体

構造異性体とは、分子式が同じで原子のつながり方(結合の順序)が異なる異性体です。

① 炭素骨格異性体

炭素原子の連なり方(直鎖か、枝分かれか)が異なるものです。

C4H10(ブタン)の2種類
n-ブタン(直鎖)
CH₃−CH₂−CH₂−CH₃
沸点 −1℃
2-メチルプロパン(イソブタン)
CH₃ | CH₃−CH−CH₃
沸点 −12℃(枝分かれで沸点低下)

② 位置異性体

炭素骨格は同じで、官能基や二重結合の位置が異なるものです。

C4H9OH(ブタノール)の例
1-ブタノール
CH₃CH₂CH₂CH₂OH
末端の C に −OH
2-ブタノール
CH₃CH₂CH(OH)CH₃
2番目の C に −OH

③ 官能基異性体

炭素骨格も似ているが、官能基の種類そのものが異なるものです。

C2H6O の例
エタノール(アルコール)
CH₃CH₂OH
官能基:−OH(ヒドロキシ基)
ジメチルエーテル(エーテル)
CH₃OCH₃
官能基:−O−(エーテル結合)

3立体異性体

立体異性体とは、原子のつながり方は同じだが、原子や原子団の空間的な配置が異なり、互いに重ね合わせることのできない異性体です。

シス-トランス異性体(幾何異性体)

C=C 二重結合のまわりでは回転が起きません。二重結合をもつ炭素に、それぞれ異なる2つの置換基がついているとき、シス-トランス異性体が生じます。

2-ブテン(C4H8)の例
シス-2-ブテン
H₃C CH₃ \ / C=C / \ H H
同じ基が同じ側(シス = 同側)
沸点 3.7℃
トランス-2-ブテン
H₃C H \ / C=C / \ H CH₃
同じ基が反対側(トランス = 交差)
沸点 0.9℃
シス-トランス異性体が生じる条件

C=C の各炭素に「2種類の異なる置換基」がついていることが条件です。

例:CH2=CH2(エチレン)→ 各炭素に H が2個ついており、置換基が同じなので異性体は生じない。

例:CH3CH=CH2(プロペン)→ 右側の C に H, H がついており、2種類の異なる置換基がないので生じない。

鏡像異性体(光学異性体)

4つの異なる原子または原子団が結合した炭素を不斉炭素原子(C*)といいます。不斉炭素をもつ分子は、鏡に映した像と重ね合わせることができない「手」のような関係になります。これを鏡像異性体(エナンチオマー)といいます。

乳酸(CH3CH(OH)COOH)の鏡像異性体

乳酸の中央の炭素には −H、−OH、−CH3、−COOH の4種類の異なる基が結合しているため、不斉炭素原子(C*)である。L-乳酸と D-乳酸は互いに鏡像の関係にあり、融点・沸点などの物理的性質は同じだが、偏光の回転方向が異なる。

不斉炭素原子の見つけ方

炭素原子に結合している4つの置換基をすべて書き出し、4つすべてが異なるかどうかを確認します。1つでも同じものがあれば不斉炭素ではありません。

  • グリセリン HOCH2CH(OH)CH2OH → 中央の C*:−H, −OH, −CH2OH, −CH2OH → 2つが同じ → 不斉炭素でない
  • 乳酸 CH3CH(OH)COOH → 中央の C*:−H, −OH, −CH3, −COOH → 4つすべて異なる → 不斉炭素

4異性体の数え方

入試で最も重要なのが異性体の「数え方」です。見落としや重複を避けるため、系統的に数える手順を身につけましょう。

C4H10(ブタン)の構造異性体:2種類

Step 1:炭素鎖の長さで場合分け
C4を直線に並べる → n-ブタン(CH3CH2CH2CH3
C3を主鎖にしてC1を枝に → 2-メチルプロパン((CH3)3CH)
C2を主鎖にしてC2を枝(→ 不可、分岐が多すぎる)

合計 2種類(n-ブタン、2-メチルプロパン)

C5H12(ペンタン)の構造異性体:3種類

主鎖の長さで場合分け
主鎖 C5:n-ペンタン(CH3CH2CH2CH2CH3
主鎖 C4 に CH3 枝:2-メチルブタン(CH3CH(CH3)CH2CH3
主鎖 C3 に 2つの CH3 枝:2,2-ジメチルプロパン(C(CH3)4

合計 3種類

C4H8(ブテン)のシス-トランス異性体

Step 1:二重結合の位置を決める
1-ブテン:CH2=CHCH2CH3(端に二重結合)→ 各炭素の置換基を確認
 → CH2= の炭素に H, H がついている → 2種類の置換基でないのでシス-トランス異性体なし

2-ブテン:CH3CH=CHCH3(中央に二重結合)
 → 各炭素に CH3 と H → 2種類ずつ異なる → シス・トランスの2種類が存在

C4H8 の異性体:1-ブテン・シス-2-ブテン・トランス-2-ブテン・2-メチルプロペン・シクロブタン・メチルシクロプロパン など多数

異性体を数えるときの落とし穴

同じ構造を別の構造として重複して数えない。構造式を回転・裏返しして一致するものは同一化合物です。

例:CH3CH2CH2CH3 を逆から書いても CH3CH2CH2CH3 であり、n-ブタン1種類です。

5この章を俯瞰する

  • 18-1「有機化合物の特徴と分類」との接続:官能基の種類が異なると官能基異性体になる。炭素骨格の分岐が骨格異性体を生む。分類の知識が異性体の発見に直結する。
  • 19章「アルカン・アルケン」との接続:アルケンのシス-トランス異性体は C=C 二重結合の回転制限から生じる。アルカンの炭素数が増えるほど骨格異性体の数が急増する。
  • 21章「アミノ酸・タンパク質」との接続:アミノ酸(グリシン以外)はすべて不斉炭素をもち、鏡像異性体が存在する。生体はL体のアミノ酸しか使わない。
  • 22章「芳香族化合物」との接続:ベンゼン環への置換基の位置の違い(オルト・メタ・パラ)も位置異性体の一種。

確認テスト

Q1. C4H10 の構造異性体を示性式で2つすべて書け。

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n-ブタン:CH3CH2CH2CH3
2-メチルプロパン(イソブタン):(CH3)3CH

Q2. シス-トランス異性体が存在するための条件を述べよ。

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C=C 二重結合を形成している炭素原子それぞれに、2種類の異なる原子または原子団が結合していること。

Q3. 次の化合物のうち不斉炭素原子をもつものを選べ:① CH4 ② CH3CH2OH ③ CH3CH(OH)COOH ④ CH3COOH

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③ CH3CH(OH)COOH(乳酸)。中央のC に −H, −OH, −CH3, −COOH の4種類が異なる基が結合している。①②④は不斉炭素なし。

6入試問題演習

問題1 A 構造異性体の数

分子式 C5H12 で表される化合物(アルカン)の構造異性体を、示性式ですべて書け。また、その数を答えよ。

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解答

3種類

① n-ペンタン:CH3CH2CH2CH2CH3

② 2-メチルブタン(イソペンタン):CH3CH(CH3)CH2CH3

③ 2,2-ジメチルプロパン(ネオペンタン):C(CH3)4

解説

主鎖の長さで場合分けする。主鎖C5→①、主鎖C4(枝CH3が1つ)→②、主鎖C3(枝CH3が2つ、ただし対称なので1種)→③。C2を主鎖にする場合は炭素数が足りないため不可。

問題2 B シス-トランス異性体

次の化合物(ア)〜(エ)のうち、シス-トランス異性体が存在するものをすべて選び、シス体・トランス体の構造を示性式で書け。

  • (ア)エチレン CH2=CH2
  • (イ)プロペン CH3CH=CH2
  • (ウ)2-ブテン CH3CH=CHCH3
  • (エ)1,2-ジクロロエチレン ClCH=CHCl
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解答

(ウ)と(エ)にシス-トランス異性体が存在する。

(ウ)シス-2-ブテン:CH3 と CH3 が同じ側、トランス-2-ブテン:CH3 と CH3 が反対側

(エ)シス-1,2-ジクロロエチレン:2つの Cl が同じ側、トランス:反対側

解説

(ア)CH2=:各Cに同じH2つ → 異性体なし。(イ)CH2=の Cに H2つ → 異性体なし。(ウ)各Cに CH3 と H → 2種類ずつ → 異性体あり。(エ)各Cに Cl と H → 2種類ずつ → 異性体あり。

問題3 C 異性体の総合

分子式 C4H8O2 で表される化合物のうち、エステル(−COO−)の構造をもつものをすべて示性式で書け。(直鎖・分岐・位置異性体を含む。C4H8O2 のエステル結合をもつ構造を漏れなく列挙する。)

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解答

① ギ酸プロピル:HCOOCH2CH2CH3

② ギ酸イソプロピル:HCOOCH(CH3)2

③ 酢酸エチル:CH3COOC2H5

④ プロピオン酸メチル:CH3CH2COOCH3

解説

エステル RCOOR' の構造をもつ。酸部分(RCOO−)の炭素数と、アルコール部分(−OR')の炭素数の組み合わせで場合分けする。

炭素数の分け方:(酸C1, アルコールC3)→①②、(酸C2, アルコールC2)→③、(酸C3, アルコールC1)→④。アルコール部分に分岐があるかも確認する(①②の違い)。